BIOHAZARD ~The Twice Up Angels 作:AZ
「準備は大丈夫?」
ローズは、先ほど入手したハンドガン"SIG P226"の意匠を入念に眺めるようにしてそう言う。今から、この9mmに二人の命を預けなければならない。
「うん、私はなんとか」
エミリーは先ほどの、薬液を詰めていた空瓶を回収して、ついでにスタッフルームにあったグリーンハーブも回収しておく。
ポシェットにそれらを詰めて、ローズの下へ。
「とりあえず、あの化け物から距離を取らないとね」
「でも、どこに行くの?」
ローズはウインドウのブラインドから外の様子を覗く。ヤツに気付かれないよう、スタッフルームの電気は消してある。
「あいつ、正面エリアに通じる道の辺りを陣取ってる。そのまま素直に通してくれそうにはないね。他の脱出口経路と言えば、北西の方にも確かゲートがあったね」
「でも、どうだろう。あそこも大パニックがあったから。……ゾンビがいっぱいいるかも」
グレースと逃げていた時の光景を思い出す。
何とかこのパークから逃げたい人々でボトルネックが起こっていた第二ゲート。そこでもアウトブレイクが起き、あの一帯は血みどろの惨状が起きていた。
「強引突破も難しい……か」
ローズは"Indulgence Heaven"の園内マップを開く。
正面にはアイツが居て近づけない。ここから近い南西の第二ゲートも、アウトブレイクの危険性。
そこで、ひとつの考えが浮かぶ。
北西の第二ゲート近く。そこは、このパークの目玉アトラクションでもある、エンジェルズ・スライダーの乗り口がある場所でもある。
ローズはおもむろに、コンセントに繋がったデスク灯の電源をつけて、消す。
「ローズ?」
「まださ、パーク内って電源は生きてるんだよね。……だったら、この"エンジェルズ・スライダー"。まだ動くかな」
「……乗りたいの? こんな状況なのに?」
エミリーの、きょとんとした純粋な瞳がローズに突き刺さる。
「ちがうって! あのね、このジェットコースター、いくつかの停留所があって、それでパーク内を移動もできるって、確かそう言ってたはず。これで、正面口付近の停留所まで移動できれば」
エミリーはローズの言わんとすることを理解して、こくこくと頷く。
次の目的地も決まり、二人は慎重に音を立てないように、スタッフルームの扉前に積んだ荷物をどかしていく。
耳を澄ませても、ゾンビたちの声は聞こえないので、ゆっくり扉を開ける。
先ほどスタッフルームに逃げ込んだ時よりも、火のまわりが酷くなっている。
インフォメーションセンターも、炎に包まれている。
そのおかげもあってか、数体のゾンビは火に焼かれ、動かなくなっていた。
あの、目の見えない化け物が徘徊するエリアでは、拳銃は使えない。下手に音を立てれば、先ほどの男性のように、殺されてしまう。なので、ゾンビたちの数が減っている今はまたとない移動のチャンス。
二人は身を屈めて、火の手が回るセンターエリア内を北西に向かって移動する。
移動する際中、二人はその影を見つけてしまう。全身が生々しい肉の色でただれた、目のない、羽の生えたモンスター。
スタッフルームの中二階から見た時と、実際にフィールドに降り立ってから見るのでは、状況も相まって緊張感が全く違う。
右手には、さっきの男性のものだろうか、滴る血の跡と、内臓の一部が絡みついている。
ヤツは正面口へ通じる通路付近を徘徊している。ときおり顔がこちらに向くも、音さえ立てなければ襲ってはこない……はず。
今ならゾンビの数も少ない。早い所、北西エリアへ向かって……。
しゃがみながら小走り。そうしていたところ。
「きゃ!」
ローズが声をだし、その場に立ち止まる。
彼女の右足を、うつ伏せで死んでいたと思われていたゾンビが掴んだ。
「ちょっと! やめてって!」
ローズが足を振り払うと、ゾンビはまた力尽き、動かなくなった。
しかし……声を出してしまった。
……故に。
あの化け物の顔が、しっかりとこちらを見据えている。
目は見えていない。だが、ローズが出してしまった音を頼りに、一歩、二歩とこちらに近づいてくる。
「勘弁してよ……」
ここで移動を再開すれば、化け物に足音を与えてしまうことになる。
なので、ヤツがこちらを注視している間は、これ以上の音はもう立てられない。
逃げられない。
怖がることもできない。
こうなったら最後、死を待つしかない……。
化け物が、ローズの真正面に立つ。ローズはその場にへたりこんでしまい、鋭く光る爪を見ること以外ができない。
ローズの何倍の身長があるのだろうか。何倍の体重があるんだろうか。
本当に殺されてしまう――そう思ったと同時に、ローズはその化け物に対し、二つのことを思う。
一つは、化け物の、ただれた肉の色の中に点在する、黒く変色した箇所。
もう一つは、この化け物が着ている、服。上半身と下半身部が分離してないオールインワン・ウェア。まるで、ワンピースみたいな……それ。
パニックが腫れあがり過ぎて、脳が勝手な処理を始めたか。でもそういう部分が気になってしまった。
しかし、今は窮地。ふと意識を戻せば、目の前には無差別に殺戮を繰り返す、クリーチャー。
奴が顔をローズの前へ。
ローズは両手で口を塞ぎ、吐息すらも殺して時を待つ。
潰れた目元。口に収まりきらない、鋭い歯。
喉の奥からはゴロゴロとおおよそ哺乳類では考えられないような、何かが沸騰でもしているのかと思わせるような音が鳴っている。
心臓の音すらも、ヤツに聞かれているのではないか。
そう思い始めた時。
――パリン、と化け物の背後からガラスが割れる音。
化け物はそちらの音に気を取られ、ローズから踵を返す。
「いまのうち!」
囁くような声でエミリーがこっちに来てとジェスチャー。
ローズはなんとか、その場から駆け出して、エミリーと一緒に北西エリアへと抜けた。
「さっきの空き瓶?」
胸を上下に激しく息を切らしたローズが訊く。
エミリーも顔を赤くしながらも、こくりと頷く。
「……バディ……だから。助け合わないと」
恐怖で腕が震えているのが外から見ても分かるエミリー。それでも、作った笑顔でローズにそう言った。
「ありがと……やるじゃん、バディ」
そう言って、二人は初めて、拳を合わせた。
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北西のエリアへと抜ければ、あの化け物は追ってこない。ここからなら、足音をある程度立てても問題なさそうだ。
しかし、ここのエリアも、キッチンカーが火種の火災や、感染したゾンビが徘徊している現状に変わりはない。
二人は、できるだけゾンビの視界に入らないように気を付けながら、エンジェルズ・スライダーの乗り場まで急ぐ。
幸いにも、このアトラクションには火の手が回っておらず、待機電源も生きているようで照明が付いている。
辺りはすっかり暗くなっている。園内を照らす水銀灯と、火災の炎。そして、自分たちを助ける気は恐らくない、報道のヘリコプターが今の光。
DSOやBSAAは本当に来てくれるのだろうか、そんな不安を抱えながら、二人は乗り場まで辿り着く。
トントントン、とダイアモンドスチールプレートの階段を上り、停留所に車両が停まっていることを確認する。
「でも、どうやって動かそう」
エミリーが言う。ローズは傍らの、操作室を指して「多分あそこ」と言う。
エミリーが操作室のドアを開ける。すると。
「ウワアアアアア!!!」
まるで待ち伏せていたかのように、ゾンビが一体、エミリーに掴みかかる。
「嫌ぁ! やめて放して!」
力いっぱい、押し返そうと思っても相手は大人のゾンビ。力ではとてもかなわない。
ゾンビの顎がエミリーの首元を目掛け迫ってくる。
「エミリー!」
ローズの声と共に、数発の銃声。
パァン、パァン! いくつかの破裂音が鳴る。
エミリーを襲おうとしていたゾンビの力が、まるで蒸発するようにするりと消えていく。
ゾンビの側頭部に、銃痕。ローズの方を見ると、携えていたハンドガンの銃口から、煙が上がっている。
「久々に撃つと、やっぱ痛いな……」
手首を振りながら、彼女はそう呟いた。
「あ、ありがとう……」
「いいから、動かして」
エミリーはゾンビの死体をどかす。そのゾンビ、制服の胸ポケットから家族の写真が飛び出していた。奥さんがいて、息子と娘が一人ずつ。
この人も、本当は普通の優しい人。今日の仕事が終われば、家に帰って、家族が待っていて。
「ごめんなさい……」
エミリーは届かない詫びを死んだゾンビに預け、エンジェルズ・スライダーの運航開始ボタンを押した。
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リリリリリリリリリ―-
発車前のベルと、注意事項アナウンスが流れる。
『次の停車は正面ゲート前、ベルトをしっかり締めて、身を乗り出さないようにしてください』
一応、その指示に従って車両に乗り込んだ二人は座席に座って、ベルトを締めようとした。
すると、車両に違和感。二人しか乗っていないのに、ずしん、ずしんと車両が揺れる。
何事かと車両後方を振り返ると、そこには、二人を追いかけて飛び乗り乗車をしてくるゾンビたち。
「ああもう! 本当にしつこい!」
ローズがハンドガンを構えた時
『それでは、Good Luck!』
機械音声がそう声を挙げて、車両が動き出してしまう。
「嘘でしょ! ベルト締めてないのに!」
二人とも車両に立った状態で、エンジェルズ・スライダーは動き出してしまう。
しかし律儀に前を向いてベルトを締めている余裕もない。
ジェットコースターが上り坂に入って傾斜をつける。
ゾンビたちは車両前方に居る二人を目掛け、両腕を伸ばして接近してくる。
ローズの銃撃。エミリーも拾っておいたジュースの空き瓶や、石ころを投げて応戦。
ガコン、とジェットコースターがレールの上死点で停まる。
「エミリー、来るよ!」
「うん!」
二人でその場にしゃがみ、座席のベルトを強く握る。
――一回目の落下。猛スピードで加速する車両。ぐるぐると回転を加え、ちゃんと座席に座ってない二人は振り落とされないように必死にベルトとバーグリップを握る。
幸いなことに、何も掴んでいないゾンビたちはコースターの勢いに負け、地上へと落下していく。
だが、どこから嗅ぎ付けたのか、レール途中のメンテナンス通路や、レールより高い足場から追加のゾンビがゾロゾロとエンジェルズスライダーへジャンプイン。
「そんなに私たちが美味しいの!?」
車両はまた、上り坂の"溜め"モードへと入り、車両の動きはゆっくりに。
その間にゾンビたちは席前方を求め、うめき声をあげる。
「この!――」
ローズが銃を構えた時
――――――――、
耳を劈く、あの咆哮。
思えば今ここの現在位置は、乗り場から位置を移し、センターエリア内に位置する場所になる。
故に――。
ズシン、と車両が大きく揺れる。車両の最後方部。飛び乗ってきたのは、あの化け物『THE ANGEL』
車両の音と、銃撃の音に誘われて、この車両に飛び乗ってきた。
「ああ、サイコウ」
「最悪じゃなくて……?」
「こういう場合は最高って言っとくの。そういうもんなの」
化け物は、鋭い爪で前に居るゾンビたちを薙ぎ払う。
ゾンビたちの腕や首が血しぶきと共に宙を舞う。
ローズはありったけの銃弾を化け物に浴びせるものの、化け物にはまるで効いている様子がない。
そこから4発撃った所でスライドオープン。弾切れ。
化け物との距離が数メートルもない時、車両がまた急加速を開始する。
しかし、一回目の時ほどのスピード感はない。高低差も大きくはない。
それは、化け物を振り落とすには不十分な速度。
化け物は足を止めることなく、二人に急接近。銃弾もない。そんな状況。
絶体絶命。エミリーはもう、打つ手がないとコースターのグリップを握っている。
ローズは、一瞬車両前側のレールの先の状況を確認すると。
「エミリー伏せて!」
そう張り上げた声を出す。
エミリーは言われるがまま、車両に身体を埋めるように深く身を伏せる。
ローズは、ひとつ試したいことがあった。
あの化け物に対して、手を翳す。
ローズの手に、白い光が宿る。その光はやがて、化け物の、足の黒く変色した肉体へと絡みつくと、化け物は一瞬動きを止める。
まるで拘束具にでも縛られたような、鉛をつけられたように奴の足が鈍くなる。
化け物自身も、少し戸惑いを出しているような感じすらもある。
その一瞬の隙。ローズはエミリーと同じように車両に身を屈める。
車両はそのまま、天井の低いトンネルエリアへ。
あの化け物。車両の上で立ったままであった故、トンネルに大きく身体をぶつけ、エンジェルズ・スライダーから弾き飛ばされ、そのまま十数メートルはあろう奈落の底へと真っ逆さま。
「その羽で飛んでみなよ! この化け物!」
パークの底に沈んでいった化け物へ、ローズは最後そう吐き捨てた。
YOU ARE DEADパターンとかも作ろうかと思ったけど、可哀想だからやめた。