──十王星南の協力を得た日から、時は経過し。
今日は、私が初めて『N.I.A』の公開オーディションへと参加する日だ。
だからこそ、一度改めて概要を振り返ろうと思う。
……まず、『N.I.A』は規模の大きな大会だ。
そしてそれゆえに、期間中にはたくさんのオーディションが、開催される。
しかし大会の仕組みとしては、最終的にはファン投票上位者が『FINALE』で合流するようになっているから……言ってしまえば、その内のどれに出場しようと、あるいは、出場しなかろうと、それは参加者の自由である。
……ちなみに、だけれど。
私が初参加なのは、あくまで公開オーディションが、という事であり。
オーディションそのものに出るのは、初めてのことではない。
空気感を知り、感覚を掴むため、ということもあり。
これまで何度か、オーディションには参加した。
……ただし。
それらはどれも、極力小規模なものを狙っての参加だった。
──そして今回も、それは同じ。
この辺りで、そろそろファンに「観月桃花」というアイドルの存在を知ってもらおうということで、通常のオーディションではなく、この公開オーディションに参加することには、なったけれど。
それでも知名度獲得という点で見れば、それほど効率が良いというわけではないはだろう。
……ちなみに、『N.I.A』が始まって、今この時までに私がしてきた営業活動はと言えば。
主にラジオ番組へのゲスト出演や、ちょっとしたテレビCMへの出演、それから、観光地のPRなど。
まとめてはっきり言ってしまえば、アイドルとしての、ステージ上でのパフォーマンスとは、あまり関係のないものが主だった。
ただ……これは別に、現在の私の実力そのものが、大会の参加に堪えないほどに欠如しているとか、そういうわけでもないらしい。
……では、なぜこのような方針を取っているのか。
それは、私がまだ、プロデューサー考案のインビジブル……なんとかかんとかを、まだ習得しきれていないからだ。
実力をアピールするのは、完全な準備が整ってから。それまでは、広く浅く、とりあえずは名前を知ってもらいましょう……とかなんとか。
プロデューサーの意図としては、そういうものがあるそうだ。
「……プロデューサー、私はプロデューサーのことを、あとはそれから、星南会長のことを、信頼しています。だから、心配しているってわけでは、ないんですけど……その、本当にこのペースで、大丈夫そうですか?」
……心配していない、なんて言ってしまったけれど。
それは、少しばかり嘘である。
ファン投票の数で言えば、私の順位はかなり低めの位置にある。
……果たして、こんなにも悠長で、本当にいいのか。
まだ、焦っているというほどではないけれど……さすがに正直なところ、不安を感じるような頃合いだ。
「ええ。問題ありません。……本当であれば、この時点でもう少し、積極的なアピールを行う予定でしたが、少々、予期せぬプラスの想定外がありまして」
「……想定外、ですか?」
……ちなみに、というか。
今、私たちがいる場所は、オーディション会場の控え室であり。
ここにいるのは、私とプロデューサーの、2人きりだ。
だからこそ、こうしてこれからの作戦に関わるようなことも、遠慮することなく擦り合わせを行うことも、できるようになっている。
……まあ、とは言え。
だからと言って、別にわざわざこんなところで作戦を話し合うような必要も無いのだけれど。
普段からコミュニケーションがきちんと取れているのであれば、普段から話し合いなんてしておけばいいだけである。
そして私とプロデューサーは、別にコミュニケーションが取れていない、というわけではない。
……今更こうして話しているのは、単純に、今になって私が少しばかり不安を感じたからというだけであった。
まあ、『N.I.A』が始まる頃の宣言通り、営業と自主レッスンで別行動になる機会は増えたから……その分は、コミュニケーションを取る時間が減ったとも言えなくはないのも事実ではあるのだけれど。
そして、その他にも。タイミングが合う場合は、同時並行で十王星南にプロデュース業について教えたりもしているようだから……そう考えると、先程までは別にコミュニケーションが取れていないわけではないと思っていたけれど、案外そうでもないのかも知れない。
……まあ、とは言え。
しかし、どれも必要な時間だから、だからどうする、ということもできないものではあるのだけれど。
……とりあえず、話を戻そう。
プロデューサーの言い出した、プラスの想定外、とは何だろうか。
「想定以上に、『インビジブル桃花エクスプロージョン』が具体的かつ精密な形で仕上がってきていること。それから、その習得時期が、予想以上に早くなりそうだということです」
……それは。まあ、たしかに想定外の事ではありそうだ。
思い返してみれば、あの時私が。
教室を飛び出して十王星南を連れて、戻ってきた時。
少なくとも、あの時点で、そうなることは予想外だったに違いない。
そして、その十王星南が、アイドルの持つ素養を『アイドルパワー』という数値として認識していることも、プロデューサーは知らなかったはず。
それで、その、イン……なんとかの完成度が高くなりそうな感じになっているのも、習得に手間取らずに済んでいるのも、おおよそ全て『N.I.A』の話が出た時点では協力を想定していなかったであろう、十王星南の『アイドルパワー』を視る目のおかげである。
……より具体的には、彼女の見た数値を基準にして、少しずつ存在感を薄める力の微細な制御を身に付けつつあるのが、現状というわけで。
だから、つまり。
この面においては、本当に、感謝してもしきれないくらいに助けられていることは間違いない。
「正直に言えば、観月さんが『インビジブル桃花エクスプロージョン』を、大会期間中に実用可能なレベルで習得するに至らない可能性も考慮してはいました。──だからこそ、本当であればもっと、安全マージンを取るつもりでした」
「……つまり、そこから気が変わった、ということですか?」
「はい。──これがわかってから、観月さんが『インビジブル桃花エクスプロージョン』を習得する前提でプランを立てる方向へと、予定を急遽組み直しました」
……つまり、なるほど。
私がそのイン……なんとかを、こうして順調に習得しつつあるのは。
よりハッキリと言ってしまえば、もはやそれは想定外の出来事だった、と。
……。
……それは、たしかに私も同感だ。
最初にプロデューサーに言われた時、ある程度大雑把な形でやってみたけれど。
今思えば、あれはとても人に見せられるものではなかった。
……あの時は、そんな風には、思っていなかったけれど。
ある程度理解が進んできたからこそ、わかることというものである。
「なるほど、です。よく分かりました!……つまりこれは、オリチャー発動!というやつですね?」
「──オリ……なんでしょうか……?」
オリチャー……略さずに言えば、オリジナルチャート。
それは、主にRTAなどで、想定外の事象が発生した時に、元々組んでいた綿密なチャートを放棄して、アドリブでオリジナルの即席チャートを組みながら続行する、ということである。
──なんて、急に説明するのも。
その、なんだか、恥ずかしいやらなんやらだったので。
「……データキャラが、データを捨てて戦う……みたいなやつです」
何となく、それっぽい雰囲気のものに例えて、誤魔化すことにした。
「なるほど……?」
……また、伝わらなかった。
私は、この空気をどうしたらいいのだろうか。
少しばかり、気まずいような……そんな空気が流れかけた、ちょうどその頃。
──どうやら、私の番が、来たらしい。
……これは、流石に。
ナイスタイミング、と言うべきだろう。
「──行ってきます、プロデューサー」
……控え室を出て、舞台へと向かう。
公開オーディションだから、観客も見ている中でパフォーマンスをする必要がある。
これから初挑戦ではあるけれど……既に、他のオーディションの時と比べて、緊張の違いというものを感じている。
……ちなみに、今回のオーディションでは。
プロデューサーの言うイン……なんとかは、使わない方針だ。
誤解が無いように先に言うけれど、もちろん、これは私の独断でそうするとか、そいうわけではない。
そして、このオーディションが小規模だから手を抜いて温存するとか、そういうことでもない。
……では、どうして使わないのか。
その理由は、単純なこと。
プロデューサーと十王星南。その2人の分析によると、イン……なんとかは、不完全なままに使うくらいなら、使わない方が良いらしい。
すなわち、完璧に完成させて、ようやく実戦投入が可能になるようなものである……と、いうことだ。
この件については、客観的視点で評価してくれている2人の間で、意見がしっかりと一致していたから、私としても、そういうものなのだと納得している。
せっかく、新しい武器を手に入れつつあるのに、まだ使ってはいけないというのは……もちろん、それはそれで、なんだかソワソワするような気分ではあるのだけれど。
勝手な判断でプランを崩してしまうのは、流石に私としても、全力で避けたいところである。
……だから、というべきか。
私の、今日のパフォーマンスは。
これまでに挑んだ、通常のオーディションと同じ。──そして、定期公演『初』の最終試験を突破して、ライブを披露した時ともまた、全くと言って良いほどに、同じようなものになった。
……そうして、その上で。
「観月さん、オーディションの結果が出ました。──合格です」
無事に合格することができたのは、定期公演の時点で、ある程度、それなりの実力は身に付けることができていた、ということを示す結果と言えるだろう。
「これで、ランキングも上がるはずですよ」
……ランキング。
まあ、さすがにこれで急に上がるということはないだろうけれど。
そういえば、ステージ上のパフォーマンスをファンに見せるのは、あまり機会として多くないから。
ここで、私のステージ上の姿を初めて見て、私のことを評価に値すると思ってくれる人も……もしかしたらいるかも知れない。
「そう、ですね。……そうなったら、嬉しいですね」
せっかくの人気投票祭りみたいな大会なのに、まだ票を増やすようなことを、あまりできていないのが現状だけれど。
それはそれとして、票数が増えたら嬉しいという気持ちは、やはりそれなりに強くある。
私にとっての本番は、イン……何とかを習得してから。
……というのは、もちろん分かってはいるのだけれど。
投票数が増えて、順位が上がったりなんかしたのなら。
そうしたらきっと、とても喜ばしい思いをすることができるんだろうな、なんて。
……私は、そんな風に、思いを馳せてみたのだった。