TS転生者が初星学園でアイドルになる話   作:ピンノ

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第33話

 

 『H.I.F』本戦への進出が決まった、その次の日。

 

 プロデューサーはいつものように『選抜試験(セレクション)』の振り返り及び本戦へのミーティングをするつもりだったようだけれど、私が急遽言い出したことにより、私たちは、いつもの教室ではなくレッスン室にいた。

 

 そこで私は、まるで本番前のように、心を落ち着けるための深呼吸をする。

 

 いや……ように、というのは正しくないか。

 私は、今からここでライブをするのだ。

 

 もちろん、ここはステージですらないただの空間。

 手には何も持っていないし、ここで観客と呼べるのは、プロデューサーがただ1人いるだけだ。

 

 この光景を見て、誰も『H.I.F』本戦への出場を勝ち取った者のライブとは思わないだろう。

 

 実際、これからするのはリハーサルのようなものだから、それは正しい。

 ……ただ、その上で言うけれど、私としては、あくまで本番だと思って真剣にやるつもりでいる。

 

 私には、確かめておきたいことがあるから。

 

 大きく息を吐いて、目を瞑る。

 ……そして、小さくうなづいた。

 

 そうすると、それを合図に、プロデューサーの手によって音楽が流れ始める。

 

 それは、この『H.I.F』の課題曲。

 ここまでの三度の『選抜試験(セレクション)』で、毎回披露してきた曲である。

 

 

 ──私は、歌いながら、プロデューサーの顔を見る。

 

 練習通りの歌が私の口から流れて、ダンスをし、そして練習通りの仕草をする。

 そしてその間、この曲に合わせて組み立てたバージョンのイン……なんとかも同時に使う。

 

 これらは、『選抜試験(セレクション)』が始まるよりも前に、全部無意識でもできるくらいに覚えた、この曲の流れである。

 

 ……特に何を宣言するでもなく、何の予兆もなく。

 

 私は、それを敢えてズラす。

 

 観客役をやってもらっているプロデューサーの、表情の変化や視線の動き方、呼吸のリズム、そういったものを漠然と感じ取りながら、その場その場で判断を下して、本来の道から脇道に逸れる。

 

 例えば、本来なら存在感を薄めて溜めるところで、少し能力を緩めて虚をつく小さな緩急を生み、注意を引いたり。

 指先の角度を少し変えてみたり、本当ならやらないターンを加えてみたり、それから、歌詞に元々はない吐息を混ぜたり。

 

 

 ──まさしく、やりたい放題だ。

 

 そう思えるかも知れないけれど、しかし、これは無意味にただアドリブを捩じ込んでいるというわけではない。

 これはプロデューサーの……つまり、観客の様子を見て、適宜必要だと感じた場面で、少しだけ、そういったものをパフォーマンスの中に加え入れているだけに過ぎない。

 

 脇道に逸れても、本来の道は、しっかり体が覚えている。

 大きくずれたらどうかというところまではまだわからないけれど、少し予定にない動作を加えるだけならば、十分、戻ってくることができる。

 

 アドリブの手札も、沢山ある。

 歌や踊りや仕草による表現だけではなく、私には『存在感を薄める力』の強弱による見えない緩急というカードがある。

 

 ……全ては、ただ、楽しいライブを創り出すため。

 そうすることで、自分自身を、特別な存在へと押し上げるため。

 

 

 ステージの上に立って、観客が楽しいと思えている様を見れば、自分の中で、歓喜にも似た不思議な熱が湧き上がってくる。

 そうして溢れる熱を、歌や踊りや視線を通して観客へ伝えると、それが私に返ってきて、もっと、私の中に熱が溢れる。それを観客に伝えて、さらにそれが返ってきて……と。

 

 そんな、ひたすらに熱が熱を増幅させていくループの構図。

 

 それこそが、昨日の『選抜試験(セレクション)』で漠然と見えた、私のライブが目指すべき完成形だった。

 

 今にして思えば、私はこれまで、無自覚的ではあったけれど……実のところ、かなりそれに近いことを実際にできていた。

 

 例えば、初期にプロデューサーに言われて意識するようになった、『観客の方をしっかりと見ること』は、自分の中の熱を伝えやすいよう意識のチャンネルを合わせることになっていた。

 

 熱そのものは、自分で自覚していなくても、そもそも勝手に湧き上がってくるようなものであった。

 

 ……だけど、理論上、もっと効率的に熱を伝えて観客を包み込んでしまうには。

 事前に考えておいたパフォーマンスをトレースするのではなく、その場その場で判断して、その時の状況に合わせて最適な判断を下していくのが望ましい。

 

 

 私には、それは無理だった。

 ……正確には、それは無理だと思っていた。

 

 だって、観客にちゃんと意識を向け続けなければ……例えば、途中で自分のパフォーマンスに意識が向いてしまったなら。そうしたら、観客に熱を伝えるためのチャンネルが合わなくなって、私の中の熱も、少しずつ鎮火してしまうことだろう。

 

 だけど、そうではなかった。

 

 その場その場での判断を下すのに、観客から目を離す必要はない。

 むしろ、それは観客により深く意識を向けていなければできないことだ。

 

 もはや、「自分を見て」と、ただ念じるだけで我慢するような必要はない。

 

 

 ──もっと早くに気付いていたらと思わないでもないけれど……まあ、これは今の私だからできることだ。

 

 例えば、プロデューサーと出会ったばかりの頃はこんなことはできなかった。

 きっと、すぐに曲の本来の流れを見失って迷子になっていたに違いない。

 

 あるいは、ただステージの上で最後までパフォーマンスをやり切れるようになっただけの段階でも、意味はなかった。

 今みたいに色んな手札が揃っていなかったら、途中で、うまく熱を伝える手段が見つからなくなって、途方に暮れていたと思う。

 

 春と夏を経て、それらの例外的な技術を手にしたばかりの段階だったら、どうだろう。……それでも、多分、時期尚早だ。今くらいの基礎体力があるからこそパフォーマンスを継続しながら頭を回すことができているわけで、基礎的な技術をしっかりと身に付けたからこその手札も、沢山ある。

 

 

 ……しかし、こうして、観客に対して無理矢理にでも自分に意識を向けさせて、熱を押し付けて、楽しいという気持ちを植え付けようというのは、独りよがりと言われても仕方がない。

 

 だけど、私は会場にいる全員の力を無理矢理に利用してでも、「楽しいライブ」を創りたいから、そこはもう仕方がない。

 

 結局のところ、私は誰かのように「ファンを楽しませること」そのものを目的に据えられるような利他的なタイプではなく、それを手段にしてしまう、利己的な自己中心主義者なのだ。

 

 

 そして、今やっているのは、つまるところは答え合わせだ。

 

 プロデューサーは、きっと、私の中にあった私の答えを、知っていた。

 知っていたからこそ、きっと、これまでのレッスンをはじめとするプロデュースが、このような形になっていたのだろうと、今はそう思う。

 

 例えば、プロデューサーはかつて私に、観客に意識を向けるように言い、そうした時にパフォーマンスが崩れないようにするレッスンを考案してきた。

 しかしその割に、肝心となる筈の、観客に意識を向け続けるための方法みたいなところにはあまり触れていなかった。

 

 今にして思えば、観客に意識を向けることでどうして私のステージがいい感じになるのかについても、私の視野が狭いからと、曖昧な形でぼかされていた。

 

 私の視野が狭くて、一つの事にばかり考えが集中してしまうような側面があるのは、確かに事実だろう。

 だけど、観客にしっかりと意識を向けて、観客からの意識を自分に向けさせるというのは、ある種の共鳴しやすい状態を作るだけのものであり、それだけではライブが成功する要件には足りていない。

 

 無自覚ながらも、私の奥底に、こういう「楽しいライブを創りたい」という熱があったから、それが伝わって、ライブを成功させる事に繋がっていたのだ。

 

 ……そして、どうして、そうやって核心的なところをばかすようなことをして、これを教えてくれなかったのかについても、今なら理解できるような気がする。

 

 これは、私自身が、心から『こうしたい』と思っているからできている。

 自分で気付くのではなく人の言葉で教えられていたのなら、こんな風には、とてもできなかったことだろう。

 

 

 ……。

 

 

 ──そうして、私は、アドリブだらけのパフォーマンスを最後までやり切って。

 

 

 「……どう、でした?」

 

 

 しばらくの間、反動のような余韻に浸った後、プロデューサーに問いかける。

 

 ──私自身は、楽しかった。

 観客は1人きりだったし、ステージの演出もなかったけれど、今までにないくらいの熱を、作り出すことができた。

 

 

 「とても……よかったです」

 

 

 プロデューサーは、何かを噛み締めるかのように、そう言った。

 

 その様子を見て……ふと、思い返してみると。

 そういえば、プロデューサーはこの『選抜試験(セレクション)』の期間が始まる前に、ちょっとしたヒントを出していたのだということに気がついた。

 

 彼は最初に、「これまでに積み上げてきたものを、ひとつずつ思い返していきましょう」と言っていた。

 

 私はそれを、「それだけのものを積み上げてきたのだから自信を持て」という意味だと解釈していたけれど……。

 本当は、ちゃんとじっくり思い返してみたら、あえてぼかした「欠け」があることに気が付けるよ、ということだったのかも知れない。

 

 その後に言っていたのは……たしか、「そうして、もしもその上で足りないと感じるのであれば、あえて一度立ち止まって考えてみてもいいかも知れません」とかなんとか。

 

 ……訂正だ。

 今の私の解釈が正しければ、かも知れない、じゃなくて、大分直接的に言っていたということになる。

 

 

 「……正直なところ、それはあまりにもリスクが大きいので、気が付かなければ、気が付かないままでもいいと思っていました」

 

 

 そうは言うけれど、それが明確な妥協であることはよくわかる。

 

 ……しかし同時に、直接教えるわけにいかなかったということもわかる。

 ヒントですら、ああして、後からようやく気が付くようなものにせざるを得なかったのだろう。

 

 いや、もはやそれでは、それはヒントでも何でもない。

 

 それでも……後から考えたらちゃんとヒントだったと分かるような言葉を、先に私に伝えていたのは。きっと、もどかしい思いがあったのだろう。

 

 それでも、そういうのはたったそれだけにとどめて、あとはちゃんと、こうして私が自分で自分なりの答えに辿り着くのを待ってくれていた。

 

 

 「プロデューサー、本戦は、これで行ってもいいですか?」

 

 

 ……私は、ようやく本題に入る。

 今日こうやって『答え合わせ』をしたのは、これが聞きたかったからだ。

 

 とは言えもちろん、本戦でいきなりこれをやるというのは、多大なリスクを背負うことになる。

 それでも、本戦ではやはり、自分に出せる最大値をぶつけたいから。そうやって、自分にできる最高のライブを創りたいから。

 

 ……覚悟を決めて、ぶつけた私の質問に。

 

 

 「はい。──本戦では、思い思いにライブをしましょう」

 

 

 プロデューサーはそう言い切ると、力強く頷いた。

 

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