「息抜きをしましょう」
ノートパソコンを閉じながら、プロデューサーは、唐突にそう言った。
「息抜き、ですか」
対する私は、宿題をしてはいるところではあるものの……。
はっきり言って、別にここでやらなければ終わらないとかそういうわけではなくて、特にこれといってやることがないから、そうしているだけである。
そう考えると、息抜きにどこかに出かけるというのは。
私としても、かなりちょうどいい提案だった。
……。
……そうして。
プロデューサーがそう言い出した、その翌日。
私たちは、昨日あの後に準備した、ペンライトやら、うちわやら。
様々な装備を身に付けて、座席に並んで腰掛けていた。
……そう。
息抜きと称して連れて来られたのは、まさかのライブ会場だった。
これから、誰かのステージをやるのを見るということみたいなのだけれど……。
……誰のステージなのかは、ここに入る時に見たので、既に知っている。
これから始まるのは、花海佑芽のライブである。
ここ最近、私は自分のことに忙しかったものだから……誰がいつライブをするのか、みたいなことすら、把握することができていない。
今回のこのステージは、彼女にとってのファーストライブである。
仮にも、前世で『学園アイドルマスター』のファンであった身としては、はっきり言って、あまりに不覚というべきである。
……と、まあ、私の前世のことは置いておいて。
花海佑芽は、今ここにいる私にとっては……クラスは違うし、あまり、面識のある相手ではない。
せいぜい、偶然出会った時に挨拶をするかどうかくらいの関係性である。
……それなのに、わざわざプロデューサーが連れてきたのは。それは私が、彼女のことを、『原作キャラ』として特別視していることを知っているから、といったところだろうか。
これについて、正直に言えば。
……私は、かなり嬉しく思っていた。
少し前の私だったら、自分と比較して、向こうのほうが……みたいな思考になっていたことだろうけれど。
今なら、純粋な気持ちで、楽しむことができるんじゃあないか、と。
……そんな、気がする。
……。
──そうして。
「みなさーーーーん!ありがとうございましたぁ!」
……楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもので。
花海佑芽の元気に溢れる声で、ライブは終了した。
なんというか。
最後まで、元気いっぱいだった。
そして、見ていてすごく、楽しかった。
会場全体が、とてもよく盛り上がる、そんなライブだった。
「感想などは、ありますか?」
それから、ライブからの帰り道。
プロデューサーが、私に聞く。
……感想。
まあ、聞かれるかも知れないとは、思っていたけれど。
なんだか、ここまで来ると。
息抜きという名の、レッスンの一環だったのでは?と、思わざるを得ない。
……いや。
実際、レッスンの一環であるのは、事実なのだろう。
その上で、息抜きとしての性質も有していることもまた、疑いようのない事実であるから。
……まあ、一石二鳥、と考えることにしよう。
「楽しかったです!あとは、それと……」
息抜きにしては、少々真面目な時間の過ごし方だったとは思うけれど。
本当に、楽しかったのは間違いない。
少し前に、アイドルとしてステージに立ったばかりではあるけれど。
ああやって、観客としてステージを観るのも、また、悪くないものだと実感した。
そして……それから。
感じ取ったことが、ただ楽しかったというだけでは、あまり意味がないと思うので、その他に、私が感じたことと言えば。
「……アイドルとして、成長してたのは、私だけじゃないんだってことが、よく分かりました」
──花海佑芽。
前世の知識の情報で言えば……『学園アイドルマスター』の物語開始時点では、補欠合格ではあったものの。気が付けば、この学園に首席合格を果たした、姉でありライバルである花海咲季に、追いつき競い合っているような。
そんな、まさしく、大器晩成という言葉を体現するようなアイドルである。
あとは、スポーツ経験が特に豊富で、無尽蔵と思えるような体力と、極めて高い身体能力を持っていて、いつも元気いっぱいなのが特徴だ。
その、底無しの元気と体力、それから、鍛え抜かれた身体は、作中でも『最高の肉体』と極めて高く評価されていた。
……もしも仮に、彼女を私の比較対象として、今後を考えるというのなら。
彼女は、極めて強力な競争相手と言わざるを得ないだろう。
……なんて。
ここまでは、知識としては、わかっていたことなのだけれど。
しかし、改めて考えると。
競争相手……みたいな、そういう風には、あまりきちんと意識していなかった。
なぜかと言えば、それは、勝手に私が私自身を、彼女たちと比較するに値する存在でないと決め付けていたからだろう。
……しかし。
今は、少しだけ事情が変わった。
例えば、今の私にはプロデューサーがついている。
そしてそのおかげで、事実として、私は彼女たちと勝負できるくらいに成長できたと思っている。
「うかうかしてたら……きっとあっという間に遠くに行っちゃうんでしょうね」
──私は、プロデューサーのおかげで、ここまで来ることができた。
前に私がやったライブも、今見たライブに負けず劣らずのものができていたと、自負している。
……せっかく、ここまで来られたのに。
置き去りにされるのは、嫌だと思う。
私も、彼女たちと同じように。
トップアイドルを目指して、羽ばたきたい。
もう、届かなくて当然だなんて、少なくとも今は、そんなことは思っていない。
今考えているのは、どうやったら、私は横に並んで飛び続けられるか、ということだ。
「プロデューサーは、どう思いますか?」
……次は、逆に。
私の方から、プロデューサーの意見を、聞いてみる。
それは、プロデューサーにも何かしら思うところがあったから……だから、わざわざ私の感想を求めたのだろうと、思ったから。
……もしも、ただライブを観て楽しかったで終わるのなら。
こんな風に改まって聞いてくることはなかっただろう。
そんな意図を込めて、私はプロデューサーに聞き返した。
「観月さんには、明確なライバルがいるわけではありません。なので、ライバルとしての役割を担っていただけそうな人を探していたのですが……」
プロデューサーは、真面目な表情で。
私の顔を、見つめてきた。
「その様子だと、その点について焦る必要はなさそうですね」
……なんというか。
私にとっては、今日はとても良い息抜きになったけれど。
プロデューサーにとって、これが息抜きになっていたのかについては、大いに疑問に思えてしまう。
確かに、四六時中私のプロデュースのことを考えてくれているらしいことは、非常にありがたいし、頼もしい限りではあるけれど。
……それはそれとして、無理をしているのではないかと、心配になる。
「……俺も、今日は楽しかったです」
気持ちが、表情に出てしまっていたのか、プロデューサーは唐突にそう言った。
「なら、よかったです。……って、別にステージに立ってたわけでもない私がこう言うのも、なんだか変な感じですね」
「……そうですね。観月さんは、観月さん自身のライブで、ファンを楽しませてください」
「それは、もちろんわかってますよ」
思わぬ反撃を受けて、少しばかり、動揺してしまったけれど。
しかし、当然と言えば当然の話なので、私はきちんと、受け止めた。
……そして、その上で。
「わかってはいますけど……私、1人で羽ばたける自信はありません。自慢じゃあありませんけど、もし私だけだったら、絶対に、今の私みたいになれていませんでしたからね?」
これは、自分自身に対する、正当な評価だと考えている。
──少なくとも、あの時点。
わたしが、プロデューサーと出会ったばかりの頃には、私は、あまりにも多くの課題を抱えていた。
そしてそれらは、全て、プロデューサーに出会わなかったら、解決していなかったであろうというものであるから。
「ああやって、ライブを観て。負けられないなって、そう思えて。……私は、改めて、こんな風に考えられる自分のことを、少しだけ好きになれたような、気がするんです」
私は、言葉として口に出しながら。
今日考えたことを、少しずつ整理していく。
「……全部、プロデューサーのおかげです。だから……その、本当に、ありがとうございます」
感謝を正面から伝えるということは、少々、照れ臭かったけれど。
しかし、そういうプラスの感情は、ちゃんと伝えた方がいいって、そう思うから。
丁寧に。私なりの、思いを込めて。
しっかりと、言葉にしたつもりである。
「俺は、当然のことをしたまでです」
……だから、というか。
涼しげに流されると……それはそれで、少しばかりムッとしてしまうのは。
私が、夢を追うことを思い出して。
少しばかり、子供になったから……と、いうことなのかも知れない。
「当然なんて、言わないでください!……これ、私からの、感謝の気持ちです」
……ちょうどいい、タイミングだと思ったので。
私は、カバンの中から。
とあるものを取り出して、『それ』を渡した。
……『それ』は、未開封の、袋の中に入っていて。
「これは、いったい……?」
さすがのプロデューサーも困惑を隠しきれない、『それ』とはなんと。
「金色の伝説の剣に、ドラゴンが巻き付いたアクセサリーです!かっこいいでしょう?……プロデューサーに、ちょうどいいなって思いまして」
「そ、そうですか」
……作戦は、大成功と言って良さそうだ。
プロデューサーは、なんというか。
こう、すぐに格好いいようなことをしがちだから。
少しくらい、ダサく見える要素が、あった方がいいと思う。
「大事に、しまっておきますね」
「ええ!そんな、ダメですよ!……せっかくかっこいいのをチョイスしたんですから、是非、どこかに付けて使ってください!」
……とは言え。
さすがのプロデューサーも、この年で剣とドラゴンのアクセサリーを身に付けるのには、やはり抵抗があるらしい。
まあ、本人が付けないと言ってしまえば、それまでだから。
……嫌だというのなら、それは仕方のないことでもある。
私だったら……どうだろう。
盛大に困惑した末に、机の奥にしまい込んで、ふとした時に思い出す……みたいな。そんな感じに、なりそうだ。
……しかし。
私の言葉を受けて、渋々、といった様子ではあるものの、カバンにそれをくくりつける真面目なプロデューサーを、横目に見ながら。
「……プロデューサー。私、トップアイドルを目指します。私の持つ可能性の限界に挑んで……自分に目指せる、1番上に辿り着くことを、志したいと思うんです」
そうして。私の宣言に、「かっこいい」アクセサリーを揺らしながら、耳を傾けるプロデューサーに。
「だから、これからもよろしくお願いします!プロデューサー!」
私にできる、とびっきりの笑顔を向けて、そう言った。