ヤンデレ彼女を曇らせるために仲間を全員売ってTS悪堕ちしてみた 作:なほやん
「よくぞ我が街を救ってくれた、ハーレム団よ!」
領主が高らかに叫んだ瞬間、隣のリタが口元を手で押さえた。
肩が震えている。笑いを堪えているのが丸わかりだった。
「……ハイレム団です」
俺は、もう何百回目かわからない訂正をした。
「ハーレム団万歳!」
民衆の歓声が、俺の訂正を完全に呑み込んだ。
リタがとうとう吹き出した。
その後ろで、エダが「まあまあ」と苦笑し、ミラが冷めた顔で髪を払い、フィーネが「ハーレムでもいいと思うけど?」と首を傾げ、ノエルが無言で俺の肩を叩いた。
男一人に女五人。
そう呼ばれるのも、まあ、無理はない。
「……次の街では、最初に団名を紙で渡す」
「無駄だと思うよ、団長」
リタが涙を拭きながら言った。
宴が始まった。
領主の館の大広間に、肉と酒と笑い声が溢れている。街を喰っていた魔獣の群れを三日がかりで殲滅した。その褒賞だった。
杯が二巡目に入った頃、リタが酔いの勢いで言い出した。
「ねえねえ。みんなで団長の好きなとこ言おうよ」
「は?」
「あたしから。団長の好きなとこは——ばかなとこ」
「褒めてるのかそれは」
「褒めてるの。次、フィーネ」
「えー? 優しいくせに自覚がないとこ、かな」
「自覚はある」
「ないよ。ね、エダ」
エダが杯を置いた。少し赤い顔で、目を逸らしながら。
「……怪我しても、文句言わないとこ」
「それ好きなとことは違くないか」
「好きなとこです」
小さな声だった。聞き返せなかった。
ミラが壁から声だけ飛ばした。
「折れないところだ」
それだけ言って、また剣の手入れに戻った。油を塗る腕が太い。手甲から肘にかけて走る筋が、一本一本はっきり見える。——俺があの腕を持ったら、持て余すだろうな。そう思ったことに、違和感はなかった。
ノエルが最後だった。全員がノエルを見た。
長い沈黙があった。
「……前に、立たせてくれるところ」
意味がわかったのは、たぶん俺だけだった。
ノエルを一番死に近い場所に立たせているのは俺だ。それを「信頼」と呼んで笑う女を、俺は——訂正しなかった。
「——で、団長は? あたしたちの好きなとこ、言ってよ」
リタが身を乗り出した。
「……全員、強いところだ」
「つまんない答え。もっとこう、個別に言ってよ」
言えなかった。
強いとは思う。大事だとも思う。五人の目が温かいことも、わかっている。
だが——その温度が、胸の奥まで届かなかった。ガラス越しに焚き火を見ているような。熱があるのに、こちら側が温まらない。
† † †
「お風呂空いたよ。リタ、もう上がったから」
エダが薬草を擂りながら言った。
あの宴から数日後。依頼のない休日だった。午前中ノエルの盾術の相手をして、全身が軋んでいる。
「そうするか」
浴場に向かった。
脱衣所で服を脱ぎ、扉を開けた。
湯気が顔を包んだ。
白い靄の向こうに、浴槽の輪郭が見える。
——誰かいる。
湯気が晴れた。
リタが、湯の中に立っていた。
背中を向けている。長い髪が濡れて背に張りつき、腰の辺りまで流れている。湯気の向こうに、肩から腰にかけての線が——
「…………」
俺は石になった。
リタが振り返った。
三秒あった。
体の前面が全部見える三秒間が、確実にあった。
鎖骨。胸。腹。腰骨。水面の揺れ。
全部見えた。三秒で、全部。
——なのに。
興奮しなかった。
男として見ているはずだった。男の体で、女の裸を見ている。なのに血が昇らない。欲が、湧かない。
代わりに、別の何かが腹の底から這い上がってきた。
——あの肩のラインになりたい。
——あの腰の曲線がほしい。
——濡れた髪が背に張りつくあの感触を、自分の肌で知りたい。
意味がわからなかった。何を考えているのか、自分でもわからなかった。ただ三秒間、リタの体を見て、俺の中に湧いたのは欲情ではなく——名前のつかない何かだった。
「————ッ!!」
石の洗い桶が顔面に直撃した。
「出てけええええ!!」
「エダが上がったって——」
「上がってないし馬鹿!!」
二発目の桶が肩に当たった。
俺は鼻血を押さえながら脱衣所に転がり出た。
扉の向こうから、ばしゃばしゃと水音がする。
そのあと、小さく。
「……全部、見たでしょ」
「見てない」
「嘘つき。三秒は見てた」
正確だった。否定できない。
「……見てないことにする」
「……ばか」
それきり黙った。
俺は脱衣所の壁に背を預けて座り込んだ。鼻血が止まらない。
——おかしい。あの三秒間のことが頭から消えない。だが思い出すのはリタの裸じゃない。あの輪郭だ。自分の体にないものの形。
足音が近づいてきた。
「団長。鼻血出てますよ」
ノエルだった。タオルを差し出してくれている。
「……見てたのか」
「最初から」
「止めろよ」
「止める理由がありません。団長が悪いので」
そこにミラが通りかかった。俺を見下ろし、鼻血を見て、浴場の扉を見て、全てを察した。
「……最低だな」
「事故だ」
「最低な事故だな」
入れ替わりにフィーネが買い出しから帰ってきた。俺の状態を見て、にっこり笑った。
「あら。リタの裸を見たんでしょう」
「当てにくるな」
「いいなあ。団長だけずるい」
エダが奥から顔を出した。
「あれ、団長。お風呂入ったんじゃ——」
「……エダ」
「はい」
「上がったって言ったよな」
「……ごめんなさい。リタがまだ中にいるの、知ってて言いました」
「は?」
「だって、団長とリタ、最近ぜんぜん話さないから。……きっかけになるかなって」
「きっかけの方向が間違ってるだろ!」
夕食は、気まずかった。
リタが俺と目を合わせない。俺もリタを見れない。
それを他の四人がニヤニヤしながら見ている。
「団長。塩取って」
リタに塩を渡した。指先が触れた。
リタの手が弾かれたように引っ込んだ。顔が、耳まで赤い。
無言で塩を振っている。肉に。尋常じゃない量の塩を。
「リタ、それ塩かけすぎ——」
「うるさい!」
肉を口に放り込んで、涙目になっていた。しょっぱいのだろう。
——その顔を見た瞬間、みぞおちの奥が脈打った。一瞬だった。何の感情かも掴めないまま、消えた。
ノエルが黙ってリタの皿に自分の肉を移した。ミラが呆れた顔をしている。フィーネが楽しそうに笑っている。エダが申し訳なさそうに縮こまっている。
——馬鹿みたいな夕食だった。
† † †
宿の廊下で、リタと鉢合わせた。
食後、部屋に戻ろうとした角で。
リタも同じ方向から来ていた。逃げ場がなかった。
二人とも足が止まった。
窓の外から月明かりが差している。リタの焦げ茶の髪が、淡く光っていた。
「……さっきはごめん」
「団長が謝ることじゃないでしょ。エダが悪い」
「まあ、そうだけど」
「……でも三秒はやりすぎ」
「俺だって固まってたんだよ」
「それが問題だっつってんの」
リタが壁にもたれた。月明かりの中で、その横顔が少し翳っていた。
「ねえ団長」
「ん」
「あたし——いつまで団長の隣にいられるかな」
笑っていなかった。
さっきまでの気まずさとは違う、もっと深い場所から出てきた声だった。
「……何言ってんだ、急に」
「わかんない。なんとなく」
俺は答えられなかった。
いつまでも、とも、わからない、とも言えなかった。
「——おやすみ、団長」
リタが背を向けた。廊下の闇に消えていく。
部屋に入って、寝台に倒れ込んだ。
壁にハイレム団の旗がかかっている。青と白の、まだ綺麗な旗。
天井の染みを見ている。宴の歓声が耳の奥に残っている。五人の杯の音。好きなところを言い合う声。塩まみれの肉。リタの赤い耳。
全部温かかった。確かに温かかった。
右手を胸に当てた。肋骨の下、みぞおちの辺り。
すうすうする。夜風が入り込んでいるわけでもないのに、胸の底だけが妙に涼しい。胃のあたりに薄い氷が張っているような感覚。痛みではない。ただ——温まらない。
あの歓声も、杯の音も、五人の笑顔も。リタの「ばか」も。
全部が肌の上を流れて、体の中に入ってこなかった。
——俺は何がほしいんだろう。
目を閉じた。
瞼の裏に、三秒間の映像が蘇る。リタの体。肩から腰への線。
綺麗だった。綺麗だと思った。——だがその感想の裏側に、もう一つの感覚がある。
自分のごつごつした掌が、ひどく醜いものに思えた。
なぜかわからない。リタの体を思い出すたびに、自分の腕や肩や胸板が——邪魔だった。何が邪魔なのか、説明できなかった。
仲間の温もりは全部素通りするのに。あの三秒だけが、みぞおちの裏側にひっかき傷を残している。
——足りない。何かが足りない。何が足りないのかもわからないまま、胸の底だけがすうすうしている。
天井の染みを数えた。三つ目の染みを数えた辺りで、意識が落ちた。