なんやかんや、時が経つのはあっという間で。
ひとまず、第一回目の『
128ものソロアイドルおよびユニットが64まで振り落とされるこの第一回目は、落ちる数だけでいえば一番多い。だから、そういう意味では、まずは一安心と言ったところだろうか。
しかし、ソロアイドルもユニットも入り混じっての混戦とは、話として事前に聞いてはいたけれど、やってみるとなんだか不思議な感じだった。
合格に喜ぶ人、安堵する人、当然の結果として次を見据える人。
それから、不合格に涙を流す人。
人それぞれの反応を見ながら、私は控え室へと戻っていった。
「お疲れ様でした。まずは、最初の試験は通過できましたね」
プロデューサーは、今回の結果にまずは一安心したように言ってきた。
優勝を目指すのであれば一回目の『
参加者のレベルが高いレベルでまとまっているものだから、例えば何か一つミスでもしようものなら、どこで振るい落とされてもおかしくはない。
言葉に安堵を滲ませるプロデューサーも、毅然とした態度をとってはいるものの、内心では私と同じようなことを感じているようだ。
実際に今回、私は去年までと同じレベルであればおそらく第一回目の『
「ありがとうございます!……ただ、やっぱりレベルが高いですね」
改めて、今回のレベルの高さを実感して。
危機感を覚えているのは、確かだけれど。
しかし同時に、実は、どこか楽しかったと思っているような自分もいたりする。
勝てるかどうかわからない中で、どうにか勝ちを拾うことができたけれど、次も同じようにうまくいくとは限らない、そんなヒリつき。
それは、勝てば優勝という場で格上を相手にするようなものとは、まるで違う性質の緊張感だ。
「今回の『
まだまだある種暫定的なものとは言え、1位というのも、素直に嬉しい。
それも特に、こうレベルの高い場でのものだからなおさらだ。
「このまま次の『
そうやって考えると、現状は決して悪くない。
とすると、私はどうにも、少しばかり今を悪いように考えすぎているかも知れない。
……なんて。
プロデューサーと別れた後、そんなことを考えながら、夕日が照らす寮への道を歩いていると。
「──桃花、第一回目の『
バッタリと出会った月村手毬に、声をかけられた。
なんだかんだで、夏以来ごくたまに何度か一緒にラーメンを食べに行ったりするようになったので少しばかり関わりのできた相手ではあるけれど……そうやって彼女に、そんな風に肯定的な言葉をかけられるのは少し意外だ。
「それで、今日は疲れただろうし……ラーメンとか、食べに行きたくない?」
祝勝会にしてはさすがに気が早いとは思うけれど、まさか彼女からそんな提案までされるとは。
もしかしたら月村手毬というアイドルは、思いやりを胸に秘めつつもそれをあまり表に出さない、クールすぎるアイドルだったのかも知れない。
そうして、彼女の誘いに乗り、ラーメン屋に着いた私は。
席についたはいいものの、さすがにラーメンを食べるだけの元気はないなと思い直し、チャーハンを注文した。
まあ、今日くらいは英気を養うのも、悪くはないはずだ。
あとは……それと。
「『H.I.F』本戦に向けてできること?随分と気が早いんだね。まだ予選を一つ抜けただけでしょ?」
美味しそうに背脂豚骨ラーメンをすする彼女に、アドバイスを求めてみる。
黙々とラーメンに向き合う姿からはあまり想像はできないかも知れないけれど、彼女には確かな実力がある。だから、私は何か参考になるようなことを聞ければいいな、と思ったのだ。
「そういうのは自分のプロデューサーに聞いたらどう?」
しかし、返ってきた答えは実にクールな……というかドライなものだった。
まあ、いくら当人は『H.I.F』に出場していないとは言え、彼女が私にアドバイスなどをする義理はない。
「まあ……強いて言うなら、もう少し目の前のことに真摯に向き合ったらいいんじゃない?一度試験を通過できたからって、これで予選は突破したも同然、みたいに考えてたら足元を掬われてもおかしくないよ」
ぐうの音も出ない、正論による追撃が飛んできた。
事実、少しばかり空回り気味なのは自分でもなんとなく自覚しているので、何も言い返すことはできない。
指摘されたことで改めて自覚したからか、なんだか気が引き締まったような気がする。
……目の前のチャーハンの丘を少しずつスプーンで切り崩していきながら、私は、明日からのことを考える。
後でプロデューサーに連絡して、カロリー消費用のメニューを組んでもらうのは前提として……追い込み用のレッスンメニューを考えてもらうのも悪くないかも知れない。
無理は厳禁、というのは当然だけれど、コツコツとした積み重ねしかできることがないのなら、その強度を増やすのは、手段としてありだと思うのだ。
……まあ、それで効率が良くなるなら先に言っているだろうし、かえって効率が悪くなるから現状維持で、と言われてしまう可能性もあるけれど。
それならそれで、自分が今やっているのが最高効率なのだと考えを改めて、気持ちをキッチリと込めるようにすればいい。……もちろん、気持ちの持ちようだけで効率が変わるとは思わないけれど、もしも今以上の効率がないのなら、そうするくらいしかないだろう。
「ごちそうさまでした」
考え事をしていたのもあって、少しばかり遅れて食べ終わった私は、空の皿を前に手を合わせる。
「相談に乗ってもらって、ありがとう。会計は私がまとめて出すよ」
アイドルとして活動している私たちにとって、ラーメン一杯分くらいのお金は、普通の学生にとってのそれと比べてあまり大きな負担ではない。
だから、これでわざわざ相談に乗ってもらったお礼になるかは、少しばかり不安ではあるけれど……。
「会計、ありがとう。……まあクラスメイトのよしみだし、相談したいことがあったら、また言ってくれてもいいよ」
会計を済ませて外に出ると、彼女はそんな言葉をかけてきた。
……また相談に乗る、だなんて。一体、どうしてしまったのだろうか。
今日は月村手毬が、あまりにもクールすぎるように見える。
「本当、ありがとね。……手毬ちゃんって、クールすぎるって言われない?」
「よく言われる。実力が安定しすぎてるって言うのかな?冷たい感情が作り物めいて……あ」
キメ顔で語り出した彼女だったけれど、しかし、途中で何かに気が付いたように言葉を止めた。
……もしかして、ラーメンの麺の切れ端が口元についたままだと言うことに気がついたのだろうか。
そう思って、私が1人頭の中にクエスチョンマークを浮かべていると。
「あら手毬、こんなところで奇遇ね。……それと、久しぶりね。観月桃花」
……どうやら、月村手毬の口元についたラーメンを見るのに夢中になっていた私は、背後から近づいて来るもう一人のアイドルに気づいていなかった……ということらしい。
声をかけられてそちらを見ると、そこには紫髪のツインテールの……そう、かつての『SyngUp!』のリーダー、賀陽燐羽の姿があった。
「久しぶり、だね。私のこと知ってたんだ」
自分の名前が彼女の口から出てきたことが意外でそう言うと、彼女は軽く肩をすくめた。
「当然でしょう?……自分たちを負かして『N.I.A』で優勝した相手くらい、頭に入っているわ」
なんだかんだ直接オーディションでぶつかり合ったことはなかった気がするけれど、同じ大会には出ていたわけで。そう考えると、確かにそういうことにはなる。
ただ……『N.I.A』で直接対峙したことがないのに久しぶりなんていう言葉が出てくるということは、それだけが接点とは思っていないのだろう。
私には、それが意外だった。
「──あなたは、アイドルを辞めなかったのね」
「うーん、まあね。ちょっとした未練……みたいな?」
中等部では『SyngUp!』として無双していた彼女は、私の知っていることが正しければ、アイドルを辞めるつもりでいるはずだ。
対して、中等部時代はイマイチパッとしなかった私がこうしていることについて……もしかしたら、何か思うところがあるのかも知れない。
「……そ。なら、せいぜい頑張りなさい」
私の言葉に対して、賀陽燐羽は興味がなさそうな態度で会話を打ち切ってきた。
いや、もしかしたら、かなりトゲトゲしいけれどこれが彼女なりの激励に当たるもの……なのかも知れない。
賀陽燐羽は、月村手毬の『クールなキャラ作り』の手本になっているアイドルだ。何をとまでは具体的には言語化できないけれど、相手にするのなら気をつけた方がいい。
……と、そうやって私が、賀陽燐羽と話をしていたら。
「まあ。こんなところで、奇遇ですね」
なんと、秦谷美鈴まで現れた。
どうやら、気が付いたら私は、『SyngUp!』のフルメンバーに囲まれてしまっていたようだ。
こうなってしまったら……もうおしまいである。
ただでさえ、1人1人が割と話が通じない寄りのこの人たちだけれど、3人揃ったら、さらなる相乗効果が発生する。
おまけでついでに言うと、私の個人的な苦手意識も、3人揃えばそれはもうマシマシである。
今日はラーメンを食べずにチャーハンで抑えたと言うのに、不思議と少し、お腹が痛くなってきたような気がしてきた。
「聞きましたよ。度々、まりちゃんに『どうしても一緒にラーメンが食べたいから』と誘惑しているそうですね?」
……一体、それはどこからどのように話が伝わっているのだろうか。
軽く考えてみた結果、心当たりの人物は1人しかいないので、その心当たりである月村手毬の方を見る。
「うん、そうなんだ。今日も桃花が、『
もちろん、そんな言い方はしていない。
……が、しかし。なるほど。
確かに言われてみれば、今日彼女が誘ってきた時に言ってきた言葉は、ラーメンを食べに行きたくないかと聞く言葉だった。
それはつまり、彼女から直接的に誘うような文言ではないということで。捉えようによっては、ラーメンを食べたいという意思表示をしたのは私ということになる……かも知れない。
強引な解釈だけど、ギリギリ筋が通ると言えるラインではある。
どうやら私は、彼女にラーメンを食べに行く口実として使われていたらしい。
……それも、今回だけではなく、今までも。
「あまり……まりちゃんを勝手に甘やかさないでもらえますか?」
暗いところにいるせいだろうか。迫ってくる秦谷美鈴の目には、ハイライトが無いように見える。
……さて、どうしよう。
説明して理解してもらうのは、多分難しいような気がする。
ならば……うん、仕方がない。
「えーっと、今日は遅いのでまた今度!」
──三十六計逃げるに如かず。
幸い、逃走において私には特異な能力がある。
……そうして、通行人へと紛れつつ寮の自室へと逃げ切った私は。改めて、自分の『存在感を薄める力』に感謝した。