BIOHAZARD ~The Twice Up Angels 作:AZ
エレベーターの籠が最下層へと到着する。
籠から出ると、コンクリート打ちっぱなし壁と、突き当りにもう一枚厳重な扉。リーダーにカードを通すと緑色のランプが光り、二人を迎え入れてくれる。
厳重な一枚扉を開けた先、今までの殺風景なコンクリートの壁とは打って変わり、木目がいたるところで主張する、シックで落ち着いた作りの部屋。電球色が温かみを演出する。
部屋の奥には大きな木製のデスクと、椅子がこちらを向くかたちで置いてある。その手前側には向かい合ったソファ。真ん中の背の低いテーブルにはクロスが敷いてある。
部屋の両脇には大きな本棚。いくつもの書物や、遊園地が過去に表彰されたときの賞状などが収められている。
本棚の手前側には、世界中の珍しい銃を飾ったガンラック。その向かい側には絵画とサイドボード。
その部屋のつくりで、二人は何となく、偉い人の部屋なんだろうなというざっくりとした印象を受ける。恐らくここが、日誌に書き残されてあった役員室。きっと、所長の部屋なのだろう。
しかし、そこには誰もいない。暫く出入りがなかったのか、少々埃っぽい。
部屋を見回しても脅威となる敵がいるような気配はなかったため、二人はグレースをソファ席へ寝かせる。サイドボードの上にグリーンハーブの鉢植えがあったので、それでハーブの回復薬を作りグレースの傷口にかけてみるが、状況は一向に変わらない。
「やっぱり、その血清がないとダメみたいだね」
ローズが部屋を物色しながら呟く。所長席の引き出しには一丁のリボルバー拳銃があるが、派手な彫刻が目立つ。
――いいかローズ、こんな
そんなことを、クリスが言っていた気がする。街中の、銃砲店に飾ってあった鑑賞用のライフルにそうケチをつけていたのだ。街に出てもこういう話しかしないのか、とあきれたものだ。
生憎45口径用の弾薬はないのでリボルバーにはこのまま眠ってもらう。
他に気になることと言えば、洋酒がいくつか棚にあるのと……天使の彫刻がこれでもかというほど飾ってある。
それも、よく見る子供の天使ではない。ある程度の背丈がある、女天使ばかり。本棚の上やデスクの上にあちこち。背の低いサイドボードの壁際には、朽ち果てた男を抱きかかえる女天使の絵画。
彼はよほど敬虔なクリスチャンだったのか。それにしては、崇拝対象が女天使に偏り過ぎているのは歪だ。
「天使、ねぇ」
もしくはこれは、彼の性癖の一種なのか。だとすれば、言っては悪いかもしれないが、すこし気持ち悪いなというのがローズの率直な感想だった。
ふと、頭をよぎる。センターエリアの厨房や、ジェットコースターで襲ってきた、目のない羽根の生えた化け物。着ていた服は、ワンピースのようなオールインワン・ウェア。もう一度絵画を見る。この女天使が着ているそれも、白いワンピースに酷似したものだ。着ている上からも、その柔肌が透けて見えてくるような、それでいて、扇情的ではない、優しさのある衣服。
その天使からも、大きな羽が生えている。両翼が白く、額縁の隅まで伸びている。
ローズは思う。まさか、あの化け物は
……天使をモチーフに"造られた?"
思慮を巡らせていると、エミリーが本棚に飾られた天使の彫刻の前で手を組んでいるのが見えた。
「天使さま、どうかグレースを助けてください……」
藁にもすがりたくなる気持ちは十二分に理解できる。エミリーのお祈りを、ばかにする気にはなれない。
だけども、ここで停滞していても何も進まないのもまた事実。何かをしなくては、と思うが、この役員室の他にここからどこかへ繋がる扉はどこにもない。
「ご立派なカードキーまで作っておいて、本当に所長室だけだなんてことないよね」
ローズは何か手掛かりがないかを続けて探す。目に留まったのは、デスクの引き出しにあった会社の決算報告書。まだ若いローズには詳しく読み解くことができないが、中の固定資産台帳には『ジェットコースターレール大規模修繕』の記載。耐用年数10年で、数百万ドルの取得価格。
損益計算書の内訳書には減価償却費で60万ドルほどを計上。
……ジェットコースターの修繕。目の前であんなに派手に壊れたジェットコースターが修繕されていたものなのか? 腐り朽ち果てたあのレールが、これだけの大金をつぎ込まれた姿だったのか? とても信じられる話ではない。
他にも、いくつも記載があったはずだ。犠牲になっていった人々の記憶の中に、明らかな矛盾が。
――それであっても賃上げや
――これだけ客から金を吸い取ってもなお、俺たち従業員に還元はしないし、パークの設備にも金を回さない。ジェットコースターなんか見たか?
「……粉飾決算」
なんとなく知っている言葉だけど、実態を見るのは初めてだ。
そして、その金が何にあてられていたか。恐らくその直感は当たっているのだろう。
決算書の中には一枚の手紙も入っている。
――
ケネス、何人かの従業員は粉飾に気付いているぞ。
修繕名目とはいえ600万ドルは積み過ぎだ。
俺の方で上手くはやっておくが、あまり派手にやりすぎるな
まだ天使づくりに執着しているのか?
拘りは好きにしてくれて構わないが、トワイスアップの方はどうなっている?
"例の血"を持つ人間は見つかったのか?
ラブロス
――
「トワイスアップ?」
名前は何となく知っている。
確かお酒、というか、お酒の飲み方に関する名前だった筈だ。どういうものかは、よくわからないが。
それと、例の血。それを意味するものが何なのか。書き残したのは、社長秘書のラブロス。
やはりここには、この遊園地には、何かがある。このバイオハザードは、偶然に起きたものではない。
「ねぇ、ローズ」
エミリーが本棚にあった天使像を抱えてローズの下へ。その像の背中には、子供の指一本が入るかどうかくらいの細長いくぼみがある。
「何かがはめられるのかな」
フラッシュライトで穴の中を照らすと、少し複雑な形状を持っている。なんだろうなとその像を回していると、台座にあたる底部に正方形の切り込みが。
その切り込み、ボタンのように押せるようになっている。そこを押すと、天使の背中のくぼみから円柱の棒がにゅっと出てくる。その棒にはいくらかの切り込みと突起がついており、それらが複雑に絡み合っている。棒はおそらく真鍮製だ。
「まるで古い鍵みたい」
「どこか開けられるの?」
まさか、と思いローズは部屋中の壁を叩いて不審なものがないかと調べてみる。本棚の本が押せるようになっていないか、照明のスイッチに紛れて他のスイッチがないか。しかし、何も見つからない。
「この部屋じゃないのかな」
「そんな筈は……」
何かを見落としていないか、入念に部屋を見回す。自分だったらどうするか。それを考えながら。
壁沿いに部屋を歩きながら2週程すると、エミリーが本棚横のガンラックを眺めている。
ガンラックには物珍しいライフルやピストルなどが横向きに飾られており、添えられた札には銃の名前が記されている。ラックとは言っても金具をつけて吊るすタイプではなく、壁面に専用の象られたくぼみがありそこに銃を置けるようになっている。金持ちのやりそうなことだ。
「どうかした?」
「ねぇ、ローズ。この飾ってある銃、一か所だけ抜けてる」
ラックを見ると、一番上の"S.A.A"と札があるところのスペースだけには銃が飾られていない。
SAAの名と、他の銃にも施された装飾を見るに、おそらく所長席の引き出しにあったあの銃が置かれていたのだろう。
「誰かが持って行っちゃったのかな」
「いや、それならさっきあの引き出しに……」
そこまで言った時にローズは違和感を覚える。これだけ貴重そうな銃を取り出し、引き出しに入れっぱなしにするものか? と。子供のおもちゃでもあるまいのに。
部屋がわりかし整頓されていることも相まって、そんなにずぼらな人間のうっかりというわけでもないのだろう。
だとすると――意図的に銃を抜いた?
ローズは引き出しのリボルバー銃を取ると、爪先立ちをしながらラックの最上段へとその銃を置く。
くぼみの奥まで銃を押し込むと、カチ、と音がする。
すると、所長席のデスクが椅子を巻き込み後退する。
「レールがついてたんだ」
デスクの下には、デスクのサイズよりも一回り小さいラグマット。
それを捲ると、床面に寝かせられた一枚扉が姿を現す。
その扉には取っ手がない代わりに、まるで何かを差し込めと言わんばかりの細い穴が開いている
「さっきの天使!」
ローズが言うと、エミリーがまたそれを抱えて走ってくる。
天使の背中からせり出した不規則な凸凹を持つ真鍮の棒を、床の穴へと差し込む。サイズはぴったり。それを90度天使ごと横にまわす。ドアノブと化した天使像を持ち上げると、更に地下へと続く石階段がほんのり薄暗く現れる。
「……よほど見られたくないものを隠していたんだね」
「一体何が……」
二人は置いた荷物を再び用意する。
拳銃にまだ弾が入っていることも確認する。ショットガンは既に弾がないが、いざという時の鈍器だ。
階段を降りる前、エミリーは横になったグレースに囁くように言う。
「まっててねグレース。今度は、私がグレースを守るから……!」
ポシェットからグレースが持っていた拳銃を取り出し、ソファ横のテーブルに置く。
そしてローズとエミリーは互いに顔を見つめ合い頷くと、石階段を降り始めた。