ヤンデレ彼女を曇らせるために仲間を全員売ってTS悪堕ちしてみた   作:なほやん

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第2話 『三秒、全部見えた——のに』

「よくぞ我が街を救ってくれた、ハーレム団よ!」

 

 領主が高らかに叫んだ瞬間、隣のリタが口元を手で押さえた。

 肩が震えている。笑いを堪えているのが丸わかりだった。

 

「……ハイレム団です」

 

 俺は、もう何百回目かわからない訂正をした。

 

「ハーレム団万歳!」

 

 民衆の歓声が、俺の訂正を完全に呑み込んだ。

 

 リタがとうとう吹き出した。

 その後ろで、エダが「まあまあ」と苦笑し、ミラが冷めた顔で髪を払い、フィーネが「ハーレムでもいいと思うけど?」と首を傾げ、ノエルが無言で俺の肩を叩いた。

 

 男一人に女五人。

 そう呼ばれるのも、まあ、無理はない。

 

「……次の街では、最初に団名を紙で渡す」

「無駄だと思うよ、団長」

 

 リタが涙を拭きながら言った。

 

 宴が始まった。

 領主の館の大広間に、肉と酒と笑い声が溢れている。街を喰っていた魔獣の群れを三日がかりで殲滅した。その褒賞だった。

 

 杯が二巡目に入った頃、リタが酔いの勢いで言い出した。

 

「ねえねえ。みんなで団長の好きなとこ言おうよ」

「は?」

「あたしから。団長の好きなとこは——ばかなとこ」

「褒めてるのかそれは」

「褒めてるの。次、フィーネ」

「えー? 優しいくせに自覚がないとこ、かな」

「自覚はある」

「ないよ。ね、エダ」

 

 エダが杯を置いた。少し赤い顔で、目を逸らしながら。

 

「……怪我しても、文句言わないとこ」

「それ好きなとことは違くないか」

「好きなとこです」

 

 小さな声だった。聞き返せなかった。

 

 ミラが壁から声だけ飛ばした。

 

「折れないところだ」

 

 それだけ言って、また剣の手入れに戻った。油を塗る腕が太い。手甲から肘にかけて走る筋が、一本一本はっきり見える。——俺があの腕を持ったら、持て余すだろうな。そう思ったことに、違和感はなかった。

 

 ノエルが最後だった。全員がノエルを見た。

 長い沈黙があった。

 

「……前に、立たせてくれるところ」

 

 意味がわかったのは、たぶん俺だけだった。

 ノエルを一番死に近い場所に立たせているのは俺だ。それを「信頼」と呼んで笑う女を、俺は——訂正しなかった。

 

「——で、団長は? あたしたちの好きなとこ、言ってよ」

 

 リタが身を乗り出した。

 

「……全員、強いところだ」

「つまんない答え。もっとこう、個別に言ってよ」

 

 言えなかった。

 強いとは思う。大事だとも思う。五人の目が温かいことも、わかっている。

 だが——その温度が、胸の奥まで届かなかった。ガラス越しに焚き火を見ているような。熱があるのに、こちら側が温まらない。

 

  †  †  †

 

「お風呂空いたよ。リタ、もう上がったから」

 

 エダが薬草を擂りながら言った。

 

 あの宴から数日後。依頼のない休日だった。午前中ノエルの盾術の相手をして、全身が軋んでいる。

 

「そうするか」

 

 浴場に向かった。

 脱衣所で服を脱ぎ、扉を開けた。

 

 湯気が顔を包んだ。

 白い靄の向こうに、浴槽の輪郭が見える。

 

 ——誰かいる。

 

 湯気が晴れた。

 

 リタが、湯の中に立っていた。

 

 背中を向けている。長い髪が濡れて背に張りつき、腰の辺りまで流れている。湯気の向こうに、肩から腰にかけての線が——

 

「…………」

 

 俺は石になった。

 

 リタが振り返った。

 

 三秒あった。

 体の前面が全部見える三秒間が、確実にあった。

 

 鎖骨。胸。腹。腰骨。水面の揺れ。

 全部見えた。三秒で、全部。

 

 ——なのに。

 

 興奮しなかった。

 男として見ているはずだった。男の体で、女の裸を見ている。なのに血が昇らない。欲が、湧かない。

 

 代わりに、別の何かが腹の底から這い上がってきた。

 

 ——あの肩のラインになりたい。

 ——あの腰の曲線がほしい。

 ——濡れた髪が背に張りつくあの感触を、自分の肌で知りたい。

 

 意味がわからなかった。何を考えているのか、自分でもわからなかった。ただ三秒間、リタの体を見て、俺の中に湧いたのは欲情ではなく——名前のつかない何かだった。

 

「————ッ!!」

 

 石の洗い桶が顔面に直撃した。

 

「出てけええええ!!」

「エダが上がったって——」

「上がってないし馬鹿!!」

 

 二発目の桶が肩に当たった。

 俺は鼻血を押さえながら脱衣所に転がり出た。

 

 扉の向こうから、ばしゃばしゃと水音がする。

 そのあと、小さく。

 

「……全部、見たでしょ」

「見てない」

「嘘つき。三秒は見てた」

 

 正確だった。否定できない。

 

「……見てないことにする」

「……ばか」

 

 それきり黙った。

 

 俺は脱衣所の壁に背を預けて座り込んだ。鼻血が止まらない。

 

 ——おかしい。あの三秒間のことが頭から消えない。だが思い出すのはリタの裸じゃない。あの輪郭だ。自分の体にないものの形。

 

 足音が近づいてきた。

 

「団長。鼻血出てますよ」

 

 ノエルだった。タオルを差し出してくれている。

 

「……見てたのか」

「最初から」

「止めろよ」

「止める理由がありません。団長が悪いので」

 

 そこにミラが通りかかった。俺を見下ろし、鼻血を見て、浴場の扉を見て、全てを察した。

 

「……最低だな」

「事故だ」

「最低な事故だな」

 

 入れ替わりにフィーネが買い出しから帰ってきた。俺の状態を見て、にっこり笑った。

 

「あら。リタの裸を見たんでしょう」

「当てにくるな」

「いいなあ。団長だけずるい」

 

 エダが奥から顔を出した。

 

「あれ、団長。お風呂入ったんじゃ——」

「……エダ」

「はい」

「上がったって言ったよな」

「……ごめんなさい。リタがまだ中にいるの、知ってて言いました」

「は?」

「だって、団長とリタ、最近ぜんぜん話さないから。……きっかけになるかなって」

「きっかけの方向が間違ってるだろ!」

 

 夕食は、気まずかった。

 

 リタが俺と目を合わせない。俺もリタを見れない。

 それを他の四人がニヤニヤしながら見ている。

 

「団長。塩取って」

 

 リタに塩を渡した。指先が触れた。

 リタの手が弾かれたように引っ込んだ。顔が、耳まで赤い。

 

 無言で塩を振っている。肉に。尋常じゃない量の塩を。

 

「リタ、それ塩かけすぎ——」

「うるさい!」

 

 肉を口に放り込んで、涙目になっていた。しょっぱいのだろう。

 ——その顔を見た瞬間、みぞおちの奥が脈打った。一瞬だった。何の感情かも掴めないまま、消えた。

 

 ノエルが黙ってリタの皿に自分の肉を移した。ミラが呆れた顔をしている。フィーネが楽しそうに笑っている。エダが申し訳なさそうに縮こまっている。

 

 ——馬鹿みたいな夕食だった。

 

  †  †  †

 

 宿の廊下で、リタと鉢合わせた。

 

 食後、部屋に戻ろうとした角で。

 リタも同じ方向から来ていた。逃げ場がなかった。

 

 二人とも足が止まった。

 

 窓の外から月明かりが差している。リタの焦げ茶の髪が、淡く光っていた。

 

「……さっきはごめん」

「団長が謝ることじゃないでしょ。エダが悪い」

「まあ、そうだけど」

「……でも三秒はやりすぎ」

「俺だって固まってたんだよ」

「それが問題だっつってんの」

 

 リタが壁にもたれた。月明かりの中で、その横顔が少し翳っていた。

 

「ねえ団長」

「ん」

「あたし——いつまで団長の隣にいられるかな」

 

 笑っていなかった。

 さっきまでの気まずさとは違う、もっと深い場所から出てきた声だった。

 

「……何言ってんだ、急に」

「わかんない。なんとなく」

 

 俺は答えられなかった。

 いつまでも、とも、わからない、とも言えなかった。

 

「——おやすみ、団長」

 

 リタが背を向けた。廊下の闇に消えていく。

 

 部屋に入って、寝台に倒れ込んだ。

 壁にハイレム団の旗がかかっている。青と白の、まだ綺麗な旗。

 

 天井の染みを見ている。宴の歓声が耳の奥に残っている。五人の杯の音。好きなところを言い合う声。塩まみれの肉。リタの赤い耳。

 

 全部温かかった。確かに温かかった。

 

 右手を胸に当てた。肋骨の下、みぞおちの辺り。

 すうすうする。夜風が入り込んでいるわけでもないのに、胸の底だけが妙に涼しい。胃のあたりに薄い氷が張っているような感覚。痛みではない。ただ——温まらない。

 

 あの歓声も、杯の音も、五人の笑顔も。リタの「ばか」も。

 全部が肌の上を流れて、体の中に入ってこなかった。

 

 ——俺は何がほしいんだろう。

 

 目を閉じた。

 瞼の裏に、三秒間の映像が蘇る。リタの体。肩から腰への線。

 綺麗だった。綺麗だと思った。——だがその感想の裏側に、もう一つの感覚がある。

 

 自分のごつごつした掌が、ひどく醜いものに思えた。

 なぜかわからない。リタの体を思い出すたびに、自分の腕や肩や胸板が——邪魔だった。何が邪魔なのか、説明できなかった。

 

 仲間の温もりは全部素通りするのに。あの三秒だけが、みぞおちの裏側にひっかき傷を残している。

 

 ——足りない。何かが足りない。何が足りないのかもわからないまま、胸の底だけがすうすうしている。

 天井の染みを数えた。三つ目の染みを数えた辺りで、意識が落ちた。

 

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