華やかで胃痛の絶えなかったジューンブライドのイベントを終え、季節は本格的な夏へ。私たちチーム一同は、秋のクラシック最終戦へ向けた『夏合宿』へと突入していた。
最近、私は三人の苛烈なアプローチについて、ある種の諦めの境地に達していた。
所詮は、年頃の中学生が抱く憧れや熱情だ。高校生になり、大学生になり、同世代のカッコいい男の子や素敵な恋人を見つけたりすれば、きっとすぐにそっちへ流れていくだろう。少しだけ……いや、かなり寂しい気もするが、大人になるってそういうことだ。
だから、彼女たちがいつか本当の恋を見つけるその日までは、この過激な「恋愛ごっこ」に付き合ってあげることにしよう。私はそう自分に言い聞かせ、大人の余裕(という名の現実逃避)を保つことに決めたのだ。
さて、今回の夏合宿は、新入生のカレンチャンも加わった初めての長期合宿である。
テーマは『徹底的な体作りのやり直し』だ。戦術や駆け引きも重要だが、結局のところ、過酷なレースの勝敗を最後に決めるのは基礎的な身体能力である。上の二人もまだ中学生。限界だと思っているその先へ、まだまだ伸びる余地があるはずなのだ。
トレーニング自体は非常に順調だった。
基本が生真面目で先頭を譲らないスカーレット。レースに対しては一切の妥協を許さないジャーニー。そして、普段は愛嬌を振りまいているが、走ることに関しては誰よりも本気なカレンチャン。
三人とも、根は信じられないくらい真面目なのだ。特にカレンチャンは、ジャーニーもかつて通った地獄の『食事トレーニング』のノルマに涙目で苦しんでいたが、それでも決して投げ出すことなく、必死に食べて過酷なメニューを消化し、確かな体を作っていた。
だが、そのフィジカル強化の成果が目に見えて表れ始めた頃、おかしな誤解がチーム内に蔓延し始めた。
「ねえ、お兄ちゃんって……やっぱり『ムチムチ』が好きなのね」
練習後の休憩中、タオルで汗を拭きながら、スカーレットが自分の暴力的なまでに成長したプロポーションを見下ろして呆れたように言った。
「ええ。私もすっかり、トレーナーさんの好みの体型に染められ切ってしまいましたから……」
ジャーニーがねっとりとした視線を絡ませながら、むっちりとした太腿を艶かしく組み替える。
「わかった! カレンも、お兄ちゃんのためにもっともっとムチムチになるからねっ!」
「ちげーよ!!」
私は全力でツッコミを入れた。
いや、確かに前世のおじさんとしての性癖からすれば、そういう健康的な体型が好きなのは否定しないが! トレーナーとしては、単に激しいレースを怪我なく走り抜くための『最適なアスリート体型』を純粋に追求しているだけなのだ。断じて私の趣味で太らせているわけではない。
まあ、日中のトレーニングでのそんなやり取りは、まだ可愛いものだ。
真の問題は、トレーニング以外の『夜の部』にあった。
今回も合宿の手配は裏の顔役であるジャーニーが担当してくれたのだが、案内されたのはトレーニング施設が併設された、貸し切りの豪華なロッジだった。
環境としては最高なのだが、ただ二つだけ、致命的な欠陥があった。
なぜか、寝室には『とてつもなく巨大なベッドが一つ』しかなく、浴室も『無駄に広いお風呂が一つ』しかなかったのだ。
「お兄ちゃん、背中流してあげるー!」
「トレーナーさん、今日はこちらで一緒に寝ましょうね」
「カレンもー! お兄ちゃんにひっつくー!」
夜になれば当然のように、三人のウマ娘が徒党を組んで私に迫ってくる。
もちろん、私は教育者として絶対に手など出さない。出さないが……右も左も背中も、極限まで鍛え上げられ、それでいて女性特有の極上の柔らかさを持つ『ムチムチ』のウマ娘たちにひっつかれると、私の中のおじさんの理性が物理的に死にかけるのだ。いや、連日の猛攻により、すでにおじさんの魂は干からびてミイラになっているだろう。
(あと三年……彼女たちが卒業するまで、あと三年ぐらいの我慢だ……っ!)
私は巨大なベッドの真ん中で、三人分の甘いシャンプーの香りと暴力的な質量に押し潰されながら、薄れゆく意識の中で必死に般若心経を唱え続けるのであった。