ヤンデレ彼女を曇らせるために仲間を全員売ってTS悪堕ちしてみた   作:なほやん

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第13話 『なんでこんな綺麗な体してんだよ』

 

 大聖堂に用意された私室に戻ると、鎧が壁にかけてあった。

 

 白い装飾鎧。天使用に仕立てられたもの。背中に翼の通る切れ込みがあり、胸当ては女の体に合わせて湾曲している。

 

 手を伸ばした。

 指が金属の表面に触れた瞬間——記憶が走った。

 

 ミラの革帯。

 入団して間もない頃、胸を締めた日を思い出す。「動くと緩む。きつくする」と言って、無言で私の——あの頃はまだ「俺」だった体の胸板に革帯を巻いた。

 今は、締める意味がある。柔らかい胸がある体だから。

 

 手を離した。指先が震えていた。

 

 術式を一つ唱えた。黒い塊を浄化する際に使う、光の詠唱。

 自分の声が部屋に響いた。——澄んだソプラノ。

 

 エダの旋律だった。

 

 エダは詠唱する時、独特の節回しをつけた。術式の文言に、歌うような抑揚を乗せる癖があった。「母さんがそう教えたの。術式は歌よ。歌えば、魔力が喜ぶの」——あの冷たい指で俺の傷口を塞ぎながら、そう言っていた。

 

 今、私の声がその旋律をなぞっている。エダから教わったわけではない。体が覚えている。

 

 衣を脱いだ。

 翼の付け根に手を回すと——指先に、微かな凹凸を感じた。

 

 刺繍だった。

 

 ノエルの星の柄。あの小さな布切れが、変容の炎で肌に焼きついて残っている。翼の付け根、肩甲骨の内側。指で撫でると、ほんのわずかに温かい。他の肌より、確かに。

 

 太腿に手を滑らせた。

 フィーネが選んでくれたワンピースの記憶。女装した日、鏡の中の「知らない女」に息が止まった日。フィーネが裾を直しながら「ここ、もうちょっと短い方がいいかな」と笑った。あの裾の感触が——この体に残っている。

 

 仲間を殺して得た体に、仲間の記憶が刻まれている。

 

 鎧に触れればミラ。声を出せばエダ。翼の根元にノエル。太腿にフィーネ。

 

 ——そしてそれが、官能を帯びている。

 

 殺した人間の残像で、快感を得ている。

 

 最悪だった。

 最悪だと理解しているのに、指が止まらなかった。もう一度、翼の根元に触れた。ノエルの星が温かい。

 

 ——ごめん。

 

 謝る資格がないことは、わかっている。

 

 † † †

 

 リタが目を覚ましたのは、五日目の朝だった。

 

 大聖堂の医務室。白い天蓋のついた寝台に横たえられたリタの顔色は、まだ土気色だった。片目を覆う包帯。首から腕にかけて走る縫合痕。蝕の夜に左目を自ら潰した傷が、まだ塞がりきっていない。

 

 目が開いた。

 残った右目が、天井を見て、壁を見て——私を見た。

 

「——誰」

 

 かすれた声だった。

 

「誰なの、あんた」

 

 白い翼。長い髪。知らない女の顔。

 リタの目に映っているのは、そういうものだ。

 

「覚えてないか」

 

 声を聞いて、リタの顔が変わった。

 

 声は変わっても、喋り方の癖は変わらない。三年間、毎日聞いた声の主が誰か——体がわかるのだろう。

 

「団長?」

「ああ」

「なんで——女——翼——」

「これが代償だ。あるいは、報酬だ」

 

 リタの顔がゆっくりと歪んだ。

 

 恐怖ではなかった。嫌悪でもなかった。

 理解だった。全てを理解した顔。あの夜何が起きたか、この体が何でできているか、なぜ自分だけが生き残ったか——全部を、一瞬で読み取った顔。

 

「みんなは」

「いない」

「——エダは」

「いない」

「ミラは」

「いない」

「フィーネは」

「いない」

 

 一人ずつ確認した。一人ずつ、リタの目の光が消えていった。

 

「あんたが——やったの」

「ああ」

 

 リタが寝台から立ち上がった。

 傷だらけの体で。点滴の管を引き千切って。裸足が石畳を踏んだ。

 

 私の胸ぐらを掴んだ。

 

「返せ」

 

 声が震えていた。

 

「返せよ。みんなを返せ。エダを返せ。ミラを返せ。フィーネを返せ。ノエルを——」

 

 名前を一つ呼ぶたびに、握る拳に力がこもった。

 天使の衣の白い布が、リタの指の間で皺になる。

 

「返せない」

「なんで——なんでなんでなんで——」

 

 リタが崩れた。

 膝から力が抜けて、私の体にもたれかかった。顔が胸に埋まった。

 

 柔らかかった。

 四人の命で形づくられた胸が、リタの涙を受け止めている。

 

 泣き声が布越しに震えた。嗚咽が肋骨に響いた。

 

 ——長い沈黙の後。

 

「——綺麗」

 

 リタが呟いた。

 泣きながら。私の胸に顔を埋めたまま。

 

「……なんで。こんな——こんな綺麗な体してんだよ」

 

 ——勝った、と思った。

 あんなに私を憎んでいるリタが、この体の美しさに屈服した。万の民衆の祈りより、この一言の方が瘢痕を熱くした。リタの絶望した「綺麗」を、極上の肉を咀嚼するように味わっている自分がいた。

 

「みんなの命で。みんなの体で。こんな——」

 

 リタが身を離した。

 自分の口を押さえた。「綺麗」と言った唇を。

 

 爪が唇を引っ掻いた。

 白い肌に赤い筋が走った。血が滲んだ。それでも止めなかった。「綺麗」と言った自分の口を、罰するように。

 

「——殺す」

 

 血の滲む唇で、リタが言った。

 

「絶対に殺す。あんたがどんな姿になっても。どんな綺麗な顔しても。あたしは——絶対に」

 

 扉が開いた。

 甲冑の音。兵士が三人、駆け込んできた。

 

「光の天使様! ご無事ですか! この者が——」

「大丈夫です」

 

 私は一歩、リタから離れた。

 微笑んだ。光の天使の、慈悲深い微笑みを。

 

「この方は混乱しているだけ。長い眠りから覚めたばかりですから。どうか、お薬を」

「はっ、畏まりました!」

 

 兵士がリタの腕を掴んだ。リタは暴れなかった。

 ただ、連れていかれながら振り返った。

 

 片目で、私を見た。

 

 あの目を——私は知っている。

 「置いていかないで」と言った夜の目。「嘘つき」と笑った日の目。「あたしたち、このままずっとこうしてられると思う?」と聞いた声の、奥にあった目。

 

 † † †

 

 三日後、リタは医務室から消えた。

 窓の鉄格子が内側から外されていた。包帯と点滴の管だけが寝台に残されていた。

 

 兵士が報告に来た。

 

「天使様。あの女が——逃亡いたしました。追手を出しましょうか」

「いいえ。放っておきなさい」

 

 微笑んだ。

 

「傷ついた人を追い詰めるのは、天使のすることではありません」

 

 兵士が感涙した。「なんと慈悲深い御方だ」と呟いた。

 

 ——リタ。

 

 逃げたのではない。潜ったのだ。

 あの女は折れない。砕いても砕いても折れない。「絶対に殺す」と言った言葉を、リタは守る。嘘をつかない女だから。

 

 数週間が過ぎた。

 

 ときどき噂が耳に入る。「天使に刃を向ける女がいる」「片目の女が兵士を三人倒した」「狂人だ。聖なる御方に刃を向けるなど」。

 

 狂人。

 この国で一番正気なのは、あの女だけだ。

 

 リタが地下で何をしているか——推測はつく。

 武器を調達している。仲間を集めている。いや、仲間は集まらないだろう。リタの言葉を信じる人間はいない。光の天使が悪魔だと叫んでも、誰にも届かない。

 だがリタは——一人でもやる。そういう女だ。

 地下の暗闇で兵士を何人倒したか。その度に傷が増えているだろう。あの領主を殺した夜のように、爪の間に黒い汚れが——。

 

 躊躇はあっただろうか。

 地下から広場に出る時、あの石段を見上げた時——一瞬でも、迷っただろうか。

 

 迷ったはずだ。リタは馬鹿だが、馬鹿じゃない。広場で叫んでも誰も味方しないとわかっている。石を投げられるとわかっている。天使に赦されるたびに、自分だけが狂人になるとわかっている。

 ——それでも来た。来るしかなかった。

 

 † † †

 

 祝福の儀式の日だった。月に一度、光の天使が民の前に姿を現す日。

 

 大聖堂の石段の上に立った。

 白い衣が風に揺れる。翼が朝日を受けて光っている。

 

「光の天使様に祝福あれ!」

 

 群衆の中に、裂け目ができた。

 

 焦げ茶の髪が血と泥にまみれている。

 片目。左目があった場所には、赤黒い傷跡。残った右目だけが、まっすぐにこちらを射ている。

 

「お前は天使なんかじゃない! 悪魔だ!」

 

 リタの叫びが広場を貫いた。

 

 怒号が始まった。

 

「衛兵! 不敬者を取り押さえろ!」

 

 石が飛んだ。リタの肩に当たった。二つ目、三つ目が続く。

 リタは退かなかった。

 

 私は石段の上の特等席から、それを眺めていた。

 

 微笑んだ。

 

「この方をお放しなさい」

 

 声を出すと、澄んだ鈴のような音が広場に落ちた。

 

「怪我をしているわ。手当てを」

 

 私はリタに歩み寄った。兵士が道を開ける。

 白い指で、リタの肩の傷に触れた。

 耳元に唇を寄せた。私の肌から立ち上る、エダの薬草の、ミラの椿油の、フィーネの焼き菓子の香りを、リタに押しつけるように。

 

「ごめんね」

 

 リタの体が硬直した。吐き気を堪えるように身を震わせるのが、指先から伝わってきた。——死んだ仲間の匂いがする体に、赦されている。

 

 赦された。

 また赦された。真実を叫んでも誰にも信じてもらえない。天使はそれすら赦す。赦されるたびに、リタだけが狂人になる。

 

 ——知っている。知っていてやっている。

 

 赦せば赦すほど、リタは孤立する。この構造を、私は味わっていた。

 喉が勝手に悦びに満ちた溜息を漏らし、翼が白く輝きを増した。心は空虚なのに、肉体だけが加虐に応えている。

 

 兵士がリタの腕を掴んだ。

 リタは振り払った。片目で、傷だらけの体で、三人の兵士を。

 

 群衆を掻き分けて走り出した。

 

 走り去る背中を見送った。

 三年間、あの背中はいつも俺の前にあった。先頭に立って、安物の剣を振って。

 今は——逃げる背中だ。

 

 リタは必ず来る。

 広場では叫ぶしかできない。だが——夜に、二人きりなら。

 

 † † †

 

 兵士の報告が続いた。

 

「片目の女が再び兵士を襲撃。今度は五人——」

「地下水路で目撃情報。追手の二人が返り討ちに——」

「反乱分子の一団が、地下に——中心にいるのは、片目の女剣士——」

 

 リタが地下で暴れている。

 天使に刃を向ける狂人。不敬者の頭目。

 

 この国の人間は誰一人として知らない。あの「狂人」だけが正気であることを。

 

 壁にかけた布が、夜風に揺れていた。

 焦げた、ハイレム団の旗。あの夜、唯一焼け残ったもの。ノエルの血の赤と、魔獣の汚濁の黒と、変容の炎の焦げ。その層が重なった布の上で、天使の白い指が、今夜来るはずの殺意を待って踊っていた。

 

 翼の付け根に手を当てた。

 ノエルの星の刺繍が、まだ温かい。

 

 リタが地下で刃を研いでいる。

 私が空で翼を広げている。

 

 この距離が、ちょうどいい。

 近すぎず、遠すぎず。殺しに来る距離。殺されに待つ距離。

 

 ——ああ。これが、天使の暮らしだ。

 

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