それぞれの、ステージが終わり。この冬の『H.I.F』もまた、ついに結果を待つのみとなった。
「『Hatsuboshi IDOL FESTIVAL』──初星学園一のアイドルを決める大祭は、今冬より生まれ変わった。アイドルの頂点『
会場全体に漂う、結果が告げられる瞬間を今か今かと待ち侘びるような、そんな浮ついた雰囲気の中。スピーカー越しの学園長の言葉が響き渡る。
「選び抜かれた精鋭たちよ!見事な激闘であった」
会場は静まっているけれど、しかしそこには、まるで張り詰めた糸のような緊張感があり。そのすぐ裏側に、今にも爆発しそうなくらいの熱気が潜んでいるのを感じる。
「そして……ご来場の方々。長らくお待たせした。これより──『
……わかっている。
この静寂は、あくまで前振りのようなものだ。
その時が来れば、一瞬で裏返って、そして、その時には全てが決まっていることだろう。
「『Hatsuboshi IDOL FESTIVAL』優勝者──」
私は、口の中がカラカラに乾いて、心臓はまるで跳ね回っているかのようだけれど。それを必死にひた隠し、祈るように静かに立って、ただひたすらに、その時を待つ。
「観月桃花!」
……そして、ついに訪れた、その時。
一瞬、信じがたい気持ちだったけれど……しかし、ステージの上の大きなスクリーンには、確かに、私の名前が表示されていた。
……。
……驚きやら喜びやら、あるいは、それ以外のなにやら。
私の名前が呼ばれたその一瞬で、色々な感情が湧き上がって。まるで、頭が真っ白になるような感覚だった。
「──はい」
辛うじて、なんとか言葉は口から出てきたけれど。
しかし私は……ちゃんと返事をすることができていただろうか。
もしかしたら、掠れて今にも消え入りそうな声だったかも知れない。
しかし、それが反射的に出してしまった、ろくに心の準備が整っていなかった返事であったとしても、やり直すことなんてできないし、内心で後悔をしていられるほどの余裕もない。
だって、これから授与式を執り行うというのだ。気を引き締め直して、きちんと前を向かなければ。
「現『
「はい!」
内心で盛大に取り乱している私とは対照的に、十王星南の返事は、堂々としていて、毅然としたものだった。
私は……彼女の落ち着き払った態度を見て。そっと静かに息を吐いて、改めて、自分の気持ちを繕った。
こんなところであわあわしていても仕方がないから、一旦、飲み込みきれない感情の処理を、全部まるっと後回しにしただけとも言う。
……。
……そうして、私は。
ステージの上で、『
正面に見えるその顔は、堂々としていながらも、どこか悔しそうに見えるし、あるいは……なんだかほんの少しだけ、嬉しそうにも見える気がする。
そんな表情を見て、漠然と、彼女は彼女で、私には簡単に推し量ることもできないような複雑な感情が渦巻いているのであろうということだけ、理解できた。
「桃花。まずは……おめでとう」
その声は、マイクを通してのものではなかった。
この距離にいる私には聞こえるけれど、観客には、きっと聞こえていないだろう。
つまり、これはパフォーマンスの一種ではなくて。単純に、私という個人に向けた言葉のようだ。
「ありがとう、ございます」
私も、マイクを通すことなく言葉を返す。
だけどどう返したらいいかが、あまりよくわからなくて。そのせいで、なんだか随分とありきたりな返事になってしまったような気がする。
「私のステージは、どうでした?」
十王星南は、観客席にはいなかった。
……けれど、控え室にはモニターもあるし、それに、ステージ袖の隙間から覗くようにして見ることだってできる。
もちろん、だからと言って必ずしも彼女が私のステージを観ていたとは限らない。だけどきっと……この人なら。ちゃんと観ていてくれたんじゃないかと、そう思う。
「……そうね。宣言通り、今日この場所で一番のステージだったと思うわ」
一瞬の間を置いた後、目を細めて。表情をふっと和らげながら、答えてくれた。
「私も……今日のこのステージが、私にとっての、最高傑作だと思います。だけど、同時に。アイドルのステージは、アイドル1人だけでは作れないと思ってます」
話しながら、私は、つい先ほどまでの、ステージの上での感覚を反芻する。
……あれだけの熱を生み出すのは、とても、私だけではできないことだ。
あれは、ここにいる全員の力を借りて、実現できたことである。
「学園の……いえ、トップアイドルを決める大規模な祭典という背景があって、そして、誰が勝ってもおかしくないくらいの白熱した状況があって。……そのおかげで、私は、あれだけのライブが作れました」
それはきっと、この舞台を勝負として見れば、あくまでみんな『同じ条件だ』と無視していいことだろうけど。
私は、勝負の場に立っていたと同時に、「楽しいライブを作る」という自己満足を成すことも目的として持っていた。
だから、そういう意味では。
「ありがとうございます、星南会長。──今日この大会は、とっても楽しかったです」
誰が、この『H.I.F』を高いレベルの大会にしたか。
誰が、ここまで学園のみんなのレベルが一段と上がるようなことをしたか。
それは、目の前にいる、十王星南が成し遂げたことである。
私はそのことに、ただ素直に、敬意と感謝を伝えたい気持ちだった。
「それなら、よかったわ。……だけど、次はあなたが作るのよ。この『H.I.F』を、あなたの立つステージを。だからこれから先、あなたがそれをどれだけ彩って見せるのか、楽しみにしているわ」
十王星南の、その言葉と共に。彼女から、指先から肘の長さくらいの大きさの金色のトロフィーが受け渡された。
その形は、両手を掲げた人のような形をしていて。そして、その掲げられた手には、『
渡してきた、十王星南の手が離れて。そして、それが、自分の両手に収まって。
……その時、ようやく、それが今までに持ったことがないくらいに、重い物であると感じた。
「私だけで、できるでしょうか。このトロフィーも、このバッジも、まだ私の物だとは実感できていないです。本気で挑みはしましたけど、挑むことに夢中で、結果の先のことまでは、ちゃんとは考えていませんでした」
……漠然と、やりたいことならあるけれど。
だけどそれを、私は、目の前に立つ偉大な先輩のように、果たしてちゃんとやり遂げられるものだろうか。
曖昧な理想ばかりで、具体的な手段や方法、道筋なんて、私は何も考えていない。
「あなた自身が言ったことでしょう?アイドルのステージは、1人だけでは完成しない。──この学園であなたは、独りぼっちではないでしょう」
……たしかに、そう言われてみれば。
学園中には、私の手に渡ったこの称号を狙う、心強くて恐ろしいたくさんのライバルたちがいる。
そして、私を見出してここまで連れて来てしまった、奇特で優秀なプロデューサーもいる。
……なるほど。
それなら、きっと大丈夫だ。
私は、今日ここにいる私を、また超えることができるだろう。
そうであるなら、私は『
「さあ、桃花。会場の皆さまに、新しい『
十王星南に背を押されて、私は、会場を埋め尽くす観客たちの方へと向く。
……そして、ひと呼吸。すうと息を小さく吸うと、私は、衣装に付いている小型マイクのスイッチを、ONにして。
「──皆さん。この度『
私の言葉に、観客席から、合いの手として小さな歓声が聞こえてきた。
「私は、ステージに立って、これから先、たくさんの『楽しいライブ』を作り上げていきたいと思っています。今日ここで作り上げた私自身の『最高』を更新して、その先にある、たくさんの『最高』を塗り替えて、私は、さらにその先に行きたいです!
自分の中にある、自分勝手な思いを、思いつくままにひたすらにぶつけて。
それから私は、さらなる言葉を続けるためにまた息を吸う。
「……だから、初星学園の、皆さん。誰が一番のステージを作り上げられるか、また勝負をしましょう!行く先々で、いろいろな場所で、そしてそれから、またここで。皆さまなら、私と一緒に、過去を超え続けられると信じています」
言いながら、自分自身へのハードルが凄い勢いで上がっていくのを感じる。
今私は、他の誰が考えたわけでもない自分の言葉で、たくさんの期待を、私自身に向けさせている。
それが恐ろしくないと言えば、嘘になる。
……だけど、そのくらいは宣言できなければ。
だって、これから私は、初星学園のみんなの頂点に立つことになるのだから。
そして、挑んでくるみんなを、あるいはみんなが持つ熱を、これから先も私がステージに立つ上で糧とすると決めたのだから。
私には、尊敬すべき先輩のように、手本となり導いていけるような、そんな導き手としての素養はない。
理想の具体像を描き、そこに至る道筋を作り出せるようなタイプでもない。
これから先も、私はきっとたくさん迷うだろうし、たくさん立ち止まることもあるだろう。
だって、そもそもが私のやりたいことなんて、ただただひたすらに、私の知る『一番楽しいライブ』を更新するという、そんな曖昧なことなのだし。
……だけど、もしも私が迷って、壁にぶつかってしまった時には。
きっと、学園にいるたくさんの星々が、私を導いてくれるだろう。
だから、それまでの、私が立ち止まってしまうまでの間は。
せめて、私の思う、精一杯の高いところに。
そうすれば、私に人を導けるだけの素養がなくとも、力強く輝いている星々は、きっと勝手に追いついて来てくれるはずだから。
私は……きっと、なんとも他力本願で要介護な『一番星』になることだろう。
偉大なる先輩の輝かしい姿と比べたら、それはきっと、とても情けない姿に映っても不思議ではない。
……だけど、そうやってみんなで走り続けられたなら、きっとそれは、すごく楽しいことだと思うのだ。