春の激闘を終え、季節は初夏へ。
6月を迎えたトレセン学園は、ある華やかなイベントの話題で持ちきりになっていた。『ビューティドリームカップ』である。
選ばれたウマ娘たちが、純白の花嫁衣裳風の特別な勝負服を身に纏い、ターフでお披露目のレースをするという夢のような企画だ。あくまでファンに向けたエキシビションであり、レース自体も軽く流して走ることが許されているため、過酷な本番に向けたシビアな調整などは必要ない。
ただ、このイベントは「選ばれること」自体がひどく大変なのだ。毎回選出条件が変わる上、学園中のウマ娘たちがこぞって参加を希望するため、凄まじい倍率の難関オーディションと化していると聞いていた。
なのだが。なぜか今年のビューティドリームカップには、我がチームのスカーレット、ジャーニー、そしてカレンチャンの三人に、揃って特別招待状が届いていた。
事情を聞いてみると、どうやらスランプで学園の裏庭に逃げ出し、泣いていたイベントの主催者を三人が見つけて匿い、親身になって励ましたのだという。その恩返しとしてのシークレット枠での招待らしい。
そうかそうか。あんなに我が強くて厄介な性格をしている三人が、ちゃんと裏で人助けをしているなんて……
私はトレーナー室で報告を受け、深く頷いた。兄代わりとして、そして教育者として、こんなに鼻が高いことはない。みんな、本当に優しくていい子に育ってくれたものだ。
……だが。
その数日後、イベント当日、公開の場で私が純白のウエディングドレス姿の三人に囲まれて『プロポーズ』されるなんて話は、一切聞いていなかった。
「お兄ちゃん! ほら見て、私すっごく綺麗でしょ!?」
満面の笑みで飛びついてきたスカーレットは、緋色の髪にティアラを乗せ、見事なプロポーションを純白のフリルで包み込んでいる。暴力的なまでの花嫁の破壊力に、私の理性が悲鳴を上げた。
「ああ、綺麗だ……本当に、お嫁さんみたいだぞ」
「えへへ、みたいじゃなくて、未来のお嫁さんなの! だって、お兄ちゃんは私の一番なんだから!!」
堂々たる宣言。真っ赤になりながらも誇らしげな妹分に、私がタジタジになっていると、その後ろからシックなマーメイドラインのドレスを着こなしたジャーニーが、すっと隣に並び立った。
「ふふっ……一番はスカーレットさんに譲るとして。私は『二番目』でもいいですから、どうか末永く大事にしてくださいね、トレーナーさん」
「私も私もー!! お兄ちゃん、可愛いカレンのこともちゃーんと大事にしてよね!!」
ジャーニーのねっとりとした愛人宣言に便乗するように、カレンチャンまでがふわふわの黒いミニ丈ドレスを揺らしながら、私の背中にどんっと飛び乗ってきた。
右にスカーレット、左にジャーニー、背中にカレンチャン。
ウエディングドレスに身を包んだ三人の担当ウマ娘たちによる、逃げ場のない包囲網。しかも全員からの「私をお嫁さんにして」という強烈なアピールである。
ひどく良い匂いがするし、あちこちからアスリート特有のむっちりとした感触が押し付けられている。前世の擦り切れたおじさんの心臓は、もはや限界突破で破裂寸前だった。
……ここから入れる保険はないですか?
私は心の中で神に祈りながら、助けを求めて部屋の隅に視線を向けた。
そこには、学園の理事長秘書である、たづなさんが立っていた。
トレーナーとウマ娘の不純異性交遊や過度な接触があると、どこからともなく現れて止めてくれるという、学園の都市伝説。今こそ、そのコンプライアンスの鬼に私を救い出してほしい。
しかし、私の悲痛な視線を受け止めたたづなさんは、ただニコリと、とても優しく美しい笑顔を浮かべただけだった。
『あらあら、お幸せに』とでも言いたげな、完璧な営業スマイル。そして彼女は、そっと部屋のドアを閉めて去っていったのである。
たづなさんが止めてくれるというのは、どうやらただの都市伝説だったようだ。
ジューンブライドの甘い香りと三人の重すぎる愛に押し潰されながら、私は幸せと胃痛の狭間で、ただ一人静かに天を仰ぐのであった。