ついに『H.I.F』本戦も始まり、ステージの裏。
私は自分の順番が回ってくるのを待ちながら、現『
彼女は私にとって……夏の『N.I.A』の頃にとてもお世話になった先輩であり、同時に、一度は手を伸ばしたものの届かなかった頂点でもある。
今日ここでこれから改めて挑むと思うと、なんだか感慨深いようなそわそわするような……そんな風に、色々と感じるものがある。
「あなたも、またここまで来たのね」
私に対して、十王星南は、少しだけ溜めるようにしてそう言った。
……前回、夏の『H.I.F』では、『N.I.A』で結果を出した私は有力な優勝候補として見られていたけれど、今回は少し違う。
全体的に大きくレベルの上昇した今回では、私は『
けれど、今ここで私たちがお互いにこうしてここにいるということについて、思うところがあるのは私の方だけではないらしい。
「はい、どうにかまたここまで来ることができました。……ですけど、今回の『H.I.F』は、改めてすごいですね」
暗幕の向こう側からは、物凄い歓声が聞こえてくる。
今回の『H.I.F』においてはもはや、参加者一人一人が、巷で『トップアイドル』と呼ばれる者と比較して遜色ない。
ハッキリ言ってしまえば、現『
この大会はもう、誰が勝ってもおかしくはないのだ。
目の前に立つ十王星南本人が望んでいた通りに、そうなった。
「ええ、そうでしょう。今日は、誰が勝ってもおかしくないわ」
彼女は、そう言いながら、誇らしそうに胸を張る。
……きっと、1人のアイドルとして、本当に参加者の一人一人を王座を脅かしうる脅威と判断しているのだろう。
その上で心から嬉しそうにする姿は……しかし、私には残念ながら共感できそうなものではなかった。
けれど、共感はできずとも、理解はできる。
彼女の在り方は本当に、どこまでも、人を導く『
……改めて、二度目の『H.I.F』挑戦を前にした時の私が、自分自身に足りないと感じるわけだ。
目指す先にいる相手がこんなにも明確な理想を持っているのだから、理想が不明瞭だった私自身を顧みた時に、不足を感じるのは当然だ。
だけど、今。私は、自分自身に対して、そういった不足は、特には感じてはいなかった。
「……夏の『H.I.F』では、私は『
胸元に手を当て、高鳴る鼓動を手のひらで感じながら言葉を紡ぐ。
我ながら、これではまるで、側から見たら告白でもしようとしているかのような様相だ。
「他に、やりたいこと?」
対する十王星南は、怪訝そうな顔で、ただ私に言葉の続きを促した。
「はい、私は今日……一番、誰よりも楽しいライブを作りたいと思っています。アイドルのステージは、1人では作れないので、今日ここにいる会場のみんなと一緒に、ではありますけど」
告白は告白でも、告げるものは好意ではなく。
身勝手で自分本位な、挑戦の意。
ステージに立つ自分以外のアイドルに対して、「自分が一番観客を楽しませてみせる」だなんて、それは、宣戦布告に他ならない。
「……なるほどね。それが、あなたの思う『
一瞬の驚きを表情に浮かべた後、十王星南は、真正面から私の目を見据えながらそう言った。
「いえ、これはただの……私のやりたいことです。だけど、もし私が今日『
『
十王星南に挑もうという気持ちも同様だ。
ただこれは、そこに追加でやりたいことが増えたというそれだけのこと。
「そう。そこまで言うのなら、やってみせてちょうだい。あなたの思う最高のステージを作り上げて、私を含めた今日ステージに立つ全てのアイドルを超えて、『
十王星南は、まるで教え子を送り出す先生かトレーナーみたいな文脈で笑顔と共に期待、などと私に言ったけれど。
同時に、「そう簡単にできることだとは思うな」とでも言うような言外の圧力を感じた気がした。
……そうして。
十王星南がステージへと向かっていく後ろ姿を見届けて……そして、それから。
「──さて、本番前の最後のミーティングです。何か言いたいことはありますか?」
私に順番が回ってくる寸前くらいのタイミングで、プロデューサーが話しかけてきた。
「特には、ありません。強いて言うなら……心のこもった応援が、ほしいかもです」
さすがのプロデューサーでも、この期に及んで何か言えるようなことやできるようなことなどは無いだろう。
それに、私としても、もう既に心の準備はできている。
「わかりました。──観月さん、期待しています。最高のステージにして来てください」
ステージへと向かう直前、正面から受け止めたプロデューサーからの信頼を込めた視線が、私の心にさらなる熱を加えてくれたような……そんな気がした。
──そうして私はプロデューサーに送り出されて、ステージへと向かう。
ステージ上に立つと……観客席に、見知った顔がチラホラと混ざっているということに気がついた。
中等部のユニットメンバーの2人。お父さんやお母さん。そして、さっき私を送り出してくれたプロデューサー。あとはそれから、『H.I.F』本戦に進出できなかったか、あるいは出場しなかったクラスメイト。
……そういえば、高等部に進学してから初めてちゃんとステージに立つことのできた春のあの日も、こんな風に、見知った顔に勇気付けられたりしていたっけ。
あの時と比べると、その「見知った顔」の数と範囲も、ちょっとは広がったような気もする。
私は静かに大きく息を吸い、そして、吐く。
そうして深呼吸をして軽く気持ちを切り替えた後、改めて前を向く。
アイドルのライブは、観客と共に作り上げるもの。
これから一緒にこのライブを作り上げるのだと思うと……観客席にいるみんなの、なんと心強いことだろうか。
ひと息の後。精一杯の元気を込めた観客への挨拶をした私は、それから、流れ始めた音楽に合わせて歌い始める。
胸の内で、曲へと込める想いは、二つ。
ひとつは、「何者かになりたい」という、平凡なままに終わったかつての自分の時から抱え続けていた願望。
それからもうひとつは、「楽しいライブを作りたい」という、今の自分になって……つまり、ステージに立ってスポットライトを浴びるようになってから秘めるようになった欲望。
つまりは、前世と今世の私の想い。
私は、二度目の人生を歩んでここにいる。
だからこその、二つの想い。
もはや、二人分の願望とまで言ってもいいかも知れない。
しかしその中身はといえば、どちらも、自分本位で個人的なもの。正面から見据えれば、両方とも、あまり美しいものではないだろう。
だけど、それが私の、嘘偽りのない気持ちだから。
それを思いっ切り口に出して叫ぶわけでもないのだし、心の中で込めるだけの想いを、取り繕う必要なんてない筈だ。
そう思うから、私はありのままの心を、ためらうことなく歌へと乗せていく。
──そして。
想いは、もう、ただ念じるだけのものではない。
観客の表情、呼吸、空気、熱。それを、大雑把に感じ取る。
そして、感じ取ったそれに合わせて。もっと、視線を集めるために、もっと、観客をステージの上にいる私へと、強くのめり込ませるために。
視線の向け方、立ち位置の微妙な調整、存在感の緩急のアレンジ。
ありとあらゆるアプローチを用いて、リアルタイムで、自分のパフォーマンスに反映する。
そうやって私は、私の内側からの熱を、より効果的に広げていく。
ここで、より楽しいライブを作るために。
私がより脚光を浴びて、さらに強く輝くために。
私がステージの上から振り撒いて広げた熱は、観客によって、会場全体に漂う熱となり。あるいは、私の発する声に対する、コールとなり。
そうして、私自身へと返ってくる。
私はそれを、全身で受け止めていく。
もちろん、ただ受け止めるだけじゃない。受け止めて、私の中で増幅させる。
当たり前の話だけれど、もしもこの循環の中で、私がどこかで読み違いをしたら、それは、致命的な悪影響を生み出しかねない。だけど、そんな一発勝負のスリルさえ、今の私には、さらなる熱を生み出す薪になる。
──だって、純粋に、こうしてここに立ってパフォーマンスをするのは、何よりも、私自身が楽しいから。
最初に、私の内にあった二つの願いを原動力として始まった、この増幅していく熱は、そんな、単純な私の気持ちによって増幅している。
きっと、観客も同じように、私から受け取った熱を、増幅させて私に返していることだろう。
……そしてさらに、そうやって、循環すればするほどに勢いを増していく熱を。
私はほんの少しだけ、そのまますぐに返さずに、私の内側にとどめて、密かに少しずつ溜めてもいる。
最後に一気に解き放つことで、このライブを「完成」させるためだ。
これは、私の、存在感を薄める力によって、単純な緩急とはまた別に、少しずつ自分自身を気付かれないくらいにフェードアウトさせていくことによって行なっている。
存在感を少しずつ薄めても、それ以上に観客の集中を高めているから、観客が私を見失ってしまうことはない。
……そうして、私は。
何度も何度も、会場のみんなと熱を分かち合い、高め合い。
──そして。最後に、溜めていた分を、一気に解き放って。
まるで爆発が起こったかのような錯覚と共に、私のステージは、幕を下ろした。