スカーレットが桜の女王に輝いた熱気も冷めやらぬ中、クラシック三冠の第一冠、『皐月賞』が開催された。
そこで主役となったのは、我がチームのもう一人のエース、ドリームジャーニーだ。
中山の芝にゲートが開いた晴れの大舞台。先頭争いで気が急ぐ集団は、第四コーナーで大きく外へと膨らみ、ばらけた。
ジャーニーはその一瞬の隙を見逃さなかった。ぽっかりと空いた最内のラチ沿いを、小柄な身体と素晴らしいコーナーリング技術で鋭く突いたのである。他が外を回してロスをする中、最短距離をロスなく駆け抜けた彼女は、そのまま圧倒的な末脚を繰り出して見事に皐月賞を制覇した。
まさに、彼女の極めて高い技巧と知性が生み出した、完璧な一冠目であった。
して問題は、次なる大舞台。すべてのウマ娘が憧れる最高の栄誉、『日本ダービー』へと向かう過程で起きた。
スカーレットの最大のライバルであるウオッカが、ティアラ路線のオークスではなく、こちらのダービーへと路線変更をしてきたのである。
もっとも、彼女が昔からダービー制覇を夢見ていたことは、親しいメンツの間では常識だった。だから、彼女がダービーに登録してきたこと自体に、私たち内輪の驚きは全くなかった。
だが、世間や無責任なメディアの反応は違った。
『ウオッカ、桜花賞で敗れたダイワスカーレットから逃亡か』
そんな心無い見出しが、スポーツ紙やネットの掲示板を踊ったのだ。
「ふざけないでよ!! あいつが、私から逃げるわけないじゃない!!」
その報道を見て誰よりもブチギレたのは、他ならぬスカーレットだった。
自分の最大のライバルを、事情も知らない外野に馬鹿にされたことがどうしても許せなかったのだ。敵のためにそこまで本気で怒れるなんて、本当に真っ直ぐでいい子だと思う。
だが、あまりに激怒して興奮しすぎたせいで自律神経が乱れ、彼女自身の体調管理がひどく心配なレベルになってしまった。結果として、怒りで震える彼女を宥め、心を落ち着かせるために、しばらく私の寮の部屋に泊まり込ませて徹底的に甘やかす必要が出たほどである。実際史実ではオークスは風邪で回避してるし慎重になるに越したことはない。
それもあってスカーレットの方は無事オークスにも勝利した。
そして、静かに、しかしスカーレット以上に深い怒りを燃やしていたのが、皐月賞ウマ娘であるジャーニーだった。
「……随分と、舐められたものですね」
ネットの予想記事を見つめながら、ジャーニーは氷のように冷たい笑みを浮かべていた。
世間の論調は「ダイワスカーレット不在のダービーなら、ウオッカの強さが圧倒的だろう」という、ジャーニーよりもウオッカの方が強いことを自明の理とするようなものばかりだったからだ。ウオッカ本人は決してジャーニーを舐めてなどいないのだが、周りが勝手に自分の実力を下に見てくるのだから、誇り高い彼女が腹を立てるのも無理はない。
そうして、不穏な空気を孕んだまま、東京2400メートル――日本ダービーのゲートが開いた。
レースは、誰もが予想しなかった恐ろしい展開となった。
ジャーニーは自分のペースで走るのではなく、後方で脚を溜めるウオッカを完全にマークし、あろうことか『ウオッカの仕掛けに完全に合わせてスパートをかける』という暴挙に出たのだ。
それはつまり、ウオッカの最大の武器である末脚の勝負において、真っ向から彼女を『競り潰す』という強烈な意思表示だった。
「いっけええええええっ!!」
大歓声の中、漆黒のウオッカと、小さなジャーニーが完全に並んで直線を駆け上がって
くる。
凄まじいデッドヒート。だが、皐月賞馬の意地と執念、そしてトップスピードの限界値において、今日はジャーニーの方が一枚上手だった。
ジャーニーはウオッカの豪脚を真っ向からねじ伏せ、見事に一着でゴール板を駆け抜けたのだ。
ジャーニー、お前ってやつは……本当に恐ろしいウマ娘だよ
私はスタンドで震えながら天を仰いだ。いくら末脚勝負なら絶対に負けない自信があったとはいえ、あんな規格外のバケモノに真っ向勝負を挑むなんて正気の沙汰ではない。
というか、ジャーニーのあんな殺人的なマークと競り合いを受けてなお、きっちり2着に粘り込んでいるウオッカの実力も、やはり尋常ではないのだが。
「トレーナーさん、やりましたよ」
レース後、ウイナーズサークル。
フラッシュが瞬く中、ジャーニーはいつもの小悪魔的な笑みを浮かべて私に近づいてくると、流れるような動作で私の首に腕を回し、唇を奪った。
「んっ……ふふ、ダービー制覇のキスです」
「なっ!? ふっ、不潔っ!! こんなところでそんなことしてんだよ!!」
私たちのすぐ横にいたウオッカが、顔を真っ赤にして指を突きつけてきた。
至極真っ当な反応である。気持ちは痛いほど分かるが、文句は私じゃなくてウマ娘側に言ってくれ!
ダービーウマ娘の熱い抱擁と、純情な2着ウマ娘の罵声。
私は日本最高の栄誉の真ん中で、ただひたすらに遠い目をしながら、チームの恐ろしき定例行事を受け入れるしかないのであった。