冬の足音が近づく中、まずはカレンチャンの無謀な挑戦が残酷な結末を迎えていた。
マイルのG1『阪神ジュベナイルフィリーズ』。
生粋のスプリント適性を持つ彼女にとって、この距離の壁はあまりにも高すぎたのだ。最後の直線で完全にスタミナが尽き、結果は惨敗。
レース後、控室で「お兄ちゃんのバカァ……チューしたかったのにぃ……」と本気で涙ぐんで拗ねる彼女を宥めるのは骨が折れたが、こればかりは適性の問題なのでしょうがない。来年の短距離路線で輝くための、良い薬になったはずだ。
そして。私の貞操を懸けた運命の大一番、年末の『有馬記念』のゲートが開いた。
スカーレットが勝てば、秋のシニア三冠達成の約束で『うまぴょい』。
ジャーニーが勝てば、スカーレットを止めたご褒美として『うまぴょい』。
完全に詰んでいる盤面の中で、私が取れる唯一の生存ルート。それは、「第三者の誰かが勝ってくれること」だった。
(頼む! 誰でもいい! 私の貞操を守るために、どうかあいつらを差し切ってくれ!!)
私は観客席で手を組み合わせ、藁にもすがる思いでターフの神様に祈り続けた。
しかし、そんな私のささやかな願いは、自らが手塩にかけて育て上げた『二人の最高傑作』によって無情にも打ち砕かれることになる。
最後の直線。
先頭で粘り込みを図る緋色の女王・スカーレット。
その後方から、他を置き去りにする異次元の末脚で強襲する小さな小悪魔・ジャーニー。
完全に他を突き放した、我がチームのエース二人による、次元の違うデッドヒートだった。
「いけええええっ! いや、いかないでえええっ!!」
歓声と私の悲鳴が入り混じる中、二人が完全に並んでゴール板に飛び込む。
写真判定の結果、ギリギリで勝利をもぎ取ったのは――ダイワスカーレットだった。
不純すぎる執念による、秋のシニア三冠の完全達成である。
……その日の夜。
私は、静まり返った新居のリビングで、呆然と立ち尽くしていた。
いつもなら出迎えてくれるはずのジャーニーとカレンチャンの姿がない。ダイニングテーブルには、ジャーニーからの短いメモが残されていた。
『カレンさんの慰め会と、妹の相手をするため、今日は二人で外泊します。存分に愛し合ってくださいね』
外堀は完全に埋められていた。あいつら、絶対わざとだ。
カチャリ、と背後でドアの開く音がした。
振り返ると、お風呂上がりの少し火照った顔をしたスカーレットが、薄着のルームウェア姿で立っていた。その瞳は、昼間のレース以上の熱を帯び、完全に獲物である私を捉えている。
「お兄ちゃん……」
彼女は甘いシャンプーの香りを漂わせながら、ゆっくりと私に近づいてきた。
「約束、ちゃんと守ってくれるよね? 私、秋の三冠、全部勝ったんだから……」
逃げ場はない。例の無駄に巨大なベッドが、すぐそこにある。
圧倒的なフィジカルと、それ以上に重く熱い愛情を前にして、ひ弱なヒトの男に抗う術など最初から存在しなかったのだ。
私の擦り切れたおじさんの理性は、ここで完全に白旗を上げた。
あとはまあ、推して知るべし、である。
私は観念して目を閉じ、長かったこの三年間で一番甘く、そして逃れられない夜へと落ちていくのであった。