ヤンデレ彼女を曇らせるために仲間を全員売ってTS悪堕ちしてみた 作:なほやん
「なんで、あんなことをした!」
リタの声に、広場の歓声が、しん、と止んだ。
答えられるわけがない。君の曇る顔が見たかったから、だなんて。
私は、自分の頬が歪んでいくのを止めることはできなかった。
「お前は天使なんかじゃない! 悪魔だ!」
リタの悲痛な叫びが、広場を貫いた。
群衆がざわめく。花を捧げようとしていた老婆の手が止まり、跪いていた兵士たちの顔が強張る。
「光の天使様になんてことを……!」
「衛兵! 不敬者を取り押さえろ!」
石が飛んだ。
花を捧げていた老婆の手が、敷石の欠片を握っていた。リタの肩に当たり、よろめいた体に二つ目、三つ目が続く。
「穢らわしい! 光の天使様の御前から消えろ!」
だが、リタは退かなかった。
片目を失い、全身に傷を刻んだ体を震わせながら、こちらを睨んでいる。かつて陽に透けると赤みを帯びた焦げ茶の髪が、今は血と泥にまみれて額に張りついていた。
その目だけが、この広場で唯一、正気だった。
——ああ。リタ。君だけが正しいよ。
だからこそ、たまらない。
私は慈悲深い顔の裏側で、体の芯が疼くのを感じていた。
光の天使。
この国の民はそう呼ぶ。白い翼を讃え、花を手向け、祈りを捧げる。
だがこの広場の誰一人として知らない。私がこの姿を得るために、何を差し出したか。
誰を。何人。どんな悲鳴の上に。
それを知っているのはもう、リタだけだ。
私が親友と呼んだ女。
私が最も信頼した剣士。
私が生贄に捧げた仲間の、最後の生き残り。
兵士たちがリタを取り囲む。
槍の穂先が喉元に突きつけられても、リタの目は私から逸れない。
「……団長」
リタが、私のかつての名を呼んだ。
この姿になる前の、男だった頃の名を。
民衆には聞こえなかっただろう。
だが私の耳には、広場中の歓声よりも、はっきりと届いた。
「お前が何をしたか、あたしは忘れない。絶対に」
私は微笑んだ。
光の天使として、慈悲深い微笑みを。
「この方をお放しなさい」
声を出すと、自分でも驚くほど澄んでいた。
「怪我をしているわ。手当てを」
群衆がどよめく。
不敬者を赦す天使。慈悲深い。やはり聖なる御方だ。
歓声がさらに膨れ上がる。
私はリタに歩み寄った。兵士たちが道を開ける。
白い指で、リタの肩の石傷に触れた。民衆から見れば、天使が不敬者の傷を癒そうとしている。美しい光景だ。
耳元に唇を寄せた。
「ごめんね」
リタの体が、一瞬だけ硬直した。
立ち上がった。微笑みは完璧だった。
殴られるより、斬られるより、この赦しが一番こたえる。真実を叫んでも誰にも信じてもらえない。赦されるたびに、リタだけが狂人になる。
——ああ、素晴らしい。
兵士が女の腕を掴んだ。だが女は振り払った。片目で、傷だらけの体で、三人を。
群衆を掻き分けて走り出した。
走り去る背中を見送りながら、ふと、風に乗って花びらが頬に触れた。
白い花弁。
甘い香りが、過去の記憶を呼び覚ます。
エダの薬草。ミラの椿油。フィーネの焼き菓子。ノエルの革と金属。
私は微笑みを崩さないまま、手を振った。
† † †
鏡が、月明かりに白く浮かんでいた。
白い肌。細い首筋。鎖骨から胸元にかけての、なだらかな曲線。
腰のくびれ。太腿の柔らかな影。
背中から伸びた翼が、月明かりを受けて淡く光っている。
羽の一枚一枚が、呼吸に合わせてかすかに揺れた。自分の意志では畳めない。四人の未練が羽の一枚一枚に織り込まれて、この翼を閉じることを許さない。
息が浅くなっていた。鏡の中の体が呼吸するたびに、鎖骨の影が揺れる。目が離せない。
仲間の悲鳴と、親友の血と、裏切りの対価で編まれた肉体。
指先で鎖骨をなぞった。エダの冷たい指が縫ってくれた、あの鎖骨の上。
胸の曲線に触れた。ミラの革帯が締めていた場所。
触れた場所から、甘い痺れが広がる。この体は——殺した仲間の数だけ、甘く応えるようにできている。
罪の熱だとわかっている。快感だとも、わかっている。
どちらがどちらか、もう区別がつかない。
鏡の中の私が、泣いていた。
泣きながら、頬を紅く染めていた。
——窓の割れる音がした。
月明かりの中に、影が立っている。
リタだった。
片目で、傷だらけの体で、大聖堂の塔を登って。
手に剣を握っている。安物の剣。あの日折れた愛剣の代わりの、何の変哲もない剣。
切っ先が、私の喉元に突きつけられた。
「今度はあたしが、団長を殺す」
声は静かだった。
私は裸のまま、動かなかった。
翼が月明かりに光っている。リタの片目に、その光が映っている。
——ああ。その顔だ。
胸の穴が、疼いた。
「殺せるの? 私を」
一歩踏み出した。切っ先が喉に食い込む。浅い傷。白い首筋に赤い珠が浮いた。
だがリタの手が止まった。押せない。あと一寸で殺せるのに。
リタの剣が、震えた。
声が掠れていた。
「その体を、みんなの命で——」
言葉が途切れた。リタの片目が、月明かりの中の私の体を見ていた。
翼が揺れた。白い光がリタの顔と剣だけを照らした。
リタの顔が、歪む。
殺意と愛情と絶望と歓びが、同じ片目の中で渦を巻いている。
リタの剣に、頬擦りをする。
白い指で頬に触れた。赤い筋。
リタの目の前で、舌先に載せた。
「——甘い」
リタの顔から、色が消えた。
仲間の悲鳴で編まれた体は、血まで甘かった。
この女の目の前で、それを味わっている自分の顔が——きっと今まで見せたどの微笑みよりも幸福に見えただろう。
その目から、涙が一粒落ちた。
殺せない。
リタは私を殺せない。わかっている。
「大丈夫ですか! 光の天使様!」
「剣を下ろせ! 侵入者!」
ガチャガチャと下品な音を立てて、衛兵が雪崩れ込んでくる。
ああ、二人きりのこの瞬間を邪魔して欲しくないのに。
リタは窓枠に足をかけ、振り返らずに言った。
「あんたが何の姿をしてても——あたしは忘れないから」
月明かりの中に消えた。
唇の端に残る鉄の味を、舌がもう一度、探している。
壁にかけた布が、風に揺れた。
焦げた、ハイレム団の旗。あの夜、唯一焼け残ったもの。
あの頃。
私はまだ男で、まだ人間で、まだ仲間がいた。
全部、覚えている。
あの子たちがどんな顔で笑って、どんな顔で泣いて、どんな顔で——呑み込まれていったか。
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