ヤンデレ彼女を曇らせるために仲間を全員売ってTS悪堕ちしてみた   作:なほやん

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第1話 『裸を見られたまま、動けなかった』

「なんで、あんなことをした!」

 

 リタの声に、広場の歓声が、しん、と止んだ。

 答えられるわけがない。君の曇る顔が見たかったから、だなんて。

 

 私は、自分の頬が歪んでいくのを止めることはできなかった。

 

「お前は天使なんかじゃない! 悪魔だ!」

 

 リタの悲痛な叫びが、広場を貫いた。

 群衆がざわめく。花を捧げようとしていた老婆の手が止まり、跪いていた兵士たちの顔が強張る。

 

「光の天使様になんてことを……!」

「衛兵! 不敬者を取り押さえろ!」

 

 石が飛んだ。

 花を捧げていた老婆の手が、敷石の欠片を握っていた。リタの肩に当たり、よろめいた体に二つ目、三つ目が続く。

 

「穢らわしい! 光の天使様の御前から消えろ!」

 

 だが、リタは退かなかった。

 片目を失い、全身に傷を刻んだ体を震わせながら、こちらを睨んでいる。かつて陽に透けると赤みを帯びた焦げ茶の髪が、今は血と泥にまみれて額に張りついていた。

 その目だけが、この広場で唯一、正気だった。

 

 ——ああ。リタ。君だけが正しいよ。

 

 だからこそ、たまらない。

 

 私は慈悲深い顔の裏側で、体の芯が疼くのを感じていた。

 

 光の天使。

 この国の民はそう呼ぶ。白い翼を讃え、花を手向け、祈りを捧げる。

 

 だがこの広場の誰一人として知らない。私がこの姿を得るために、何を差し出したか。

 誰を。何人。どんな悲鳴の上に。

 

 それを知っているのはもう、リタだけだ。

 

 私が親友と呼んだ女。

 私が最も信頼した剣士。

 私が生贄に捧げた仲間の、最後の生き残り。

 

 兵士たちがリタを取り囲む。

 槍の穂先が喉元に突きつけられても、リタの目は私から逸れない。

 

「……団長」

 

 リタが、私のかつての名を呼んだ。

 この姿になる前の、男だった頃の名を。

 

 民衆には聞こえなかっただろう。

 だが私の耳には、広場中の歓声よりも、はっきりと届いた。

 

「お前が何をしたか、あたしは忘れない。絶対に」

 

 私は微笑んだ。

 光の天使として、慈悲深い微笑みを。

 

「この方をお放しなさい」

 

 声を出すと、自分でも驚くほど澄んでいた。

 

「怪我をしているわ。手当てを」

 

 群衆がどよめく。

 不敬者を赦す天使。慈悲深い。やはり聖なる御方だ。

 歓声がさらに膨れ上がる。

 

 私はリタに歩み寄った。兵士たちが道を開ける。

 白い指で、リタの肩の石傷に触れた。民衆から見れば、天使が不敬者の傷を癒そうとしている。美しい光景だ。

 耳元に唇を寄せた。

 

「ごめんね」

 

 リタの体が、一瞬だけ硬直した。

 

 立ち上がった。微笑みは完璧だった。

 殴られるより、斬られるより、この赦しが一番こたえる。真実を叫んでも誰にも信じてもらえない。赦されるたびに、リタだけが狂人になる。

 

 ——ああ、素晴らしい。

 

 兵士が女の腕を掴んだ。だが女は振り払った。片目で、傷だらけの体で、三人を。

 群衆を掻き分けて走り出した。

 

 走り去る背中を見送りながら、ふと、風に乗って花びらが頬に触れた。

 白い花弁。

 

 甘い香りが、過去の記憶を呼び覚ます。

 エダの薬草。ミラの椿油。フィーネの焼き菓子。ノエルの革と金属。

 

 私は微笑みを崩さないまま、手を振った。

 

  †  †  †

 

 鏡が、月明かりに白く浮かんでいた。

 

 白い肌。細い首筋。鎖骨から胸元にかけての、なだらかな曲線。

 腰のくびれ。太腿の柔らかな影。

 背中から伸びた翼が、月明かりを受けて淡く光っている。

 羽の一枚一枚が、呼吸に合わせてかすかに揺れた。自分の意志では畳めない。四人の未練が羽の一枚一枚に織り込まれて、この翼を閉じることを許さない。

 

 息が浅くなっていた。鏡の中の体が呼吸するたびに、鎖骨の影が揺れる。目が離せない。

 仲間の悲鳴と、親友の血と、裏切りの対価で編まれた肉体。

 

 指先で鎖骨をなぞった。エダの冷たい指が縫ってくれた、あの鎖骨の上。

 胸の曲線に触れた。ミラの革帯が締めていた場所。

 触れた場所から、甘い痺れが広がる。この体は——殺した仲間の数だけ、甘く応えるようにできている。

 

 罪の熱だとわかっている。快感だとも、わかっている。

 どちらがどちらか、もう区別がつかない。

 

 鏡の中の私が、泣いていた。

 泣きながら、頬を紅く染めていた。

 

 ——窓の割れる音がした。

 

 月明かりの中に、影が立っている。

 

 リタだった。

 

 片目で、傷だらけの体で、大聖堂の塔を登って。

 手に剣を握っている。安物の剣。あの日折れた愛剣の代わりの、何の変哲もない剣。

 

 切っ先が、私の喉元に突きつけられた。

 

「今度はあたしが、団長を殺す」

 

 声は静かだった。

 

 私は裸のまま、動かなかった。

 翼が月明かりに光っている。リタの片目に、その光が映っている。

 

 ——ああ。その顔だ。

 

 胸の穴が、疼いた。

 

「殺せるの? 私を」

 

 一歩踏み出した。切っ先が喉に食い込む。浅い傷。白い首筋に赤い珠が浮いた。

 だがリタの手が止まった。押せない。あと一寸で殺せるのに。

 

 リタの剣が、震えた。

 声が掠れていた。

 

「その体を、みんなの命で——」

 

 言葉が途切れた。リタの片目が、月明かりの中の私の体を見ていた。

 翼が揺れた。白い光がリタの顔と剣だけを照らした。

 

 リタの顔が、歪む。

 殺意と愛情と絶望と歓びが、同じ片目の中で渦を巻いている。

 

 リタの剣に、頬擦りをする。

 白い指で頬に触れた。赤い筋。

 リタの目の前で、舌先に載せた。

 

「——甘い」

 

 リタの顔から、色が消えた。

 仲間の悲鳴で編まれた体は、血まで甘かった。

 この女の目の前で、それを味わっている自分の顔が——きっと今まで見せたどの微笑みよりも幸福に見えただろう。

 

 その目から、涙が一粒落ちた。

 

 殺せない。

 リタは私を殺せない。わかっている。

 

「大丈夫ですか! 光の天使様!」

「剣を下ろせ! 侵入者!」

 

 ガチャガチャと下品な音を立てて、衛兵が雪崩れ込んでくる。

 

 ああ、二人きりのこの瞬間を邪魔して欲しくないのに。

 

 リタは窓枠に足をかけ、振り返らずに言った。

 

「あんたが何の姿をしてても——あたしは忘れないから」

 

 月明かりの中に消えた。

 唇の端に残る鉄の味を、舌がもう一度、探している。

 

 壁にかけた布が、風に揺れた。

 焦げた、ハイレム団の旗。あの夜、唯一焼け残ったもの。

 

 あの頃。

 私はまだ男で、まだ人間で、まだ仲間がいた。

 

 全部、覚えている。

 あの子たちがどんな顔で笑って、どんな顔で泣いて、どんな顔で——呑み込まれていったか。

 





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