──気が付けば、あっという間に『N.I.A』も大詰め。
最終オーディション、『FINALE』の日がやってきた。
結局、プロデューサー曰く、白草月花は、私の前世の知識通り、ごく軽度の怪我を負っているらしい。だから、全力は出しきれないだろうけれど。
……しかし、それをプロデューサーが黒井さんに直接伝えてなお、結局この『FINALE』には、白草月花が出ることは変わらなかったのだそうだ。
一応補足しておくと、これは黒井さんが勝手に白草月花の体のことも顧みずに無茶を言っているというわけではなく。
きちんと話し合い自体はしたものの、その上で、当の白草月花もまた、自分の妹を負かした存在にちょっとした興味を持っていたらしく……結果、そのような結論になったとのことらしい。
……と、まあ、そういった形で。
現在は、私は『FINALE』の舞台に立つため、その会場へと、ちょうど到着したところである。
着いて、まず最初に思った事はと言えば……海外で活躍するレベルの、まさしくトップアイドルと呼ぶべき彼女が出るということもあり、まだ公開オーディションの時間には早いというのに、かなり人がたくさん集まっている、という事だった。
それに、いよいよ大一番ということもあって……流石に、緊張を禁じ得ない。
……特に理由もなく、その方が手間を少なく済ませることができるということで、別々でここに来ることにしたけれど。
こんなことなら、プロデューサーと一緒にここに来るべきだっただろうか。
以前、挑むとか何とか言って、あんな大口を叩いておいてのそれは、我ながら、情けないというかなんというか。
……というのはわかってはいるのだけれど。
まあ、それはそれとして、というものである。
「……ふぅ」
……呼吸を整えて、どうにか。
なけなしの勇気を振り絞ろうと試みた、ちょうどその時。
「見どころのある雛鳥がいると聞いて来たが、お前か?私の愚妹を破ったのは」
──私の、背後から。
まるで唄うような。
それでいて覇気に満ちた、そんな声が、唐突に私に向けられた。
「……はい。私は、観月桃花と言います。初星学園の、1年生です」
……想像以上の、存在感。
自然体で、ただそこにいるだけだというのに、まるで目が潰れそうなくらいのオーラを纏っていて、気を抜けば呑み込まれてしまいそう。
──直接相対しての第一印象は、そんな感じだ。
言葉の上ではわかっているつもりだったけれど。
……改めて、理解できた。
彼女は、目の前にいるこの人は……間違いなく、トップアイドルと呼ばれるに相応しい存在だ。
「……あなたは、白草月花さん、ですよね?」
「ああ、そうだ。──知っていて、お前は逃げなかったんだな?」
「……正直に言うと、なんですけど。本来なら、同じ舞台に立つこと自体が、烏滸がましいくらいだと思ってます」
……これは、事実だ。
『FINALE』に白草月花が出てくるらしい事を知った私は、あれから、少しでも情報を集めるために、彼女のライブの映像を集めて、観た。
前世の知識を頼ろうにも、『学園アイドルマスター』というゲームにおいては、トップアイドルという肩書きと共に現れるキャラクターではあったものの、少なくとも私の知っている範囲では、彼女について掘り下げられることはほとんどなかった。
強いて言うなら、初星学園の副会長が『カッコいいアイドル』のキャラ作りをする際に参考にしていたシーンがあったことを知っているくらいで……それ以外は本当に、彼女がどんなパフォーマンスをする人で、どのようにしてファンの心を掴んでいるのか、まるで知らなかったから。
……だから、少しでも相手取る上で参考になる情報があればと思ってのことだった。
しかし、だけれど。
今となっては、ほんの少しばかり後悔している。
……なぜかと言えば、色々と見てみたのに、振り返ってみれば、わかったのは白草月花というアイドルが素晴らしいアイドルであるという、それだけだったから。
立ち向かうべく光明を探すためだったのに、逆に、心が折れそうになってしまった。
……本当に、本来であれば。
今の私では勝負なんてとても成立するわけがないということは、まさにその通りのことなのだ。
「……だけど、『N.I.A』は、私たちの大会です。次を背負うアイドルとして認められるために、それぞれが精一杯の限りを尽くして、競ってきました」
暗に、目の前の相手に対して、あなたはここに来るにはふさわしくない部外者だと、謗るような物言い。
……これが、ひどく不遜な態度だということは、重々承知の上である。
「私も、できる限りのものを積み上げて、ここに来ました。だけど、それはあくまでスタートラインで……私と同じように、色々と積み上げた上で、ここに立てなかったアイドルも、たくさんいます。……私だけが特別だとは、思っていません」
本番が始まる前。会場に入るでもなく、言葉を交わす私たち。
……目を逸らしたら負けのような気がして、白草月花から目を離すことができていないから、あまりきちんとはわからないけれど。
おそらく……今日ここに集まっているたくさんの、観客として来た人たちは。
きっと、私たちの今の姿を、観ていることだろう。
……だから、それを前提に。
言ってしまえば、これは一種のマイクパフォーマンスになるのだから。
「そんなみんなの代わりに、私はここに、立っています。……そうなったのは、選んでくださった、ファンの皆さんのおかげです」
嘘をつくようなことをするつもりは、ないけれど。
……それはそれとして。どうすれば、自分の印象を上げられるか。
どうすれば、少しでも有利に持ち込めるか。
それを考えながら、言葉を取捨選択して、整えて……それから、紡ぐ。
「たくさんの期待を背負って、私はここに、辿り着きました。……だから、期待を裏切らないために、そしてみんなの期待に応えるために、私は今日、ここであなたに挑戦します」
──『みんなは、私に期待をしてくれている』そんな言葉に、根拠はない。
しかし、こんなことはもはや、言ったもの勝ちというものである。
私が挑戦者で、あなたはその前に立ちはだかる高い壁だ、と。
ここに来ているみんなは、その挑戦者たる私の姿を、見届けるためにいるのだ、と。
私の吐いた言葉は、しれっとそう定義するものであり、それを観客に印象付ける意図が、込められている。
──ファンは、私に、一種の物語性を見出している、と。
だからこそ、勝ち目がある、と。
そう言ってくれたのは、プロデューサーだ。
だからそれを、どうにか最大限に押し出すこと。
……それこそが、今の私にできる、1番の策と考えた。
「……なるほどな。雛鳥にしては、よく状況が見えている」
……しかし、やはり。
流石の経験値というべきか、白草月花は、私の付け焼き刃の小手先の策など、簡単に見破ってきたようだ。
「いいだろう。この白草月花が、その挑戦を受けてやる」
──だが、その上で。
白草月花は、正面から。私の小細工もろとも踏み潰すことを、選んだようだ。
……元々、勝手に『N.I.A』に乗り込んできたのは、彼女である。
私は本来、ただ巻き込まれただけに過ぎない。
だけれど、私と白草月花の宣言によってそれは覆り、私が先ほど描いたシナリオこそが、この物語のプロローグとして成立した。
……あとは、私の「私の挑戦」がどうなるか。
物語の結末に当たる部分は、全てそこに集約される。
──こうして、ようやく。
最終オーディション『FINALE』が、その幕を開けたのだった。
……。
……そうして、それから。
控え室で、プロデューサーとの、ちょっとした会話を経て。
──そしてついに、私の順番が、回って来た。
……もはや。
いつの間にやら、緊張なんて吹き飛んだ。
ただ、それは恐怖心を克服できたという、わけではない。
本来萎縮するべきこの状況に、心が躍っているような……あるいは、胸が高鳴っているような、そんな気持ちで。
これは、もしかしたら、ある種のヤケクソみたいな気持ちなのかも知れないけれど。
……そうだとしても、それは足を踏み出さないよりも何十倍もマシだろうから。
今日はこの酩酊にも似た奇妙な高揚を燃料に。最大限、ファンのみんなに楽しんで行ってもらうことに、するとしよう。
「──よろしくお願いします」
……パフォーマンスを行いながら。
私は、観客の顔を見渡していく。
やはり、と言うべきか。
私の前に白草月花がパフォーマンスをしたと言うのもあって、観客が全体的に熱を帯びているのを感じる。
……そして私も、気が付けば。
音楽の中。歌い、踊りながらも、その熱に浮かされていくような感覚がある。
……それは、まるで心まで溶けてしまいそうな熱の中で。
……しかし。
私の身体は、冷静さを残していた。
いつも通りのパフォーマンス。
いつも通りの、能力の行使。
表面上は、白草月花が作り出した予熱の中に、私も観客も、共に沈みながら。
……その裏側で、来るべきタイミングで全てを塗り替え、攫っていくための準備を着々と整えていく。
……大丈夫。
私は今、ちゃんとステージの上に、立てている。
私は……いや、私だって。
みんなの前で輝く、アイドルなんだ。
──曲のサビ。
この曲の、一番の盛り上がりどころ。
タイミングは……今。
──さあ。
みんなの瞼の裏側に焼きついた残像を、私の色で、塗り潰せ。
……印象を薄める力を使い、密かに少しずつ貯めていた熱を、私はまるで爆弾を起爆するかのように一気に解放した。
それによって、微かに。
しかしたしかに、空気が変わった。
──それは、今この瞬間に広がった、新しい熱。
白草月花が残していった予熱ではなく、私の作った、ものである。
……つまり。
ちゃんと、彼女の光を、私の色で上書きできた。
──そんな、確かな成功の手応えを、感じながら。
それから私は、そのまま最後まで歌い切った。
……。
……そして、それから。
「ふっ──ふふふ、あははははははっ!」
パフォーマンスを終えた私を見て。
白草月花は、心底愉快そうに、大きな笑いを上げて見せた。
「これは、審査は不要だな。──私の負けだ」
そして、大笑いのその直後に、急に声色の温度が下がり。
そのまま、あっさりと自分の敗北を宣言した。
「……それで、いいん、ですか?」
──正直なところ。パフォーマンスを終えて、私も、勝ったかも……?とは、思ってはいたけれど。
しかし、つい、疑問が口をついて出てしまった。
「──いいもなにも、観客の反応を見れば、勝敗は明らかだろう」
しかし白草月花は、そんな私のつまらない疑問に対して、キッパリとした口調で言い放った。
……そして、実際。
その後、あまり間を置かずに、結果は発表されて。
その結果は……彼女の言った通り。私が、『FINALE』をトップ合格し、『N.I.A』の優勝者となったというものだった。
……しかし。
勝負が終わって、結果が出て。ひとつ思わずにはいられない、ことがあった。
……それは、白草月花について。
彼女にとってこの結果は、決して、満足のいくものではなかっただろうに。
悔しさを噛み殺しながらも、しかしそれはそれと、真っ直ぐに受け入れて堂々と立つ、その姿は。
どこまでも大人で、高潔に見えた。
……しかし、それに対して。
勝ちを拾うことができた要因のほとんどは、純粋な私の力によるものではない。
全ての真実を知れば、きっと、私を卑怯者と言う者だって、もしかしたらいるかも知れない。
「……私は、あなたが、本調子でないことを……知っていました」
……そう思うと、素直に勝利を誇るべきか、わからなくなる。
「勝者であるお前が、勝利に言い訳をつけるのか」
そうして、弱気を見せた私に。
むしろ、白草月花は、鋭い眼光で睨んできた。
……が、しかし。
「──ふん。……ならば、それでもいい」
彼女は威圧的な雰囲気を、すぐに収め。
代わりに……獲物を前にした肉食獣のような、薄い笑みを向けてきた。
「今回の結果に自信が持てないのなら、今度は私の方から、その勝者の座を奪い取りに行ってやろう。……せいぜい、それまでこの結果を噛み締めておくことだな。──観月桃花」
……次、か。
そんなこと、言われるまで、考えもしなかった。
しかし、過程はどうあれ。そして、自分がどう思っているかというのもまた、別として。
……これは、純然たる事実として。
私は、トップアイドルを相手に、ステージの上で戦えるアイドル、ということになったのだ。
──そうであれば、必然的に。
次の機会が訪れることもあるだろうというのは、言ってしまえば、ある種自然なことでもある。
トップアイドルに目をつけられた……という言い方をすれば、なんだかそれは、恐ろしいような気もするけれど。
今の私としては、それ以上に。
勝者という称号が私に真に相応しいのかは、その時に確かめればいい、と。
……そう思えたことで、ようやく。
心から安堵し喜ぶことが、できた気がした。
……そして。
そんな、こともあって。
私はそれから、息も絶え絶えといったところではあったけれど。
……どうにか、控え室に戻って来た。
「……プロデューサー、見てましたか……?──私、勝ちました!」
……そしてこれは、後から聞いたことだけれど。
私はあの場で、いつも以上のパフォーマンスを、発揮することができていたらしい。
しかし一方で。ステージの上で、私自身がいつも通りと感じたのも、それはそれで、間違いではなかった。
歌も踊りも、それから能力の出力も。
それらの数値の全ては、確かに、いつも通りで。
後から映像で見ても、そこには、何ら変化はなかった。
……しかし現実に、私はいつもの何倍も疲れたし、それから……言語化は難しいけれど、たしかに、不思議といつもよりも素晴らしい、ステージになっていた。
「はい。おめでとうございます。本当に、お疲れ様でした」
「えへへ……えっと……はい!私、ちょっとだけ、いえ、かなり、頑張りました。──トップアイドルって……本当に、すごいですね」
……あれだけ、状況を整えて。
その上、帰国したばかりかつ怪我に気を遣わなければならないという、超がつくほどの不調の状態で。
しかもさらに、彼女の残した熱を、利用して。
……その上で、勝負としては、ギリギリだった。
何か一つボタンの掛け違いがあったら、私はきっと、あっさり負けていた。
白草月花……彼女は、本当に、すごかった。
もしも今のまま、互いにフラットな状態で、私が次に戦えば。
きっと、敵わない相手だと思う。
……そんなことは、私が一番わかっている。
だから、いつか、近いうちに。
ちゃんと、この結果に相応しい私になれるように、努めよう。
……そして、だからこそ。
その誓いを己の胸に刻み込むためにも。
今はあえて、この、身に余るような栄誉を。
堂々と、掲げることにしようと思った。