本番前。ライブ会場の舞台裏。
「観月さん。ライブの直前ですが、準備はいかがですか?」
──これから私が挑むのは、学園外からも人がやってくる、文字通り、本当のライブ。だから、というか。広い会場の中、知らない顔が、ずらりと並んでいる。
「……あの、ちょっと、人多くありません?」
「色々と宣伝はしましたし、これでも、見込みよりも少ないくらいです」
……そう言われて、恐る恐る。
私は、カーテンの隙間から、観客席をちらりと覗いた。
「……いやあ、多いですよ」
満席、では無いけれど。
半分以上の席が、埋まっている。
……国内トップのアイドル養成学園である、初星学園のネームバリューがあるということはわかっているし、それから、プロデューサーが何かいい感じに広告してくれたのであろうことも、予想できる。
それから……前世の記憶でも、たしかに。
ゲームでのファーストライブの映像とかは、物凄い数のペンライトで埋め尽くされていたのを、覚えている。
……けれど、そんなのは演出の都合としか思っていなかったし、それに、こうして生きている人間が、実際に席を埋めている光景を自分ごととして目の当たりにするのでは……それとはまるで、感覚が違う。
「ライブは、初めてというわけではないですよね?」
「まあ……そうですね。初めてっていうわけではないですが……その、中等部の時は、こんなに人が入ることは、ありませんでしたから」
……中等部の頃の私は。
1年程度しかまだ経っていないけれど、今にして思えば全然未熟だった。
そして、それに。
あの時は『SyngUp!』の一強だった。
……もちろん、中等部の『SyngUp!』がすごい、なんて。
あの時だって、前世の知識で知っていたことではあったけれど。
しかし最初は、さすがにああも届かないものとまでは思っていなかったので、普通にショックを受けたっけ。
「怖くなってしまいましたか?」
……けれど、所詮。
過去は、過去である。
今ここに来ているのは、今の私を見に来た人たちなのだ。
まあ、それで。結局は、こんな規模のライブなんて経験したことがない、という話へと戻ってくるということになるのだけれど。
「……うーん、どうなんでしょう」
……もちろん、怖くない、なんて言えば、嘘になる。
どんな宣伝をしたのかは知らないけれど、ここに来ている人たちは、私のライブにわざわざ足を運ぼうなんて思うくらいに期待しているということなのだ。
そして……仮にも前世では社会人だったせいか、想像することが、できてしまう。
わざわざ時間を作って、ライブを見るためその時間を使うという行為の重さが。
そして、毎日一生懸命に働いたお金で、チケット代を支払っているということの、重大さが。
……時間というものは、誰にとっても、貴重なもので。
それからお金というのは、誰しもが、大切にしているもの。
つい少し前まで、期待を背負うことを恐れていた私には、あまりにもあんまりな重荷であるのは……疑いようがない事実である。
……けれど。
「──これだけの人が、私を見に来てくれたことが、嬉しくもあるんです。みんなに楽しんでもらわないとって、使命感、みたいな?……私、最近調子がいいから、ちょっと、浮かれてるのかも知れませんね」
「それなら、安心しました」
私の、返事を聞いて。プロデューサーは一度、頷いた。
──実際。ライブでやるパフォーマンスは、既に身体に染み付いている。
そしてリハーサルでもそれは、問題なく発揮できていた……と、プロデューサーはそう言っていた。
自分自身のパフォーマンスに全くと言っていいほど意識を向けないということは、上手くできていたかどうかが、自分では、映像で見ない限りわからないということである。
……けれど。
それで、いい。
私は、プロデューサーは、上手くできていない時にお世辞を言うような人ではないと、信じている。
「いいライブを、期待しています」
そうして、どうにか覚悟を決めたところで。
……正面から、追加でさらに重い期待を、背負わされた。
「──わかりました!ご期待に沿えるよう、精一杯、頑張ります!」
全部合わせて、とてもとても重い期待を、背負うことに、なったけれど。
……今の私の、全力で。
答えられる限りの期待に、応えてみよう。
腹を括り、舞台に立つ。
──そして。会場の明かりが、点灯する。
……改めて。
たくさんの顔が、並んでいる。
ここから見てみると……知っている顔も、ちらほら見える。
同じクラスの子や、まだ接点はないけれど『原作知識』で知っている子。
……それから、いつどうやって今日のことを知ったのか、元ユニットメンバーの2人まで。
そして……お父さんとお母さんの顔も、見つけた。
……まあ、だけど。
知っている人と知らない人とで、特別扱い、みたいなことはしないつもりだ。
私はきちんと、みんなを見る。
みんなとしっかり向き合って、そして、心から、楽しかったと思ってもらう。
……なぜなら、それは。
知っている顔も、知らない顔も。
温度差はあれど、みんなが、それぞれ私のライブに期待しているのだと思うから。
それが……雰囲気で、熱で、伝わってくるから。
誰のことだって、私は無碍にしたくない。
……ちなみに、というか。
いつの間にか、音楽は鳴っているし、私は既に、踊っているし歌っている。
──全く、意識していなかった。
……いや、それでいい。
そのまま私は、観客にだけ、意識を向けていればいい。
──あの人、楽しそうに笑ってる。
それからあの人は……夢中になって、コールをしてくれている。
嬉しい。
けど、まだ足りていない。
まだ、満足しきれていない人もいる……そんな気がする。
だからもっと、私を見てほしい。
そして私と一緒に、今この瞬間に、没頭してほしい。
もっと、楽しんでほしい。
もっと……。
……そうやって、気が付いたら。
「──みんな……本当に、今日はありがとう!」
私は……最後まで、歌い切っていた。
……そうして、ようやく。
私は、気が付いたのだけれど。
息も絶え絶えで、汗が頬を伝っているし、気を抜けば、膝が震え出しそうなくらいに、疲弊している。
……間違いなく。
私は、今の自分に出せる全部を、出し切った。
確かに、自分のパフォーマンスに全くと言っていいほど意識を向けないということは、自分がきちんとできていたのか、まるでわからないということではあるけれど。
……だけれど、ライブの、成功と失敗なんて。
そんなものは、観客の顔を見れば、一目瞭然だ。
……そうして。
──ライブの後。
控え室へと、戻ってきて。
「お疲れ様でした、観月さん。期待以上の、とても素晴らしいステージでした」
純粋な達成感と、静かな喜びと共に。
私は、その言葉を、真っ直ぐに受け止めた。
……それを言われて、素直に受け取っていいんだって。
今日、私は、自分で自分に、そう思うことができたから。
「ありがとうございます!私……私にしては、結構、頑張りました」
「はい。本当に……よく頑張ったと思います」
流石に疲れていたので、椅子に座って。
それからしばらくそのままで、呼吸を整えて。
……何度かの呼吸を間に置いた後、私は口を開いた。
「──あそこに、元ユニットメンバーの子たちがいたんです」
プロデューサーは、とくに、何も言わない。
何も言わずに、ただ。私の言葉に、耳を傾けている。
「最初は……やっぱり、居心地が悪そうな、気まずそうな、表情をしてたんです」
ライブが始まって、私の顔を見た時。
私は彼女たちから、場違い感……みたいなものを、感じていた。
……まあ、これまで私たちは、連絡すらとっていなかったのだから。
それはそうだろう、といったところではあるのだけれど。
「……けど、最後は楽しそうに笑ってました。気まずい雰囲気みたいなのは、一度全部忘れて、ただ純粋に、楽しんでいた……みたいな。そんな顔をしてました」
……正直に言うのなら、後悔というか、未練はある。
3人で揃って、あの光景を見たかった気持ち自体は、今でも残っている。
だけど。
……言葉を交わしたわけではないけれど。
今なら、よくわかる。
既に、道は違えたのだ。
私は、ステージの上からの景色を諦められずにここにいて、そして彼女たちは、ステージの下へと降りる道を、選択した。
……そのことを。これまで私は、きちんと理解できていなかった。
きっと彼女たちが、ステージの上に立つことは、この先もう無いのだろう。
……それは他ならぬ、彼女たち自身が、選んだことだ。
ステージが始まる直前の、彼女たちの表情は。
……私を置いてステージの下に降りたことへの、罪悪感のようなものだということが、よくわかった。
そして、その一方で。
私は私で。ライブ中は極力意識はしないようにしていたけれど……彼女たちを置き去りにして、1人ステージでパフォーマンスをすることに、少なからず、複雑な思いを持っていた。
……だけれど、だからこそ。
きっと、もう、いいのだろう。
よく、わかったから。
お互い、これ以上に。
自分を悪く思う方向に、引き摺る必要なんてないのだろう。
……だって、というか。
例えば……観客とアイドル、というような形にはなってしまうだろうけれど。
異なる道でも、どこかで交わる瞬間はあるだろうから。
……そして、そうなった時。
私たちはまた、みんなで笑い合えるのだろうから。
「……その、ほんのちょっとだけ、心残りだったんです。あの2人、元気にやってるのかなーって」
……なんだか、長々と。
1人で、喋ってばかりになってしまった。
急にこんなことを聞かされても、プロデューサーにとっては……何の話だか、といったところだろうに。
……まあ、いいか。
たまには、こうやって。
思ったことを、思ったように言うだけの時があったって、いいのだろう。
「元『トラモント』のお二人は、今は学業で優秀な成績を残していると聞いています」
……何で知っているんだろう、と、思ったけれど。
まあ……今更か。
──それにしても……『トラモント』。
なんだかとても、懐かしい響きだ。
それは、中等部時代の、私たちのユニット名。
その意味は……夕焼けを意味する、イタリア語である。
今になって振り返ると、なんだか、夜を迎えて沈む夕日みたいで、少し縁起が悪かったような気もしてくるけれど……。
「らしいですね。……たった今、連絡が来ました」
……目を通して見れば。それは、彼女たちの現状報告。
そして、私を置いて、約束を破ってしまったことへの謝罪だった。
……私は、それを見て。
気にしなくていい旨を伝えて、それから。
もっと頑張るつもりだ、と言う意気込みを送ってみた。
そしたら、返信はすぐに来た。
──それは、『頑張ってね!』『応援してるよ!』と。
……私は、それを一目見て。
「私も、もっと、頑張ります!……2人に、負けないように。後悔してないって、胸張って言い続けられるように」
スマートフォンの画面を、オフにして。
プロデューサーに、そう宣言したのだった。