そろそろ順番が来るということで、私は公開オーディション『QUARTETTO』を受けるため、控え室の扉を開けて廊下に出た。
……そして。
そのまま少し歩いた、その時だった。
「──ですからやはり、初星学園というのはたいしたことのない者ばかり、という話に戻ってくるわけです。ここまで説明すれば、あなたの足りない頭でも……理解できましたよね?」
……そこでは、白草四音が。
おそらく初星学園の生徒であろう人に、追い詰めるように言葉を浴びせていた。
そして、それに対して、初星学園の生徒と思しきその子はというと、悔しそうな表情で俯いたまま、言葉を返すことをしない。
……前後の会話を聞いていないから、何があったのかは、よくわからない。
けれど、この状況を見れば、ある程度の予想くらいなら、できるような気がしないでもない。
……前世の知識を前提に、人のことを悪し様に見るのは……少しばかり抵抗があるけれど。
けれどあえて、前世の知識を持ち出して語るなら。
──白草四音は、脅威となり得ると判断した相手に容赦がない。
あらぬ噂を流布し、クラスで孤立させたり、ネットで悪評をばら撒くようなことをしたり……と、そういうことをする人である。
──少なくとも、『学園アイドルマスター』というゲームのキャラクターとしては、そのように描かれていた。
だから、それを前提に、考えれば。
言葉で追い詰めて、本番直前に精神的に疲弊させるくらいのことは……まあ、躊躇いなんてなく、自然とやってくる範疇のことだろう。
……そして、一応。
そう判断した、もうひとつの根拠として。
それは、前世の知識だけでなく、今の私の持つ情報としても。
『N.I.A』が始まる前、彼女の通う極月学園の学園長である黒井さんと『初星潰し』について話していたのを、実際に聞いたということもある。
「……あら。噂をすればもう1人。初星学園の無名アイドルがやって来たではありませんか」
……順番が近いから移動をしている、とは言え。
まだ、すぐ直前まで迫っている、というほどでもない。
だから、間に入って止めるべきか、どうするべきか……と。
……そんなことを、考えていたら。
向こうが私に気付いて、大げさな物言いで、こちらに声をかけてきた。
「あはは、えっと、久しぶりー……ですね」
内心では、どうしたものかと、決めかねながら。
とりあえずは……いざとなったら振り切って逃げよう、なんて思いながら。
私は、彼女の言葉に返事をした。
……と。
──その直後。
つい先ほどまで白草四音に言い寄られていた子が、隙をついて。
するりと抜けて、去っていった。
……。
それを見て、私は。なんというか。
……気弱なようで案外強かな子だなぁ、なんて。
呑気に、ぼんやりと。
そんなことを思いつつ、その後ろ姿をただ見送った。
「噂は聞いています。『
たしかに、彼女の言う通り。私は現状、ステージに立つような仕事はあまりしていない。
……だけれど、それはプロデューサーの方針であり、そこにはきっとなんらかの意図があるのだろうと信じているから、そこを指摘されても、あまり、なんとも思わなかった。
「そんな状態、そしてそんな順位で、この『QUARTETTO』に来るなんて……もしかして、記念の思い出作りにでも来たのですか?」
やはりと言うか、中々に、手厳しい評価だ。
今の、棘の強い言い方は……私が彼女にとって、単独で警戒するに値しなくとも、敵の1人ではあるから、というのもあるだろうけれど。
おそらく、事実として。
客観的に見れば、評価として正当なものであることだろう。
「うーん、まあ、そうだね。うん、私は思い出を作りに来たんだよ!」
無謀とわかって、その上で。
私はそれを覆して、勝ち星を上げて。
そして最高の思い出のひとつを、ここで作ろうと思っている。
そういう意味では……この挑戦は、間違いなく思い出作りとなるだろう。
……なんて。
その意図を、敢えてきちんと伝える意味も、ないだろう。
「ふん、そうですか。……わかりました。もう興味もありません。早急に、私の視界から立ち去ってください」
私の言葉を、狙い通り、言葉通りに受け止めたのだろう。
呆れたように吐き捨てる彼女を横目に、私はくるりと背を向けて。
そしてそのまま、オーディションのステージへと、歩みを進めた。
──そうして。
背を向けて……ちょっとだけ。
今のやり取りについて、思うことがなかったわけではないことを、補足しておく。
……それは、単純に。
その……なんだか、嘘をついたようで。少しだけ、自分でも嫌な感じは、したのだけれど。
……だけれど、やはり少しでも勝率を上げるためには。
今は、あの何をしてくるかわからない白草四音には、できる限り長く、私のことを取るに足らない存在だと、思ってもらうべきだろうから。
──これでいいのだと、思い直す。
……そうして。
気持ちを切り替えて。
──私は、ステージの上に立った。
……。
……思うに。
勝負というものは、案外始まる前に終わっていることが、多いものである。
私は今日までに、できる限り、本番中の自分にできるパフォーマンスを伸ばしたつもりである。
そしてそれから、今日私が1番意識している白草四音もまた、できる限りの芽を摘んできたのだろうことが、伺える。
……もちろん、私たち2人だけの話ではない。
今日ここにきた全員が、きっと、それぞれの考えるベストを尽くして来たのだと思う。
──しかし。
やはり勝負の結果というものは……どうしようもなく、その準備段階で、ある程度決してしまうものかも知れないと、そう思う。
積み上げて来たものというのは、単純な量や質で比較できるものではない。
勝負である以上、じゃんけんのような相性染みたものはどこかに存在するだろうし……積み上げた中に、結果論的に見て無駄になってしまったものも、どこかに生じていたかも知れないし、逆に活かせなかったものもあるかも知れない。
要素というものは、複雑に絡み合うものだから。
とても、その時その時を生きる人間には、全てを見渡せるものではない。
……仮に、勝負というものが始まる前に終わっていたとして。
それをその瞬間に正確に観測できるのは、きっとその時の全ての要素を見渡せる全知全能の神様くらいのもの、とも思っている。
──だけれど。
終わった後から、情報を整理して振り返ることで。
私のような人間でも、たくさんの要素を見渡すような視点を得ることは、できてしまう。
……だから、これはつまり。
終わった後に、その視点で見て、そしてようやく。私は今回の勝負というものが、事実始まる前に終わっていたのだということを知ったのだ、という、ただそれだけの話である。
……。
……と。
そろそろいい加減回りくどいから、結論に跳ぼう。
──今回の、オーディション。その、結論としては。
「観月さん。『QUARTETTO』トップ合格、おめでとうございます」
……私は、観月桃花は。公開オーディション『QUARTETTO』にて、この『N.I.A』の優勝候補と目されていた、白草四音を下し。
合格という、結果を得た。
「──っ!そう、なんですね。……なんだか、信じられません。ありがとうございます、プロデューサー!」
──今回競った相手の1人、白草四音は。
極月学園のエースであり、学生ではあるものの、かなり名の知られたアイドルである。
世間的に見れば、ポッと出の私がそんな彼女を上回るスコアを出したのだから、それはもう衝撃的なことだろう。
まさしく、驚くべきジャイアントキリング。
あるいは、想定外の、ダークホース。
……だけれど。
これを、後から考えたことで語ってもいいというのであれば。
これは、それほど不思議な話でもなかったのだと、そう思える。
──前提として。
白草四音は、極めて優れたアイドルである。
確かに、彼女のパフォーマンスは、非の打ち所がない……まさに、完璧なものだった。
……けれど、それはあくまで、表面的な話である。
確かに、数字上での評価であれば、彼女は、満点に近いスコアを出していたことだろう。
……しかし、その上で。
私から見て、彼女のパフォーマンスには、オーディションを過度に競技として意識している弊害が出てしまっていた側面があったように感じた。
具体的に言うのなら……例えば。彼女は、ファンに対する愛が薄い。
それはおそらく、ファンを数字として認識してしまっているからだろう。
……まあ、それで言えば。
別に私だって、きちんと、ファンの1人1人に、極めて強い愛情を持てていると言えるかは、また難しい話ではあるのだけれど……。
──ここで私が言いたいのは、その点で私が勝った、という話ではない。
あくまでも、付け入ることのできるような隙は確かに存在していた、という程度のことである。
減点方式で採点すれば満点に近くても、加点方式ではそうもいかない。
……言い方は悪いけれど、実際、それが白草四音というアイドルなのだろう。
そして、私は──もっと言えば、私の新しく得た『武器』は。
……加点方式での評価において、強みを発揮する性質だったと言えると思う。
減点方式の評価軸では、彼女は、ほとんど完璧なパフォーマンス。
そして私は、ひたすらにミスをしないために体に覚え込ませた、パフォーマンス。
……どちらも同じ、なんて言えないけれど。
しかし、そこにそう大差の生まれるような違いは、ないと思う。
だからこその、追加要素……すなわち、加点の差、というのは。
きっと、結果を左右する要素として、大きな意味を持っていたのではないかと、そう思える。
……そして、それから。
1人でできることには、限界がある。
彼女は自分のパフォーマンスを磨き、さらに知名度やファンの獲得のための営業活動を、自力だけでこなす必要があった。
対して、私には。その戦略的な部分を丸投げしていい相手がいたから、負担が少なく済んだ分、これも、有利に働いたところだったと言えるだろう。
……加えて、さらに。
彼女は主に、妨害に徹することを戦略としていたけれど。
相手の妨害に力を入れるのなら、脅威となる相手を1人残らず潰しておくことができなければ、意味がない。
とは言え、だからと言って。これまで、ある意味で『N.I.A』の舞台に立っていなかったとも言えるような私のことを、ちゃんとマークしておけというのも、それはそれで、酷な話だ。
繰り返しにはなるが、彼女はその妨害工作以外にも、たくさんのものを、自力でどうにか積み上げていたはずだから。
……脅威になり得ないものを相手取ってわざわざ対策するような、そんな無駄を敢えてできるような余裕は、無かったのだ。
「……あ、ありえない……こんな、無名アイドル相手にこのボクが、負けた……?」
……だけれど。
その上で、本人としては、納得のいくようなことではなかったのだろう。
いつもの丁寧な口調は剥がれ、呆然と目を見開きながら長く整った髪を自分の両の手でかき乱す彼女の姿は、いっそ痛々しいとまで、思えてしまったのだけれど。
勝負というものは、勝つ人がいれば、負ける人もいるものだからと、割り切って。
──そっと、プロデューサーの手を取って。
それから、私の力で、私とプロデューサーの存在感を、一気に薄めて。
……そのまま、取り乱している白草四音に絡まれないように、そそくさと。
私たちは、誰にも気付かれないままに。
その場を、静かに立ち去ったのだった。