緋色の女王の幼馴染   作:雅媛

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2 新生活の約束

 中央トレセン学園での新生活が始まった。

 私は新人トレーナーとして学園から個室のトレーナー室を与えられトレーナー用の寮に入寮し、スカーレットは中等部の生徒として学生寮に入寮した。お互いに生活の拠点は学園内となり、物理的な距離はこれまで以上に近くなったと言える。

 

 学園は全寮制だ。やろうと思えば、朝の自主トレから始まり、昼休みのランチ、放課後の本格的なトレーニング、さらには夜の消灯時間ギリギリまで、何だったら外泊届を出してトレーナーの寮の部屋になど、一日中べったりと一緒に過ごすことすら不可能ではない。

 しかし、新生活を始めるにあたって、私はスカーレットと「二人で過ごす時間」について明確なルールを設けることにした。

 

「えーっ、どうして? お兄ちゃんとずっと一緒がいいよぉ……」

 

 真新しいトレーナー室のソファに座る私の隣で、スカーレットが不満げに唇を尖らせた。私の右腕にぎゅっと抱きつき、上目遣いで甘えてくる。入学式で見せたお姉さんらしい雰囲気はどこへやら、中身はすっかり昔の甘えん坊な妹分に戻っていた。

 その可愛らしい抗議に私の決意も揺らぎそうになるが、ここは心を鬼にして諭さなければならない。

 

「スカーレット、お前ももう中学生だろ。トレセン学園には全国から集まった優秀な同級生がたくさんいるし、寮に行けばルームメイトだっている」

「う、うん。まあ、そうだけど……」

「お兄ちゃんとずっと一緒にいるのも嬉しいが、それでお前が他の子たちと交流する機会を失うのは良くない。友達を作り、ライバルと切磋琢磨して、いろんな価値観に触れることも、トップウマ娘になるための重要なステップなんだぞ」

 

 私が真剣なトーンでそう説明すると、根が真面目で賢いスカーレットは、不服そうにしながらも「……お兄ちゃんがそこまで言うなら、わかった」と、渋々納得してくれた。

 彼女の将来を案じる、立派な教育者としての指導。我ながら完璧な説得だったと思う。

 

――まあ、本当の理由、一番の懸念事項は、私の方が我慢できない可能性が高いからなんですけどね!

 

 実は数日前、ヤクザ顔のトレーナーさんや地元の師匠に挨拶へ行った際、彼らからひどく真顔で忠告を受けたのだ。

 

「学園で四六時中一緒にいるのはやめとけ。スカーレットが依存するのも問題だが、何よりお前がアイツを甘やかしすぎて、競走ウマ娘としての闘争心を骨抜きにする未来しか見えん」

 

 そう指摘された時、私は一言も反論できなかった。

 だって図星なのだから。もし制限なしに一緒にいれば、私は喜んで彼女の身の回りの世話を全て焼き、宿題を手伝い(なんなら代わりにやり)、少しでも疲れた顔をすれば練習を切り上げて膝枕をしてしまう自信がある。

 前世の擦り切れたおっさんの魂は、この愛らしい緋色の幼馴染を甘やかすことに全振りされているのだ。自分の自制心の無さを自覚しているからこその、物理的な隔離措置であった。

 

 そんな情けない裏事情は胸の奥にそっとしまい込み、私はスカーレットと三つの約束を交わした。

 

 一つ、毎日の放課後の練習時間は、トレーナーと担当ウマ娘として真剣に向き合い、みっちり一緒に過ごすこと。

 一つ、週の真ん中である水曜日の夕食は、一緒に学園の食堂や外のお店で食べること。

 そして一つ、休日の土曜日一日は、『甘やかしデー』とすること。

 

「甘やかしデー……?」

「ああ。その日はお兄ちゃんが、スカーレットの言うことを何でも聞いてやる。買い物でも、映画でも、部屋で一日中ゴロゴロするのでもいい。一週間トレーニングと学園生活を頑張ったご褒美だ」

 

 私がそう宣言した瞬間、スカーレットの顔がパァッと明るく輝いた。

 

「ほんと!? 何でも言っていいの!? じゃあ、今週の土曜日は一緒にクレープ食べて、お揃いのもの買いに行って、それから……!」

「こらこら、まずは今日の練習メニューの確認からだぞ。土曜日を楽しみに、一週間しっかり頑張ろうな」

「うんっ! 私、すっごく頑張る!」

 

 さっきまでの不満顔は嘘のように消え去り、スカーレットはやる気に満ちた笑顔で力強く頷いた。

 この『水曜のディナー』と『土曜の甘やかしデー』をニンジンとしてぶら下げる作戦は、我ながら完璧なモチベーション管理と言えるだろう。

 かくして、少しだけ制限を設けつつも、トレセン学園での新生活がスタートしたのだった。

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