1 バレンタイン
年が明け、いよいよスカーレットとジャーニーは、トレセン学園の最上級生である『シニアクラス』へと進級した。そして、後輩のカレンチャンも、今年ついにデビューの年を迎える。
シニアクラスの戦いにおいて、我がチームには避けて通れない問題があった。
スカーレットとジャーニーは、二人とも中長距離を得意としており、距離適性が似たり寄ったりなのだ。当然、春と秋の『シニア三冠路線』で目標が思いっきり被ってしまう。
かつてはエース同士を潰し合わせるのを避けていた私だが、ここまで来ればもう諦めるしかない。どちらも頂点を極めた最強のウマ娘だ。大舞台で真っ向から激突するのも、スポーツの必然であり最高のエンターテインメントだろう。
ただ、小柄な見た目に反して意外と身体が丈夫なジャーニーに比べ、スカーレットはあの圧倒的な筋肉量と出力のせいか、脚元などの体質が若干繊細なところがある。彼女のコンディション次第では、慎重にレースを選ぶことになるかもしれない。
さて、そんなシビアなレースシーズンが本格化する前の二月。
トレセン学園は、一年で最も甘く、そして血生臭いイベントに包まれていた。バレンタインデーである。
現在、私は学園のウマ娘たちからとんでもない注目を集めていた。
無理もない。「二人の三冠ウマ娘を同時に育て上げた手腕」を持つ『ダブル三冠トレーナー』なのだ。朝から下駄箱やデスクには、見知らぬウマ娘たちからのアピールと本命チョコが山のように積まれていた。
だが、これがなかなか困るのだ。
そもそも、トレーナーとしてこれ以上チームの募集をかけるのは物理的にも精神的にも本気でキツイ。
世間では名伯楽のように言われているが、正直言って私は根っからの『スカーレット特化型トレーナー』なのだ。外面は完璧な優等生に見せて、その実、極度の負けず嫌いでワガママで独占欲が強い彼女の面倒を完璧に見切れる人間など、そうそういない。私はただ、スカーレットとの相性が一番良く、彼女を軸にして他の二人のバランスを取っているに過ぎないのだ。
そして、もう一つ。チョコを断らなければならない決定的な理由があった。
私は、甘いものは大好きなのだが『チョコが嫌い』なのだ。だって、苦いから。前世から引き継いだ味覚が子供っぽいと言われればそれまでだが、嫌いなものは嫌いである。
だから、私はもらったチョコを基本的にはすべて丁重にお断りし、あるいは学園のスタッフたちに配って回った。
それに、家に帰ればすでに『すさまじく思いが重いもの』をくれる三人がいるし。
私は大きく息を吐き、すっかり日が暮れた頃に、例の新居のドアを開けた。
「「「お兄ちゃん(トレーナーさん)、おかえりなさい!」」」
リビングに入ると、エプロン姿のスカーレット、ジャーニー、そしてカレンチャンの三人が揃って出迎えてくれた。
そしてダイニングテーブルの真ん中には、チョコレートではなく、真っ白な生クリームと真っ赤なイチゴで彩られた『手作りのホールショートケーキ』がどんと置かれていた。
「お兄ちゃん、チョコ嫌いでしょ? だから、三人でショートケーキ焼いたの!」
「スポンジの配合は私が計算しました。完璧な比率ですよ」
「生クリームはカレンがいーっぱい泡立てたんだよ! えへへ、すごいでしょ?」
私の味覚を完全に把握している彼女たちらしい、最高の気遣いだった。
いざ切り分けて食べてみると、クリームの塗り方が少し不格好だったり、イチゴの大きさがバラバラだったりしたが、味は飛び抜けて美味しかった。
何より、三人で一緒にキッチンに立ち、私のために一生懸命作ってくれたという事実が、疲れた心と身体にじんわりと染み渡る。
そうそう。こういうのでいいんだよ、こういうので……
外からの無数のアプローチや、億単位のプレッシャーなどどうでもよくなる。
私は甘くて少しだけ重たいショートケーキを頬張りながら、彼女たちと過ごす、騒がしくも温かい日常の幸せを噛み締めるのであった。