第10.5話
息抜きがてら、同級生のライブを観て。
楽しんで来たと同時に、一種の、焦りにも似た危機感を覚えた私は。
その気持ちとは裏腹に……自分が停滞状態に陥っていることを、自覚していた。
それは、ついに私の才能が底をついたから……ではなくて。
──いや、才能なんて見えないのだし、いつ限界が訪れるかなんて分からないから、これを完全に否定できるわけではないけれど……今は一旦、そうではなくて。
具体的に言うと、ステップアップしようにも手詰まり感が否めない、とでもいうのだろうか。
……まず、前提として。
定期公演の試験に挑んだ際、私は曲の歌詞や振り付け、ステップ、仕草、表情、などといった、必要となる表現やタイミングを全て体に覚え込ませた。
それは、自分のパフォーマンスから意識を逸らしていても問題ないようにするため、という理由があって。
実際、だからこそ私は、定期公演でいい感じの結果を出すことができたわけで。
……しかし、だけれど。
この方法には、致命的な欠点がある。
まず、そもそもの話をすると、ちゃんと覚えられなければ何も意味がない。
だからこそ、私が前回披露したパフォーマンスは……実のところ、少しばかり簡略化されていたりした部分があったりと、あまり不安定な技術を要する追加要素を盛り込まないように工夫がなされていた。
つまり。
ある程度ちゃんと覚えようとすれば、割と簡単に高い完成度を実現しやすいというメリットがあるというわけなのだけれど……その代わりに。
──リスクを冒さない分、上限が低い……という、デメリットがあったのだ。
私としては、逸る気持ちのままに、とりあえず貪欲に新しい知識や技術を習得していきたいというのが、正直なところではあるのだけれど……。
その、習得した知識や技術を活かすことのできるものが無いのが、問題だ。
定期公演の課題曲だった、『初』の歌い方や振り付けを、その試金石として利用する場合。
元の歌い方や振り付けでのパフォーマンスが必要になった時に、きちんと元の形に戻せるのかは、大分怪しい。
そして、では仮に。元に戻すことをせず……つまり、『初』の歌い方や振り付けを改造して、それを人前で披露できるレベルまで高める場合。
その場合は、新しい歌い方や振り付けを盛り込んだバージョンのパフォーマンスを、古いパフォーマンスに完全に上書きできるように、またも徹底的に覚え込む必要が出てくるだろう。
一度しっかりと覚えたものを、新しくするのは、ハッキリ言って、ゼロから覚えるよりも労力を要するわけで。
……つまり、リスク回避などの様々な観点から考えた場合。
私が新しく技術や知識を習得したとしても、あまり不用意にそれを盛り込むことができないというわけなのである。
いっそ、新しい曲に挑戦すればその限りではないのだろうけれど。
しかし、その場合は……当たり前だけれど、何かしらの曲が必要だ。
観客に披露することのない曲を練習するのは……流石に、それはそれで、労力を無駄にしているとしか言えないだろう。
つまり、例えば。他人の曲をカバーする、なんていう手もあるわけだけど。
果たして、それを本当にどこかで披露するのか、ということである。
では、無理にキッチリ覚えなくてもいいのではないか、なんていう話にもなりそうだけれど……そうしたら、今度はその曲を観客の前で、ちゃんと最後まで歌い切ることができないだろう。
──観客が楽しんでいる様を見ると、私も楽しくなる。
それから、観客が自分を見ていると嬉しい。
……だから。
観客を前にした時、私の意識は、自然とそちらに向いてしまう。
ただ、これは。
以前のように、脳内で『理想のアイドルのパフォーマンス』を展開してそれと自分を比較して勝手に落ち込むのと比べれば、極めてマシな癖ではある。
そして、ちゃんとその状態でもパフォーマンスを維持できるなら、むしろプラスに働くこともあるから……特に、あまりどうこうするつもりはない。
少なくとも、その必要はないと、プロデューサーは判断している。
……と、なると。
癖の方を、どうにかする予定がないのなら。
必然的に、曲の方をどうにかする必要があるわけで……。
……と、そういった感じで。
まあ、つまるところ、これは堂々巡りである。
そして、堂々巡りにより、話は戻ってきて。
すなわち……停滞状態というのは、こういうことだ。
成長することができない、のではなく。
成長できても、それを活かそうとすると、いくつかの問題にぶつかってしまう。
まあ、これらは全て実際に試したわけではなく。
……あくまで、論理的に。
自分なりに考えた結果、こんな壁にぶつかりそうだ、という予測を立てたに過ぎないのだけれど。
しかし、あまり的外れな考えでもないだろう。
「プロデューサー、次の目標とか……ないですか?」
悶々と考え込んで、中々に寝付けなかった夜を過ごした、その翌日。
たくさん考えた末に、結局活路を思い描けなかった私は、最終的に。
プロデューサーに、この先の私たちの方針について、尋ねてみることにした。
「そうですね。次の目標としては夏の『HIF』を考えていますが……現状では、出場資格が得られるかどうかは、かなり怪しいです」
──夏の『HIF』。
『H.I.F』とは、端的に言えば、学園の、『
まあ、ここ初星学園でトップアイドルを目指すのなら、確かにそこが目標となるのは、そうだろう。
今の私では、まだレベルの足りていない舞台だというのも、よく理解できる。
だって、簡単に言えば、『HIF』に挑むということは、すなわち先輩も含めた、この学園の全てのアイドルに挑むということになるのだから。
そこには当然、現在の『学園一のアイドル』である、十王星南も含まれている。
彼女は……前世の知識で言えば、既に学園の外でも十分に通用するレベルである。
そして、前世抜きの私自身の目で見た評価だけで言っても……たしかに、彼女はここ初星学園においてなお、レベルが違うと感じる人だ。
そして、そもそも。
『HIF』は、出場資格を得るだけでも、とてつもなく難しい。
極めて狭い門である、オーディションを突破するか。
あるいは、アイドルとして、オーディションを免除するに足るだけの功績を打ち立てる必要がある。
「……現状でも、無理とは言わないんですね」
だからこそ、プロデューサーの発言の中で、驚くべきは。
彼が、現時点での私でも。出場資格を得るまでなら、可能性があると口にしたも同然の発言をしたことである。
「はい。無理とは言いません。……しかし、やはり現状の観月さんでは、挑むところまでで精一杯、といった形になるでしょう」
「……まあ、そうですよね」
「ですが、夏の『HIF』の開催まではまだ時間があります。それまでに、観月さんがそこで戦えるようになるための道筋は、考えてありますよ」
難しく考える私に、プロデューサーは、何やら自信ありげに宣言した。
……。
……そうして。
時間は少しばかり飛んで、その日の夕方。
レッスンを終え、少しばかり遅くに、寮へと戻ろうとしていた、その時だった。
──それは、校門のあたり。
そこに、見知らぬ人の、姿があった。
……夕陽の逆光により、顔は見えない。
辛うじて、そこにいるのが、大人の男の人と、それから、私たちと同年代の女の子の二人組であることが分かったくらいだ。
……これは、まさか。
思い当たる節があり、内心でテンションを上げながら。
私は、存在感を隠して、彼らに近づいた。
……そして、こそこそと近寄り。
すぐ、近くまで辿り着いて。
「クックック……」
私という、彼らにとっての部外者がすぐそばに居るということには……まるで、全く気付いていない様子で。
「ハーッハハ!」
男の人は、大きな声で高笑いをした。
「ついに来たのだ。我が極月学園が初星学園を蹂躙するときが!」
高笑いをした後。
男の人は、そのまま高いテンションで、何やら物騒なことを語り始めた。
「四音、ここに呼ばれた意味はわかるな?」
「ええ、私が初星学園の生徒を血祭りにあげればいいのでしょう?」
……しかし、何というか。
途轍もなく、物騒なやり取りだ。
もしも部外者が聞いていたら、どうするつもりなのだろうか。
……いや、まあ、実際私という部外者が聞いている状況にはなってしまっているのだけれど。
まあ、私は彼らがどういう意味でこの会話をしているのかを、既に知っているから、問題ない。
「……月花姉様には声を?」
「いいや、
前世において、画面の向こう側に、何度も見た。
なんなら、今。生で直接見ることができて、少し感動しているまである。
……それで、まあ、私の感動は、一旦いいとして。
この男の人の方は、おそらく、黒井さん……という人だ。
初星学園に対抗して、961プロを中心としたいくつかのプロダクションが合同で設立したという極月学園の、その理事長にして、同時に、961プロの社長でもある人……だったと思う。
……が、正直あまり『ゲーム』にはメインで出てくるわけではなく、シルエットでしか出てこないキャラクターだったから、あまり詳しいわけではない。
なんなら、シルエットでない黒井さんの顔を見たのは、今が初めてだ。
それで、ちなみにもう少し言うのなら、961プロは、この世界における巨大なアイドルのプロダクションで……つまり、あの人は、まるで小物みたいな会話をしているけれど、実のところは、この世界のアイドル業界においてものすごい大物、と言うことになる。
……そして、それからもう1人。
四音、と呼ばれた方の人は、白草四音。
白草月花という、現役で、現在トップアイドルと称されるに相応しい活躍をしているアイドルの、妹である。
姉と比較されることにコンプレックスがあって、他人の足を引っ張ることに躊躇いがないタイプで、怒りの沸点が低い……と、いったところだろうか。
それから、アイドルとしての実力は。
カタログスペックで言えば、一年生でありながら、既に十王星南に並ぶ程だという描写もあり。
いくつもの優れた点を持つらしいのだけれど……それを全て同時に発揮することができない、という、ある種の不安定さを欠点に持っている。
……情報収集をするまでもなく、最初から情報のアドバンテージを持つことができるのは、私の、前世の記憶の大きな利点だ。
「それに……やつらを潰すための策は、すでに打ってある。──四音。極月学園の力を、あの無能どもに思い知らせてやるのだ。いいな?」
「承知しました、理事長。愚かな初星の連中は、この白草四音が始末してみせましょう」
物騒極まりないやり取りを聞き届け、そうして、私は考える。
……これから始まるのは、他校の生徒を交えた中での、直接的な勝負という形式になる。
始まってしまえば、きっと、わざわざ情報を集めるような時間はないだろうけれど……しかし、最初から情報を持っているということ自体は、有利に働くと考えられる。
……そういう意味では、この、前世の知識は。
多分、どこかで、役に立ってくれることだろう。