……ここは。
ライブのセッティングがされた講堂の舞台袖……だろうか。
閉じられた暗幕の隙間から、少しだけ光が差し込んでいるのが見える。
……どうして、私はここにいるのか。
それを、理解する前に。
「──なんかさ、ここ最近、頑張ってるみたいだね?」
「なんだっけ?確か……アイドルになりたい、だっけ?また言い出すの?そんなこと」
一体いつからかはわからないけれど、目の前にいる、全身にノイズのようなものがかかった2人の少女が、厳しい言葉でこちらを問い詰めてきた。
……ノイズで、姿こそよくわからないけれど。その声には、覚えがある。
この2人は、中等部時代に私とユニットを組んでいた2人だ。
「……うんざりなんだよ。きみは、いつも自分勝手で。あの頃、一度でもちゃんと、私たちのことを見ていたかな?」
「見たいものばかりを見て、追いたいものばかりを追って。……一緒にって言葉は嘘だったの?それでまた、今度は諦めるって言葉も嘘にするんだ。……そっか。桃花ちゃんは、嘘つきだもんね」
言葉によって追い詰めながら、一歩、また一歩とにじり寄ってくる2人に。
私は、どうすることもできず。
……無意識のうちに、少しだけ、後退りをした。
「ご、ごめ……」
「──ごめんって?あはは、もしかして謝れば何してもいいって思ってる?」
「面白い冗談!咄嗟にそんな冗談が出てくるようなデリカシーの無さを考えると……『前世』でもきっと、いつもみんなに煙たがられていたんだろうねー」
……顔を俯け、攻撃から身を守るように咄嗟に出て来た言葉は。
余計に、彼女たちを刺激するだけに終わったようで。
また一歩、その距離を詰めてくる。
「……そんな、こと」
いつの間にか、蟻のように小さくなった私は。
巨人のように大きな2人に、どうか踏み潰さないでほしいと震えながら……歯切れの悪い言葉で、抵抗する。
「前世のきみは、無気力で、惰性で生きていたんだよね。だけど、そんな自分のことが嫌いだった……違うかな?」
「実際、いつか変えたいって、思ってたんでしょ?だから、そのいつかが来て……前の自分を、忘れようとしてるよね?」
……言葉が、思うように出てこない。
実際、前世の自分をあまり好ましく思っていないというのは……否定できない話だから。
「……それで、その『嫌いな自分』を直したくて、努力家みたいなフリを始めた。──だけどさ、正直付き合わされる身にもなってほしいって、話だよね」
「私たちは、騙されたんだ。あなたの『嫌いな自分とは真逆の自分』という仮面にさ。蓋を開けてみたら、何もなくて情けない、ただの人だった」
……騙していた。それは、そうだ。
転生して……せっかくなら、自分で自分が好きになれるように……なんて思って。そう思えるような自分を、作ろうとしていた。
……アイドルを目指したのも、そこから考えれば。
前世の自分とはかけ離れていたから、という面があって。
そして、熱くなって夢中になれるものがあれば、私も変われるかもしれないという……そんな不純な動機でもあったのだろう。
「何もかも嘘。作り物。それをわかってるはずなのに、また、ここ最近になって、性懲りも無くもう一度やり直そうとしているよね?」
「覚えてるよね?『わたしのせいで桃花ちゃんの足を引っ張っちゃうのはもう嫌だ』って、わたしがそう言った時に言ってくれた、『⬛︎⬛︎のせいじゃないよ。元々、私にもそんなすごい才能なんてなかったから』って言葉。……あれも、あなたがもしも結果を出せたなら、嘘になるよね」
……私は、言葉を返すことができず、ただひたすらに、一方的に言葉を浴びせられて。
鬱々とした気持ちだけが積み上がり、押し潰されそうな息苦しさを感じていた。
「……まあ、そもそもの話。『目の前で超えられない壁を見せつけられて、進もうなんて思えない』って、言った時。わかったように頷いた癖に、1人だけ、アイドル辞めようとしてないんだもんね」
「一度諦めた癖に、手が届きそうだって思ったら、踵を返してまた手を伸ばそうとする。……⬛︎⬛︎って、前からずっとそういう卑怯者だったよね」
詰め寄られ、言い詰められ。
気が付けば……もはや、何も、見えなくなった。
……。
それはまるで、目が見えなくなってしまったような……。
……いや、違う。
これは……。
そこまで思った、その直後。
──突如。
鳴り響いた目覚まし時計の電子音が、泥のような暗闇を引き裂いた。
……目線の先には、見慣れた天井。
しばしの間を置いて、ようやく私は、布団に眠っていたのだということを思い出した。
──目線を動かせば、カーテンの隙間から覗く朝日が、目に沁みる。
それは、目を細めても、なお眩しくて。そのせいでうっすらと、涙が溢れるような……そんな、錯覚すらも覚えるほどだった。
……あれは、間違いなく、ただの夢だ。
あの2人が私のことをどう思っているかは知らないけれど……少なくとも、あんな風に直接的に詰るようなことをするタイプでは無かったし、それに、そもそもの話、話したことなんてないのだから……あの2人が私の転生について、知っているわけがない。
夢、そう。ただの夢。
そう意識して、それから。
段々と、意識が覚醒していくにつれて。
夢の中での出来事が、頭から抜け落ちていく。
……そうして、それから。
布団から上半身を起こしたまま、しばらくした頃には。
私は、どんな夢を見たか、よく思い出せなかった。
……ただ、なんとなく、悪い夢を見たなぁ、という感覚と。
それから、胸の奥に何かが詰まっているような、足元がどこかおぼつかないような、そんな感覚だけが、残って。
……なんだか、やけに憂鬱な気分で。
今日という1日を、迎えることになってしまった。
まあ、別に。
今日この日が、何か特別な日という訳ではないけれど。
……と。
そういう訳で、気持ちを切り替えていつも通りに。
私は、着替えを済ませ、食堂に向かう。
食堂では、栄養バランスがしっかりと考えられたメニューが出てくるので、私はいつも、ここで食事を済ませている。
ご飯を抜かずに、きちんと毎食食べるということによって、食費がほんの少しばかり高くつくのが難点ではあるけれど……。
アイドルなんて、体が資本だろうし。少し無駄遣いを我慢すれば、お小遣いで十分にカバーできる範疇だから。
一人暮らしの社会人だった前世からは考えられないくらい、健康的な食生活となっているけれど……まあ、別に健康に気を使いたいから、とかそういう訳ではなくて。
実際のところは、ただ、食堂でご飯を済ませれば楽だし、中等部の時からそうだったから今更変える気にもならない、という……それだけのものでしかない。
体が資本、なんて意識が高そうなことを考えてみたけれど。
毎食ちゃんと食べるようにしよう、とまでは思いつつも、自分で自分自身に合ったものをつくろうとまではしない程度の、そういう中途半端な考えなのだ。
「──ごちそうさまでした」
完食した食器を返却し、スマホのカレンダー機能を使って、今日の予定を確認する。
……今日は、プロデューサーと最終試験に向けて何か作戦会議、みたいなことをするらしい。
と、いうことは。つまり。
定期公演『初』の……最終試験。
それが、目前まで迫って来ている、ということである。
……と、まあ。それで。
「おっはよー、桃花ちゃん」
「ぐっもーにん!ことねちゃん!もしかして今日もバイト?」
「そーそー。……っていうか、なんで英語?」
「うーん、なんとなく?」
一応、ある程度は。
……どうにか、変に思われない程度には、直接的にコミュニケーションが取れるようにはなった……と、思わなくもない。
完璧、とは到底言えないだろうけれど、まあ、ある程度は。
これで、プロデューサーからの追加課題達成、と、ギリギリ言えなくもないことだろう。
……まあ、原作キャラの1人とは言え。
一応は、クラスメイトなのだから。
本来ならば、もっとちゃんと会話できるべきなのであろうことを考えると。こんなものでは、まだまだ、ということにはなりそうなところでもあるのだけれど。
……まあ、私にしては、それなりに頑張った方、なのではないだろうか。
そんなことを、考えつつ。
私たちは、じゃーね、と、軽く手を振り合って。
……それから、私は。活動拠点の教室へと、足を運んだ。
「おはようございます!……お待たせしたみたいですみません!」
時間的には……むしろ少しばかり早めに到着した、と、いったところだけれど。
しかし既にそこにはプロデューサーが待っていたようだったので、私はそのように声をかけた。
「おはようございます。先に準備しておきたいものがあっただけですので、特に待ってはいませんよ」
「なるほど、そうだったんですね」
私も、何か準備しておくべきだっただろうか。
……いや、まあ、特に何か思いつく訳でもないけれど。
……なんて。
そんな風に、考えていると。
「では、まずは作戦会議の前に、こちらの映像を見てください」
プロデューサーが、モニターに何やら映像を映しながら、そんなことを言ってきた。
……そして。
言われるがままに、モニターの方を、見ると。
そこには、私の姿が映し出されていた。
……それも、つい最近。
これは、多分……中間試験の時の映像、だと思う。
最初は、まあ、そこそこ……?と、いった感じの印象、だったけれど。
段々と、パフォーマンスが、崩れていって。
……そして、唐突な、プロデューサーが私の名前を呼ぶ声を境に。
画面の向こう側の私は、どうにか、パフォーマンスを持ち直していって。
……。
──そうして、映像は終わりを迎えた。
我ながら、なんとも無味乾燥な感想だと思うけれど。
……しかし、現実に、そんな感じだったのだ。
なんというか……印象に残らない。
とにかく、全体的に見て、まあ、ミスは少なく済んでいるし、それほど悪くは……ない、のかな……?みたいな感じで。
なんとなく、パッとしない。
……悪い比較の仕方にはなってしまいそうだけれど、これならむしろ、中等部の時の私のパフォーマンスの方が、よっぽど印象的だろう。
もっとも。まあ、あれは悪い方向に印象的ということだから。評価としては、当然今の方がいいのだけれど……。
……なんて。そのように考えていると。
「観月さんは、時折、不自然に印象が薄まる時があるように思います。……心当たりは、ありますか?」
突如として、プロデューサーが、切り出してきた。
……その現象に、心当たりは……。
──ある。
……それは。
私の、転生した時から持っている、不思議な力。
他者からの自分自身への印象を薄め。そして、極限まで薄めれば、そこに私がいるということすら認識させないという……そんな力。
それであれば、心当たりがあると言える。
聞き方からして、既にほとんど確信しているのだろう。
けれど、しかし。
この映像だけで、どうしてそんなことを思ったのかが……理解できない。
……が、しかし。ここまできてしまったのなら、きっと話すべき、なのだろう。
──躊躇はあったけれど、そう判断して。
私は、私自身の力について、転生周りの部分についてはぼかしつつ、説明をすることにした。
「……なるほど。観月さんを観察していた際、たまに不自然に姿を見失うことがあったのは、そういうことでしたか」
──観察。……たしかに、存在感を薄める前後を見ていたら、違和感を持ってもおかしくない。
「しかし、その反応からして……ここでのこれは、無意識でしょうか」
私が、現実逃避気味に、彼がなぜそんなことを、などという問いについて考えている間にも。
彼は淡々と、その理屈を組み立てていく。
……中間試験の際に、気配を意識的に薄めたつもりは無かった。
けれど、実際にはそれが起こっていることから考えるに……無意識的に、そうしてしまっていたのだろう。
「観月さん。あなたは、本当は恐れているのではないですか?」
……そして。
まるで、心臓に冷たい刃が押し当てられたかのように。
私は、その問いを受けて、息が詰まった。
「……敢えて言いますが、今の実力を十分に発揮できれば、今回の最終試験は、間違いなく、良い結果を出せるでしょう」
無意識だったとしても、それを自覚してしまったのなら……自覚する前には、戻れない。
恐怖か、高揚か。
私は、喧しく鳴る心臓の音から、どうにか、意識を逸らす。
……そして、そんな私に対して。
プロデューサーは、あくまでも静かに、淡々と。
「──ここから先は、自分自身の意思で、選んでください。……前に進むか、足踏みをするか。俺は、観月さんなら前に進んでくれると、信じています」
私は。
その言葉に。
……その場で、答えを出すことは、できなかった。