第1話
──最初に言うが、私はいわゆる、転生者というものである。
前世でも、そういったものはライトノベルやアニメなんかでよく見たものではあるけれど……あくまで創作上の幻想だろうと思っていたものだから、まさかそれが実際に自分の身に起こるとは思わず、最初はとても驚いた。
それから、前世の記憶を思い出したばかりの時は、色々と折り合いをつけるのに苦労したけれど。
まあ、少なくとも。今の私は、新しい人生を謳歌している。
……ちなみに。前世の私は、ごく一般的な、社会人の男性だった。
そして今世は、現在花の女子高生であり……つまりは、転生の中でもTS転生というものに分類される。
前世の私は、これといった取り柄があったわけではなかった。
惰性で、ただ生きていただけの……大した価値のないつまらない人間だったのだ。
……しかし。
わざわざ説明を始めておいて、その結論が何もないというのも、あれなので。
強いて言えば、若くはあった……と、思う。
……あとはそれから、スマホゲームの『学園アイドルマスター』というゲームが好きで、かなりの時間と資源を注ぎ込んだことを、よく覚えている。
──が、しかし。
それについてもまた、なんとも中途半端なもので。
というのも、前世の私は、話題性に乗っかって『学園アイドルマスター』を始めた……いわゆる、ニワカファンと呼ばれる存在であった。
だからそのため、例えば、私はシリーズの他作品周りのことは全くと言っていいほど何も知らなかった。
そしてそれから……最後にもう一つだけ。
前世について、覚えていることといえば。
──前世における、最期の瞬間。
それは確か、交通事故とか、そんな感じだったと思う。
命を落とす寸前、たしか……「来世は学マスの世界にでも転生できたら」なんて、そんな願望を抱いたような、そんな気もする。
……と、まあ、前世については、概ねそんな感じで。
それからは……私がこの世界に誕生して以降の話になる。
転生した私は、最初はこの世界を転生前の世界と同じ世界なのだと思い込んでいたものだけれど……しかし、その時から既に、ひとつ特異な点があった。
それは、なんと。
なぜか、転生した私には、ある特殊な能力が、生まれつき備わっていたのだった。
……いわゆる、『転生チート』とでも言うのだろうか。
それとも、あるいは。
他の何らかの理由によって、会得したのか。
どうしてそのような力を持って生まれたのか、その理由については一切が不明だから、説明不可能な事項として置いておくけれど。
肝心なのは、やはりその内容だろう。
……言葉で言い表すのなら、それは、『自分自身の存在感を薄めることができる力』、とでも言うのだろうか。
極限まで存在感を薄めれば、私は、よほど注目されていない限り、目の前にいても気付かれない、一種の透明人間のようなものにさえ、なれる。
自分なりに解釈したものではあるけれど、一応、理屈としては、どうやら他者の認識に干渉して、自分自身の印象を減算する……とでもいうような感じである。
悪用しようと思えば、犯罪し放題の恐ろしい能力であることは、まず間違いない。
……が。
まあ、なぜかそういう力を持っているからと言って。
犯罪行為に走らなければならないほど何か切羽詰まっているわけではないし、それに、他人が見ていなくても、自分自身は見ているわけだから、そのようなことはしたくない。
しかし、まあ、だからと言って、別に使わないようにしようという方針ということでもないので、例えば話しかけられたくない時とかにしれっと使ったりはしていたりする。
犯罪的な行為にまでは手を染めてしまわないよう、線引きはしっかりする必要があるが……力そのものは、極めて便利なものだと感じている。
……あとは、それで。
ある種、もう一つの特殊能力と呼べるであろう、『前世の記憶』の扱いについて。
前世由来の知能で小学生時代のテストで無双……は、しない程度に収め。
不自然に思われたりしないよう、適当に交友関係を作り、適当に宿題に苦戦しているフリをし……といった風に。
あまり目立ち過ぎないような幼少期を過ごして、現在はちょうど、高校生といった頃合いの年である。
……しかし、それでも一点だけ。
他と比べて、その幼少期に、どうしても目立つ点が1つあった。
──それは、容姿だ。
途轍もなく優れた、とか、それこそ、世界一の容姿、とか。
そういうことが言えるほどのものではないけれど……しかし、地元では間違いなく1番と言ってもいいくらいには、整った顔立ちをしていたのだ。
それで、親に「アイドルでも目指してみるか?」なんて冗談半分に言われ。
……私も、チヤホヤされていた分見た目には自信が付いていたし、それから、今世でもまた前世と同じように、社会人として生きる事になるのかと思うと憂鬱だったことや、かと言って、男の人と結婚して主婦になる、とかそういうのも……前世の感覚が強く残っている以上、受け付けられそうになかったことから。
私は、その提案に飛びついた。
……そうして、アイドルの養成学校の入学試験を受ける事になり。
その学校の名前が『初星学園』というものであったことから、ここが『学園アイドルマスター』の──もっと言えば、『アイドルマスターシリーズ』の、なのかも知れないけれど、そちらは分からないので一旦置いておいて……とにかく、その世界であることを知ったのだ。
……そんな、ごく普通の転生者である私は。
名前を
初星学園高等部に進学したばかりであり、アイドル科の生徒である。
……ちなみに、入学した時にはそこまで頭が回っていなかったものの。
つい最近になって、進学したばかりの時は、いよいよ、かつて画面の向こう側に見た世界や、そこでの物語が、現実のものとして目の前で始まるのだという実感を得て。
……それはもう、自分の存在によって、原作本編ではギリギリで入学できていたキャラクターが、ここでは入学できていなかったりしたらどうしよう……なんて、そんな不安に苛まれたりもしたけれど。
その後、少し調べてみた結果、無事、いわゆる『ネームドキャラクター』と呼ばれるようなキャラクターたちの存在を、私の知っている範囲で、全員確認することができたので。
それで、ほっと胸を撫で下ろしたことは、記憶に新しい出来事だ。
……。
……と。まあ、とりあえず、私の事情についてはそろそろこのくらいでいいだろう。
──話は移り、現在へ。
私は、ダンスレッスン室で、特に誰かと話すわけでなく、黙々とダンスのレッスンを行なっていた。
……そして。そんな私の、視線の先には。
あの、『学園アイドルマスター』の顔とも言える、花海咲季が、真剣な表情で、激しく汗を垂らしながら、私と同じく、ダンスのレッスンに打ち込んでいる。
幼少期からスポーツに取り組んでいたがゆえの、高い身体能力。
そして、その限界をしっかりと見極め、常に、無理のない最高効率のトレーニングを行う、完璧と言っていいまでの、極まった自己管理能力。
……それを、ゲームの画面を通しての知識として、知ってはいたけれど。
こうして、現実のものとして実際に見ると、感心を通り越して、ただただ驚愕するばかりである。
花海咲季……勝つことが好きで、それから、負けることが嫌いだと豪語し、勝つための努力を一切惜しまない、ストイックという概念が擬人化したかのような少女。
特に譲ることのできない相手が、彼女の妹である花海佑芽であり。ライバルとして競い合い高め合っているだけでなく、最愛の妹として溺愛しているという一面もある。
総じて、フィクションの中にしか存在しないような完璧なお姉ちゃんを体現している、というのが、最も簡潔な表現だろうか。
……。
……なんて、長々と語ってはみたものの。
これらは、あくまでゲームの画面の向こう側の出来事として前世で見たものでしかなく、今ここにいる私は、まだ彼女がそういった側面を見せるような場面には、遭遇したことがない。
今の私が、私としての知識だけで語るなら……彼女については、初星学園高等部主席合格者、というくらいの薄味な情報だけで終わってしまう。
……だからこそ、いつか、この目で。
そんな彼女たちの仲睦まじい一幕を、じっくりと拝みたいところである。
……なんて。そんな、私の願望は一旦どうでもいいとして。
もちろん、他にも。
私の知っている『学園アイドルマスター』のキャラクターたちは、みんなそれぞれ違った、特別な強みがあって。
そして、それぞれが個性的な、十人十色の魅力を持っている。
……こうして考えると。
ネームド……つまり、ゲームでプレイアブルキャラクターとして存在していた者たちがいかに『特別な存在』であるか、ということがよくわかる。
……と。私がそんなことをぼんやりと考えていた、ちょうどその時。
彼女はここでレッスンを一度打ち切ることにしたのか、それとも、外でのレッスンをすることにしたのか。
ひとつの伸びを挟んだ上で、そのままレッスン室を後にした。
……それを見て。
私も、それに続く……というつもりだったわけではないけれど。
少しばかり疲れたので、気分転換に外を歩くことにしようと思い立ち、しばらく息を整えた後に、私もレッスン室を後にした。
……そうして、廊下を歩いていくと。
ある種当然のことながら、そこには色々な人がいて。
中には、私がかつて画面の向こう側に見た人もいる。
……しかし、何というか。
今日は、かなり疲れた。
この後特に予定もないのだし、外を歩くんじゃなくて、いっそこのまま今日は帰ってしまおうかな……なんて。
──それは。
1人でそんなことを考えていた、ちょうどその時のことだった。
……ぼんやりと、正面から、ちょうどこちらの方に向かってくる形で歩いて来ている人がいるなぁ、なんて思っていたら。
「──観月桃花さん、ですね」
──突然。その、正面からやって来た……おおよそ大学生くらいの年齢と思われる男の人に、声をかけられた。
特に、例の能力を使っていなかったとは言え……急に話しかけられるとは思ってもいなかったので、とても驚き。私は、無意識的に身構えた。
「……?はい。えっと、そう、ですが」
そして、そのまま警戒はしつつも。
間違ってはいなかったので、正直にそれを肯定すると。
「こういう者です」
その男は。私の警戒心に気付いている様子で、まるで流れるように自然な所作で、名刺を手渡してきた。
「……えっと……?……ん?プロデューサー科……?」
私が、困惑のあまり、言葉を失っている中。
……そして、私がそこに『プロデューサー科』と、書かれていることを認識したのと大体、同じくらいのタイミングで。
「あなたを、プロデュースさせてください」
……脳がきちんと情報を理解できるだけの間も無く。
突然に、彼はそんなことを言ってきたのだった。