BIOHAZARD ~The Twice Up Angels 作:AZ
"Leadies and Gentlemen! Welcome to Indulgence Heaven!"
軽快な音楽と共に、リフレインのように繰り返されるアナウンス。スピーカーが少し古いのか、音は少しザラザラ。
行き交う人々の間を恐れ多く縫うようにして歩けば、ポップコーンや、ホットドック、チュロスなどといった甘くて美味しい香りに包まれる。
遠くでは、ジェットコースターやフリーフォールに絶叫をあげる人々の声。賑やかだとは思いつつも、機械のギシギシ音がちょっと心もとない。
どんよりとした曇り空が玉に瑕だな、とグレースは思う。しかし、そんな彼女の数歩先を、手を引っ張りながら小走りで行くエミリーの顔色は、憂いた天気など知らないといった晴れ空だった。
「グレース! こっちこっち、あれ乗りたい! あ、あっちのお菓子も欲しいなぁ」
「エミリー待って。そんなに急いだら転んじゃう」
……レンウッドホテルから始まった、あの事件からはや幾つ。ローデンスヒル療養所で出会った盲目の少女、エミリーは、DSOの助けもあり、今や光を取り戻した普通の少女。あの寡黙で内向的な性格からは少し変わり、時にはグレースを驚かせるくらいの明るさを見せるようにもなった。
事件以降、グレースはエミリーを引き取り、二人は日々を睦まじく、静かに過ごしていた。
しかし、FBIという職業柄、グレースに余暇は余りなく、土日すらも仕事を余儀なくされてしまう日々。
エミリーはグレースが忙しいことをちゃんと理解していて、文句も言わずにずっと本とお友達。そんな彼女に申し訳ないとは思いつつも、日々を変えられないでいた。
そんな現状を、DSOのシェリーとのカウンセリング中に打ち明けた所、「現状を直ぐに変えることは難しいでしょうけど、せめてたまには遊びにつれていってあげたら」と、余っていたという遊園地のチケットを譲ってもらった。それがこの"Indulgence Heaven"。
「
Heavenと名の付くように、ここは天国をモチーフとしたテーマパーク。来園者たちは入場時に配られる
色白な肌や髪も相まって、本当の天使のようだとグレースの心に温かいものが宿る。
園内マップの前で立ち止まる。フードコートエリアか、アトラクションエリアかでエミリーは悩んでいる。
先に食べてから遊ぶか、たくさん遊んだ後に食べるか。
食か刺激か。どっちも捨てがたい。
熟考の末、選んだのはフードコート。栄養をつけてから遊ぼうという算段だ。
フードコートのど真ん中に来ると、360度全てが屋台キッチン。美味しい香りに包まれて、お腹の鐘がくうくうと悲鳴を上げる。
エミリーが選んだのはホットドック。ケチャップをつけて、マスタードは控えめ。ピクルスは抜き。食後のおやつには個包装されたマフィン。二人はテーブルについて、ホットドックをがぶり。
エミリーの頬にケチャップがついているので、グレースはナプキンで拭いてあげる。
ホットドックの美味しさに、にこりと笑うこの子が愛らしい。
実は、エミリーがこんな風に食事ができるようになったのはごく最近だ。
あんな、人間扱いされないような施設で育てられた彼女は、味のある食事をさせてもらえずにいた。いつもペースト状の栄養食のみ。
だから、グレースとの生活を始めた時、味の濃い食事を受け付けられず、何度も吐き出したりしていた。
しかしグレースは諦めず、エミリー用に薄味の食事を手作りし、少しずつ塩分を足していきながら、ようやく普通の食事ができるようになっていった。
「あー、美味しかった。ありがとうグレース。でも、マフィンまで食べきれなかったな」
「いいじゃない。あとに取って置けば」
グレースの言葉にエミリーは頷くと、個包装されたマフィンをポシェットに仕舞った。
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"Congratulations! perfect shot!"
「やったぁ! すごいよグレース!」
アトラクションコーナーの一角、シューティングギャラリー。
動くお化けの的を限られた弾数で全て撃ち抜けば景品というゲームで、グレースは見事全弾命中。
ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶエミリーとは裏腹に、グレースは少し複雑な心境。射撃の腕前が上がったのは、他でもない、あの事件があったからだ。
その後もFBIの訓練施設に通っては、時折拳銃を握っている。
……少し、不安なのだ。
事件は確かに終わった。だけど、あの悪夢が再び起こらない保証などどこにもない。
レオンからも、しばらくの間は銃の感覚を忘れない方がいいと指導を受けている。
自分の両手を見つめる。
初めて、アサルトリボルバーの『レクイエム』を撃った時の衝撃は、未だに手に染み着いている。
「グレース?」
エミリーの声に、正気を取り戻す。
彼女が、選べる景品は何にするかと訊いてきたので、好きなのを選んでいいと言った。
エミリーは喜んで、小さなテディベアを。ぎゅっと握りしめて、そしてこちらに見せてくる。
……そうだ。私が銃を握る意味は、ちゃんとここにあるのだ。と、グレースはエミリーに微笑み返した。
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次のアトラクションを求めて、エミリーは景品のテディベアをぎゅっと握りしめたまま、グレースの数歩先を行く。
途端、くるっと振り返って、グレースにポシェットとテディベアを手渡してくる。
「お手洗い行ってくるから、ちょっと預かってて」そう言った。
「あ、うん。……一緒に、ついていこうか?」
「そのくらい一人で行けるよ!」
「ああいや、その、変な人が居たりするからさ。その、物騒だし」
「大丈夫! 直ぐに戻ってくるから!」
そう言ってエミリーは荷物を預けて、W.C.の方へ駆け出す。
「グレースったら心配性なんだから」と言いつつも、彼女の心境も理解はできる。しかし、なんでもかんでも気にされてしまうことが常態化してしまえば、グレースも疲れ果ててしまう。
少しずつ、グレースから独り立ちしないと、そういうエミリーの心もあるのだ。
ちらりと横目でグレースを見ると、彼女は少し不安そうに両腕でぎゅっとテディベアを抱いていた。
女子トイレに入ろうとした時、エミリーの前に一人の少女が立ち尽くしていることに気が付く。
その少女、金色の長髪の上から、黒いキャップを深く被って、その背丈と華奢な体型に似合わないような大きなジャンパーを羽織っている。
彼女は物言わずして、こちらをじろりと睨むように見ている。
通路の邪魔になっていると気付いたエミリーは、「あ、ごめんなさい。通れないよね」と道を空けると、その少女は何も言わずにそのまま人込みの中へと消えていった。
用を済ませたあと、手を洗いながらエミリーは思った。さっきの子、こんな楽し気なテーマパークに来ていながら、あんなに不満そうというか、暗い表情をしていた。
「遊園地に来てるってのに、変なの」
濡れた手を見つめて、ハンカチがポシェットの中にあることに気が付く。
彼女は手洗い場を後にして、グレースの下へ。
「グレース、ハンカチを……」
「ああ、エミリー! よかった大丈夫だった? どこか、転んだりとかしてない?」
「うん、それよりもハンカチ」
「トイレの中に変な人とかいなかった? そう、最近、トイレの中で待ち伏せてっていう事件もあったりしてそれで」
「大丈夫だからハンカチ~!」
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その後も、ジェットコースターやメリーゴーランド、ムービーアトラクションに、ミラー迷路、ゴーカート。
エミリーが乗りたいというアトラクションには何でも付き合った。
一通り遊んだ後、二人は観覧車の中へ。
曇り空へゆっくりと近づいていくゴンドラは、風でほんの少し揺れている。
「すごいや、あんなところまで見えるんだ!」
「ちょ、エミリー。ちゃんと座ってなくちゃ」
高さと遠くの景色に魅了され、エミリーは座面に膝立ちして窓におでこをくっつけている。
そして上死点まで来た頃合い、エミリーはグレースと対面で座っていた場所から移動して、グレースの横へ。
「ねぇグレース、今日はいっぱい遊んでくれてありがとう」
「ううん。私、ずっと仕事ばっかりだったから。楽しかった?」
「うん、もちろん! シェリーお姉さんにもお礼言わなくちゃね!」
「そうね……」
そして二人は身を寄せ合って、下りのゴンドラの中を過ごした。
……ふと、エミリーの視界の隅。パーク内隅っこのとあるベンチに、人影。
金髪ロングに黒い帽子。大きなジャンパーを着た少女が一人で座っている。
あの子、さっきの。
そう思った矢先、観覧車の下りは終わりが早いことを知る。グレースに腕を引かれて、観覧車を降りた。
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「最後ね、あれ乗りたいの!」
観覧車を降りたエミリーは、再びグレースの手を握って先導する。
最後の大目玉、エンジェルズスライダー。一風変わったジェットコースターで、園内にいくつか停車ポイントがあり、移動兼絶叫アトラクションとなっているのだ。
ここから乗れば、到着するのはパークの出口近く。
なので、これに乗って最後にするつもりだ。
しかし、今は夕方近く。二人と同じことを考える人は多いようで、アトラクションの乗り口にはちょっとした行列。少し待たなきゃだね、とグレースが言う。
待ってる間も退屈だったので、二人で20クエスチョン遊びをしていると。なにやら列の先頭側が騒がしい。
男の人が怒っているような、穏やかじゃない声が聞こえてくる。
「なんだろう」
直ぐに収まればいいなと思うも、男の人の声はやがて怒鳴り声に近いような、まるで雄たけびのような声を挙げ始める。
「グレース……」
「大丈夫、待ってて、様子を見てくる」
例え余暇でも法執行官。休暇中の対応は義務では無いものの、揉め事が起きている以上は仕方がない。
とりあえずこの場は宥めて、スタッフか、場合によっては地元の警官に託してもう一度休暇に戻ろうと小走りで先頭へ。
「なんなんだよお前はよぉ! 俺が何したってんだ!」
列の先頭では、男性が一人頬を抑えてそう震える声で怒鳴っている。その傍らには、周りの男性客たちから羽交い絞めにされ押さえつけられている男性。おそらく、この羽交い絞めにされている男性が、怒鳴っている彼を殴ったのだろう。よくあるいざこざだ。
「すみません、あの」
「なんだ! お嬢ちゃんはあっちにいってろ!」
男を取り押さえている初老の男性にそう言われる。その声は少し切羽詰まっている。結構な力で押さえつけているのだろう。
「警察なんです。……休暇中なんだけど。とりあえず、話をしませんか」
「話もどうもあるかよ! こいつが、俺を急に殴ってきたんだ! うわ、血が……」
怒鳴っている男性、頬から血が滲んでいる。押さえていた手を放すと、そこに殴った拍子に着いたであろう爪痕。殴った、というより引っ搔いたと言う方が正しいのだろうか。男性の隣にいたガールフレンドがハンカチでその血を拭ってあげている。
「理由もなく?」
「理由なんかねえよ! 面識もない!」
グレースは取り押さえられている男性へ。
取り押さえられていることもあり両手は宙に、腰回りには拳銃やナイフといったものは見当たらない。
「あの、グレースと申します。その、一応法執行官で……簡単に言えば警官みたいなもの。今気分は落ち着いていますか? その、暴行が本当なら、暴行罪に問われます。地元の警察官に応援に来てもらうので、そこで話をして……?」
グレースが違和感に気付いたのはその時だった。
この取り押さえられている男性。首を大きく下に向けたまま、一言も声を発しない。
「あの……?」
重ねて声を掛けると、男性はゆっくりと顔を上げる……そこにあった顔、まるで腐った肉のように朽ち果て変色し、割れたガラスのようなヒビが顔全体に広がって、そしてその瞳が、珠玉のように赤く染まっている。
……グレースは、知っている。
この顔を
この症状を
この原因を
そして、この後何が起こるかを。
「その人から離れて!」
「は?」
グレースの叫び空しく、取り押さえられていた男性は、取り押さえていた初老の男性の首筋を目掛けて、大きく嚙みついた。
「ぎゃ!」
初老の男性は押し倒され、仰向けに。噛み付いた歯が、どんどんと首の肉に食い込んでいき――大きな血しぶきと共に、首の肉が食いちぎられた。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
周りの客たちから悲鳴が上がる。皆が一斉にその場から駆け出したことで、連鎖的なパニックが発生する。
「ちょっと、逃げなきゃ!」
殴られた男性の彼女が、彼の腕を引いて声を掛ける。
しかし男性はその場から動かず、ぐるりと首だけが彼女に向く。その顔、先ほどの男性のような朽ち果てた肌にはなっていないが、口から流れる粘膜が色黒く、そして、瞳は真っ赤に染まっている。
「ひ!」
彼女には断末魔すらも許されず、男は彼女の首元を大きく食いちぎった。
「うそ……嘘嘘嘘嘘嘘嘘! なんで、なんでまた……! 何がおきてるの……!」
パニックのパンデミック。来場客たちの阿鼻叫喚が重なり、エリアは瞬く間に大混乱に陥る。
皆が逃げたい方向へ一斉に駆け出し、人の濁流が起きている。
「グレース!」
「エミリー! 走って!」
グレースは走りながらエミリーの手を握り、その場から駆け出す。
振り返る暇もない。一刻も早くこの場から離れなければ。その一心で。
「何が起きてるの!」
「また、あいつらが」
エンジェルスライダーエリアから更に北西に走る。ここから比較的近い、第二ゲートがある場所。
しかし、パニックが支配するこの状況下、正面口よりも狭いこのゲート口は人で詰まってボトルネック状態。
「早くしろよ! テロ、テロが起きてるんだよ!」
「出して! お願い早く出して!」
「子供、子供だけでも!」
皆が一様に取り乱し、スタッフたちもこの異常事態に対応できずにいる。
「グレース……」
「大丈夫、私が守るから……」
人込みの中、エミリーの背中を抱いた時。
「いぎゃあああああああああああああ!!」
断末魔と共に、拭きあがる血しぶき。
振り返れば、ここから50mもない地点に、あの化け物。若い男性の肩に噛み付いて、噴水のような血が上がっている。
「ウソでしょ……」
出入口に溜まっていた人々が再び一斉に駆け出す。
人の波に押され、エミリーとグレースは繋いでいた手を放してしまう。
「グレース、グレース!」
グレースの後を追おうとしたエミリー。しかし、後ろから走ってきた人に押されその場に倒れ込んでしまう。
急いで起き上がろうとした時に、接近してくる人影に気が付く。
身体を緩慢に揺らし、視線の定まらない赤い目をした、
「あ……いや……こないで……」
エミリー目掛け、伸びて来る腐った両腕――
その刹那、ドスっと鈍い打撃音と同時に側方へとゾンビが吹き飛ばされる。
エミリーが顔を上げると、そこには血の付いたシャッターのひっかけ棒を片手に、返り血を浴びたグレースの姿。
「ああもう、サイアク。お気に入りだったのに……!」
そう言いながら服に着いた血を吹き払おうとする仕草。
「グレース!」
「エミリーこっち!」
グレースはエミリーの手を引いて次にセンターのある南東の方向へと向かう。
この混乱を受けて、園側がセンターのセーフティルームへの避難を呼び掛けたのだ。
二人で混乱を駆け抜けて居ると、大きな衝撃音。
音のする方、横転したキッチンカーから火の手が上がっており、それが発動機のガソリンタンクに引火したらしい。
そしてその火は、隣のキッチンカーに引火して、またその隣のキッチンカー。
果ては、施設や乗り物にまで火が渡り始める。
「ああもう……地獄絵図」
震えた声を押し殺しながら、グレースはセーフティルームまで走り続ける。
しかしその手を阻むゾンビたち。感染拡大を受けて、新しい死体までもがどんどん奴らになっていく。
「感染が早すぎる……そんなに強力なウイルスなの……?」
しかしその場に立ち止まることもできず、グレースはシャッター棒を片手に振り回しながら、道を無理やり切り開く。
先ほどまでの楽し気で軽快な音楽に包まれた遊園地は、一瞬にして炎とゾンビ蔓延る地獄へと姿を変える。
「うぅ……どいて!」
掴みかかってきたゾンビを押し返して、ひたすらに走り続ける。
すると、ようやくマトモな光がともった一角へと辿り着く。道案内板には、センターエリアとセーフティールームの文字。
丸いドーム状の施設が大きく鎮座するその場所。
「あった、あれだ!」
正面口の方からは銃声がいくらか聞こえてくる。
そこに辿り着くと、黒人の中年男性がこちらに拳銃を向けてくる。
「違う!私たちは
グレースは即座に両手をあげる。
すると黒人の男性は、銃を下げて
「まだ閉めなくてよかった。さぁ、早く。こっちだ」
そういってセーフティールームの扉を開けてれる。
二人を通すと、男性は鍵とシャッターを閉めた。
「まったく……なんなんだあいつらは。痛みがないのか。拳銃で撃ってもびくともしない」
「あの、ありがとう」
グレースが恐る恐る言うと、男性はフラフラと手の甲を振って。
「ジムだ。ジム・ロンソン。しがない警備員さ。そっちは」
「グレース……アッシュクロフト。この子はエミリー」
「もう少し奥に行ったところに皆が集まってる。そこで救助隊を待とう」
扉を開けると、そこには円形に広がる吹き抜けの空間。2階部の端には通路が敷かれ、ぐるりと一周することができるようになっている、よくあるアトリウムだ。
ここはサービスインフォメーションとして運営されている所なんだろう。有事の際にはセーフティールームとして機能するように設計されているらしい。
外が見える窓には重量のある荷物を置いたりして、奴らが入ってこないように対策しているらしい。
グレースたちの他にも、ここへ逃れて来たひとたち、おおよそ百数十人。
外には1000人以上の人々がいた筈だが、ここにいるのはたったこれだけ。
グレースとエミリーは端っこの壁の所で腰を下ろすと、お互いに無言で抱きしめ合う。
しばらくして、グレースが小さな声で「ごめんね」と言った。
「グレース……私は大丈夫だから……」
そう言って、エミリーはグレースの背中を撫でてくれる。
暫くして身体と心が落ち着いてきた時、グレースはこの状況をDSO、レオンとシェリーに報告しなくてはとその場でスマホを取り出す。画面にはシェリーからの何度かの連絡が入っていた。
その履歴から、シェリーにコール。
一回目は通じなかったが、二回目で繋がった。
「シェリー……?」
「ああ、グレース! よかった。あなたたち、今あの遊園地、よね?」
「ええそうなの……そこで」
「地元の警察からも情報が上がってる"Indulgence Heaven"でバイオテロと思わしき騒動が起きてるって」
「ゾンビたちが……またあいつらが」
「DSOのエージェントを今そちらに向かわせるよう段取りしてる。ヘリを飛ばすけど、でも少し時間がかかる。レオンも別件でその近くにいるみたいだから、向かってくれるみたい……それまで、耐えられる?」
「今セーフティールームにいるけど、どこまで持つかな、ここ」
「……急がせるわ。ごめんなさい、私が勧めてしまった場所。こんなことになるなんて」
「あなたのせいじゃない……なんとか、頑張ってみる」
■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇
『"Breaking News!" 番組の途中ですが、また恐ろしいバイオテロ事件が遊園地を襲っています……上空からの映像ですが、各地で炎があがっており、生存者と思わしき人達は見当たりません……』
『本件はラクーン事件との関連があるとみて警察は特殊部隊の配備を進めており……』
『アンブレラ社が起こしたかつての災害事件との類似であり、これもまた薬害事件であると現地メディアは報じており……』
ジムはモニターの前から立つと、「クソ、ラクーンだとかアンブレラだとかどうだっていいんだよ。さっさと救助隊を寄越せってんだよ」と呟く。
エミリーはテディベアを抱えたまま、静かに俯いている。
グレースが声を掛けると、喉が渇いたというので、水を貰いにその場を立つ。
ジムに訊くと、救護室に災害用の備蓄があるとのことだったので、アトリウムに面した部屋にある救護室へ。
薬用アルコールの臭いがぷんと鼻を突く。ベッドの上には、出血を抑えるため、ガーゼを何重にも当て横たわった男性の姿。うぅうぅとうめき声をあげており、傍らの女性スタッフが必死に止血を手伝っている。
「あの、忙しいところ申し訳ないんですけど、備蓄用のお水って」
グレースが声を掛けると、女性スタッフはこちらをちらりと見るだけで、あとは指を差す。
「え? ああ、そっちの段ボール。でも、救助がいつになるかわからないから、皆で分け合う用よ。全部は持っていかないでね」
「あ、はい。ありがとう……その人は?」
「噛まれたんだって、さっきの暴徒に。血が止まらなくて」
「……
「どうかした?」
「……それ、すごくマズいかも。その人から、離れないと」
「ええ? でも、このまま放っておけないでしょう」
女性スタッフがこちらを向いた時だった。
ベッドの男性が急に起き上がり、女性スタッフの上から圧し掛かり、そして。
――惨劇、再開。
絹を裂くような叫びと共に、女性スタッフの首が無慈悲に食いちぎられる。
「ああもうなんで! なんでぇ!」
両手で頭を抱えながら、グレースはセーフティエリアへ引き返す。
「クソ、こっちもかよ!」
騒ぎを聞いたジムが拳銃を構え救護室へ。走ってきたゾンビを取っ組み合った末、セーフティエリアへゾンビを投げ飛ばす。
「みんなどいてろ!」
セーフティールームに響く発砲音。
エミリーは耳を塞いでしゃがみこむ。
しかし、連射は続かない。カキンと拳銃からメカノイズ。排莢が上手くいかず、スライドに噛みこむジャム。
ジムは急いでスライドを引くが、詰まった薬莢が取れたと同時にゾンビに捕まれ、そのまま押し倒される。
「うおおおお! くそ、はなせ……ぐあああああああああああああああああああああ!!!」
ジムの首からも血の噴水が上がる。その拍子、指に引っ掛かっていたトリガーを引いてしまい、アトリウムの窓に向かって発砲。弾丸は運悪く、ガラスの前に積まれた荷物をすり抜けて、貫通。ガラスに大きなヒビが入り、それを聞きつけたゾンビたちがそこへ一斉に押し寄る。
割れるきっかけができたガラスは、例え荷物を積まれていようが、もう無力に等しい。
ゾンビたちは、ガラスを荷物ごと突き破り、その中へと流入。
セーフティールーム内で、またもや大パニック。
ジムはもう息をしていない。グレースはジムに乗っかったゾンビを蹴って飛ばすと、傍らの拳銃を拾い、エミリーの手を引いて施設の出口を探す。
アトリウムを出た廊下。そこにも既に奴らがいる。
広い施設なのだ。守りが手薄だった窓から入ってきたのだろう。どっちにしろ、セーフティールームは長続きしなかったことを知る。
廊下のゾンビ、セーフティエリアのゾンビ。
前後の行き場を失う。
静かに後退っていると、エミリーがその場でコケてしまい、「きゃ!」と声を出してしまう。
それを聞きつけたゾンビたち。グレースとエミリーは壁際に追い詰められる。
何かないか、辺りを見渡した時、背中の壁の上側に通気用の小さなダクトがあることに気が付く。子供一人が通れそうな程度の、小さな通気口。
グレースはすぐさま持っていたシャッター棒を通気口のガードに引っ掛け、外す。
「エミリー、ここから逃げて」
「でもグレース」
「私は大丈夫だから。さぁ、行って」
グレースはエミリーにフラッシュライトを手渡すと、その場で抱きかかえ、エミリーを通気口へと押し込む。その拍子に、テディベアを落としてしまうが、構ってもいられない。
通気口の中に腕をひっかけ、中へと入る。グレースからは「振り返らないで、行って!」との声。
そして聞こえてくる銃声を背に、エミリーは通気口の奥へと進んでいった。