第21話
『FINALE』の優勝ライブを終えて、控え室で、プロデューサーと共に、次に向けて気持ちを新たにした……ちょうどその時。
部屋の扉が、勢いよく開き。そこから、十王星南が現れた。
「──お疲れさま、桃花。あなたのライブ、見届けたわ!」
そういえば……というのは、あまりにも失礼な話だし、そもそも別に忘れていたわけではないのだけれど。
十王星南もまた、私にとって、プロデューサー……というか、先生みたいな相手である。
まあ、さすがに彼女にまで、これから先も、なんて言うつもりはないけれど……。
せめて、感謝はちゃんと伝えたかったから。
こうして来てくれたのは、とてもありがたいタイミングだった。
「……ありがとうございます!星南会長が、一緒に私の表現を模索してくださったおかげです!」
本当に、ありがたいことである。
……もしも、私1人だったなら、とてもこんなところに立つことなんて、遠い遠い、夢のようなお話だったことだろう。
──改めて、実感した。
私は本当に、たくさんの奇跡を束ねて。
この、スタートラインに立てているのだ。
「どういたしまして。……だけど、謙遜しなくていいわ。確かに、私がサポートした分もあったけれど。ここまで来たのは、あなたの努力が実った結果でも、あるのだから」
努力、といえば聞こえはいいけれど。
言ってしまえば、私はほとんど、誰かの指示に従っていただけである。
……が、まあ、しかし。
こうやって、言われた通りに素直に積み上げていくこともまた……努力と表現することはできるのか。
──だとすれば。
自分で、今いる場所をスタートラインと定義するのなら。
これから先、きちんと前に進むため、正しく必要なものを積み上げていくためには。これまでに自分が積み上げたものを過小に評するのも、あまりよくないことかも知れない。
「……それで、話は少し変わるのだけど。──これから開催される、夏の『Hatsuboshi IDOL FESTIVAL』。……あなたも、出場する予定かしら」
──通称、『H.I.F』。
初星学園内のイベントとは言え……そのレベルとしては、『N.I.A』と比べてもなお、極めて、高レベルの大会である。
……が、しかし。
出場可能な見込みがあるのなら。
トップアイドルを目指す初星学園の生徒として。もちろん、出場を避ける理由なんて、どこにもない。
「──はい!プロデューサーとも、以前既にその話をしてまして。……ですから、次の『H.I.F』では、星南会長に、挑むことになると思います」
「……挑むことになる、ね。──世間的には、もしかしたら、そうではない形になるかも知れないことは、認識しているかしら?」
……そうではない、形。
少し考えてみたけれど、いまいちよくわからない。
現在の『
……それを奪おうとすることは、挑むとは違うのだろうか。
「世間的には、今回をきっかけに、あなたのことをトップアイドルの一人として数える人もいる。……そして今は、『
──それは、お互いの持つ……と言っていいのかはわからないけれど、お互いに関わりの深い称号を、比較した時の話。
言われるまで、思いつきもしなかったことだけれど。
そう言われてしまうと、確かに、そういう見方をする人はいるかも知れない。
「そうね。先に一つだけ聞いておきたいのだけど、あなたにとって私は……十王星南は、どういう立ち位置の人間ということになるのかしら」
──この質問は、おそらく。前世の知識とか、そういうものを抜きにして。
今を生きる、私の考えるところだけで答えるのが、一番誠実と言えるだろう。
「……そう、ですね。星南会長は、私にとって。──尊敬する先輩であり、そして、アイドルとしての先生、みたいな感じだと思ってます」
まず、私は自分をトップアイドルの一人とは考えていない……というのは、大前提として。
それを抜きにしても、現時点までの中で、私の方が十王星南よりも上に立っただなんて、微塵も考えたことのないところである。
「なるほどね。プロデューサー、ほどではないけれど。……先生、というのも、言葉の響きとして悪くないわ」
私の言葉を聞いて、彼女は。
どこか満足げに、それを反芻するかのように数度小さく頷いた。
「そして、私はあなたの先輩でもある。……よく、わかったわ。──なら、あなたの進む先を示す者として、私も、覚悟を決めて、全力で相手をすると宣言するわ」
先程までの、まるで保護者のようにすら感じられるほどに、優しく穏やかな眼差しから……一変して。
十王星南は、激しく燃え盛る炎のような空気を纏った。
「私の目標は、『
静かに、淡々とした口調で。
まるで自分に言い聞かせるかのように、言葉を発しているけれど。
その姿からは、特別な人間だけが持つことを許されるような……なにか、強いオーラのようなものが、感じられた。
……そして、その上。
まるで、貫くように鋭い、その視線は。
敵として見るものにのみ、向けるようなものだろう。
……不要だとは思うが、敢えて補足すると、もちろん、悪意や憎悪のようなものが向けられているわけではない。
敵、と言ってしまうと紛らわしいので。あえて、普遍的な表現を用いるのであれば。
……それは、死力を尽くして争い、競うべき相手。──すなわち、ライバルという言葉による言い換えが、最も相応しいものとなるだろうか。
学園中のアイドルの尊敬の的である彼女から、そのような目を向けられるとは。
どれほど、光栄なことだろうか。
「──世間がどう思ってるかは、知らないですけど。……私は、自分のことをトップアイドルとは、まだ思ってませんから。『H.I.F』で、恩返しをしてみせますよ!」
……世間一般的には、恩返しとは、受けた恩に報いることを指す言葉である。
しかし、例えば。将棋などの世界では、その言葉は、『弟子が師匠を相手に勝利を収めること』として、用いられることもあると聞く。
それは、師匠を超えることこそが、弟子にできる最大の、恩に対する報い方だから……とかなんとか。
──十王星南の掲げていた目標を、彼女が当初狙っていた通りに、叶えてみせる。そのために、十王星南を相手に、『H.I.F』で勝利を奪う。
私にできる恩返しは、きっと、それが最上のものと言えるだろう。
「……時々、あなたを見出したのが、私だったら、なんて思う時もあるけれど」
ふと、視線が細められ。
十王星南が纏っていた、雰囲気が和らいだ。
……が、しかし。
「そういう可能性も……もしかしたら、あったかも知れないですけど。──だけど、私のプロデューサーは、プロデューサーだけです」
いくら、お世話になったとは言え。
私をここまで掬い上げてくれた人は、申し訳ないけれど……プロデューサーのことだけを、指すものだから。
私は、失礼とは思いつつも、言葉を挟んだ。
「そうね。──だからこそ、『H.I.F』では、先輩としての意地を見せるわ」
……そう、言い残すと。
十王星南は、控え室を後にした。
「──見事な宣戦布告でしたね」
彼女が、立ち去った後。
成り行きを静観していたプロデューサーが、声を発した。
「……一応聞きますけど、もしかしてまずかった……ですかね?」
気になるのは、今回のやり取りが、彼の思い描くプロデュース計画に、支障があったかどうか。
さっきからずっと、私はなんだかんだと偉そうなことを言っているけれど、それは大部分がプロデューサーによるプロデュースをアテにしてのものである。
締まらないというか、情けないようにも思えるけれど。
……弱さを受け入れ、現状を正しく受け入れることこそが、成長の第一歩だ、ということにでもしておくことはできるだろうか。
「次のわれわれの目標は、『H.I.F』ですから。……ここで萎縮されていたら、むしろ困っていたところです」
……まあ、それもそうか。
先程、十王星南に対して自分で口にしたことではあるけれど……この『N.I.A』は、『H.I.F』出場のための足がかりとして、挑んだものだ。
となれば、やはり。十王星南とぶつかることになることそのものは、むしろ、最初に描いた軌道へと、戻ってきたということになるだろう。
「……理論上では、今の観月さんであれば、『H.I.F』での優勝は、現実的な話と言えるでしょう」
全面的な肯定の言葉……に、聞こえるけれど。
しかしその実、プロデューサーは少しばかり、考え込むような仕草をした。
……わかっている。
いまいち煮え切らないようなその表情が意味するところは、十王星南が、一種の未知数となったからだろう。
──十王星南は、夏の『H.I.F』で覚醒して、必ず優勝する。
それは、前世の知識のものであって。
そしていささか根拠も乏しいので、正直、あまり参考にしようと思っていなかった部分だけれど。
……しかし実際、十王星南が今回の『H.I.F』で、今まで以上の力を見せてきそうな感じの雰囲気は、漂っている。
そう考えると、もしかしたら。
今回の勝負は、本当に勝ちの目の薄い勝負に、なるかも知れない。
……けれど。
だから、なんだと言うのだろうか。
挑むと決めたのだから、私がこれからするべきことは、ただ、その時までに、自分にできることをするだけである。
──『H.I.F』は、『N.I.A』と違って。
ファン投票のようなものはない。
ただただ、それまでに大きく突出した成績を挙げたアイドルや、それから、『
……そして、そのライブの優劣をもって勝敗をつけるという、とても競技性の高い大会である。
そして、『H.I.F』というものは、学園内のイベントではあるものの。メディアにも大々的に取り上げられるようなものであり。
十王星南をはじめとする、実力が高すぎて『N.I.A』へと参加しなかった生徒なども参加するため……全国規模の大会である『N.I.A』さえも、上回るレベルとして位置付けられている。
そう考えると、改めて。初星学園という学園のレベルの高さというものを、実感する。
……が、まあ、対外的には。
今回の『N.I.A』は、途中で現役のトップアイドルが乱入してきたことから、『H.I.F』よりも高レベルのものだった、と認識されていそうではあるけれど。
諸々の条件を加味すれば、実際には、それは正確とは言えないと思うから。
私は……未だ挑戦者であることを、胸に刻んで。
改めて、『H.I.F』へと。
最大限に力を入れて、挑むことを心に決めた。