今話では、主人公以外のオリジナルキャラクターが出てきます。
苦手な方はご注意ください。
悔しい結果に終わった『H.I.F』の翌日。
プロデューサーからは、精神と体を休めるため今日は休んでください、とのことで、本日はお休みということになった。
……とりあえず、次の目標は、冬の『H.I.F』の
今は夏の『H.I.F』が終わったばかりだから……時期としては、だいぶ先だ。
定期公演に『N.I.A』に『H.I.F』に……と、ここ最近ずっと明確な目標に向けて走ることばかりだったから、こういうこれといって何もないような時期は、久しぶりのように感じる。
……さて。
今日は、どうしたものか。
もちろん、体を休めるために寮の部屋に篭っているのが一番いいような気もするけれど、一日中そうしているのも、ちょっと退屈だ。
体力を使わないようなことであれば、少しくらい外に出たっていいだろう。
……と、まあそういうことで。
ひとまず私は、寮から出て街の中へと歩き出した。
──そうして、外に出て、しばらくゆっくりと歩き。
私は、とあるカフェの前で、足を止めた。
ここは……中等部の頃、当時のユニットメンバーと一緒に、よく来ていたところで、もっと言えば、主に大会やイベントの後なんかに来ていたので……そういう意味では、ちょうどいいと言えるかも知れない。
……なんて。
不意に少し前のことを思い出し、なんだか懐かしいような気持ちになりながら、私は扉を開けて、席を探す。
せっかくだし、中等部の頃のいつもの席……と思ったけれど、空いていない。
後ろ姿しか見えないけれど、どうやら2人の女の子が、その席に座っているようだ。
まあ、1人で複数人用のテーブル席を使うのはさすがに申し訳ないから、元々そことは別の席を探すつもりだったけれど……。
「──ん?あれ、桃花じゃん、久しぶり!」
席探しをしながら、考えていると。
その席に座っていた、1人の女の子が、私に声をかけてきた。
……髪型を大分変えたようで、私の中のイメージと一致していなかったけれど。
声を聞いて、それから、振り返った顔を見て。
私はようやく、彼女が、よく知っている相手だということに気がついた。
「おー、本当だ。せっかくだし、ここ、座る?」
最初に私に声をかけてきたのが、戌井奈津。
そしてそれから続いて声をかけてきたのは、木島菜花。
2人はどちらも、中等部時代の元ユニットメンバーだ。
それから、ついでに言えば。2人のうちの奈津は私にとって、幼馴染という関係でもある。
……それで、私は。
促されるまま、中等部の時と同じような感じで、席に座った。
そして席に座るついでに、飲み物も、中等部の時によく飲んでいたものを注文した。
……しかし、改めて見ると、やっぱり。
髪型こそ少し違うけれど、顔は記憶の中のイメージと、完全に一致する。
まあ、2人が違う学校に進学してからまだほんの数ヶ月程度しか経っていないのだから、当然と言えば当然だけれど。
「半年ぶりくらいかな?……チケットは買えなかったからテレビでになっちゃったけど……『N.I.A』も『H.I.F』も、見てたよ。──すごかった」
菜花が、少しだけ申し訳なさそうな顔をしながら、そんなことを言ってきた。
どうやら、直接見に来られなかったことに、ちょっとした申し訳なさを感じているようだけれど……まだ学生である2人にとって、ライブのチケットというものは、極めて大きな出費になる。
買えなかったというのは、仕方のないことだろう。
「うんうん!中等部の時とは全然レベルが違うっていうかー……こう言うのはあれだけど、あの時ユニット解散してよかったなって、思ったよ」
そして、全く悪気のないような表情で、明るい雰囲気のまま。
──奈津は、急にそんなことを言い出した。
「……解散してよかった、っていうのは?」
今さら、未練がましく思っているつもりはないけれど……ユニットの解散は、私にとってはあまり良い思い出ではない。
だから、それを肯定的に考えていそうな言葉を聞いて。少しだけ、引っかかるような気持ちになってしまった。
「?……そのままの意味だよ?中等部の頃の時点で、わたしたちの間には結構差があったし。あのまま続けても、足を引っ張っちゃうだけになるかなーって思ってたからね」
私が、何に対して引っ掛かったのかまるで理解できないとばかりに。
彼女は、首を傾げながらそう言った。
……そういえば、「これ以上足を引っ張りたくない」みたいな。
確かに、そんなことを言っていたような気がする。
しかし、だからと言って……と。
「──それより、桃花は最近かなり調子がいいみたいだけど、何かあったの?」
私が、絶妙にモヤっとした気持ちを、全く察していなさそうな奈津にどうぶつけて理解してもらおうか、というような思考に傾きかけてきたところで。
菜花が、言葉を挟んできた。
「……あー、そうそう。それがね、なんと私に、プロデューサーがついたんだよ!」
奈津の言葉は、別に悪意があってのことではないだろう。
彼女の言っていることとしては、ただそう思ったからそうした、というそれだけのものだ。
そこにいちいち反論をするのは、ただ無駄に角が立つだけの結果にしかならない。
……そのことには、菜花が話の流れを変えたことで気がついたので。
私はそのまま、菜花の話題に乗っかることにした。
──そして、ちょうどそのタイミングで。
「──お待たせしました。こちらウインナーコーヒーです」
私の頼んでいた飲み物が、店員さんによって届けられた。
「ありがとうございます」
届けられた飲み物を、私は、お礼を言いながら受け取った。
わざわざお礼を言うことに、特に意味はないけれど。
なんとなく、そうした方がいいかなと思っているので、前世の頃からそうしている。
アイドルとして活動している今であれば、少しでも心象をよくするため、というような理由づけをしてみても良いかも知れない。
まあ、そんな打算的なことを言われても、ファンとしては嬉しくないだろうから。やはり、ただの習慣ということにしておくのがいいか。
ちなみに、2人の飲み物はと言うと。2人は先に来ていたから、すでに私が来た時からそれぞれの手元にあった。
「……桃花にプロデューサー、かぁ。どんな人なの?」
飲み物を持って来た店員さんが行った後に、奈津は興味深そうに聞いてきた。
……言われてみれば、そういえば。
プロデューサーについて、誰かに話したことは、なかった気がする。
彼について、どう表現するべきか。
「うーん、そうだねー……」
少しばかり、考えながら。
「まず、レッスンとかアイドルとしての活動とか、そういうところの方針についてすごく的確に考えてくれる感じで……」
とりあえずは、その場で思いついた言葉で、なんとなくのイメージを伝えていくことにした。
……そうして、それから。
気が付いたら、飲みながら話していたはずの飲み物がすっかり無くなってしまい、そこそこに時間が経ってしまっていた。
「……まあ、そんな感じで。すごい、私のことをよく考えてくれてる人なんだよ」
話始めの時は、何を話すべきかなんて考えていたけれど。
いざ話し始めてみたら、案外止まることなく色々と出て来たので……自分でも、少し驚いている。
「お、おおー……すごい。まさか2時間半も語られるとはね……」
……訂正。
そこそこに、ではなく、かなりの時間が経っていたらしい。
言われてみれば……途中2人は、飲み物を2回くらいお代わりしていたような気がする。
「あれ?そんなに経ってた……?」
しかし、体感としてはそんなに経っているようには思えなかったので、腕時計を見てみたけれど。
本当に、それだけの時間が経っていたことがわかっただけだった。
「──もしかして、そのプロデューサーさんのこと好きだったり?」
時間の経過に驚く私に、奈津が変なことを言ってきた。
「えっ、いや、それはないよ。……だって、ほら。アイドルって、恋愛NGみたいなとこあるじゃん?」
「一般論としては、それはそう。……だけど、無理にそれに縛られることも……ない、と思う」
……菜花まで。
一体全体、どうしてそのような話になっているというのか。
私はただ、ちょっとプロデューサーについての話をしばらくしていただけで。
プロデューサーには特にこれといって不満がないから、その間ずっとプロデューサーのすごいところやいいところだけを語っていただけ……で。
……うん。
まあ、たしかに。
これは……側から見れば、ただの惚気話に聞こえてもおかしくないかも知れない。
それを自覚したら、なんだか、急に恥ずかしくなってきて……心なしか、頬の辺りが熱くなってきたようにも感じる。
……とは言え、しかし。別に、私は彼のことを恋愛的に好いているわけではない……と思う。
このご時世、そういうことを持ち出すのは大分気が引けるところではあるけれど、敢えて持ち出すが、私の前世は男性であり、そして、特にそういった趣向も持ってはいなかった。
今も根本的な価値観は前世の頃と変わっていないから、やはり自分が男性と結ばれるということそのものが、まるで想像できないものなのである。
しかし、元ユニットメンバーである彼女たちにもそのことは話していないから、その部分を除いて考えると……。
……いや、やめておこう。
「いまいちピンと来ないなら、どうにかキープしてみるのはどう?……聞いた感じ、かなりいい人みたいだし、放っておいたら誰かと結ばれて……その人のことをプロデュースすることになっちゃうかもよ?」
……キープ、とは。
なんだか、とんでもない方向に話が向かっているような気がする。
──しかし、とは言え。
もしも、プロデューサーが、私以外の誰かと結ばれたとして、彼ら今まで通りプロデュースをしてくれるものだろうか、というのは……考えておくべきことなのだろうか。
「まあ、そういうのは一旦抜きにしてもさ、お世話になってるなら、何かお礼のプレゼントとかしてみたらいいんじゃない?」
「……そうだね。身に付けるものにすれば、一種のマーキングにもなると思うからおすすめだよ」
……お礼。
それから、身に付けるもの。
そう言えば……定期公演『初』のオーディションが終わった頃くらいに、一度そんなことをした気がする。
──ただ、恋愛だとか、なんだとか。それについては、あの時のそれは別に……そういう意味では、なかったけれど。