中間試験から、何日か経過して。
私は、意識を外した状態でも踊りの振り付けができるようになるためのレッスン……なるものに、取り組んでいた。
具体的に言うと、そのレッスンとは。踊りながら、プロデューサーが出題する問題に回答するというもので……。
「10から始まる連続した偶数を10個足し合わせた数は?」
「──っ。……10と……28で38だから……そこにかける5で……190!」
「ネオンと硫黄の原子番号を足して2で割った数字を五十音表に当てはめた時のひらがな1文字は?」
「……っ……えっと、ネオンの原子番号は確か……」
「──ストップです。今、振り付けにミスがありました」
「……はい。プロデューサー……」
……一言で言うと、このレッスン。
頭も体も同時に使うから、あり得ないくらいに疲れる。
というか、本当にこれで意味があるのか。
ただ、きついだけなのではないか。
……そう、思うけれど。
それで結果が出せなければ、むしろ私の勝利となるのだから、その疑問は、私がこのレッスンに真面目に取り組まない理由には、ならない。
「最初の方と比べれば、だいぶミスが減りましたね」
ただ、それはそれとして。
非常に疲れるのは、事実なので。
そうして、疲労困憊で座り込んだ私に対し。
……この男は、にこやかな笑みを浮かべながら。
嬉しそうに、そんな言葉をかけてきた。
「そうですね……!細かい仕草も……結構、きちんと身に付いてきた気がします!」
……どうせ、彼の言葉には、裏なんてないのだろう。
おそらくこの男は。本当に、ただただ、私のミスが減ってきている事に手応えを感じている。
まあ、確かに。
最初に比べればストップがかかってやり直しを受ける回数が減ってきたのは事実だけれど……。
このレッスンが、勉強の時間にもなっているから。
まるで、塾にでも通っているかのように、問題が次は次へと進んでいき。
今は、私の学年で習う内容を、ほんの少しばかりオーバーしている。
……と、そんな感じで。
ここ最近、明らかに変なことをしているものだから。
レッスン室を使う他のアイドルからは、ずっと変な目で見られている。
……しかも、これは割と最近のことだけれど。
原作キャラたちの間でも、私たちの珍妙なレッスンが噂になっているらしく。
……それを、知ってしまった時には。
流石に、言葉が出てこなかった。
それこそ、さらに同時並行のタスクが増えるけれど。
その上でいっそ、存在感を薄める能力の同時使用にも挑戦しようか、なんていうことを、1人静かに頭の中で真面目に検討したくらいだった。
……というか、まあ、実際に。
その日の翌日に、こっそりと挑戦してみたところ。
その結果は、残念なことに。
現状の私では思考のキャパシティが足りず、不可能だと言うことが判明しただけに終わったのだったけれど。
まあ、考えても仕方がないから、一旦、これはもう……いいとして。
「さて、今日のレッスンはここまでにしましょう」
今日は、このレッスンはひとまずおしまい、ということが宣言された。
……体力的には、身体は、まだ動く。
それこそ、ここから普通に一曲二曲踊るくらいなら、きっと何も問題はないだろう。
だけど。
──頭の方の疲労が、割と限界だったから。
ここで切り上げられるのは、正直に言ってとても助かる。
「ただ……まだ少し時間がありますので。一度、活動拠点の方まで行きましょうか」
プロデューサーのその言葉に、時計の方を見て見ると。
確かに、まだ時間は結構残っているようだった。
「わかりました!……着替えてくるので、少し待っていてください」
……と、いうことで。
前世こそ男だけれど、今世は女の子であるわけで。
もはや慣れた足取りで、女子更衣室へと入った私は。
──レッスン服を脱いで、それからまずは、タオルで汗を拭き。
そして、においを抑える為、制汗スプレーを少しだけ身体に吹きかけていく。
……そして。
──その際に。
うっすらと浮き出た、自分の腹筋が目に入って。
なんだか、誇らしいような恥ずかしいような……そんな、不思議な気持ちになった。
前世の私は、あまり運動とかはしていなかったから。
少なくとも、その時の自分には無かったものだ。
まじまじと見てみると、なんだかそれが、まるで努力の証とでも言わんばかりで。
……だけど、同時に。
「どうせそれで結果を出せるわけでもないだろうに何をそこまで一生懸命に」と、自分で自分を冷笑するような声が、聞こえてくるような気もしてきて……。
──私は、無言で。
サッと、制服を羽織って。それを、私自身の目から隠した。
……。
……そうして。プロデューサーの横を歩きつつ。
たまにすれ違う原作キャラを、横目でさりげなく見つめたりしていたら。
──気が付いたら、教室に着いていた。
……そして、それから。
プロデューサーが、なにやらモニターの方を操作して。
……しばらくした後に。
画面に映像が映し出された。
「……?それは何の映像ですか?」
何となく、見覚えがあるような、無いような、という感じなので。
とりあえず、プロデューサーに尋ねてみると。
「これは、観月さんの中等部時代のライブ映像です」
返ってきた答えが、想定外のもので。
急に、そんなものが飛び出してくるとは思ってもいなかったので一瞬固まってしまったけれど。
……少しばかり、考えて。
私たちは、一応、中等部時代に学校の講堂などで何度か小さなライブをしていたことがあった事に思い至り。
まあ、探せば案外見つかるものか、と、受け入れた。
「高等部に進学してから、自分で当時の映像を見たことはありますか?」
……画面の向こうで、ひとまわり程小さな私が、マイクを手に何やら喋っているのを見ながら。
「いえ、ないですね。ユニットを組んでた時は、反省会、とか言って見返したりはしたとは思うんですけど……最近はすっかりです」
……彼の言葉に。
私は、迷わず首を横に振る。
……どうして、今更見る必要があるのだろうか。
別に、忘れるほど昔のものでは無いし、かと言って、自己分析に使えるほど最近のものというわけでも無い。
もしかして……今の映像と見比べて、それで。どれほど成長しているか、ということを示したい、ということだったりするのだろうか。
「なら、ちょうどよかったです」
彼の言葉の、その直後くらいに。
……曲が、始まり。
画面の向こう側で、私や、それからかつての親友が、踊り始めた。
……。
「……こうして見ると、ミスが多いですね。あと、なんだか全体的にこう……拙いように思えます」
……映像を、見ながら。
私は昔の私を見て、まず真っ先にそんな感想を抱いた。
──そして。
……しばらくした後。
気が付いたら、映像は終わっていた。
「どうでしたか?」
映像が終わり、数拍おいて。
プロデューサーが、私にそう問いかけてきた。
……最初は。
ただ、技術や知識が今の自分と比べて不足しているな、と思っただけだったけれど……。
「正直、悲惨なものですね。それこそ、途中で目を覆いたくなりました」
ぽろりと、辛辣で率直な感想が、私の口から飛び出してきた。
……実際。
そう言いたくなるくらいに、それはもう酷いものだった。
……だけど。
「ですが、実際には映像を食い入るように見てましたね」
……そう、だ。
不思議なことに、というか。
関連性があるのか、ミスが多くなれば多くなるほどに。
……そのあまりの出来の悪さから、居心地が悪くて。
すごく、目を逸らしたくて仕方がなかったのに。
……振り返ってみれば、私は映像から目を逸らすことができなかった。
ミスばかりの私の姿が、まるで目に焼き付く……というよりは、こびりついて離れないような、そんな感覚だった。
総括すれば、圧倒的なまでの、不快感。そして、形容し難いまでの、羞恥。
……と、言ったところだろうか。
「そこまで落ち込むほど酷いものではなかった、とは思いますが……」
……歯を食いしばり、顔を俯ける私に。
彼は、まるで俯瞰した立場から語るような口調で、話し始めた。
「途中からミスが多かったのは、自分のパフォーマンス以外のところに意識が向いていったからでしょう」
……その言葉を、聞いて。
なんだか、当時の自分の見ていた景色が脳裏に甦ってくるような、そんな気がした。
そうだ。確か……あの時。
私は、歌い、踊りながら……確かに、夢中になっていた。
「──観客の顔、視線。カメラの向いている方向、撮影している人の視線。……おそらくですが、当時の観月さんは、そういったものに強く意識が向いていたんだと思います」
……つまり。
これが、以前話していた、観客は自分を見ているかどうかがすぐにわかってしまう、ということなのだろうか。
「人は、自分が見られている、と感じている時。それが無意識的なものであろうと、そちらの方に、意識が向きやすいものです。……ですから、観客を意識する、というのは。それだけで、観客に自分を見させるための、とても重要な技術の一つと、言えるでしょう」
それは、言ってしまえば、意識が向いているかそうでないか、というただそれだけのことであり。
正直に言って、それで評価が良くなるとか、そんな風には思えていなかったところだけれど。
……こうしてみると、たしかに。
これは、ある程度は説得力のある話なのかも知れない。
そして、同時に。
……ただ見せるだけ、ではダメで。
そこに技術が伴っていなければ、ただダメダメなパフォーマンスを見せつけるだけに終わってしまう、ということも。
とてもよく、理解できた。
「パフォーマンスをしながら観客へと意識を向けるというのは、中等部時代の観月さんには、部分的……というか、無自覚的ではあったようですが、一応はできていました。……ですので、今の観月さんにそれができないとは思っていません」
プロデューサーは、真剣な表情で。
恥ずかしげもなくそんなことを言い切った。
そして。言葉を一度切った、その後に。
……さらに、彼は、言葉を続けて言う。
「……それに。あなたの、一点に意識が集中してしまう癖も。あえて、観客の方へと意識を深く集中させることによって。観客へと働きかける効果が、より強まって発揮されるのではないかと思っています」
……それは、私のマルチタスクが苦手だという弱点を、逆手に取った理論ということになるのだろう。
もしも、仮に。
その理屈が、本当に、その通りになるのなら。
それが、私の武器……ということになるのだろう。
……そう考えると、なんだか。
喜んでいいのやら、そうするべきでないのやら。
なんだか、複雑な、気分だった。