ヤンデレ彼女を曇らせるために仲間を全員売ってTS悪堕ちしてみた   作:なほやん

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第10話 『永遠に、満たしてやる』

 

 ノエルを埋めてから、一週間。

 

 北の山間の村で、小さな宿を借りた。

 体を休めた——休めたと言っていいのかは、わからない。

 

 ミラは片腕で剣を振り続けていた。左腕があった頃と同じ回数を、右腕だけでこなそうとしている。中庭に立つ影が毎晩少しずつ痩せていくのが見えた。時々、振る手を止めて夜空を見上げている。ノエルが好きだと言った星を、ミラも見るようになっていた。

 

 エダは薬草を調合する手が止まらなかった。ミラの断端に塗る薬。リタの手の傷に塗る薬。フィーネの古傷に塗る薬。自分の肋骨の(ひび)に塗る薬。全部治せるものばかりだった。治せるものだけを、必死に治していた。

 

 フィーネは冗談を言わなくなった。黙って弦を張り、黙って矢を研ぎ、黙って的を射ていた。

 

 リタは——普通だった。

 いつも通り笑い、いつも通り話し、いつも通り俺の隣にいた。ミラが中庭で倒れた時も笑っていた。エダが泣き崩れた時も、鼻歌を歌いながらハイレム団の旗を繕っていた。血と汚れの上から白い糸で縫い跡を重ねて、「団長の旗、綺麗にしておいたよ」と笑って差し出した。汚れは消えていない。白い糸が赤と黒の上に浮いているだけだった。「ねえ団長、明日の朝ごはん何がいい?」と、ノエルが死んだ翌日と同じ声で聞いてきた。

 

 それが一番怖かった。

 

 ある夜、フィーネが俺のところに来た。

 

「団長。リタが一番怖い。あの子だけ、普通じゃん。ミラが倒れても笑ってた。——あれ、普通じゃないよ」

 

 リタが壊れかけている。

 ——それを見て、喉の奥が潤う自分がいる。

 

「……そろそろ、次の依頼を受けないとな」

 

 翌朝、食卓でそう言うと、三人が頷いた。リタだけが箸を止めた。

 

「あたしたち、まだやれると思う?」

「やれる」

 

 リタが俺を見た。いつもの笑顔だった。だがその下にある目に——諦めがあった。

 

「……うん。団長がそう言うなら、やれるよ」

 

  †  †  †

 

 依頼を受けた。

 山の向こうの村で、魔獣の被害が出ているという。小規模な群れ。俺を除く四人でも対処できる相手だ。

 

 山道を歩きながら、リタが隣に並んだ。

 

「ねえ団長」

「ん」

「あたしさ。ずっと聞きたかったことがある」

「なんだ」

「団長は——あたしたちのこと、どう思ってる?」

「どうって」

「仲間、でしょ。わかってる。でも——それだけ?」

 

 リタの声は軽かった。

 だが指が自分のマントの裾を握り込んでいた。関節が白くなるほど。

 

「あたしたちは全員、団長が好きだよ。知ってるでしょ」

「……」

「知ってて、知らないふりしてるでしょ」

 

 返事をしなかった。

 

「別にいいよ。今さら答えなんて求めてない。ただ——」

 

 リタが立ち止まった。

 

「一つだけ約束して。あたしたちを置いていかないで」

「……置いていかない」

「嘘つき」

 

 リタが笑った。

 

「団長の嘘、あたし全部わかるんだよ。三年も一緒にいるんだから」

 

 少し間があった。

 

「でも——団長の嘘なら、あたし、騙されてあげてもいいよ」

 

 それでもリタは歩き出した。先頭に立って、安物の剣を腰に差して。

 

 リタの声が震えるたびに、杯が脈打った。同じリズムだった。

 

  †  †  †

 

 魔獣の群れは、予想より多かった。

 

 だが四人で凌いだ。

 リタが前に立ち、ミラが片腕で脇を固め、フィーネが後方から射抜き、エダが治癒と防壁を回した。

 

 俺は——後ろにいた。

 ミラが言った通りに。ノエルが言った通りに。後ろに。

 

 戦闘が終わった時、全員が地面に座り込んだ。

 満身創痍だった。リタの頬が切れている。ミラの片腕が震えている。フィーネの弦が切れた。エダの魔力が尽きかけている。

 

 だが、生きている。

 

「——やれるじゃん。あたしたち」

 

 リタが笑った。血まみれの顔で。

 

  †  †  †

 

 その夜。

 

 山中の野営地で、全員が眠った後。

 

 俺は一人、焚き火の前に座っていた。

 

 杯を手のひらに乗せた。

 

 赤い光が灯った。今までとは違う。光が杯の表面を覆い、紋様が浮かび上がった。あの円形の紋様。

 

 影が現れた。

 

 焚き火の向こう側に、何かが座っていた。人の形をしていた。だが人ではなかった。輪郭が揺らいでいる。顔がない。だが笑っているのがわかる。

 

「——来たか」

 

 声が聞こえた。低く、深く、焚き火の爆ぜる音の下を這うような声。

 

「よく耐えた。だがもう限界だろう。お前も。お前の仲間も」

「……何者だ」

冥座(めいざ)だ」

「冥座?」

「世界の裏側に座し、天使を待つ者。——ずっと、待っていた」

 

 焚き火が揺れた。

 

「杯を渡した。何人にも。何人にも。——皆、飲まれた。穴が浅い。浅い。鏡の中で、まだ泣いている」

「……」

「お前は——深い。深い。ようやく見つけた。杯を飲み込む穴を。お前が杯を飲む。杯がお前を飲むのではない。——ずっと、探していた」

 

 声が変わった。一瞬だけ、ノエルの声に聞こえた。——「団長の前に立てます」。空耳だ。空耳のはずだ。

 

「こいつらの愛では埋まらない。それはお前が一番よく知っている。こいつらを食べて初めて——お前は、お前になれる」

「何のために」

「私もかつて、穴を持っていた。世界の裏側に落ちてなお、埋まらなかった。——だから天使を作る。穴のない存在を。完成した翼を見届ければ、私の穴も閉じる」

 

 冥座の声が、一瞬だけ震えた。嘘か本当か、わからなかった。

 

「……皆と言ったな。その『皆』の中に——お前の仲間もいたのか」

 

 沈黙が降りた。焚き火の炎が、影の輪郭を揺らしていた。

 

「——いた。一人だけ」

 

 声が変わっていた。低く這うような声ではなく——もっと薄い、擦り切れた声。人間の喉が出す声だった。

 

「名前は覚えていない。顔も。ただ——あいつの匂いだけが、まだ消えない。焚き火の煙に似ていた」

 

 一瞬だけ——冥座の影の輪郭が、人間の形に見えた。すぐに揺らいで、元の不定形に戻った。

 

「お前の穴は生まれた時からある。私が作ったものではない。私はただ、それを見つけただけだ」

「……」

「お前ならば——なれる。新しい体。新しい力。新しい存在。お前はもう人間ではなくなる。だが——渇くことは、二度とない」

 

 永遠に、満たされる。

 

 その言葉が胸に落ちた時、懐の杯が震えた。

 

「代償は」

「知っているだろう」

 

 知っていた。

 

「最も大切なものを捧げよ。お前の仲間。お前の絆。お前が持つ全ての温かいもの。それを炉にくべろ。天使の翼の代価としては——安いものだ」

「今すぐではない。儀式には月が要る。次の新月の夜に、杯を握れ。それだけでいい」

「断ったら」

「断れるか?」

 

 冥座の影が笑った。

 

「お前はもう三ヶ月、杯を手放していない。投げ捨てる機会は何度もあった。お前は自分で選んで、持ち続けた」

 

 反論できなかった。

 

「新月まで七日ある。考えろ。——だが、答えはもう出ているはずだ」

 

 影が消えた。焚き火がぱちりと爆ぜた。

 

 杯が掌の中で静かに光っていた。俺の体温と、もう区別がつかない。杯を握っているのか、杯に握られているのか——その境目も、消えていた。

 

 四人が眠っている。焚き火の光に照らされた、穏やかな寝顔。

 

 リタが寝返りを打った。唇が小さく動いた。

 耳を寄せた。

 

 ——『だんちょう』

 

 リタは、夢の中でも俺を呼んでいた。

 

 杯を握る手が、一瞬だけ緩んだ。

 

 ミラが壁際で剣を抱いたまま眠っている。片腕を失ってもなお、しなやかな右腕の筋が寝息に合わせて微かに動いている。——あの腕があれば、俺の背中の翼はより力強く羽ばたくだろう。

 エダが丸まって、自分の手を握りしめている。——あの冷たい指。ノエルの傷を縫った指。天使になったら、あの指を真っ先に自分のものにしよう。

 そう思った自分に、吐き気がした。——吐き気の奥に、甘さがあった。

 フィーネが仰向けで口を開けて寝ている。少しだけ、いつものフィーネが戻っていた。閉じた瞼の下の緑の瞳。——あの目があれば、この澱んだ世界の隅々までが美しく見えるはずだ。

 

 七日後の新月。

 

 俺は杯を握るだろうか。

 握らないと、思いたかった。こいつらの寝顔を見ていれば、握るはずがないと。

 

 だが——胸の奥の渇きは、こいつらの寝顔を見ても埋まらない。埋まらないどころか、穏やかに眠る四つの顔を見ていると、懐の杯が歓喜に震えていた。愛しい。守りたい。——そう思うほどに、杯が熱を帯びる。こいつらの命の輝きが、そのまま翼の材料になることを、魂が理解してしまっている。

 

 リタが蹴った毛布をかけ直した。

 焚き火に照らされたリタの顔が柔らかく見えた。昼間の「置いていかないで」の声が、まだ耳の奥に残っている。

 

 置いていかない。

 

 リタの耳元に唇を寄せた。眠っている頬の産毛が、吐息で揺れた。

 

 ——置いていかないよ。お前たちを、俺の一部として、永遠に連れていく。

 

 嘘を吐く口が、もう慣れていた。

 杯と俺の体の区別が、もうつかなくなっていた。

 

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