スカーレットが春の嵐(発情期)によって長期休養を余儀なくされる中、季節は初夏へと移り変わり、シニア級の春の総決算たる大舞台『宝塚記念』がやってきた。
我がチームから単騎で出走したジャーニーは、見事にこの大一番で勝利を収めた。
舞台となったのは、春の大阪杯と同じ阪神コースの内回り。圧倒的に前を行く者が有利な、追込を得意とするジャーニーにとっては本来不利なコース形態である。
だが、大阪杯でスカーレットに敗れたのがよほど腹に据えかねていたのだろう。彼女は、どれほど前が有利な展開であろうとも、自分の定位置である最後方から物理的にすべてを叩き潰せるように、恐ろしいまでの執念で末脚の精度と出力を調整してきたのだ。
結果は、圧勝だった。
第四コーナーから直線に向いた瞬間、他を置き去りにする異次元の加速。短い直線だけで先行勢をまとめて撫で斬りにしたその走りは、もはやコースの有利不利という概念すら破壊する暴力的なまでの完成度だった。
「おめでとう、ジャーニー。完璧なレースだったな」
「ええ。大阪杯の借りは、これで少しは返せましたかね」
レース後の控室。涼しい顔で汗を拭うジャーニーを見て、私は心底ホッとしていた。
幸いなことに、彼女にはスカーレットを理性の外へ連れ去ったような、狂暴な『発情期』の兆候はまだ来ていなかった。小柄で発育が緩やかな分、そういった時期が訪れるのも遅めなのかもしれない。というか、単にスカーレットの成長が早すぎて色々と規格外なだけな気もする。
「お前がスカーレットみたいに襲い掛かってこなくて、本当によかったよ……」
私が安堵の息を漏らすと、ジャーニーはタオルを置き、艶めかしい流し目で私を見つめてきた。
「……別に、そういう時期が来ていなくても『うまぴょい』はできますよ?」
「しないからな!? お前、高校生がそんな言葉をどこで覚えてきたんだ!!」
ウマ娘たちの間で密かに囁かれている、大人の階段を上るための最強の隠語。それを満面のすまし顔で口にする小悪魔に、私の血圧は急上昇した。
「ふふっ、冗談です。仕方ないですね」
クスクスと笑いながら近づいてきた彼女は、背伸びをして私の首に腕を回すと、いつものように当然の権利として唇を奪っていった。
相変わらずのウイナーズサークルの外でもこれである。私の純潔(唇)は今日も安い。
一方、新入生のカレンチャンの方も、六月の東京開催という非常に早い時期に『メイクデビュー』を迎え、あっさりと勝利を収めていた。
しかし、彼女の適性は短距離だ。そのため、マイル(一六〇〇メートル)の距離ですらスタミナ的にかなり厳しい。結果として、出走できるレースが限られてしまうため、スケジュールにはかなり余裕がある状態だった。
にもかかわらず、本人はひどく息巻いていた。
「カレンも絶対、年末の『阪神ジュベナイルフィリーズ』に出るからね!」
理由は明白だ。G1レースで勝てば、お兄ちゃんとの『勝利の公開キス』ができるという、我がチームの恐ろしいローカルルールのせいである。
「お前な、生粋のスプリンターがマイルのG1で勝つのは、いくら才能があっても適性の問題でほぼ不可能に近いぞ?」
「むーっ! だって、カレンの得意な距離の『スプリンターズステークス』までなんて、来年の秋だから長すぎるもん! 絶対にカレンが勝って、お兄ちゃんにチューしてもらうんだから!」
適性外のレースだと分かっていても、不純すぎる動機で燃え上がり、絶対に諦めようとしない後輩インフルエンサー。
私は、無謀な目標に向かって一生懸命に備え始める彼女の姿を、止めるでもなく、ただひたすらに生暖かく見守るのであった。