『N.I.A』の終幕から、少々時は経過して。
私は……いや、私たちは。ついに『H.I.F』へと参加していた。
「……ふぅ。──なんとか、無事にここまでは来られましたね……!」
……『
ひとまず、滑り出しとしては順調、といったところだろうか。
「そうですね。……とは言え、ここまではあまり心配していなかった部分ではありますが」
心底、安堵する私に対して。
プロデューサーは、冷静な口調で言い切った。
せっかくなら、ちょっとくらい同調してくれても……と、そう思わないでもないけれど。
それは、さすがに甘えすぎと言うものだろうか。
……現状の優勝候補としては、私か、十王星南か、ということになっているらしい。
というか、もっと言えば。
どちらかと言うと私の方が、候補として有力視されているまであるとかなんとか。
自分で言うのもなんだけれど、ほんの少し前までは一人で腐っていたということを考えると、至極奇妙な状況だ。
……が、しかし。
そうは言っても、この『H.I.F』がレベルの高い大会であるという事実は、決して忘れてはならない。
他のアイドルも、この大会に出場できているだけあって、素晴らしいパフォーマンスを魅せている。
……ここまでの、他のみんなのパフォーマンスを見た上で。正直に感じたことを、素直に言うと。
彼女らと比べて、私が抜きん出た実力を持っているかと問われれば、それには大きく首を横に振りたくなる。
所詮、私の実績なんていうのは……見せかけだけの、表面的なものでしかない。
けれど、現実と乖離した期待をかけられ、多大な期待のこもった視線を向けられるのは。
それは、策を弄して身の丈に合わない結果を手にしてしまったことへの、一種の代償みたいなものと言えるかも知れない。
だからきっと、私は甘んじてそれを受け入れるべきであるのだろう。
……しかし、いくら、ハリボテのようなものとは言え。
一応は、そんな風にご大層な実績を引っ提げて挑戦中の、私としては。
スタートダッシュでつまづいて、呆気なく散って終わることだけは避けなければ……と、胃が痛くなりそうな思いを抱えていたところだったから。
『
「──ここからが本番、なんですよね。……なんていうか、流石にすごく緊張しますね……」
……ここまで、私の緊張というところに強く触れているけれど。
しかしそれは、これまでに参加してきた大会などでは緊張がなかった、というわけではない。
ただ、まあ……今回がこれまでと違う側面があるというのは、事実である。
例えば、最初からすでに私が注目されているアイドルの中の一人であることや、ようやく明確化した、自分自身の中にある目標。あとは、お世話になった先輩に、あんな大口を叩いておいて情けない姿を見せたくないという……ちょっとした意地みたいなもの。
……そういったものを意識すると、やはり今回の大会は。
これまでに他に経験してきた、『定期公演』や『N.I.A』とはまた違った重みがあるというのは……否定しようのないことだ。
そして、その上で。
失敗したらどうしよう、という弱気な感情と同居するように、「負けたくない、勝ちたい」という気持ちが、心の奥で燃えていることも、自覚している。
「くれぐれも、緊張しすぎないように。肩の力を抜きましょう。今日この日のために、できるだけのことは全て積み上げています」
──『H.I.F』は、『N.I.A』とは違って。
披露し、評価されるのは、オーディションではなく、実際にステージに立って行う、ライブそのものである。
……それぞれのアイドルによる、ライブの優劣で、結果が出る。
だからつまり、今日この日は、たくさんのハイレベルなステージが、次から次へと開催されると言うわけであり。
そう考えると……『H.I.F』とは、まさしく、『FESTIVAL』と呼ぶに相応しい、豪華絢爛な舞台である。
出場するアイドル側はともかくとして、少なくとも、この会場まで足を運んだファンのみんなは。
きっと、今日という日を楽しみ尽くすつもりで、来たことだろう。
……そうだ。
確かに、この大会は、学園のトップを決めるものではあるけれど。
同時に、楽しい楽しいお祭りなのだ。
──祭り、なのだから。
アイドル側だって、楽しまなければ損。……という考え方も、ありかも知れない。
事実、プロデューサーの言う通り、やれることはおそらく全部やっている状態だと思うし、それに緊張しているという点を除けば、精神的にも悪くないコンディションだと感じている。
ここまで来ておいて、緊張して力を発揮しきれませんでした、なんていうことになったら、きっとそれが一番辛いことだろう。
──深く息を吸って、そして、大きく吐く。
「……そうですね。ここまでに積み上げてきたものを信じて、精一杯、ステージの上で出し切ってきます!」
……よし、決めた。
一旦、勝敗とかそういうのは、二の次ということにしよう。
私自身が、ステージの上で目一杯楽しんで。そして、観客のみんなにもいっぱい楽しんでもらう。
……そうした上で、勝てたのならそれはとっても嬉しいし、負けたとしても……まあ、その時のことは、その時考えたっていいだろう。
負けるつもりで挑むなんて言うほど弱気ではないけれど……しかし、大いにあり得る可能性であることは、間違いない。
だからこそ、その時はその時、と。そう割り切るのが、重要という考えだ。
──そうして。
私が、自分なりに、自分の気持ちの持ち方としての方針を、定めたところで。
……ついに、順番が回ってきた。
ステージの上に立ってみると、やはりというかなんというか。
観客席のみんなは、すでに大盛り上がりといった様子だ。
「みんなー!今日はよろしくねー!」
マイクを握り、勢いよく、観客のみんなに手を振って見せる。
ライトの光が眩しく、熱い。
少しでも気を抜いたら、マイクを握る手が、今にも震え出しそうだ。
……しかし、仮にも私はアイドルなのだ。
当然、そんな様は、絶対に観客には見せたりしない。
──オーディションと違って、これはライブだから。
音楽は始まっていなくても、すでに勝負は始まっている。
……通常では、アイドルがパフォーマンスの中で意識的に表現の強弱をつけることができるのは、基本的には、歌と踊りの2つだろう。
声の大きさのグラデーション。あるいは、音程。
そしてそれから、ステップの激しさだったり、フリの細かさなど。
しかし私の場合は、存在感の強弱という全く別な軸の表現が、そこに加わる。
他のアイドルにはない強み、あるいは、武器。
それが、自分自身に由来するものではなく、一種の貰い物のような、チートのような、そんな外付けのものであることについては……正直、なんとも言い難いようなところだとは、思ってはいるのだけれど。
……まあ、使えるものは全部使うのが、勝負事においての、あらゆる方面に対する礼儀というものだ、と。
そういうことに、しておこう。
トップアイドルと呼ばれるような存在、あるいは、それに準ずるような人たちは、みんなそれぞれ、何かしら固有の武器を持っている。
だから、私だけがズルイと言われる謂れは……まあ、無いわけではないかも知れないけれど。
しかし、無いと言い張れる範疇だろう。
──だから、そんなズルも、最大限に、活用して。
一見すればなんでもない言葉を発したようにしか見えないながらも、実際には事前に細かく調整を重ねた、マイクパフォーマンスが終わったので。
今度はそのまま、その途中から流れていた音楽に合わせて。
……私は、歌を歌い始めた。
──ここから先は、雑念は不要。
ひたすらにパフォーマンスをこなしつつ、そして会場を熱気で満たすのみ。
……みんなで盛り上がるのは、楽しいことだと、そう信じている。
だから、そうなれるように。
私なりに、精一杯を尽くすこと。
それが、今の私にできる、一番理想のパフォーマンスだ。
いつも通りに、全身全霊の歌と踊りを披露しつつ。マイクを握って喋っていた時のように、存在感という至極曖昧なものを、緻密に、精密に操作する。
……これらは全て、意識を特段傾けずとも、半ば条件反射的にできるようにしてあるものだ。
だから、問題なく、間違えることなくできるのだ、と。そう信じて。
──私は、ただひたすらに。
観客のみんなと熱気を共有することにのみ専念した。
……そうして。
勝ちとか負けとか、緊張とか。そういうことは、全部忘れて。
気が付けば、会場の全てを呑み込み、一体となるような熱だけが残って。
振り返ったら、あっという間に。
私の歌は、既に終わりを迎えていた。
……歌い終えて。
この段階で、とりあえずわかることは。
今回のライブは、『N.I.A』最後のライブと、同等以上のものができた……と、いったところだろうか。
ここに来る直前くらいでプロデューサーにした、宣言通り。
ステージの上で、私の精一杯を──少し硬い言い回しをしてみるのなら、私というアイドルの理論値を、ここで出すことは、できたと思う。
……少なくとも、私の、主観的な視点では。
観客の反応も鑑みても、やはりそんな手応えは、確かにあった。
「みんなー!ありがとうー!」
──それに正直なところ、私としても、楽しかった。
だからこそ、最後に。
一緒にライブを楽しんでくれた観客のみんなに、心からの感謝を伝えて。
そうして私は、ステージを降りた。
……あとは、結果を待つだけだ。
──そして、それから。
十王会長を含む、他のアイドルたちによるパフォーマンスが、行われ。
……私の後の順番のアイドルたちのパフォーマンスも、全てが終わり。
いつの間にやら本当に、結果の発表だけが……この大会に残る、全てとなった。
『我が校が誇る夏の一番星、その名は──』
そして、学園長による、この大会の勝者を告げるための声が、会場の中に、大きく響く。
……果たして、誰の名前が呼ばれるのか。
無意識的に、胸に手を当て。
うるさく鳴り響く心臓の音を抑えようとしながら、その時を待つ。
──そして。
『十王星南!!』
──そして、告げられた、名前は。
私の名前、ではなくて。
それは、私の先輩にして、偉大なる生徒会長のものだった。