BIOHAZARD ~The Twice Up Angels 作:AZ
煤と埃、蜘蛛の巣と外界の煙。狭く細いダクトの中、この闇夜がどこまで続くのだろうとエミリーは思う。
グレースから貰ったフラッシュライトが、数メートル先の未来を照らしてくれるが、その先に出口らしい出口は見当たらない。
グレースは無事なのだろうか、背後から銃声はとうに聞こえなくなった。
代わりに聴こえるのは、奴らの呻き声。生きた人間の、新鮮な血肉を求めて彷徨っている。
水っぽいような、生々しい足音。どの方向からも、その音が聞こえる。
「いやああああ! やめて、その子を、その子を食べないで!」
ダクトの外から聞こえる、悲鳴。聞きたくない、とエミリーはその場で耳を塞いで蹲ってしまう。
しかし、ここで立ち止まる訳にはいかない。なんとかこの窮地を脱して、グレースと共にもう一度家へ帰るんだ。
エミリーは煤で汚れた膝をもう一度動かしながら、ダクトの奥へと進んでいく。
突き当りまで行くと、金網がエミリーの行く手を遮る。ボルトで強く締まっており、彼女の腕力ではどうしようもできない。
どうしよう、引き返すこともできない。そう思っていると、左手側にダクトが続いていることに気が付く。
そちらに進んでいると、ダクトの、今度は下側に金網。
そこから、中の様子を覗いてみる。
ステンレス製の流し台に、包丁とかお皿とか。缶詰に、お野菜。
この下は厨房になっているらしい。あのアトリウムの一角にあったレストラン用なのだろう。
今は電気が消えていて、非常口誘導灯の赤い光がぼんやりと拡散しているだけ。
誰も居なさそうなのかな、と厨房を見ていると、奥側の、パントリーにあたる所で何かがすっと横切るのが見えた。
「グレース?」
ハッキリと見えたわけではなかった。きっと、彼女の希望がそう錯覚させた。あのグレースならきっと、奴らから逃げきってここまで来ているのではないかと。
そこのダクトの金網は、先ほどのようにボルト打ち付けではなく、簡単に清掃できるようにするためか、フックのひっかけ式。
エミリーは細い指で室内側のフックを外すと、そっと金網を外して厨房の中へ。
ダクトの淵に掴まりながら、そっと足を下ろして。しかし彼女の背丈では地面には遠く及ばず。
仕方ないので、手を放してお尻で着地。
「いた!」っと言いながら、お尻を摩って厨房のステージへ。
「グレース……?」
先ほどのパントリーの方へ、フラッシュライトだけを頼りに、足音を殺しながらゆっくりと歩く。
カシャン、と食器がズレる音に戦きながらも、パントリーへ。
「いるの……?」
パントリーの中を覗く。しかしそこには、山のように食料が積まれているだけで、人の気配はない。
ライトで照らして見回していると、手紙と鍵を見つける。
『ジョー。裏口の鍵戻してなくて悪かった。先週、俺がラストだったからさ。この間は正面口から厨房に入ったんだって? 今度一杯奢るよ。……と言っても今日お前非番だからここに置いてく。ここならいくらお前でも気付くだろうなって(笑)』
――厨房裏口の鍵を入手した。
「鍵……?」
パントリーから引き返す。
厨房は暗くて全体像が分からない。どこから出られるのかすらも良く分からない。
仕方ないので、キッチンの所へ。シンクの蛇口を見た時にそういえば喉が渇いていたことを思い出す。
コップをひとつ拝借。背の高い流し台だから、少し身を乗り出して蛇口のレバーを開けると。
ひた、ひた。と湿った足音が水に紛れて聞こえてくる。
「……?」
やはり誰かいたのかな。エミリーはフラッシュライトを足音のする方へ向ける……と。
言葉を失う。光の照らした先に居たのは、3メートル級はあろうモンスター。全身はただれた生々しい肉の色で、ところどころ色黒く変色もしており、目元には目はなく、代わりに鋭く尖った獰猛な歯が口の中を飛び出して生えている。爪も鋭く尖っており、エミリー程度の少女なら一瞬で真っ二つにできてしまいそうな程。
エミリーは言葉も出せず、その場にフラッシュライトを落として尻をついてしまう。
全身の筋肉が痙攣をおこし、足も立ち上がらない。
クリーチャーは、その他背丈にして厨房の天井が狭いのか、大きく猫背になりながら、緩慢にひたひたと足音を鳴らしながらこちらに寄ってくる。
「……!……‼」
どうすることもできない。
グレース、助けて。そう叫びたいのに声も出ない。
グレース……レオン……
エミリーが力なく目を閉じようとした時。
背後から何者かの手が、エミリーの口元を塞ぐ。
突然のことに身じろぐエミリーだが、背後の人物はそっと囁くように「喋らないで」とだけ。
その人物に介抱されるように、エミリーはその場から半分腰を浮かして、キッチン奥、突き当りの調理台と冷凍庫の間にある小さなスペースに身を隠す。
クリーチャーの足音がどんどんと近づいてくる。エミリーがいた、シンクまで来ると、それをじっくり眺めた跡、鋭い爪で蛇口を破壊。破裂した蛇口から大量の水が溢れる。フラッシュライトの上に大量の水が掛かったことで、光が乱反射し、そのクリーチャーの全体が少しだけ見えた。
その化け物、背中に、羽根がある。
しかし、鳩や白鳥のような、美しい羽根ではない。生まれたてのひな鳥のような、骨を皮膚だけで覆ったような肌色の羽根。
そいつは、水を浴びながらも周りを見渡し、何もないことを知ると、甲高い、まるで超音波のような雄たけびを上げる。
必死になって耳を塞ぐ。まともに聴いたら、鼓膜がただでは済まない。
張り裂けそうな心臓をなんとか抑えて、この時間が通り過ぎるのをひたすら待つ。
すると、そいつは来た道を引き返し。どこかへと消えていった。
「いまのうち」
背後の人物がそっと声を挙げる。女の子の声だといことに今気づく。
「立てる?」
その子が声を掛けてくれる。その手を借りながら、抜けた腰からようやく立ち上がれた。
「あ、ありがとう……」
震える声でそう言う。そしておぼつかない足取りで、ライトを回収。
その子の方を振り返ると。その少女の姿がようやく見える。
「……あ」
その少女、黒いキャップを深く被り、背丈に似合わないジャンパーを羽織った……あの子だ。
「あなた」
「お話はあとにして。まずはここから出ないと」
二人は身を屈めながら、ライトの光を頼りに脱出を図る。
厨房からレストランへと続く道があるが、そちらはさっきの化け物が出て行った場所。まだ近くを徘徊している可能性は十二分にある。
「……あそこからしか、出られないんだよね。裏口もあるんだけど、鍵がかかってて」
少女がそう言った時、エミリーは先ほどパントリーで取得した鍵を思い出す。
「これ、裏から出られるかも」
それを見た少女「ナイス」と小さく声を挙げて、二人は厨房の裏口へ。
鍵を回して、厨房の外へ出た。
【クリーチャー『THE ANGEL』】
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「あれ、なんなの、あいつ、一体」
「私に訊かないで! 私だって、わけが分かんない。ひとつわかるのは、あいつが目が見えてないってことだけ」
裏口から外の世界へ。炎に包まれた遊園地。
そして火の中からは、あいつらが緩慢に身体を揺らして、少女たちの若い血肉を求めている。
「とりあえず、センターはもうダメ。他のところに行かないと」
「あっちの方、どうかな」
エミリーが指した先、センター近くに立ちならんだ、お土産などを取り扱うテナントショップの建物群。その隙間に佇む、『STAFF ONLY』と書かれた格子扉。
「……行った先にもあいつら山盛りってことないよね?」
「わかんないけど……ここよりはマシかなって」
「言えてる」
二人は危険を承知で、その場から駆け出す。
出来るだけ気付かれないように、と心掛けながらも、新鮮な若い肉を察知したゾンビたちは彼女ら目掛けて腕を伸ばしにかかってくる。
なんとかその間を搔い潜りながら、格子扉を目指して突っ走る。
「ちょ! 放してよ!……きゃあ!」
黒キャップの彼女が、奴らに掴まる。そのまま押し倒され、ゾンビが覆い被さる形に。
ゾンビの腐敗した顎がゆっくりと開き、むき出しの腐った歯が少女の首元を目掛けて――
「えいっ!」
そのゾンビを脇腹目掛けて、エミリー渾身の突き飛ばし。
ゾンビが倒れた隙を突いて、エミリーと少女は手を取り合って、再びその場から駆け出す。
「ごめん、助かった!」
「ううん! 私も助けてもらったもん!」
二人でなんとか格子扉の所へ、しかし、そこには南京錠。扉は閉ざされ二人を拒む。
「あーもう! どうにかできないのこれ!」
辺りにはまだまだ奴らが居る。
もうこれ以上彷徨いはできない。
「私、やってみる」
エミリーが南京錠に向かってポシェットから道具を取り出す。
「何してるの!?」
「ピッキング! グレースから習ったことあったから、簡単な鍵なら!」
エミリーがポシェットに忍ばせていたピッキングセット。実は以前、自宅で机の鍵を失くした時、グレースはあろうことか鍵探しではなくピッキング開錠をしていた。(だって自宅だし……と言っていたらしい)
その時に、いつか役に立つからとピッキングのやり方を教わり、キーピックをワンセット貰っていた。
その技術が、こんなところで役に立つとは夢にも思わなかったが。
「できるの?」
「多分……でも、すこし時間が」
周りのゾンビたち。二人の存在に気付いたらしく、数体がこちらに歩み寄ってくる。
「……OK、こっちはなんとかしてあげる」
少女は近くにあった元生存者の武器と思わしきバットを拾う。
ボールゲームコーナーから拝借しておいたボールをバットで弾き、一体のゾンビの頭部に命中。
しかし敵の数はまだ多い。ボールもそんなに数を持ってるわけではない。
「こっちにこないで!」
バットを振り回し、ゾンビたちに威嚇。しかし、彼らは足を止めない。
「まだ!」
「もうちょっと!」
二本のフックとピックを使って、エミリーは開錠を急ぐ。緊張とパニックで手が少し震えている。
少女にゾンビが掴みかかる。彼女はバットを盾にゾンビの手を防ぐが、そこから力の押しあい。
元が成人男性のゾンビが相手とあっては、少女の腕力で太刀打ちはできない。
ゾンビの顔が目の前に。口を開くと感染した黒い粘膜が糸を引いて、ものすごい悪臭が漂う。
力で押し返せない。段々と少女は仰け反っていく。その傍らには、別のゾンビも。
「もう、持たない!」
「開いた!」
格子扉が開く音。少女はゾンビの開いた腹に足を突き刺してなんとか掴みかかりから抜け出すと、エミリーと一緒に格子扉の奥にある、テナントの建物に面したスタッフルームへ。
しかし、そこには。
「なにこれ……」
両開き式のアルミ扉には、黒いヘドロのような何かが取っ手を覆い尽くし、またもや二人を阻んでいる。
そのヘドロ、脈を打つようにドク、ドクと動いており、まるで、そのヘドロ自体が生きているようだ。
格子扉の方から、ゾンビたち。二人の肉を諦めるつもりがないらしい。
もう逃げ場はない。
「どうしよう……」
しかし、黒キャップの少女は、そのヘドロをじっと見つめ。何かを葛藤している。
「ねぇ、しばらくそっちの方、むいてて」
「え?」
彼女の言う通り、エミリーがそちらの方を見ないようにしていると。
「OK,これで開けられる」とその子が言った。
そのヘドロ、いつの間にか焼いた後の炭のように灰化して、ボロボロと扉から崩れ落ちた。
「え? どうやったの」
「いいから、入って!」
二人で扉の中へ。幸いなことにスタッフルームは無人。ゾンビたちのすがたもないし、荒れた様子もない。
二人は机や椅子など、ありったけの重い荷物を扉の前に置いて、ようやく地面に腰を下ろした。
「……はぁ、はぁ。ありがとう……」
「お互い様、でしょ……」
二人揃ってペタリと床に寝転ぶ。
「……私、エミリー。エミリー・アッシュクロフト」
寝転んだまま、エミリーが自己紹介。すると、黒キャップの少女も答えた。
「ローズ……ローズマリー……ウィンターズ」
そのままふたり揃って、一旦目を閉じた。
実績を解除
『似たもの母娘 パート2』