緋色の女王の幼馴染   作:雅媛

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2 発情期

 春。シニアクラスへと進級した二人の、今年最初の直接対決の舞台は『大阪杯』だった。

 

 結論から言えば、このレースはスカーレットが見事に勝利を収めた。

 舞台となる阪神の二千メートルは、内回りで直線が短く、圧倒的に『前を走る者が有利』なコース形態をしている。スタートからハナを奪い、自分のペースでレースを支配する『先頭民族』のスカーレットにとって、そのコース適性は如実に結果へと表れていた。

 だが、私がそれ以上に戦慄したのは、後方から猛然と追い上げて『2着』に入り込んできたジャーニーの恐ろしさだった。

 あの絶望的に前が有利な展開と短い直線で、スカーレットの背後まで肉薄してくるのだ。彼女の末脚の爆発力は、シニア級になってさらに次元の違う領域へと進化しているようだった。

 

 ともあれ、最高のスタートを切ったシニア戦線だったが――スカーレットの今年のスケジュールは、この大阪杯を最後に『長期休養』に入ることとなった。

 

 怪我ではない。体調の問題である。

 ウマ娘という種族には、ヒトにはない特有の生態が存在する。春先に訪れる『発情期』だ。

 トレセン学園の生徒たちを見渡せば分かるが、ウマ娘の誕生日は例外なく、二月から遅くとも六月あたりに集中している。それはすべて、この春の特異なバイオリズムのせいなのだ。

 この時期、ウマ娘たちは本能の波に当てられ、精神的にも肉体的にも大きく体調が安定しなくなる。症状の重さはウマ娘によるのだが、今年のスカーレットはその波に完全に飲まれてしまっていた。

 

 そして、何が一番ヤバいかというと。

 熱に浮かされた緋色の女王が、一つ屋根の下で暮らす『私』に向かって、物理的に襲い掛かってくるのである。

 

「お兄ちゃぁん……はぁ、はぁっ……ねえ、ぎゅってして……」

「ひぃっ!? くるな! 落ち着けスカーレット、お前は今、本能に支配されてるだけだ!!」

 

 夜のリビング。焦点の定まらない潤んだ瞳で、むっちむちのバッキバキに仕上がったアスリートの身体が私を押し倒そうと迫り来る。

 圧倒的なフィジカルの暴力だ。腕力では絶対に勝てない。私は必死にクッションを盾にして抵抗し、家の中を文字通り這いつくばって逃げ回る羽目になった。

 

 ちなみに、この危機的状況において、もう一人の年長者であるジャーニーはどうしたかというと

 

「あら、大変そうですね。……私は今年入学してきた妹の様子が心配なので、しばらく学園の寮に戻っていますね。健闘を祈ります、トレーナーさん」

 

 そう言い残し、あの薄情な小悪魔は、すまし顔で早々に荷物をまとめて新居から逃亡したのである。

 絶対に妹の心配など建前だ。アイツ、おそらく私がスカーレットに食べられても、無事に逃げ切っても「まあ、どっちでも面白い展開ですね」くらいにしか考えていないに違いない。おのれジャーニー。

 

 残された私にとって、唯一の希望の光となったのは、後輩のカレンチャンだった。

 

「もーっ! スカーレットお姉ちゃん、めっ! だよ! お兄ちゃんが困ってるでしょ!」

「ああっ……カ、カレンちゃん……ごめんなさい……っ」

 

 自分より小さな妹分に両手を広げて立ちはだかられ、ピシャリと叱られると、熱でゆだっていたスカーレットの思考も少しは冷静さを取り戻すらしい。ハッと我に返った彼女は、顔を真っ赤にしてベッドへと逃げ込んでいくのだった。

 カレンチャンの謎のストッパー能力と、献身的なアシストがなければ、私の中のおじさんの理性と純潔は、とっくの昔に散っていただろう。

 

 そんなこんなで、毎日のように繰り返される本能と理性の攻防戦。

 カレンチャンのおかげで、今年はどうにかギリギリのところで春の嵐を切り抜けることができそうだったが、当然、スカーレットがレースに出走できるような状況ではなかった。

 

 私はやつれた顔でカレンダーを見つめながら、早くこの恐ろしい春の季節が過ぎ去ってくれることを、ただひたすらに祈り続けるのであった。

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