BIOHAZARD ~The Twice Up Angels 作:AZ
ひどく、退屈な祭りだったよ。
地元の教会が主催する、キリストの受難と復活を語り継ぎ祝う、よくある宗教祭りだ。
正直、毎年同じものを聞かされ見せられ、食傷気味というかうんざりさせられていたから本当は行きたくはなかったが、両親が敬虔なクリスチャンだったので、参加は強制だった。
村の小さなコミュニティで開催される祭りは、大都市の祭りに比べてどうしてもしょぼい。出店だってパッとしないし、劇だって低予算。こんなのを喜ぶのは子供か耄碌した老人だけだろうといつも思う。
しかし両親は、展示されている聖書の解説を見ては語り合い、牧師の言葉に涙を流す。何度も同じ話を聞いている筈なのに、こんなのイカれているなと心で冷笑する。
しかし、両親が満足するまでは帰れないので、しょうがなく教会周りをほっつき歩く。出店から放出される飯の香りにちょっと腹が減るが、そんな金は持っていない。
午後になって、人の数が増えてくる。狭い教会の敷地でこんな祭りをやるものだから、ぎゅうぎゅう詰めだ。人々の間を縫って移動しなければならず、人酔いしそうだったので、はずれの茂みに避難した。
茂みになら少しくらい一人になれる場所があると思っていたけれど、見当違いだった。
そこにはクラスの、同学年の、いわゆる、嫌な奴らが居た。
こいつら、万引きを平気でするし、おもちゃのスリングショットでリスを撃ち殺したりしていた奴らだ。相容れない。たった今も、出店から盗んだものを見せあっている最中だった。逃げようと思ったが。
「おーっと、ポーキーじゃないか! こんな所でどうしたよ?」
奴らのリーダー、ダニエルが僕を見つけ、取り巻きに囲まれる。
「いいい、いや。べべつに」
「おっと、聞き方が悪かった。『ぽぽぽ、ポーキー、どどど、どうしたんだい』」
ダニエルがそういうと、取り巻きの連中が一斉に笑い出す。
「き、吃音を、わわ、笑うな」
「そうか、ごご、ごめん」
ぎろっと彼を睨んでみると、ダニエルは明らかに不機嫌になる。内心はその不機嫌が怖くてたまらないけど、このままバカにされ続けるのも嫌だった。
「ポーキー、なんだよ。それが友達に対する態度か? こんなにフレンドリーに接してやってんのによ」
「おお、お前らなんかとと、友達じゃない。い……イカれ野郎」
「ポーキィ。口の利き方には気をつけろよ。テメェみたいなドモリ野郎に優しくしてやってんのは誰だよ?」
「ぼ、僕はポーキーなんかじゃない」
そこまで言った時、ダニエルが僕の股間を真正面から蹴ってきた。
ぐにゅ、と急所が潰されるような感覚に、ギュっと奇妙な声を挙げて、その場に蹲る。呼吸が上手くできない程悶絶している。
「おっと、ポーキー、元気がなくなっちまったな」
「ダニー、こいつ電池が切れてるのか?」
「そうらしい。電池はどこから入れるんだ? ケツか?」
途端、あいつら、蹲る僕の髪の毛を掴んで数人がかりで地面に押さえつける。
「ダニー、あったぞ電池。これだったら入るかもな」
取り巻きがそう言って持ってきたのは、割れたアンプル瓶。
ダニエルは嫌らしく笑うと、僕のズボンをズリ下げようとしてきた。
こいつはイカれてる。冗談を冗談で終わらせないクソ野郎だ。こんな割れた瓶を、本当に僕の中に入れようとしているんだ。
「や、やや、やめろ!」
「いいじゃねえか、天国を見せてやるよ……」
「――なにしてるの!」
そこに差し込む、女の人の声。
全員が振り向くと、そこには、レイラが居た。
レイラ。牧師さんの娘で、色白く端正な出で立ちで、正義感の強い、僕らよりもいくらか年上の姉さんだ。
レイラは箒を片手に、ダニエル達を強い剣幕で睨んでいる。
流石に、牧師の娘にはいくらダニエル達であっても手出しはできない。彼らは両手をひらひらと振りながら「別に、じゃれあってただけさ。なぁ、ポーキー?」と言ってくる。
僕が頷かないままでいると、「女のコに庇って貰って、みっともねぇよこの豚が」と小声で僕に吐き捨ててその場を後にしていった。
「大丈夫? 酷いことするのね、あいつら」
彼女が僕に手を差し伸べてくる。
僕は、少しでもかっこつけようと、レイラの手を掴まずに起き上がった。
「まぁ、ぼ、僕はああはなりたくないよ」
「そうね、でも、あんまり怪我はなさそうでよかった」
そう言ってレイラが微笑んでくれる。
光に靡くブロンドカラーの髪の毛が優しい。彼女お気に入りの白いワンピースも相まって、本当に、本当に
つんと長いまつ毛に、キンモクセイのような甘い香り。碧い瞳に、うすピンクの唇。まるで割れ物のような、脆さ危うさを含んだ造形。
気を抜けば、すっと彼女に意識を吸い込まれてしまいそうだった。けれど、その時間は、さっきダニエルたちにされたことを忘れさせてくれるほどの、幸いでもあった。
「あいつらのこと、後でパパに報告しておく」
「い、いいよ、ささ、逆恨みを買うだけだ。……ぼぼ、僕が、ぽぽ、ポーキーなのがいけない」
「しっかりしてよ。あなたはポーキーなんかじゃない。ちゃんと素敵な名前があるじゃない」
そう言って、レイラは僕の手を掴んで、真っすぐに見つめた碧い瞳で、続けた。
「ケネス・ローガンっていう素敵な名前が」
■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇
「ブレーカーが死んでるね……」
園内パブリックアーケードの制御盤を見て、ローズがそう零す。その建物の中は真っ暗。
ヒューズは割れていないものの、回路自体がなんらかの理由で死んでいるらしい。
警察待機所を出発した二人は、グレースが居たと思われる地下道へ向かうために、近隣施設のパブリックアーケードへ。ここは本来、ムービーアトラクションやゲームセンターといった屋内遊戯が楽しめる場所。買い物だってできる。しかし、今となっては、壁一面に血の跡がペンキのようにべったりと貼り付き、ゾンビたちのうめき声がBGM替わりとなる地獄だ。
「いちおう、貰っていっとくか」
そう言ってローズは制御盤のヒューズを抜き取る。
――ヒューズを入手した。
そこから二人は仕方ないので、エミリーが持ってたフラッシュライトを頼りに探索を進めていく。
無駄な戦闘は避けたいので、できるだけ目立たない場所を選んで、目指すはスタッフ専用の出入り口。
恐らくあの地下道。一般客が入れるエリアからはアクセスできない、スタッフ専用の通路口なのだろう。
スタッフ用の出入り口は案外簡単に見つかる。屋内のセンターサークルエリアの隅にあったのだ。
中に入ると、ビンゴ。少し散らかった資材置き場の奥に、両開きの扉。"
"Dammit!"とローズが呟く。しかし、鍵なんてどこにあるのだろうと思っていると、資材置き場の中に一枚の手紙。
『最近、友人や家族をアンダーパスに通しているスタッフがいるといった報告が相次いでいます。アンダーパスはお客様が抱いている世界観を壊さないための重要な通路であり、決して近道通路ではないことをご理解ください。また、アンダーパスにつきましては新人スタッフ用の鍵ができていますので、次回の出勤日に二階の事務室まで取りに来るよう伝えてください 管理室 リリー』
「OK。まだあるかな」
二人は資材置き場から出て、再びアーケードへ。
ゾンビたちの目を掻い潜り、時には瓶や缶を使って誘導し、できた死角を進んでいく。
途中、エミリーが足を止める。
視線の先には、お土産のおもちゃ屋。そこに飾られていたベアー。グレースがシューティングギャラリーで獲ってくれた景品と同じベアーだ。
だけど、アウトブレイクの混乱から逃げ惑う時に、失くしてしまった。
「どうかした?」
「ううん、早くグレースの所に行きたい」
二人は先を急ぐ。止まったエスカレーターを走って上り、アーケードの隅っこ寄りのところにある事務室へ。
ローズがゆっくりと扉を開く。デスクが並んだそこにはおおよそ想像通り、ゾンビ化したスタッフたちの姿。
扉が開いた音に気付き、二人を目掛け腕を伸ばす。
「避けられないね。戦うよ」
「う、うん!」
二人は背中を合わせる。火薬の弾ける音が事務室にこだまする。
エミリーの腕に、初めて伝わる拳銃の反動。肩ごと突き飛ばされるような衝撃と痛みに耐えながら、引き金を引く。
三発撃った所で、一発がゾンビの胸に命中。続いて奥のゾンビの胸にも命中。
ゾンビたちは倒れ、動かなくなったから大丈夫かなと思った矢先、うめき声をあげながら再び立ち上がろうとする。
「そんな!」
再び銃を構え直した時、背後から二発の銃声。
銃弾は綺麗にゾンビの額に届き、今度こそ完全沈黙。
振り向くと、ローズが援護に入ってくれていたことに気が付く。
ローズ側のゾンビたちはしっかりとトドメをさされ沈黙している。
「あ、ありがと」
「頭を狙わなくちゃね。身体はいくら撃ってもダメっぽい」
マガジンを一回外すと残弾の確認。薬室内もチェックして銃をしまう。
そこから鍵探し。手紙にあった、リリーという人の机を調べると、例の鍵が見つかる。
――地下道の鍵を入手した。
その下に、紙が置いてある。とある文書の写しだ。
『"Indulgence Heaven"代表取締役 "ケネス・ローガン様"
我々従業員一同は、日ごろよりお客様の特別なひと時のためという会社側の理念に共感し、誠心誠意働いております。しかし、優秀な従業員のモチベーションの維持、向上を図るためには待遇の改善は避けては通れない問題かと思います。
遊園地の集客と売り上げの状況は不調にはないはずだと我々も認識しているのですが、それであっても賃上げや設備投資に応じて頂けないことには理由があるのでしょうか?
あくまで噂話ではありますが、会社の資金の一部を、私的なことに流用しているのではという話もあります。(勿論、信じてはいませんが)
我々従業員は、お客様のため、ストライキを選択はしません。今一度、冷静な話し合いを期待しています。
労働組合員 リリー』
「ケネス・ローガン……? この人がお偉いさんってことなのかな」
手紙を見てローズが零すと、エミリーがパンフレットを開いて見せてくれる。
「この人だね。優しそうな感じの人だけどな」
パンフレットの裏面に映る代表 ケネス。丸眼鏡に小太りの中年と言った感じ。見るからに写真用の作り笑いというのが見て取れる。
「遊園地がこんなになってるってのに、この人、どこで何してんだろ」
手紙を捨てて外に出ようとした時、この部屋にもアーケードの電気制御盤があることに気が付く。
ダメ元で制御盤の蓋を開けてみる。こちらは待機用のランプがついており、正常らしいがヒューズがない。
注意書きを読んでみると、通常のメイン電源は一階の制御盤を、故障などの非常時にはこの二階の制御盤を起動して予備電源を起動できるというものらしい。ただし、起動にはヒューズが必要との追記。
一階で回収したヒューズをあてがう。サイズはぴったり。
起動スイッチを押すと、ぱぁっと部屋全体が明かるくなる。
「OK、いいじゃん」
「明るいと安心するね」
「呑気なこと言ってないでさ」
久しぶりの光に喜びながら、二人は部屋を後にする。
さぁ、鍵も手に入れたから、あとは地下へ行くだけ……の筈だった。
部屋を出た途端に、巨大な地震。
衝撃波が飛んできたかのように二人の立つ地面が揺れ、二人はその場に尻をついてしまう。
「な、なに!?」
否、これは地震ではない。何かが落ちてきた衝撃だと気付いたのは、二人の目の前に、大きな土煙が上がっていたから。
そして、煙が静まり、見えてくるのは巨大なBOW。
顔が三つあり、厨房にいたアイツよりももう一回りほどデカイ。
腕や胴体は筋骨隆々に腫れあがっており、まるで凶暴なゴリラのよう。ジャラジャラと繋がれた手枷を引き摺って、小さな獲物である二人をじろりと見る。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
三つの顔が一気に雄たけびを上げる。空気か振動するのがはっきりとわかる程に、凶暴な叫び声だ。
【クリーチャー『
「ああもう……冗談キツイ」
横からエミリーが拳銃を数発撃つものの、その強靭な肉体には全く歯が立たない。
「無理だよエミリー、逃げよう!」
ローズはエミリーの手を引いて走り出す瞬間、歯で閃光手榴弾のピンを抜いて化け物の足元へ。
パァン! と音と光が炸裂し、化け物が一瞬怯んだ隙を見て一気に駆けだす。
少し距離は稼げたかもしれないが、それでも化け物はそのデカイ図体を揺らしながら二人の獲物を追いかけまわす。
「速いって! そんなデカイくせに!」
二人は一階へ降りて逃走を続けるが、奴も一階に飛び降りて追跡を続ける。
周りのゾンビたちも二人に気付き、走る彼女らへ腕を伸ばす。
「邪魔しないで!」
「あっちって!」
絡んでくるゾンビたちを押し退けながらも後ろを気にする。
化け物は、吊り下げの看板や電光掲示板、連絡通路を破壊しながら大きな地響きを立ててこちらに来る。
距離が迫ってきた時、奴の腕がおおきく振りかぶってくる。それを緊急回避で間一髪避ける。
隙ができた拍子に距離を取ろうとすれば、今度は近くにあったベンチを片手でこちらへぶん投げてくる。
ローズとエミリー二人の間にベンチが落ちて来た時、思わずローズまで叫んでしまった。
また、距離を詰められる。だけど、スタッフルームまであと少し。
逃げ切るのが先か、捕まるのが先か!
ローズは、賭けに出た。
一か八か、ジェットコースターでTHE ANGELへ使ったあの力が、こいつにも通用しないかと。
背中を向けて逃げ続けるその一瞬。即座に振り返って、化け物の足目掛けて手を翳す。
手から白い光。それが奴のくるぶしに巻き付き、「グオ!」と一瞬声を挙げて化け物は膝を付く。
足のひっかけ。単純だが、大きい図体には効果がある……しかし、回復も早い。
ローズの力では、ヤツを完全に封じ込むことはできない。くるぶしに巻き付いた光も直ぐに解放される。
「ローズ!」
前を向くと、エミリーがスタッフルームの一枚扉を開けている。ローズはそこに飛び込む。
化け物は追いすがるが、その大きい図体では一枚扉はくぐれない。
すると太い腕を一本強引に捻じ込んで、二人を片手で握りつぶそうとしてくる。
早く地下道への扉を解放しなくては、この資材置き場も安全ではない。
「ローズ、鍵!」
「いまやってる!」
化け物の肩が捻じ込まれ、扉周りのコンクリートがヒビを広げている。もうあと数秒で扉の周りごと破壊されそうだ。
「ローズ……!」
「まって! やってるから……!」
流石のローズもパニック状態。腕が振るえ、鍵を差し込もうとする指が安定しない。
ガン! と部屋がもう一度轟音を響かせる。化け物が腕をより一層押し込もうとしている。
二人の足を掴むまで、もう数メートルもない……。
そして、もう一プッシュがくるかとしたその時。
「開いた!」
両扉を開いて、二人が中へ転がり込むように入っていく。
中にはエレベーター。電源を復旧しておいたお陰で動くようになっている。
二人がエレベーターを起動したのと同時に、スタッフルームの扉が壊され、ヤツが入ってくる。奴の姿が一瞬見えたその時、エレベーターの扉が閉まる。扉の向こう側から、最後に奴の雄たけびが、また聞こえてくのだった。