──夕暮れの校門前で、黒井さんと白草四音の会話を目撃する少し前。
私たちの、拠点の教室で。
「次の目標は、『NEXT IDOL AUDITION』で、最終日に開催されるオーディション、『FINALE』で優勝ライブをすることです」
プロデューサーは、次なる目標を宣言した。
「に、『N.I.A』の『FINALE』、ですか。……まあ、何となくそんな気はしてましたけど……」
──『NEXT IDOL AUDITION』、通称、『N.I.A』。
それは、次代を担うアイドルを決めるため、アイドルたちが全国規模で競い合う、大きな大会である。
そして、その勝敗に大きく影響を与える、特徴的な要素と言えば。
それは、ファンによる人気投票だ。
人気投票において、一定以上の票数を得られなければ、最終試験である『FINALE』には、出場することさえ叶わない。
そして、その『FINALE』を含めた、大会中に行われる数々のオーディションでも。人気投票での票数が、直接的に、評価点に影響を与えるようになっている。
単純に、全国規模の大会、というだけであるなら。
……おそらく、今の私には無謀としか言いようがない。
けれど、ファン投票が大きく結果に関わってくる以上。
それはある種の、不確定要素となり得るだろう。
そして、プロデューサーが存在していることが、ファン数を増やすために行動するという面において、限りなく大きなアドバンテージになることを鑑みると。
その不確定要素は、私たちにとっては、有利に働くことが期待できるだろう。
……なんて。
ここまでは、わたしにとっては。
前世の記憶で、既知と言うべき内容である。
驚いたのは、その『N.I.A』が行われるのが、今この時期であったこと。
単純に、すっかり忘れてしまっていた。
しかし、それはそれとして……こう、前世の記憶で何でもかんでも既に知っている、というのは。考え方によっては、かなり卑怯かも知れないけれど。
私は、そのくらいの『ズル』は厭わないつもりである。
……そのくらいしか、自分の『武器』と呼べるものが、思い付かないから。
まあ、とは言え。
現状では、いまいち『原作知識』を活かせそうな場面なんて、あまり思い付かないのだけれど。
例えば、イベントの起こる時期を予測して、事前に備えると言う……ある種、最もわかりやすい『知識』の活用場所を見逃してしまった時点で。
私には、パッと思いつくような『知識』の活用場所はない。
「……何か、作戦とかって、あるんですか?」
悲しいけれど、結局戦術周りはプロデューサー任せになりそうだ。
『知識』の活用は、その時何か思いついたら……ということにでもしておこう。
……なんて、そんなことを考えながら。
私は、プロデューサーに、丸投げした。
「はい、観月さんには、あなただけの武器を持ってもらおうと思っています」
「武器……ですか?」
武器というのは、刀や銃などといった、戦いに使うものではなく。
おそらく、アイドルとしての強み、ということだろう。
……いや、まあ、それは当然のことではあるけれど。
「現状の観月さんには、特にこれと言って、観月さんだけの武器……みたいなものはありません」
たしかに、そう言われると、それはそうだ。
観客に意識を集中させてどうこう、というのも、言ってしまえば、再現性のある技術のひとつに過ぎないわけで。
……しかし、まあ、だからこそ。
てっきり、そういったものとは、私は無縁なものとばかり思っていたから。
正直言って、その発言は少々予想外のものだった。
「以前説明していただいた、あなたの『存在感を薄める力』は、使い方次第ではライブのパフォーマンスで活用できると考えています」
「えっ、と……あれがですか?」
転生して、なぜか持っていた、不思議な力。
そしてそれは、少し前までは、ダメな自分に無意識下で言い訳を作るための心の防壁となっていた。
……それを自覚して、本当の自分を曝け出し。
そうして自分自身の実力を受け入れることこそが、私の、定期公演『初』の最終試験を突破する最後のピースになったことは、記憶に新しい。
──だと、言うのに。
それを使う、とは。
そして、武器になる、とは。
果たして一体、どういうことなのだろうか。
「例えばですが、観月さんは、トンネルを抜けた瞬間、外の光が普通よりも眩しく感じたことはありませんか?」
「……まあ、ありますね」
……印象深いのは、前世の記憶。
高速道路を車で走っていた時なんかは、よくそんなことを感じていた。
「原理としては、同じことができると考えています」
「もしかして、同じ、っていうのはつまり、存在感を薄めたり薄めなかったりすることで観客の目が慣れないようにする……みたいな感じですか?」
「はい、まさしくそのようなイメージです」
「……うーん、すみません。いまいちイメージがよくわからないので、もうちょっとだけ具体的な説明をお願いしてもいいですか?」
「ここぞ、というアピールタイミングで最大限に観客の意識を持っていく形になるように、あなたの存在感に緩急をつけてみるというアイデアです」
……それは。
果たして、本当にできるものなのだろうか。
……まあ、言いたいことは何となくわかった。
つまり、自分自身の存在感というものを、理屈を無視して自在に操れるのなら。
その、ここぞ、というタイミングだけを狙い澄まして。
それ以外のタイミングでは、存在感をあえて薄めてみればいいのではないか、ということだろう。
「名付けて、『インビジブル桃花エクスプロージョン』なんてどうでしょう」
……まだ習得できていない、理論上にしか存在しない私の特技に、ダサ……じゃなくて、変な……でもなくて……そう、個性的な名前が、付けられてしまった。
……。
……いや、まあ。
名前なんて、別に、何でもいいのだけれど。
「そう……ですね。まあ、やってみる価値はある……かも知れません」
……それで。
まあ、とりあえずは。
理論が正しいのかどうかを、一旦確かめてみよう、と。
つまりは、やってみて実際に確かめないことには話にならない、ということになり。
……。
早速だけれど、私たちは、レッスン室へとやって来た。
……一応、ここにやって来たものの。
私の、正直なところはといえば。
流石に、かなり懐疑的に思っていると、言わざるを得ないところである。
「──それじゃあ、やってみますね……?」
……そうして、私の宣言に、タイミングを合わせ。
プロデューサーが、音楽をかける。
……その、音楽はといえば。
もはやすっかり慣れた曲──『初』である。
──今回、意識を向けるのは。
外側ではなく、内側だ。
やりすぎない程度に、存在感を、薄めて、弱めて。
そして、タイミングを見計らって、一気に解放する。
……そうしたら、また。
すぐに、存在感を薄めて、弱めて。
そして、さらに、タイミングを見極めて──。
……と、いった感じで。
一応は、パフォーマンスを、曲の最後まで通しでやり終えた。
そういえば……初めて、プロデューサーに声をかけられて。
そのあと最初にやったのは、今みたいな通しでのパフォーマンスだったっけ。
……たしか、実力を見るため、なんて言って。
それほど時間が経っているわけでもないのに、まるでだいぶ前のことのように感じるのは……おそらく、それだけ私が、あの時から精神的な面で変わったからなのだと思う。
……と、まあ。
過去の話は、一旦置いておくこととして。
とりあえず、実際にやってみた感じとしては。
まあ、大きくタイミングを外した感じはないけれど、流石に初めての試みだったので、何度かズレは発生した……と、思う。
それ以上は、特になし。
外から観測したらどうなるかは、流石に、主観的には何とも言えない。
観客であるプロデューサーの反応も、外側にあまり意識を向けていなかったから、よく分からなかったし。
「──どうでした?」
「これは……かなり面白い映像が撮れたと思いますよ」
……感想を聞いてみたものの、どちらとも言えないような。
明らかに、濁したとしか思えない感想を受け。
まあ、結局自分で見るのが1番早いか、なんて思いながら。
──私たちはまた、拠点の教室まで戻り。
……そして。
ついさっきプロデューサーが撮影した映像を、モニターの画面で流してみた。
──その、結果としては。
「……たしかに、これは……面白いですね」
外に意識を向けることができていない分なのか、存在感を薄めているからなのか。
……全体的に見ると、あまりパッとしないシーンが多いのだけれど。
──特定のタイミングで、一気に、意識が吸い寄せられた。
そして、吸い寄せられたと思ったら。
今度は、意識が強制的に緩められる。
緩んだと思ったら、また、引き摺り込まれて。
そしてまた、緩められて……。
一言で言うのなら、チカチカする。
……感覚としては、乗り物酔いに近いような、そんな感じだ。
それから、あとは。
見終わっての感想として。
自分の、アピールタイミングでのパフォーマンスの瞬間の姿が、しばらく、瞼の裏側に焼き付けられたかのような感じが残った。
……そう。なんと言うか、見ている間は、それこそチカチカして酔うような感じが、強かったのだけれど。
肝心なのは、パフォーマンスが終わった後の方だろう。
……その、しばらく、私の姿が脳裏に残り続けるような感じがあって。
目に焼き付けるとは、まさにこの事を指すのではないか……とさえ思えた。
「当面の目標は、実戦で使えるレベルにすることですね。そして最終的には、これも無意識下で行える事を目指しましょう」
「そう、ですね。……不完全でもこれだけ効果があるなら、活かさない手はなさそうです」
……しかし。
こうして見ると、確かに。
緩急をつけることで強く印象に残すというのは、机上の空論ではないようだ。
懐疑的だった、『自分だけの武器』という言葉が、いよいよ現実味を帯びた事を実感して。
少しばかり、気分が高揚したのを、自覚した。
……そして。
私は、その勢いのまま。
「プロデューサー、私……『インビジブル桃花エクスプロージョン』、しっかりと習得してみせますね!」
その名前はさすがにダサい……とは思いつつ。
プロデューサーに対して、そんな宣言をしたのだった。