TS転生者が初星学園でアイドルになる話   作:ピンノ

36 / 42
第31話

 

 月村手毬とラーメン屋に行った翌日、私は学校でプロデューサーにチャーハン分のカロリー消費用レッスンを考えてもらいながら、『H.I.F』を見据えてレッスンの強度を上げればいいんじゃないかということを言ってみた。

 

 ……が、しかし残念ながら、それはあっさりと却下されてしまった。

 

 そもそもアイドルの実力というものは本来はそうそう目に見えて伸びるようなことは多くないものなのだそうで、それは、レッスンの強度を上げたところで覆るものではないとのことで。

 

 つまり……そのようなことをしても上昇する怪我のリスクに対してとても釣り合わない、との回答をいただいた。

 

 そうして、それから。

 

 そういうことならば仕方がないと思い直して、それまで通りのレッスンに打ち込むことにした私は。

 

 ……その後二度目の『選抜試験(セレクション)』に挑み、そして、無事に突破することに成功した。

 

 これで、一回目の『選抜試験(セレクション)』を抜けた64のソロアイドル及びユニットは、残り32へと数を減らしたことになる。

 

 次の三回目の『選抜試験(セレクション)』で16へと減り……その残った16の方に入り込むことができたなら、それで『選抜試験(セレクション)』はオールクリア。予選突破として、舞台はいよいよ『本戦』へと至るだろう。

 

 まあ、三回目の『選抜試験(セレクション)』が行われるのは、ほんのもう少しだけ先のこと。

 まだ行われていないのだから、その結果について今から考えても仕方がない。

 

 とすれば、そう。結果だけで見れば、二回目の『選抜試験(セレクション)』も突破できているというのは、かなり順調と言っていい。

 というか……私の個人的な焦りみたいなものを無視すれば、まさに順調そのものだ。

 

 ……と、さて。

 

 今日は、そんな二回目の『選抜試験(セレクション)』が行なわれた翌日であり、レッスンは休養日でお休みということになっている。

 

 休養日が大切だということは、いくら私でも知識としてちゃんと知っている。

 漠然とした焦りこそあれど、それはそれとして、私はそういった言いつけはなんだかんだ守ることができるものと自負している。

 

 言われた通りにレッスンを休む気満々の私は今、やや大きめの荷物を持ち、運転席に座るプロデューサーの横顔やら車の窓からの景色やらをぼうっと眺めながら、とある場所へと向かっていた。

 

 ……そして。

 

 

 「ここですね、到着しました」

 

 

 車は終始危なげなく目的地への道を安定した走りで進んで行き、やがて、そこに到着した。

 降りてみるとそこは……たくさんの人で、ごった返していた。

 

 

 「ありがとうございます!……しかし、すごい人ですね。プロデューサーの言ってた通り、これは予定通り電車で来てたら大変なことになってそうです……。本当に、ありがとうございます」

 

 

 ここは、とあるトップアイドルのライブ会場。

 私も少しばかり接点のある、というか、接点を持つこととなった──。

 

 

 「……さすがは白草月花のライブ会場ですね。ここに自分の担当アイドルが電車で行くつもりだと聞かされた時は、流石に焦りましたよ」

 

 

 そう、『N.I.A』の最終戦にてぶつかった、白草月花の単独ライブ。

 

 あの時は、彼女は完全体とはとても言えないものだったけれど。

 今では、すっかり全回復した完全体だ。

 

 ……夏からの半年の間で、私はこうして、度々他のアイドルのライブを自発的に観に行くようになった。

 最初は、純粋に学習が目的だったのだけれど、今では、少しずつ自分の中で趣味としての側面が強まってきているのを自覚している。

 

 今回は、たまたま偶然チケットが当たったので、観に来た次第だ。

 

 しかし、これほどの大物のライブを、こうして純粋に一観客としての立場で、なおかつ会場で観るというのは。なんだかんだ初めてのことなので、今日という日は、密かに前から楽しみにしていた1日である。

 

 もしも、日程が1日ずれていたら二回目の『選抜試験(セレクション)』と予定がかち合っていたことも考えると……つくづく、私は運がいい。

 

 ……ちなみに、チケットが当たったとは言っても、当たったのは『チケットを購入する権利』なので、もしもこれが来られない日だったら、私は泣く泣く権利を手放すことになっていただろう。

 

 そうならなくて、本当に良かった。

 

 

 「さて、それでは行きましょう」

 

 

 当たり前のように自分の荷物──おそらく私と同じライブ参戦用のグッズだろう……を持って会場へと歩いていくプロデューサーと共に、私も歩く。

 

 私は1人で個人的に来るつもりだったので、ペアチケットを買ったつもりはなかったのだけれど……彼は一体、どのようにして自分の分のチケットを手に入れたのだろう。

 

 例えば……私からここに行くつもりだという話を聞いて手に入れた?

 あり得る話ではあるかも知れない。……ただ、だとしたらタイミングが遅すぎるから、何か変なルートでチケットを入手したことになる。

 

 ならばあるいは……予想していた?

 プロデューサーなら考えられなくもないけれど、純粋に怖い。

 

 それなら……偶然チケットを買っていた?

 まあ、そういうことなら割と現実的か。……いや、だとしたらプロデューサーが自分の担当を放って他のアイドルのライブを観に行こうとしていたことになるのだけれど。

 

 ……やめておこう。

 なんか、どんな答えが返ってきたとしても知りたくなかった事実に繋がってしまいそうな気がする。

 

 知らぬが仏、は少し違うかも知れないけれど、世の中、全てを知ることが幸せにつながるというわけではない。知らない方がいいことなんて、結構ある。

 

 例えば、知らぬ間にラーメンを食べる口実にされていたとか、それが原因で、ただでさえ苦手寄りな相手から怒りを買っていたとか。

 

 そんなことを延々と考えていたら、どうやらいつの間にやら会場の長蛇の列を抜け終えていたようで、自分の予約していた席まで辿り着いていた。

 

 プロデューサーは、その隣の席らしい。

 世の中、一体何がどうなっているのだろうか。

 

 ……いや、いいや。考えるだけ無駄だろう。

 

 気持ちを切り替えて、今日は、このライブでたくさん学習させてもらおう、と思い直す。

 

 何せ、白草月花はトップアイドルと呼ばれる者の1人である。

 ライブをこなしてきた経験値でいえば、私は、まだまだ彼女の足元にも及ばない。得られることは、きっとあるはず。

 

 片手にペンライト、もう片手にうちわを持ち、完全装備と化した私は、ライブ開幕の瞬間を待つ。

 

 ……そして。

 

 ──まるで爆発が起こったかのような、歓声が上がった。

 

 

 ……。

 

 ……なるほど。

 これが、世界規模で活躍するアイドルのライブ。

 

 私は、熱気に包まれながらも、どうにか飲み込まれないように耐え、そしてできる限り客観的に見て、少しでも分析しようと試みていた。

 

 ……そんな時。

 

 

 「──見えているぞ。ちゃんとな」

 

 

 ステージの上の白草月花と、目が合ったような気がした。

 

 

 ……それからのことは、あまりよく覚えていない。

 

 いや、嘘だ。覚えてはいる。あの瞬間から、ライブが終わるまでの間、私は分析とかそういうことをすっかり完全に忘れ去って、ただの1ファンとしてうちわとペンライトを振って歓声を上げていた。

 

 我ながら、なんとも恥ずかしい話である。

 やっぱり覚えていないということにしてもいいだろうか。

 

 

 「観月さん、今日のライブは楽しかったですか?」

 

 

 プロデューサーの車へと向かいながら、隣を歩くプロデューサーは、どこか微笑ましそうな表情を向けてきた。

 

 

 「……とても、楽しかったです」

 

 

 目的を完全に忘れてしまっていたことは、どう振り返ろうともとても恥ずかしいし、それだけ夢中にさせられたことが、どこか少しだけ悔しいような気もするけれど……しかし、楽しかったのは、疑いようのない事実である。

 

 ……なんだかんだ、これまでライブ観戦をしていた時は、結局、他人のライブを観て分析をするのだという意識が片隅にあったから、知らなかった。

 

 会場を盛り上げる純粋な1ファンとしてライブに参加するというのが、これほどまでに心地がいいものだとは。

 ステージに立つアイドルの一挙手一投足に振り回されて夢中になることが、ここまでの熱を産み出すものだとは。

 

 私は、全然知らなかったのだということを思い知った。

 

 ……とにかく、ただただ、ひたすらに楽しかった。

 本当に、思い出したら恥ずかしくなってしまうくらいに。

 

 アイドルは、ファンを楽しませるものである。

 

 私に、これだけのものが本当にできるだろうか。

 しかし、できなければきっと、トップアイドルにはなれないのだろう。

 

 ……それは、つまり『一番星(プリマステラ)』には届かないということ。

 

 私は、あれをやらなければいけないのだ。

 

 ……せっかく見えたゴールが、まだまだ遠くにあるように感じる。

 もう『H.I.F』そのものは始まっているというのに、これでいいのか。

 

 私は、そう思う。……それなのに。

 

 まだまだ余熱が残っているからか、全然、絶望的に思えない。

 

 遠くにあると感じているはずなのに、まるで、既にそのゴールが目の前まで迫っていると錯覚してしまっているかのように、ワクワクしてしまっている。

 

 熱に浮かされている。どうかしている。

 そうやって、自分を客観視することはできているのに……まだまだ、まるで冷めてくれる気配がない。

 

 

 「……さて、休養日なのに今日は声を張り上げていましたし、明日のレッスンは少し軽めにしましょうか。それからは、また、頑張りましょう」

 

 

 「はい、プロデューサー!『選抜試験(セレクション)』もいよいよラストスパートですし、その先の『本戦』に向けて、私、頑張ります!」

 

 

 明日になれば私はまた、成果の見えにくいレッスンと、それから最後の『選抜試験(セレクション)』が迫ってくる今の現実へと、帰還することになる。

 

 だけど……いつの間にやら、これまで抱えていた漠然とした不安は、もう少しで何かが形になりそうな、そんな兆しへと変わっていたような感じがある。

 

 もちろん、それが錯覚である可能性を、私は否定することができない。

 

 それほどまでに、今の私はどうかしているらしいのだ。

 

 

 ……それを裏付けるように、鼓動が、どうしようもなく早鐘を打っている。

 それから、頬はまるで、今にも燃え出しそうなくらいに熱を持っている。

 

 気を抜いたら我を忘れてしまいそうなほどの高揚感に、未だに全身が包まれていた。

 

 

 ……私には、きっと、今日観たライブと同じパフォーマンスはできないだろう。

 実力云々の前に、そもそも単純に、私と白草月花では、性格的な違いがある。

 

 アイドルのライブとは、十人十色。アイドルごとのライブがある。

 

 ならば、探してみよう。考えてみよう。

 私自身の、ライブが目指すことになる、完成形を。

 

 ……なんて、そんなことを思ったのは。

 帰路を走るプロデューサーの車の中だったか、それとも、夢の中だったか。

 

 寮へと着いた頃の私には、それは判別できなかった。





※今更ではありますがこの物語には原作と異なるオリジナル展開が含まれます。
バタフライエフェクトか何かだと思って広い心でお見逃しいただけますと幸いです……。(具体的に申しますと、今回の話の中で、現状筆者の把握している範囲では本来このタイミングで白草月花の単独ライブが行われた描写は無かったと思いますが話の展開のためにねじ込みました)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。