BIOHAZARD ~The Twice Up Angels   作:AZ

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File.05:タイプライターとハーブ、時々マフィン

 

 カツン、カツン、カツン……闇夜へと続く陰鬱な地下道。水の滴る音と、自分の乾いた足音だけが、そこに響く。

 重い吐息に、急ぐ鼓動。滲む汗に、止まらない四肢の震え。あの時(・・・)と全く同じ、パニック状態による自律神経の乱れ。

 グレースは壁に背中を預けて、銃を握る右手の脈拍を指で測る。少なくとも、生きている。今はそれを確認するだけで精一杯。

 

 なんでまた、こんなことになってしまったんだろう。悪夢は、終わったんじゃないのか。

 ヴィクター・ギデオンは確かに死亡した筈。だとすると、他にも、彼と同じように、スペンサーを師と仰ぎ、彼の意志を継ぐ誰かの仕業なのか。または、それよりももっと大きい犯罪組織の関与……。

 

 ライターが照らす数メートル先の未来はあやふやだ。ライターオイルだっていつ切れるか分からない。それでも進み続けるしかない。もう一度、悪夢から抜け出すため。もう一度、エミリーの手を、この手で握るため。

 

「待っててね、エミリー……きっと、助けにいくから」

 

 独り言で自分を鼓舞する……そんな時。

 

 ――自分のではない、何者かの足音が聞こえる。

 グレースは即座に銃を構える。前か、後ろか。あるいは……

 

 その足音、耳を澄ませ注意深く聞くと、どうやら前後方向から聞こえてくる音ではない。つまり同じ階層に居る者の足音ではない。しかし、足音は近い。ということは……上かっ――

 

 ――地震にも似た衝撃が、グレースを襲う。まるで空爆でもされたかのような、目の前が白濁する程の衝撃。

 意識を取り戻すと、グレースが居た地下道の、天井部に大きな穴が開いている。

 穴の真下、土煙に身を包んだ何かが、そっと姿を現す。

 

「……! なんなの、こいつ!」

 

 グレースは直ぐに拳銃の引き金に指をかけ、それに向けるが。

 

「う゛っ!」

 

 その一瞬の鈍い悲鳴と共に、彼女の腕は、だらんと力なく、真下にぶら下がった。

 

■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇

 

『ご乗車、ありがとうございました! お忘れ物の無いようお気をつけて、良い日を!』

 

「……とんだ良い日ね」

 

 ジェットコースターでの死闘をなんとか無事に終え、正面ゲート前乗り場に辿り着くローズとエミリー。

 ローズが先に車両から降りるが、エミリーは少し腰が重そうで、軽く放心状態。

 

「大丈夫?」

 

「うん、ちょっと、驚いちゃっただけ……」

 

 ローズはエミリーを支えながら、ようやく乗り場出口へ。

 丁度その時、ジェットコースターのレールの一部が、大きな音を立てて歪む。ボルトが欠落でもしたのだろうか、レールの継ぎ目同士が大きくずれてしまい、車両が通行できる状態にはない。

 

「これ以上、移動はできそうにないね。私たちのが最終便だったってわけだ」

 

 そこから二人はパークの出口に向かって小走り。

 正面エリアは思った程ゾンビの量は多くない。恐らく、アウトブレイクが起こった時、この近辺に居た人達は運よく外へ逃げられたのだろう。邪魔する存在がいないことは都合がいい。それならこのまま、出口まで一直線だ。

 きっと、出口まで行けば、警察やらに保護してもらえるはず。これで脱出は成功――そう思い描いていた。

 

 しかし、二人がパーク出口で見たもの……それは、パークを封鎖するための大きな隔離壁。

 出口から、その周辺までもが大きく空間を遮っており、外の世界との一切をシャットアウト。

 

「ちょっと、冗談でしょ!? 生存者よ! 開けて!」

 

 二人は自分の背丈の何倍とあろう堅牢な隔離壁を叩いて叫んでみる。しかし、どうやら外の世界へ通じている様子はない。

 

「ローズ、あんまり騒いじゃうと、あいつらが来ちゃう!」

 

 エミリーが後方を指す。少ないとはいえ、腹をすかせたゾンビたちは、少女たちの声をたよりにのっそりと歩いてくる。

 

「……OK、作戦変更」

 

 そこから、壁沿いを暫く走る。どこもかしこも外の世界と断絶されており、切れ目という切れ目がない。

 

「わっ!」

 

 パーク内を駆けまわっている途中、次に転んだのはローズの方。膝を打ち付けてしまい、そこから血が滲んでいる。

 

「大丈夫!?」

 

「いい、ヘーキ……」

 

 破れたジーンズの裂け目から、500円玉サイズの傷跡。見るからに痛々しい。

 エミリーはそこから周りを見渡し、身を隠せそうな平屋の建物を見つけ、指をさす。

 

「あそこ! 一旦、あそこに行こ!」

 

 エミリーはローズの腕を取ろうとするが「いや、そこまでするほどじゃないよ」と言う。ならばとローズの手を握った。

 

 ローズは少し、不思議な感覚だった。

 自分の手を、誰かが握ってくれている。暖かく、やわらかいその感覚。

 

 バディの子が手を握ってくれたことなんて無いもの。

「バイキンが移る!」そう、言い続けられてきたんだから。

 

 エミリーの手に引かれるまま、ローズは平屋の建物へ。警察車両が何台かあるその敷地。おそらく、パーク内駐在の警察待機所だ。

 

 お誂え向きにも、鍵は掛かっていない。全員出動に出て、戻ってこなかったんだろう。

 

 警察待機所内は無人。電気はしっかり通っている。休憩室へと入るとローズはソファへ。

 エミリーは所内の救急ボックスに入っていた薬液と、スタッフルームから持ってきたハーブを組み合わせて、ローズから教わった回復材を生成。それをローズの怪我した膝にかけてあげる。

 

「いっちちち……」

 

「大丈夫?」

 

「うん、ヘーキヘーキ。ありがと」

 

 そのまま、救急ボックスに入ってた包帯を巻いて、ひと段落。

 それと同時に、エミリーはとあるものを見つける。

 

「あ、お水だ!」

 

 未開封のミネラルウォーター。喉がカラカラだったエミリーにとって、至高の回復薬。

 それを見た瞬間、ローズの喉も思い出したかのように、唾液をごくり。

 

 エミリーはローズのその僅かな機微に気付いたのか、ペットボトルをローズへ。「先に飲んでいいよ」と言ってくれる。

 

「でも、あんたも水ほしかったんじゃ」

 

「ローズ、凄く頑張ってくれてたから。そのお礼……なんてね」

 

 ローズは少しの気恥しさを感じながらもペットボトルの水をごくり。乾いた身体に、水がこんなにしみこむなんて。そんな水の快楽に翻弄されて、ふと後になって気が付く。

 

「あ! ごめん、口つけちゃった……」

 

 浮かして飲むつもりだったのが、乾きから、つい。

 

「うん? いいよ、そのくらい。グレースのジュースとかも、よく分けてもらってるの」

 

 そう言ってエミリーは水半分のペットボトルを受け取ると、彼女もまた口をつけて、全部を飲み干した。

 ローズは少し、呆気に取られていた。自分が触れたもの、ましてや口をつけたものなんて、不浄なものとして扱われてきたというのに。彼女は、そんなことを意に介さない

 クラスの女の子たちが普通にやってる回し飲み。でも、ローズが触れた途端にゴミ箱行き。それが当たり前だったローズにとって、何も気にしないエミリーが、どうしても新鮮だった。

 

 お水を飲み終えると、ローズの胃がくぅと鐘を鳴らす。少し緊張が解けてきたからなのだろうか。

 今朝は朝食も食べていない。お金が無かったから、パーク内でも何も食べていない。

 しかし周りを見渡せど、緊急出動の慌ただしさの名残りがあるだけ、警察官待機所だというのに、食べ掛けのドーナツすらない。

 

「さっきの厨房から何か貰ってきておけばよかった」

 

 そう呟くと、エミリーはポシェットをごそごそと探って、個包装のお菓子、マフィンをローズへ。

 お昼に食べられなかった分だと言う。

 

「貰っちゃ悪いよ」というけど、空腹には勝てない。

 結局は、マフィンを二人で半分こ。同じソファに座って、柔らかい生地に現を抜かす。

 甘い香りが、今の絶望を少しでも忘れさせてくれるようだった。

 

 ローズはエミリーを横目で見る。口の周りに生地の跡が付いていて、おいしいねと純真無垢に声を掛けてきてくれる。

 

 ローズは、声には出さなかったが、心の中で思う。周りの皆が、エミリーみたいだったら。私の青春は、もう少し違ったものだったかもしれないと。

 

「あんたって、いいやつだよね」

 

 ローズが急にそんなことを言うので、エミリーはぽかんと首を傾げる。それが少し可笑しくて、こんな状況なのに、笑ってしまった。

 

 彼女となら、エミリーとなら、本当に「バディ」になれるのかもしれない。

 ローズは形見のジャンパーの裾を握って、少しだけ、帽子のつばをあげた。

 

■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇

 

『■■では、市長らが会見を行い、本件はラクーン事件や、レンウッド集団感染事件に類似した生体災害事案(バイオハザード)であることを認め、米軍やBSAAへの協力を仰ぐことを正式に発表しました。また、事件の現場となった"Indulgence Heaven"は現在、生存者は不在であると判断し、隔離壁を設け、感染拡大の阻止に努めています。会見では、かつてラクーンシティに対して行った、滅菌作戦によるミサイル攻撃も行うのかという質問も相次ぎ……』

 

 ぶつん、とテレビの電源を落とす。リモコンを不服そうにソファへ投げる。

 

「生存者は不在だってさ。こんなのふざけてる」

 

 怒りを隠せないローズ。こんな時に、もし父がいてくれたら。そんな届かない想いを抱いてしまうのは、彼女がまだ幼いからなのか。

 

 タンタン、タタン、タン。

 休憩室の隅では、エミリーが子気味のいいメカニカルな音を立てて遊んでいる。

 

「何してるの」というと、エミリーが見せてくれたのはタイプライター。昔使われていたものが、そのままこの休憩室に放置されているらしい。インクリボンもそのまま。実際にまだ打てるらしい。

 

 出力された紙には、『ローズとエミリー:9月23日 21:32』と記載。

 

「こうして残しておけば、後で誰かが気付いてくれるかなって。ここにも、生存者がいたこと……」

 

 生存者不在と判断。そのことに対する抗いの意味を込めたタイプライターということらしい。

 

「あんまり寂しいこと言わないでよ。生きて帰るんでしょ。こっから」

 ローズの声に、エミリーはこくりと頷く。少し、元気が無さそうな顔色。疲れが見え始めている。

 

「とりあえず、ここから出なくちゃね」

 

 二人は、休憩室を後にする。ここは警察駐在所なので、武器や弾薬の調達が見込める。そう思い武器保管庫へ行こうとしていた。その時、とある一室の電気がついていることに気が付く。

 

 中には、いくつものモニター群。このパーク内に張り巡らされた監視カメラ用のモニターらしい。

 

「他に生存者がいるかも」

 

 接続されたキーボードを叩いてカメラを切り替えていく。しかし、どこを映せど、アンデッドだらけ。

 その中には、今まさに死を迎えている最中の人の姿もあって、二人は目を背けてしまう。

 

 誰もいなさそうか。更なる絶望を知ってモニターを消そうとした時、とある、暗い空間が映し出される。

 

 そこを、ライターの光をたよりに、よたよたと歩く女性の姿。ゾンビではない。

 華奢な体つきに、シルバー寄りの金髪。片手にはハンドガン。

 

「……グレース!」

 

 エミリーがモニターに向かってそう叫んだ。

 

「あんたのお姉さん? よかった、生きてたんだ」

 

「ねぇ、ここどこ?」

 

「そうだな、暗いし、マップ的にも……地下」

 

 ローズがそう言った時。

 

 ――ドン、と監視カメラの映像が揺れ、大きく乱れる。

 

「え!?」

 

 カメラに大きなノイズ。スピーカーからもクリップした轟音が流れてくる。

 暫くして、土煙の中から、とあるシルエットが姿をあらわす。

 

 その、シルエット。とりあえずわかることは、人間ではない。

 

 両腕がなく、顔も下半分までしかない。その代わりに背中から巨大な触手が二本生えており、皮膚はただれている。

 

 そして――あの化け物『THE ANGEL』と同じように、背中には皮膚に覆われた羽が生えている。

 

『……! なんなの、こいつ!』

 

 グレースが拳銃を構える。しかし、そのクリーチャーの触手がグレースの顔を鷲掴みにし、空中に持ち上げる。

 

「やめて!」

 

 エミリーの叫び空しく、グレースの腕はだらんと脱力し、ぶらさがる。握っていた拳銃も、その場に落ちて、グレースは意識を喪失。

 

「グレース!」

 

 化け物はグレースの頭を掴んだそのまま、監視カメラの方へ歩いてくる。

 二人は驚愕する。この化け物、胸の裂け目に、大きな目玉があるのだ。二人はその異形に慄いていると、もう片方の触手でカメラを破壊し、画面にはDISCONNECTEDの文字。

 

「マジ……なんなの、あれ」

 

「グレース……グレースが危ない」

 

 居ても立ってもいられないエミリー。その場から駆け出したくなる。

 しかし、ローズがその肩を握る。

 

「一人はダメ。行くんなら準備して、二人で行こう……バディでしょ?」

 

 ローズの力強い言葉に、エミリーはこくりと顎を縦に振った。

 

【クリーチャー『NIKE(ニケ)』】

 

【挿絵表示】

 

 

■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇

 

 警察官待機所内の、武器保管庫。

 睨んだ通り、ここには色々な物資が置いてある。

 

 9mmパラベラム弾のケース。ローズはその中から弾を取り出し、マガジンに詰めていく。丁度同じ規格の予備マガジンもあったので、そちらにも弾を詰めて。フル装填+チャンバー1発のオマケ付き。

 

 武器保管用のロッカーには、M37:ショットガン。

 上品な木目が映える、強力な武器。

 

「イイじゃん、使える」

 

 ポンプを引き、ショットシェルを詰め、ストラップを肩にかけて背中にまわす。

 

 武器は他にも落ちている。武器庫どれにも鍵が掛かってなく、持ち出し放題。

 よっぽどの緊急事態だったからか、鍵をかける余裕もなかったのだろう。

 

 その中には、ハンドガンが一丁。グロック19

 ローズは弾が入っていることと、明確な動作不良やガタが無いことを確認すると、それをエミリーへ。

 

「え、でも」

 

「銃を取らなきゃ、生きて帰れないよ。お姉さんと、脱出するんでしょ?」

 

 ローズの鋭い瞳に押されて、エミリーは拳銃を手に取る。

 持ち慣れない感触に慄いている。

 

「構え方はわかる?」

 

 ローズが訊くとエミリーはうんと頷き、拳銃を横に構え、肘を曲げて胸元に引き寄せて……

 

「ちょっと待って。なにそのジョン・ウィックみたいな構え方」

 

「えっと、屋内ではこう構えた方が良いってレオンが言ってたから」

 

「レオンって誰?」

 

「えっと、知り合いのおじさん」

 

 ローズは肩を落とし、溜息を吐く。

 

「……確かに、そういう特殊部隊的な構え方はあるにはあるけど、そんなミリオタおじさんの聞きかじりなんて聞いてたら怪我するよ。もっとこう両手でしっかり構えてさ」

 

 エミリーの手を補助しながら、サムズフォワードの構え方を伝授。

 

「とりあえず、最初のうちは当てようなんて無理に思わないで。とりあえず敵がいたら向けて撃つ。まずはそのくらいでいい」

 

 エミリーは拳銃を見つめる。撃たないときはトリガーに指をかけないように釘を打たれた。

 

「それと、こいつらも貰っていこう。拳銃よりは使いやすいかもね」

 

 そう言ってローズは閃光手榴弾をいくつか、エミリーにも手渡した。

 

 ――ショットガン(M37)を入手した。

 ――ハンドガン(G19)を入手した。

 ――閃光手榴弾を入手した。

  

 

 

 

 

 





駐在警察官への展開メール

各員に通告。また、来週あたりから来客数の増加が見込まれるとの連絡あり。
お察しの通り、パーク側がまた優待券やら招待券の増刷を決定したそうだ。
そんなに金に困ってるのかしらんが、こちらの負担も考えてほしいものだなというのはここだけの話にしておいて欲しい。
来客が増えると言うことはトラブルも起きやすくなる。各員、気をしっかりと引き締めてほしい。

また、パーク来場客たちから、ところどころで動物のような鳴き声が聞こえると相談が入っている。山が近いからか猿なんかが近くに来ている可能性もある。遭遇したら適切な対処を。
(間違っても武器庫のショットガンで殺そうなんて思うなよ!)
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