TS転生者が初星学園でアイドルになる話   作:ピンノ

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第37話

 

 『H.I.F』の全工程を終えて、帰り道。

 私は夕陽に照らされながら、プロデューサーと共に歩いていた。

 

 

 「……プロデューサー、私、本当に『一番星(プリマステラ)』になったんですよね」

 

 

 まだどこかふわふわしていて、実感が湧かない。

 もしかしたらこれは夢で、私は今から布団の中で目を覚まして、また『H.I.F』に挑むところからやり直しになるんじゃないか……みたいな考えさえ、浮かんでくる。

 

 

 「全然、実感が湧かないです。ありきたりですけど、実は夢なんじゃないかって、そんな風に思ってしまいます」

 

 

 だけどそのくせ、私の両手の中にあるトロフィーは、確かに重くて。それで余計に、自分でも、よくわからなくなってきてしまいそうだ。

 

 

 「夢ではありません。今ここにあるのが、現実です」

 

 

 少しばかり混乱している私とは対照的に、プロデューサーは、そうやって静かに断言した。

 

 その声色は、思いの外優しく。そして表情も、どこか晴れ晴れとしているように見えた。

 

 ……そんな、プロデューサーの顔を見て。

 私は、ふと、ちょっとした話を思いついた。

 

 

 「夢で思い出したんですけど、私、前はよく色々と嫌な夢を見ることがあったんです」

 

 

 突然に語り始めた私に、プロデューサーは特に驚いた様子もなく、ただ静かに、私の言葉の続きを待った。

 

 

 「まあ、大体はあんまりちゃんとは覚えてないんですけど、ひとつだけよく覚えてる夢があるんです。これは、私がここに来る前に見た……つまり、中等部に入るよりも前に見た、夢の話です」

 

 

 『H.I.F』を終えて、ついに遥か高くにあったはずの目標を叶えたというこんな時に、いったいなんの話をしているのだろうか。

 私自身そう思うし、プロデューサーも、内心では首を傾げているに違いない。

 

 

 「夢の中では、私は至って普通の社会人でした。どんな会社でどんな仕事だったのかは……小さい頃に見た夢のことなので、よく覚えてはいませんが。とにかく、ごくごく平凡な、何者でもない一人の人として、生きていました」

 

 

 夢という言葉で誤魔化しているけれど、これはつまり、私の前世の話である。

 

 前世のことは、いわば私という人間のルーツである。

 ここまで来たのもあって、プロデューサーには、共有してみたくなったのだ。

 

 ……まあ、夢で見たもの、という体でもないと伝えられる気はしないけれど。

 

 

 「アイドルとか、そんなのは、液晶画面の向こう側にあるような世界のことで。その夢の中で私自身は、本当に、どこにでもいる道端の石ころみたいな存在で。漠然と、変わりたいって思いながら……そうやってそのまま、誰かの目に止まるようなこともなく死んでしまう、という、そんな悪い夢でした」

 

 

 この話をして、果たしてプロデューサーに何を伝えたいのかと言えば、そこまでのことは、自分でもよくわからない。

 だけど、私はカバンについたストラップに指を触れさせながら、何かに突き動かされるように、言葉を続ける。

 

 

 「そんな悪い夢の中の自分みたいになりたくなくて、漠然と、違う道を歩きたくて、それで私は、この学園に来て、そしてアイドルになりました」

 

 

 考えてみれば、前世の記憶が無ければ、私はこうしてこのような場所に飛び込んでくることはなかっただろう。

 前世の記憶があったから、私はアイドルの養成学校に入学したわけで、そして前世の記憶があったから、中等部で心が折れても惰性でここに居続けた。

 

 

 「夢と違って、私は今こうしてここにいます。だけど……私で、いいんでしょうか。『一番星(プリマステラ)』の称号は、この学園で一番の称号です。まだ実感は湧いていないですけど、なんだか、世界で一番っていうのと、あまり変わらないくらい重いことな気がするんです」

 

 

 前世の私にとっては、この世界は、『学園アイドルマスターの世界』である。

 その舞台である初星学園で一番ということは、つまり、前世の私から見れば、世界一になったのと大差ない。

 

 もちろん、今の私には、そうではないと言うことは理屈の上でわかるけれど……しかしきっと、ちゃんと自分がこの称号を手にしたのだと実感した時には、今よりももっと、その重みを感じるような、そんな気がする。

 

 

 「……初めて知ったことですが、小さい頃に見た夢が、アイドルを目指すきっかけだったということですか?」

 

 

 プロデューサーは、少しばかり驚いたような表情で。

 しかし茶化したりなどはしない真剣な雰囲気で、尋ねてきた。

 

 

 「はい、そうなんです。……変なきっかけで、すみません」

 

 

 なんだか少しばかり恥ずかしくて、目を逸らしながら、私はそう答えた。

 夢であれ前世の記憶であれ、きっかけとしては大分奇妙なものであるということは、事実だろう。

 

 

 「……なんとなく、観月さんが持つ不思議な力について、わかった気がします」

 

 

 僅かな沈黙の後、なんだか突然に、思いもしない方向に話が向かったので。私は驚きのあまり、プロデューサーの方を見た。

 

 

 「……不思議な力って、私の、存在感を薄める力のことですか?」

 

 

 思いもしなかった話題だけれど、それについて興味はある。

 私自身も、この力について、具体的な原理やら理屈やら、何ひとつよく知らないから。

 

 

 「観月さんのルーツとなった、『夢の中の観月さん』は、誰からも目を向けられず、注目されない人だった、と言いましたね。……もしかしたら、それが何らかの方法で再現、いや、投影されているのかも知れません」

 

 

 だとしたらかなり私の前世というものを拡大解釈して投影していることになるけれど……まあ、理屈としてはちょっとそれっぽいような気がするかも知れない。

 

 

 「まあ、具体的な原理まではさっぱりですが。もしかしたら、という話です」

 

 

 プロデューサーは、その仮説を、曖昧な言葉で締め括った。

 

 私としても……確かにそうだ、と、確信できるようなほどの説得力を感じたわけではない。けれど、もしかしたらそうなのかも知れない、くらいには思える話だった。

 

 

 「……もしも、そうだったら。そしたら……それって、なんかちょっと、エモい気がしますね」

 

 

 仮にそうであるとすれば、私は、前世の『何者にもなれなかった自分』という一側面を、ステージに立つ自分の武器として活用し、スポットライトを浴びせていたということになる。

 

 そうであれば、『何者かになりたかった』という漠然とした願望を抱きながらも叶わなかった者が至った先としては、そう悪くはないような。そんな風に、思ってみてもいいかも知れない。

 

 

 「さて、それで、『一番星(プリマステラ)』の称号についてですが」

 

 

 そういえば……プロデューサーが話を戻してようやく思い出したけれど、元々の本題はその話だった。

 

 それた脇道がすごく考えさせるようなものだったから危うくすっかり忘れそうだったけれど、考えれば考えるほどに分不相応すぎてドキドキしてくる。

 

 

 「いっそ、『世界一』と『一番星(プリマステラ)』、どちらの称号の方が重いのか、持ち比べをしてみますか?」

 

 

 プロデューサーが、急に変なことを言い出した。

 

 私は、この人は何を急にそんな奇妙なことを言い出したのだろうと、真剣に考えてみたけれど。

 

 よく考えてみれば、私をトップアイドルにするなんて言っていた時から、プロデューサーは変なことを言っていたか、と、思い出した。

 

 ……なんやかんやで、私はいつのまにかこんなところまで来てしまったのだ。

 もしかしたら、今プロデューサーの言うそんな言葉も、2人でなら、それほど突飛なことでもないのかも知れない。

 

 私はこれから、たくさんの『楽しいライブ』を作り上げたいと思っている。

 そしてそのためには、プロデューサーの協力は、必要不可欠だと考えている。

 

 これから先を、そうやって、2人でただ漠然と走ってみるのも、きっと悪くはないだろう。

 

 だけど、それはそれとして、何か掲げる目標があった方が走りやすいのもまた、事実だと思う。

 

 そのためには……『世界一』なんていう妄言を大真面目に吐いてみるのだって、もしかしたら悪くないことなのかも知れない。

 

 

 「プロデューサー、大分変なことを言い出している自覚はありますか?──まあ、でも……学園の中でもパッとしない、これといった取り柄のない生徒を『一番星(プリマステラ)』に、トップアイドルにするっていうよりは、まだ現実的かも知れませんね」

 

 

 プロデューサーと出会ったばかりの頃の私は、改めて考えれば本当に酷かった。

 

 自分の才能がないと言うことを証明するため、プロデュースを大真面目に受けてその上で失敗すれば思い知るだろう、とか、そんなことを考えていたくらいに、捻くれていた。

 

 その頃と比べて、今の私はどうだろうか。

 『世界一』だなんていう頭の痛くなるような目標を聞かされて、悪くないなんて思っているのだから、人間、案外と変わるものである。

 

 

 「世界一のアイドル、なんて、そんなの考えるまでもなく途方もないことですけど……だけど、ここまで連れて来てくれたプロデューサーと一緒に、なら。……その、ぜひ目指してみたいかも、です」

 

 

 急に変なことを言い出したプロデューサーもそうだけど、それを大真面目に受け取って返事をする私も、大概だ。

 

 恥ずかしいやら照れ臭いやらで、まるで火でもついたかのように頬が熱くなるのを感じて、私は、さりげなく少しだけ、顔を逸らした。

 

 目標を口にするのなら、本当なら、もっと堂々としていた方がいいのだろう。

 だけど、終わりの見えない、『世界一』なんていう大言壮語を口にして、それを叶えるまで一緒に、だなんて。

 

 それではまるで、これから先ずっと一緒にいてください、と言うのと変わらない。

 

 いや、まあ、これから先のどこかで契約解除とかされたらすごく困るし、ずっとプロデューサーはプロデューサーのままでいてくれないと私としては本当に困るけれど……こう、それはそれとして、なんかこう、そこまでここで踏み切れるだけの勇気が出ないのだ。

 

 

 ……しかし、そうやって、私が踏み込み切れなかった、その一歩を。

 

 

 「わかりました、観月さん。──あなたを、プロデュースさせてください」

 

 

 プロデューサーは、初めて出会ったときのあの日の言葉と共に、力強く、踏み出した。

 

 

 「……。……はい、よろしくお願いします、プロデューサー」

 

 

 ……私は、うるさく跳ねる心臓を、まるで押さえつけるかのように、片手と胸元でトロフィーを抱えて。

 

 そしてそれから、もう片方の手で、プロデューサーの手を取った。





話としてかなり区切りがよく、また、STEP3までの話の中で回収していなかった要素も回収し切った(つもりで筆者はいます)ため、この物語については、ここまでで完結とさせていただこうと考えています。(今後公式でシナリオが追加された時に、もしかしたら続きを書く可能性はあるかも知れませんが……それは極めて低い可能性と考えてください)

と、いうわけですので、改めましてここまで読んでくださった皆様に、ここで再度お礼を言わせてください!

ここまで読んでくださった皆様、ここまで読んでいただき、本当に、ありがとうございました!!
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