アハ体験、というものがある。
具体的には、少しずつ変化が起こっていくことで、最終的にはそれが大きな変化になってもあまり気付きにくいという……そんな感じのやつのことだ。
例えば、写真の空の色が昼から夜に変わるような大胆な変化でも、見逃してしまったり……あ、ほんとに空の色変わってる。
……これで6個目、か。
まだ、あと4個あるはずなんだけど……本当にあるのだろうか……?
……と。話の途中で、失礼してしまった。
──さて、それで。
私は、今、何をしているのか。
それは、『本番に近い形式でパフォーマンスをしながら、プロデューサーが見せてきている画像を見て、時間経過でゆっくりと現れる変化を言い当てる』という……これまた奇妙なレッスンであった。
以前は、踊りながら問題に答えていく形式のレッスンだったと思うけれど。
あれは、どうやらダンスのレッスンにしかならないとのことで。
それで一応は、その「ダンスのレッスン」が最後まで出来るようになったから。
今のは、そこに歌や本番同様の仕草を加えたものであり、扱いとしては、あれの次のステップ……ということになる。
……もはや、どうやら周りからは、一周回って「いつものことか」とでも思われているのようで。
最近は、以前のようにジロジロと見られることは、何となく減ってきたような、そんな気がしている。
……と、まあ。
とりあえずは、今やっていることについては、そんな感じで。
気が付けば、音楽は少しずつフェードアウトしていき……最後の決めポーズで静止していた私は、ようやく、姿勢を崩すことができた。
「お疲れ様です。ひとまず、全体を通して大きなミスはありませんでした」
先ほどまで、頭の中は間違い探しで一杯だったから、自覚はないのだけれど。
……目立つミスがなかったというのなら……まあ、よかったと思う。
「それはよかったです!私も、成長は……できてるんですね」
レッスンの内容が大分珍妙なものであることも加えて考えると、ちゃんと成長していたというのは意外なことである。
……が、まあ、しかし。
それはそれとして、こうして努力をして少しずつ成長している、というのは。
2度目の人生という、せっかく与えられた時間を無駄にせずに済んでいるということが感じられて……ただ漫然と自主レッスンをしていた時と比べて、日々の罪悪感が少なく済んでいるように思えるから、案外と悪くはない。
もちろん、結局はいずれプロデューサーに見切りをつけてもらうつもりではあるけれど……。
この学校に入学させてくれて、今こうして通学できる状況を作ってくれている今世のご両親に対して、毎晩、心の中で謝りながら眠りについていた頃とは、精神的な負担が全然違う。
「……映像の変化の方は、いくつ見つけられましたか?」
一通りのパフォーマンスを終えて、休憩中。
プロデューサーは、ある程度息が整ったタイミングを見て、私に尋ねてきた。
「そうですね……うーん、ここと、それからここと……」
とりあえず、聞かれることはわかっていたので。
見つけた変化については、ちゃんと覚えている。
私は、彼が見せてきているタブレット端末の映像を指差しながら……1つずつ、確認するように、答えていった。
……そうして、それで。
結局、今回見つけられた6個は、全部合っていて。
それから、見つけられなかった4個の変化の答え合わせも行った。
サイリウム一本の色が変わってるとか、そういう小さい変化は……流石にズルじゃあないだろうか。
そう、思ったけれど、まあ、変化は変化……ではあるので。
見つけられなかったこちらが悪い、ということにしておいた。
ただ、なんだか、してやられたような気分で、少し悔しいので。
次は、画面の端っこの方も、しっかりと見るようにしようと思う。
……なんて。
まあ、そんなところで。
今日のレッスンは一旦ここで一区切り。
──今度は、拠点の教室へと、移動した。
……ここ最近は、本番同様のパフォーマンスをしていることもあってなのか。
プロデューサーが、毎回、その姿を映像として残している。
レッスンが終わったら、その日その日の自分の様子を確認して、そして改善点があるかどうかを洗い出す所までが、ここ最近のレッスンの流れとなっているのだ。
……実際、それを見ると、ただ改善点が見つかるというだけでなく、確かに、成長出来ているということを実感できるという側面もあると感じている。
「……以上で、反省会も終了です」
そういったことから、自分でも不思議なくらいに。
私は、ここ最近、充実した日々を過ごしていた。
「ありがとうございます!……やっぱり、最初と比べると、かなり違うものですね」
「そうですね。パフォーマンスについては、かなり仕上がっていると言っていいと思います」
映像を、見終わって。
細かい所は多少はあったものの、特にこれといって大きな改善点が見られなかったこともあり……今日は久しぶりに、この形式のレッスンを始めたばかりの時の映像と、見比べてみた。
……見てみた感じとしては、こうして見ると、「ミスがある」と「ミスがない」というのは、漠然と思っているよりも全体的な印象に、大きな影響を与えることがわかる、というものだった。
「──さて、ここから最終試験に向けて……観月さんには、もう1つ課題を設けたいと考えています」
……そうして、少し前の過去と比べて、感慨深く思っていた所に。
プロデューサーは、突然、そんなことを言い出してきた。
「……課題、ですか?」
流石に、思いもしない言葉だったので。
思わず、聞き返すと。
「はい。まず、観月さんには……アルバイトをしてもらいます」
……もし、私の聞き間違いでないのなら。
彼の口から、もっと予想外の言葉が、飛び出してきた。
……。
……そうして、その後日。
──時刻は朝。それから場所は寮の玄関前。
私は、そこで箒を手に。1人、掃除を行なっていた。
……つまり、そう。
プロデューサーが持ってきた『アルバイト』というのは、この、朝の間の寮の清掃……なのであった。
……ちなみに、確かこの清掃そのものは、前世の記憶の中にもある。
藤田ことねのルートで、金銭的な問題解決のためアルバイトとしてこれをするシーンがあったのを覚えている。
この、清掃のお仕事。
原作の描写によると、苦学生救済の役割もあって、そこそこお賃金が貰える……とかなんとか、そんな感じだった気がする。
……が、しかし。
私は現状、あまりお金に困っている訳ではない。
では、なぜ、こんなことをしているのか。
……いくら朝の時間の短めの時間とは言え、最終試験が迫っているのだから、わざわざこんなことをせず、レッスンにもっと時間を注いだほうがいいのではないか、なんて。
──最初に話が出てきた時、私は、正直なところ耳を疑った。
それこそ、「もしかしてプロデューサーは、私にアイドルの道を諦める提案をしたいと考えていて、その為に今のうちに『仕事をしてお金を稼ぐ』ということを教えておこうと考えているのでは……」なんていうことも、思ったりはしたけれど。
……けれど実際はどうやら、そういうことではないらしく。
確か、プロデューサーが言うには……。
「おはよう、桃花。朝早くからお疲れ様」
……と。
考え事をしていたら、先輩であると同時に、この寮の寮長でもある有村麻央先輩が、私に声をかけてきた。
「……あ、おはようございます!有村先輩!えっと……これから、朝のレッスンですか?」
「そうなんだ。ボクももう、3年生だからね。……寮は空けることにはなっちゃうけど、任せても大丈夫かな?」
「お、お任せください!しっかり、綺麗にして見せますよ!ですから……その、朝練、頑張ってください!」
そうして、彼女が校舎の方へと歩いていく姿を、ぼんやりと眺めながら。
私は改めて、プロデューサーの言葉を、思い出す。
……確か、何を言っていたかと言えば。
『ただ掃除をするだけではなく。寮に住んでいる生徒を見かけたら、挨拶をして、話しかけることを、心がけてください』……みたいな。確か、こんな所だったと思う。
──少し、前の話にはなるけれど。
以前、プロデューサーは私が特別視するアイドルのリストを作って見せてきたことがあった。
……あれは、恐ろしく衝撃的な一件だったけれど、実のところ。
プロデューサー曰く、私のことをしっかりと注意深く観察していれば、理論上不可能なことではないらしい。
これは、私自身も自覚があることなのだけれど。
私は……いわゆる、原作キャラ、というものに対して、やや挙動不審になってしまう癖がある、というか……それは、どうしてもそうなってしまうから。
むしろ、そんな姿を見られないように、極力直接的な接触を避けているのが、現状なのだ。
……それで。
そんな私に対して、敢えて、避けることなく自分から話しかけろ、というのが。
つまりは、今回の課題の、一番重要な部分にあたるとのことで。
……なんでも、『特別だと思っているから、双方向のコミュニケーションではなく一方向の観察をしてしまう。そして、常に自分だけが見る側でいるから、より相手のことを特別なのだと感じてしまう……それが、現状の観月さんの抱えている問題点のひとつです』のだとか。
どうやら、それを克服して、過度な特別視をやめさせる狙いがどうたらこうたら……なんて、言っていたけれど……。
「……おはよう」
「……!?お、おはようございます、副会長さん……!」
……またも、考え事に耽っていたら。
今度は、生徒会の副会長である雨夜燕先輩に、突然声をかけられた。
彼女は……強い口調からも感じられる通り、プライドが高い。
……そして、それから。
ツッコミが上手かったり、面倒見の良い一面があったり、アニメ文化の知識において意外と造詣が深かったりと……中々に、面白いところもある事は、一応知ってはいるのだけれど。
……あくまでそれは、前世の知識由来の情報であり。
現実に話したりしても、そんな風な側面は、まるで見えない。
だから、現状の私のイメージとしては。歌とダンスが上手く、ストイックな、学園の誇り高き2番手……と、いった感じである。
「観月──貴様、これから数日の間、寮の清掃を任されたそうだな」
そんな、今の私からすれば、とてつもなく高い所にいて、そして少しばかり怖そうな雰囲気を持つ彼女が、急に、声をかけてきたものだから。
……はっきり言って、内心、ビビり散らかしていた。
「……は、はい!そうなんです。えっと……みんなで使う場所ですし、みんなで、気持ちよく使うことができたらなと……思ってます」
そして、彼女の言葉に。
私は、咄嗟にどうにか、言葉を捻り出した。
「そうか。良い心構えだ。ならば貴様の仕事ぶり、期待させてもらうとしよう。──ではな」
「は、はい!えーっと……頑張ります!」
そうして、言葉を残して去っていく、雨夜燕先輩の後ろ姿を眺めながら。
……私は、改めて思った。
──コミュニケーション。
これが、早急に解決すべき課題というのは、たしかに。
それは、本当に、その通りかも知れない……と。