実りの秋。そして、クラシック路線における激闘の終着点。
結論から言おう。我がチームから、なんと『二人の三冠ウマ娘』が同時に誕生してしまった。
スカーレットはティアラ路線の最終戦である『秋華賞』を圧倒的なペースで逃げ切り、見事にティアラ三冠を達成。
そしてジャーニーは、クラシック路線の最終戦である『菊花賞』――三千メートルの長丁場を、驚異的なスタミナコントロールと末脚で制し、クラシック三冠の頂点に立ったのである。
やべーな、こいつら……
私はウイナーズサークルで歓声に応える二人を見ながら、手塩にかけて育てた自分自身でも戦々恐々としていた。もちろん才能を見抜いて基礎から徹底的に鍛え上げたのは私だが、まさかここまで完成されたバケモノに育つとは。
当然、今回も二人の勝利のたびに、大観衆の前で堂々たる『勝利の接吻』が執行された。
「いいなー、いいなー! カレンも早くお兄ちゃんにチューしたいっ!」
それを見ていた後輩のカレンチャンが羨ましそうに地団駄を踏んでいたが、この儀式は『G1勝利時のご褒美』というルール(いつの間にか彼女たちの間で制定されていた)になっているため、デビュー前の彼女にはしばらく無理ということになっていた。
というか、絶大な影響力を持つインフルエンサーのカレンチャンに大勢の前でそんなことをされたら、熱狂的なファンたちに私が物理的に刺されないか本気で心配なので、そのルールにはずっと生きていてほしい。
ともあれ、今年の大きな目標は達成した。
スカーレットの方は、シニア世代との初対決となる『エリザベス女王杯』に出て今年のレースは終わり。ジャーニーの方は、ファン投票で選ばれる年末の『グランプリレース』に出走して締めくくるというローテーションに決まった。
そして、数日後のトレーナー室。
私はパソコンの画面に表示された『賞金明細』を見て、冷や汗を流していた。
三冠を達成すると、通常のレース賞金に加えて、とんでもない額の特別ボーナスが支給される。
担当トレーナーである私が受け取る報酬は全体のほんのごく一部なのだが、それでも元がデカすぎるため、ちょっとした家が建つほどのすさまじい金額が振り込まれていた。
……ということは、だ。そこから逆算して、主役である彼女たち二人が得た『賞金総額』も容易に予想ができる。普通に億単位である。
中学生の女の子が持つには、少し今後の人生が心配になるほどの額だ。
「ということでお兄ちゃん。私、そのお金でお兄ちゃんの『代金』を払うから」
紅茶を飲んでいたスカーレットが、ポンッと手を叩いて恐ろしいことを言い出した。
「なるほど。じゃあ、私の賞金からも払いましょう」
ジャーニーまでがすまし顔で財布を開くような仕草をする。
「払いましょうじゃねーんだよ!! なに私を金で買おうとしてるんだ! 人身売買か!!」
私が全力でツッコミを入れると、二人は心底不思議そうな、意味が分からないという顔をした。
「人身売買? 何言ってるの、お兄ちゃん。これは『結納金』でしょ?」
「ええ。これくらいは当然必要ですよね。なんせあなたは今や、二人の三冠ウマ娘を育て上げた『三冠トレーナー』なのですから」
「意味わからん!! というか君らのポテンシャルと努力のおかげだから、私自身はそんなに偉くないよ!?」
中学生が億単位の結納金を用意して、二十代の男を買い叩きにきている。前世の社畜時代にも経験したことのない、規格外のプレッシャーだ。
「大体、未成年が個人口座で管理していい金額でもないだろ! ちゃんと親御さんに預かってもらいなさい!」
「あっ、それなら大丈夫! ママとパパは『これからはお兄ちゃんに全部管理してもらいなさい。家族になるんだから』って言ってたから!」
「ブーケさん……っ!!」
私はスカーレットの母親の名前を呼び、天を仰いだ。
幼馴染の家族であり、昔から私への信頼がやけに厚いのは知っている。だが、いくらなんでも億単位の娘の賞金を丸投げするのは、豪快すぎるというか気が引けるにも程がある。
「私の方は、ひとまず四分の一の額で勘弁してください。残りは用途が決まっているので」
「……なんで私に払うことが前提になってるの? ていうか、用途って?」
「残りは妹を甘やかすためのお小遣いと、両親への恩返し、それから手堅い『投資』に回している分ですので」
「そ、そうか。家族思いなのは……いいことだな」
私はもう、ツッコミを放棄して目を背けることにした。
妹に億単位の甘やかしをするってどういうことなのかとか思ったが気にしないったら気にしない。
すると、ジャーニーの『投資』という言葉にスカーレットが食いつき、隣にいたカレンチャンまでが「カレンもSNSの収益で資産運用してるよ!」と加わり、中学生の女の子三人でハイレベルな金融と分散投資の話題で盛り上がり始めてしまった。
……怖くて、私にはとても参加できなかった。
理性の限界だけでなく、経済力まで担当ウマ娘たちに圧倒され始めたおじさんの魂は、トレーナー室の隅っこで小さく震え続けるのであった。