BIOHAZARD ~The Twice Up Angels 作:AZ
エレベーターが閉じて数刻後、ローズは自らの胸に手を押しあて、心臓の鼓動を感じ取る。今のは、ヤバかった。身体の強張りが、その率直な恐怖を表していた。
籠の隅では、エミリーが屈みこんで、ぐすぐすと鼻を啜り、欷泣している。
「泣いてちゃダメ。怖がってたら、あいつらの思うつぼだよ……」
かくいうローズ自身も、手の震えがまだ止まらない。
この遊園地には、こんなイカれた化け物がまだいるのか。
「吸って……吐いて……吸って……吐いて……」
エミリーが独り言のようにそう呟く。
やがてはローズの手も握って、続けてそう言う。
「吸って……吐いて……吸って……吐いて……」
ローズも、エミリーの言葉に合わせて深く息を吸って、吐いてを繰り返す。
しばらく繰り返すと、手の震えも次第に治まってくる。浅かった呼吸も、落ち着きを取り戻してくる。
そしてエミリー自身も、少し顔を上げられるようになってきた。
「そうだね、ヤバい時こそ、呼吸をしっかりしなきゃだね」
「うん……グレースから教えてもらったの。気持ちを落ち着けるには、こうするのがいいって」
ローズは無言で頷く。彼女の両手を握ったエミリーが、やっと少し、微笑む。
「どう、まだ、歩けそう?」
「なんとか」
やがて、エレベーターが地下道で開く。
見えてくるのは、コンクリート打ちっぱなしの壁と、そこを気持ち程度に照らす蛍光灯。
表の華々しさとは打って変わり、無機質で殺風景なバックヤード。
通路の隅には導線を潰さない程度に資材が放置され、コンクリートの壁には行先だけの看板。
幸いなことに、ゾンビの声はしない。
けれども、油断はできない。二人はまた拳銃を握りしめると、ゆっくりと歩いてエレベーターの籠を出る。
セーフティーエリア方面の看板を見つけたので、そこに沿って歩く。
道中、地下道のはずれの通路にもう一基エレベーターがあることに気が付く。
横のプレートには「役員室行き」と記載されており、一般従業員の許可なき立ち入りも禁ずるとある。
プレートの真下にはカードリーダー。専用のカードが無ければ立ち入れないのだろう。
今は特に関係がなさそうだったので引き返すと、本道と合流するところの角にひとつ部屋がある。
ここもまた資材置き場とロッカールーム。着ぐるみへの着替えや、シーズンイベントに使った飾りつけなどはここにしまっておくらしい。
使えそうなものはないか、簡単に調べていると、一冊の日誌が見つかる。
――
従業員の日誌
今日はクソみたいに大変な日だった。
お上がまた、遊園地への招待券や優待券を発行しまくったせいで、俺たち使いゴマは便所に行く暇すらない。
ハッキリ言ってちょっとおかしいんじゃないかと同僚とも話した。チケット価値を落としてまで人をこれだけかき集めるという行為は、よっぽど金にこまった閉園間際のテーマパークがやることだ。
チケットの発行に合わせて食品やパスの値段も吊り上げた。かなり、稼ぎに行っているという印象だ。
そりゃ結構ボロな遊園地だけど、それなりに地元客とやってきたところだったから、儲かってはないにしろ逼迫もしていない筈だ。
それに、おかしなところはまだある。これだけ客から金を吸い取ってもなお、俺たち従業員に還元はしないし、パークの設備にも金を回さない。ジェットコースターなんか見たか? あのレール、いつ外れてもおかしくない。
それであっても、"今の社長"はこちらに金を回さない。組合員のリリーが交渉を検討してくれているらしいが、暖簾に腕押しといったところだ。
……すくなくとも、"先代の社長"だったころは、こんな経営してなかったんだけどな。
この、”天国がモチーフ”とやらのコンセプトも、今の社長に変わってからだ。
それと、社長が変わってからもう一つ変なことができた。このアンダーパスにエレベーターが設けられたことだ。
役員室直行のエレベーターということらしい。でも、専用のカードがないと入れないんだと。
なんでこんなところに作るんだ、と思って様子を見ていたら、社長秘書の"ラブロス"が凄い剣幕で怒鳴ってきた。
「ここはお前のような奴がくるところじゃない」ってさ。まったく、なんだってんだ。
カードは社長か、そのラブロスしか持っていないって話だ。
地下のさらに地下で、男二人何をヨロシクやってんのかね。ああ知りたくない。ファッキン
――
日誌を閉じ、部屋の奥へ。
突き当りに、壁に凭れた遺体。右手には拳銃が握られていて、そしてこめかみから血を流している。
おそらく自決した従業員なのだろう。手元には最期の手記帳。
『ここに辿り着いたヤツがいたら直ぐに逃げた方が良い。
ここには頭のない、デカイ触手が生えた嘘みたいな化け物が居る!
その触手、腕から注射針みたいな針を出してきて、同僚のマーフィーの首をその針で刺しやがった。
すると、マーフィー……あいつらと同じゾンビになっちまった。
俺は、おかしくなったマーフィーを、撃ち殺してしまった。
夢であってほしいよ。でも、ああもういい気が変になりそうだ
……せめて俺は、人間のまま死んでやる』
自決した死体の傍らには、ゾンビ化した従業員の死体もあった。
死んだ従業員の拳銃から、マガジンを抜き取る。腰回りには護身用のナイフもあったので、併せて。
「ごめん……貰ってくね」
――ハンドガンの弾を手に入れた。
――サバイバルナイフを手に入れた。
マガジンから抜いた弾を二人で分ける。さっきのパブリックアーケードで消費した分をいくらか賄う。
ナイフはローズが持っておくことにした。
再び通路へ戻る。
セーフティーエリアへ通ずる道を、息を殺して歩き続ける。
すると、あるところを境に、地下道とは変わった空気が二人を包む。
少し埃っぽい、煙の臭い。口元を覆ってないと咳が出てきそうな澱んだ空気だ。
そして二人は辿り着く。
天井部に大きな穴が開いた、あの場所へ。
グレースがあの化け物に……やられたところ。
拳銃を構え、右、左とクリアリングをするように進んでいく。
しかし、崩壊した天井以外には何もない。精々あるのは……グレースが落としていった拳銃。
エミリーは膝を付いてそれを手に取り。何も言葉を発せられずにいた。
「銃はお姉さんに返してあげよう」ローズがそう言ったので、エミリーはポシェットの中に銃を。
マガジンは抜いて、チャンバーも空に。
――ハンドガン(ワルサー・PPK/S)を入手した。
そのまま奥へと続いて進む。
すると、通路から抜け出したようで、半ドーム状の少し開けた空間が二人を迎え入れる。
壁沿いにはいくつもの通路口。おそらく、通路が交差するスクランブルエリアなのだろう。
その空間の西側の隅、誰かが横たわっている。
女の人――そして、土と煙に汚れた金髪。
「グレース!」
エミリーは一目散に彼女の下へ。横たわるグレースを抱きかかえる。しかし彼女、意識がなく目を開かない。
「死んでない……よね?」
ローズがそういうと、エミリーはグレースの顎を少し上に向け、両指で脈をとる。
「大丈夫、動いてる」
「……そっか」
ローズはある種の緊張が解けたように、グレースの傍らに腰を落とす……が、そこで見つけてしまう。
「ちょっとまって、何、これ」
グレースの、鎖骨部分、薄暗くて最初は見えなかったが、何かを刺されたような、まるで大きな注射痕。
傷口のまわりが黄色く縁取られ、そこから放射状に赤い血管が浮き彫りになっている。
二人は顔を見合わせる。
お互いが狼狽している。
「どうしよう、これ……」
「どうするって……」
流石のローズも首筋を掻くことしかできない。
モニターで見たあの化け物。そして、手記帳にあった、あの言葉。
――その触手、腕から注射針みたいな針を出してきて、同僚のマーフィーの首をその針で刺しやがった。
すると、マーフィー……あいつらと同じゾンビになっちまった。
「ヤバい……ね」
すると、ズっ、ズッと東の方に通じる通路口から、何かの足音が聞こえてくる。
その音、ゾンビたちとは違い静謐で品性のようなものを感じる一方で、人間のような、温かみというものが一切ない。
足音だけで察する。あれも、BOWの類だと。
薄暗い蛍光灯の下に晒されるその全貌。
頭は半分しかなく、両腕もない。代わりにあるのは、背中から生えた二本の触手。
――クリーチャー・
「よくも、グレースを……!」
「だめ、相手をよく見なきゃ」
銃を構えるエミリーを宥める。
急所が分からない今、無計画に狙えば弾の消費になる。
だが、悠長に構える時間もない。
化け物は、叫んだり走ったりすることは無い。
ただ、その触手たちを振りながら、正確に獲物を狙っている。
そして触手が一本、二人を目掛けて飛んでくる。
「避けて!」
ローズは前転、エミリーは飛び込みで緊急回避。
ここで戦えば、気を失っているグレースに被害が及ぶ。なので、避けた拍子に敵の背後にまわりこみ、中央から東側をフィールドにする。
続いて、また触手。
ローズがショットガンで迎え撃つ。散弾を浴びた触手が怯むが、母体にはあまり効果が感じられない。
もう一度、今度は逆側の触手。
それもショットガンで迎える。その時、散弾した弾の一部が、化け物の胸元の目に被弾。
ガクっと一瞬、化け物が痙攣をおこしたような挙動を見せる。
「あの目?」
ローズが呟いたと同時に、エミリーも拳銃を。
まだまだ下手な鉄砲だが、その内の一発が目に。
9mmの鉛を真正面から受けた目、今度はより大きく動きを止める。
「なるほどね、サービスいいじゃん」
ローズは照準を胸に合わせ、もう一度散弾を浴びせる。
化け物が一歩後退。
「畳みかけるよ!」
ポンプを捻ってショットシェルを排莢した時。
化け物も、そのままとさせる訳にはいくまいと、その触手を薙ぎ払うように大きく横降り。
「伏せて!」
しかし、化け物の素早い動きには対応しきれない。腕でガードしようにも力及ばず、二人は突き飛ばされたような衝撃に、壁に背中を打ち付けてしまう。
「い……ったぁ……エミリー!」
「大丈夫!……痛いけど」
壁に凭れてしまった二人を、その触手は見逃さず、二人をがっちりとホールド。そのまま空中に持ち上げてしまう。
「放してよ!」
身を捩って抵抗するが、化け物の力の前、少女たちの抵抗は無力に等しい。
すると、触手の腕部分から、尖った黄色い針のようなものが姿を現す。
これが何を意味するか、二人は直ぐに分かった。これをグレースは喰らったのだ。
「マズイ! 何とかしないと……」
しかし化け物の触手に巻かれ、武器が取り出せない。直ぐにアクセスできるのは、せいぜい、先ほど拾ったサバイバルナイフ。
ローズはそのナイフで触手の指の付け根にあたるところを突き刺す。一回じゃだめなので、何度も何度も。
触手の握力が緩んでくるのが体感で感じ取れる。もう一押し、ナイフを押し込んだところで、ローズは解放。
しかしエミリーがまだ捕まったまま。なのでローズは、そのナイフを持って化け物の懐に飛び込み、目を思いっきり突き刺した。
流石にナイフ。化け物は体液をまき散らしながら大きく仰け反る。
触手がエミリーを解放。
「長引かせないよ!」
ローズはショットガンを持ってもう一度目を狙おうとした。
だが、化け物はもう一度ローズを捕縛。
奴の胸の目が、赤く濁り始めている。もう余力はなさそうだ。
だがつまりは、それだけこちらを殺しに来る殺意が強まっているということでもある。
ローズを捕縛した触手、もう片方の触手の爪が、にゅっと伸びてきている。
次は感染じゃない、殺害だ。あんな鋭い爪で行かれたら、首が綺麗に飛んでいくだろう。
もうナイフはない。脱出する術もない。
「――ローズ! 目を閉じて!」
エミリーの声。ローズは考える間もなく、目を閉じる。
その瞬間、炸裂する光と音。
エミリーが閃光手榴弾を使用したのだ。
化け物は目を大きく開いていた。そこに、大量の光。
当然、化け物は大きく怯む。ローズを縛っていた触手も解放。
ローズが落ちた先、化け物の胸元の目の前。
ローズはショットガンの銃口を、目に突き刺して。
「くたばれ! 化け物!」
ショットガンの散弾全てが、化け物の目に被弾。
胸元の目は、角膜を破り、そして胸から茶色の体液をドバドバと流しながら、化け物は仰向けに倒れた。
「死んだの?」
「多分」
ローズはポンプを引く。もう弾は残っていない。
ショットガンを背中に担いで、エミリーと一緒にグレースのもとへ向かおうとした――時。
倒れた筈の化け物の触手が、こちらに伸びてくる。
完全に油断した二人、気付いた時には、触手が目の前に。
「ひっ!」
目を閉じるエミリー……しかし、待てども触手は襲ってこない。
ゆっくりを目を開く。そこには、白い光に抑圧され、動きを止めた触手。しばらくすると、その触手は今度こそ力尽きたようで、その場に崩れ落ちる。
今の光はなんだったのか、ゆっくり視線をローズに移すと、彼女は手を白く光らせ、鏡が割れたような白いヒビを顔全体に走らせていた。
「ローズ……?」
「……まって。違うの、これは……」