TS転生者が初星学園でアイドルになる話   作:ピンノ

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第32話

 

 ……とうとう、この日を迎えてしまった。

 

 『選抜試験(セレクション)』、第三回目。

 『H.I.F』の本戦へと勝ち進むアイドルが決まる、最後の予選。

 

 プロデューサーから貰った言葉は、「信じています」というただ一言だけだった。

 

 何か、もっと気の利いた言葉をかけられないものだろうか。せめて、私の何をどう信じているのか、懇切丁寧に語り聞かせてくれてもいいのではないか。

 

 そんなことを考えながら、私はステージの袖に立ち、出番を待つ。

 

 一瞬、お守り代わりの安っぽい龍のアクセサリーが、小さく揺れたような気がした。

 

 ……まあ、いいか。

 プロデューサーが自分の考えをちゃんと教えてくれない部分があるのは、今に始まったことではない。

 

 それでもなんだかんだで、彼の言葉は私をこんなところまで連れて来てくれた。

 だから……今回もまた、それを無根拠に信じたっていいだろう。

 

 結局、白草月花のライブを観て、掴みかけた何かはまだ掴むことができていない。けれど、それでも。漠然とした答えのようなものが、たしかに自分の中にあるのだということは感じている。

 

 ──それなら……よし、難しいことを考えるのは、一旦やめだ。

 

 要するに、勝てばいいのだ。

 ここにいる全員に勝てば、私は先に進めるのだ。

 

 荒みかけていた心を鎮めるために深呼吸をして、私は、あえて楽観的な姿勢に切り替えてステージに立つことを決意する。

 

 

 ……そうして、ステージに立っていたアイドル──花海咲季が、汗を浮かべて小さく息を切らしながら、ステージを降りた。

 

 次の順番は……私の番だ。

 言葉を交わすどころか目も合わせることなくすれ違い、そうして、入れ違って私はステージに立つ。

 

 ステージの上で、観客や審査員たちの顔を見て。

 私は、手にしたマイクを、強く握りしめた。

 

 ……。

 

 

 ──終わってみて、振り返ると……私は、まるで緊張していなかった。

 いや、もしかしたら、緊張自体は心のどこかでしていたのかも知れない。

 

 だけど……それ以上に。

 

 私は、ステージの上に立って思い切り歌って踊るのが、楽しかった。

 

 はっきり言って、ステージに立っていた間は、自分が緊張していることさえ自覚していなかった。

 

 別に、これはきっと、それほど特別なことではない。

 これまでも、私は何度も同じ楽しさを味わってきた。

 

 ただただ、その楽しさを改めて再認識したというだけのことだ。

 

 観客としてステージを観る楽しさというものを思い知ったばかりだけれど……いや、だからこそか。それと比較して、ステージの上に立つ方の楽しさがよくわかった。

 

 私は、やっぱりこっちの方がいい。

 

 ……そうやって、私が1人、静かに余韻に浸っていると。

 

 

 「わたしの、負けね。……いいライブするじゃないの」

 

 

 悔しそうな気持ちをまるで隠そうともしない、苦々しい感情の滲んだ声がかけられた。

 

 ……そうだったのか。私は、勝ったのか。

 というか、そういえばこれは勝負だったのか。

 

 考えてみれば、それはそうだ。

 

 だって、ポイントという形で優劣がついて、ついでに、それをもとにして合格と不合格という結果が振り分けられる。

 だから、お互いに合格だったとしても、数字による上下があれば、それは、明確な形で比較することができるということ。

 

 それはすなわち……勝負であると言えるだろう。

 

 というか、そもそも最初は自分でここにいるみんなに勝って『本戦』に進もうとか考えていたのではなかったか。

 

 ……どうやら、私はつい先ほどまで、よっぽどその辺りの頭が働いていなかったらしい。

 

 そういえば予選を突破したのだということも、今になって、ようやくちゃんと意識した。

 

 あれだけ思い悩んでいたはずなのに、実際に得られた結果に対して、私は、まだ私の『H.I.F』は終わらないんだと軽く安堵しただけだった。

 

 それ以上のことを、考えようという気にさえなれなかった。

 

 

 なんとも、不思議な話だ。

 

 ……多分、結果に頓着していないというわけでもない。

 

 例えば、もしも不合格だったり、あるいは、『選抜試験(セレクション)』1位突破を誰かに取られていたのなら、私はこんな風に安らかな気持ちで、余韻を味わうことはできていなかっただろう。

 

 

 「うん、ありがとう!今回は、私の勝ち……」

 

 

 それから……どうやら、勝利という結果に対して無感動というわけでもないらしい。

 

 実感を得て、少しずつ、嬉しく思う気持ちが湧き上がってきた。

 

 思えば、おそらく本当に単純な話。

 ステージの上に立っていた時の熱の余韻が、それほどまでに大きかったということなのだろう。

 

 ……もちろん、まだまだ本番はこれからだ。

 今回は、『選抜試験(セレクション)』突破という結果を得たというだけに過ぎない。

 

 それなら……これまでの『選抜試験(セレクション)』と、何が違うというのだろうか。

 

 考えて頭に浮かんできたのは、観客として白草月花のライブを観た時のこと。

 やはり、どうにもあれがきっかけで、私の中のライブというものの持つ熱に対して感じ方が変わったというか、感覚が鋭敏になったというか……そんな気がする。

 

 先ほどまで、それを『余韻』とは表現していたけれど、しかし実態は、それはもう途轍もなく大きな高揚感を伴う予熱だった。

 

 ……そして、そこに、予選を無事に突破できたことへの心からの安堵や、ちゃんと結果を出すことができていることへの喜びやら、なにやらが。しっかりとした実感を伴って、追加された。

 

 

 ……。

 

 ……これは、後になって考えたことだけど。

 

 結果についての感情が後回しになっていたのは、私の脳に、追加でそれを処理できるだけのキャパシティが無かったからなのだと思う。

 

 だから無意識的に、私の脳はそれを情報として処理することを後回しにしていたのだろう。

 しかし、余熱が治っていない中、結局まるで突きつけられるようにして、結果に対する実感を得ることになってしまったわけで。

 

 結果、私の脳は突然、まるで処理落ちしたパソコンのようにフリーズした。

 

 

 ……と、まあそんなこともあったけど。

 

 それから、少しばかりの時間を置いて、どうにか戻ってくることはできた。

 

 戻ってきた私は、その後、その熱に浮かされたままの状態で花海咲季との会話を続行し、本戦でのリベンジを宣言されたりした。

 

 

 ……。

 

 ……そうして。今は、寮の自室に1人でいる。

 

 まだまだ全然心臓の音はうるさいし、手脚は今にも震え出しそうな上、おまけに、目の前がチカチカするような錯覚もあるけれど……しかし、少しずつ、混沌とした感情が、一つの形に整ってきたことを実感する。

 

 

 「──やっぱり、目指すなら一番だね。……理由とかは、どうでもいいのかも」

 

 

 瞼を閉じて、静かで深い呼吸を意識しながら……私は、熱に浮かされつつ言葉を吐く。

 

 しかし、言ってみてなんとなく、本心は多分、ほんの少し違うと感じた。

 これは、自分の言葉が嘘だと感じたというわけではなくて。単純に言葉が足りていない、あるいは……それだけだとなんとなく解像度が荒いような、そんな気がする。

 

 それなら、今こそ、もっと、ちゃんと考えよう。

 

 

 ──まず、私は、トップアイドルを目指すと決めた。

 

 それは、そうすることで、自分が特別な何者かになれると思ったから。

 

 その認識は、今でも、変わっていない。

 『H.I.F』の『選抜試験(セレクション)』のシーズンが始まってすぐくらいの時に一度、別にそれだけならトップでなければならない理由なんてないんじゃないかという視点で考えて、少し自信がなくなってしまったけれど……それは、単なる妥協でしかない。

 

 色々と考えた末、やはり私は、目指すのなら自分の目で見える一番すごい自分を目指したい。

 

 ……そう考えると、あの時花海咲季に対して自分が口にした言葉は、あの時は『それっぽい言葉』と思っていたけれど、結局、正しいものだったのだ。

 

 けれど、その上で。

 どうしてあの時はその言葉に自信を持つことができなかったのか。今なら、それもわかるような気がする。

 

 私には、『トップアイドルを目指したい理由』は明確でも、『トップアイドルになってやりたいこと』みたいな部分がすごく曖昧だったから。

 とは言え……最初から何も考えていなかったということなら、ここまで思い悩むことはなかっただろう。

 

 ……いや、何も考えていなかったのは、その通りなのだけど。

 私には、どうやら、「何者かになる」ということ以外で、やりたいことがあったようだ。

 

 

 それはきっと、どんなライブを作りたいか。

 

 私は、一番「楽しいライブ」を作りたい。

 

 

 ……誰よりも、楽しいライブを創りたい。

 1人の力じゃなくて、観客を巻き込んだ、みんなの力で。

 

 それも、ただ楽しいライブを創るんじゃなくて、一番がいい。

 

 理由は、自分が楽しいライブを作れた!って思ったとしても、他のアイドルのライブの方が良かったってなったとしたら、きっと不満に思うだろうから。

 

 

 ……何というか、こんな簡単な答えを出すだけのために、私は随分と遠回りをしたものだ。

 ようやく言葉にできた自分の気持ちがこんな単純なものだなんて、自分で自分に呆れてしまいそうなくらいだ。

 

 けれど、ここまで遠回りしてきたからこそ、価値があるという考え方もあるかも知れない。

 

 ……しかし、なんだろう。

 

 トップアイドルになりたい、一番楽しいライブを作りたい、だなんて。

 まるでなんだか、字面だけで見ればとてもキラキラしていてエモいように見えなくもない気がするけれど……残念ながらその実態は、ほとんどただの個人的なわがままだ。

 

 ……だけど、その上で。私は、きっとそれでいいのだと思う。

 

 本当に、今になって、ようやくわかった。

 思い返してみれば、ただ自覚していなかっただけで、私は最初からそうだったのだろう。

 

 プロデューサーと出会ってばかりの頃、「他のアイドルだったらもっと上手くやれるのかな」って拗ねていた気持ちが、前向きになり。ちゃんと観客を見てステージに立てるようになった時。

 

 審査員として、私のパフォーマンスに対して評価を算定しようとしていた人の姿を見て、私はどうしようもなく不満だった。それで……もっと自分を見てっていう気持ちをぶつけたりした。

 

 ……考えてみれば、観客としてそこにいるのではなくて、審査員として客観的に観察しようとしていたのなら、その人は「楽しいライブ」を一緒に作ってはくれないだろう。

 あの時不満に思った原因は、きっとそういうことだったのだ。

 

 とは言え……まあ、これを自覚したことで、それだけで何かが変わるというわけではない。これはあくまで、無意識の中で求めていたものの形を、ただ自覚することができたというそれだけのことだ。

 

 当然、冬の『H.I.F』には引き続き挑戦するし、『一番星(プリマステラ)』を目指すという大目標があるということも変わらない。

 強いていうなら、そこに追加で「一番楽しいライブ」を創ることを、もうひとつの目標として据えただけ。

 

 本当に、考えれば考えるほど、何も変わっていない。

 

 けれど、気が付いたら。

 『H.I.F』が始まってからずっとあった、漠然とした不安が……いつしか、すっかり無くなっていた。

 

 ……なんだか、今夜は心地よい眠りにつけそうだ。

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