ヤンデレ彼女を曇らせるために仲間を全員売ってTS悪堕ちしてみた   作:なほやん

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第3話 『ズボン脱いで。——ここで?——ここで』

 

 森の魔獣を三体仕留めた帰り道だった。

 

 最後の一体が倒れる間際に暴れた。俺の脛に牙が突き刺さり、同時に毒の霧を吐いた。

 フィーネが矢を射った直後だった。霧が顔を包んで、弓を取り落とした。

 

「目が——見えない」

 

 フィーネの声が裏返った。

 ノエルが即座にフィーネを抱え、ミラが周囲を警戒する。リタが魔獣の息の根を止めに走った。

 

「団長。止まって」

 

 エダが俺の前に膝をついた。藤色の髪が頬にかかるのも構わず、傷口だけを見ている。

 同時に、ノエルの腕の中でフィーネが目を押さえて蹲っている。

 

 エダの視線が俺の脛とフィーネの間を一往復した。

 一秒で優先順位をつけた顔だった。

 

「深いね。縫わないと。ズボン脱いで」

「……ここで?」

「ここで」

 

 森の真ん中でズボンを下ろした。白いものが見えた。骨か。

 エダの冷たい指が鉗子で牙の欠片を抉り出し、針が肉を縫い始めた。手は震えていない。何百回とやってきた手つきだった。

 

 見ていて気づいた。

 エダの指先が、ほんのわずかに青白く発光していた。治癒の術式。だが傷を塞ぐためのものではない。もっと微かな光——痛覚を鈍らせるための精密制御。

 

「いつからそんな器用に」

「最初から。団長が気づかなかっただけ」

 

 声が少し尖っていた。

 

 縫い終えた途端に、エダはもう立ち上がっていた。

 

「フィーネ、こっち向いて」

 

 エダの指がフィーネの瞼に触れた。光が移る。俺の脛から、フィーネの目へ。

 

「毒だね。……三日で抜ける。三日間、何も見えない」

「三日……」

 

 フィーネの手が宙を掻いた。エダの腕を掴もうとして、掴めなかった。

 ノエルが黙ってその手を取った。

 

 †  †  †

 

 宿に戻った。

 俺は脛が使えない。フィーネは目が使えない。二人とも動けない。

 

 昼のうちは、フィーネは虚勢を張っていた。「あたし、いま可愛い顔してる?」「お化けみたいだ」「最低」——いつもの調子で笑っていた。

 弓を持たせてみた。的に向かって構えた。矢をつがえて、引いて——弦を鳴らさずに下ろした。

 

「……無理。引いてもどこに飛ぶかわかんない」

 

 声が小さかった。

 フィーネの弓は天賦のものだ。十二歳の時、街の射撃大会で大人を全員抜いた。それ以来、フィーネの価値は弓だった。団に入れたのも弓があったからだ。

 

「弓が引けなくても、お前は団の一員だ」

 

 フィーネは笑わなかった。

 

「団長は優しいね。でもさ——優しさでは的に当たんないんだよ」

 

 その日の午後、フィーネは宿の部屋から一歩も出なかった。

 

 夜。エダが包帯を替えに来た。

 蝋燭の灯りの中で、冷たい指先が俺の傷口に触れるたびに淡い光が染み出す。

 

「私の術式、触れてる間しか効かないの」

「じゃあ、頼む」

 

 エダは傷口を見たまま、手を止めずに話した。

 

「……母も治癒師だったの」

 

 声は淡々としていた。だが指先の光が、一瞬だけ揺れた。

 

「流行り病の村に入った。三十人看た。二十九人治した。最後の一人を看取った翌朝に——自分も死んだ」

 

 術式が体温を奪うのだ、と初めて知った。治癒の度に体から熱が抜けていく。エダの指が常に冷たい理由。母親が最後の患者を治した時、もう自分の体温が残っていなかったのだろう。

 

「母譲りの手だって、言われるの。冷たいところも」

「ああ、いい手だ」

 

 エダの指が一瞬止まった。蝋燭の炎が揺れて、影が頬を横切った。

 

「……そういうこと言うから、リタに睨まれるんだよ」

 

 小さく笑った。笑ったのに、目は笑っていなかった。

 

「団長が怪我するたび——母を思い出す。治せる怪我のうちはいい。でもいつか——」

 

 言葉が途切れた。

 

「いつか、治せない傷が来たら」

 

 その声が急に薄くなった。蝋燭の煤の匂いに紛れるように消えかけた。

 

「——治す。治せなくても治す。母みたいに、最後の一人まで」

 

 指先の光が、強くなった。

 縛帯を巻く手が、少しだけきつかった。

 

 隣の部屋から、声がした。

 

「一人にしないで」

 

 フィーネだった。壁一枚向こうから、震える声が漏れていた。小悪魔はどこにもいなかった。

 

 エダの手が止まった。

 目が合った。

 

「……行ってあげて」

 

 エダが縛帯の端を結んだ。

 脛を引きずって、隣の部屋の扉を開けた。

 暗闇の中で、フィーネが毛布を握り締めていた。

 

「弓しか取り柄ないのに——見えなくなったら、あたし団にいられなくなる」

 

 フィーネの指が俺の袖を掴んだ。爪が布に食い込むほど強く。

 この女は怖いのだ。弓を失うことが。弓のない自分に価値がないと、心の底から信じている。「あたし可愛いでしょ」と笑うのは、弓以外の価値を自分で必死に作ろうとしているからだ。

 

 握り返した。

 

「三日で治る。エダが言ってた。三日待て」

「三日って、長い」

「長くない。俺がずっとここにいる」

 

 フィーネの指が緩んだ。握り返してきた手が細くて、冷たかった。

 

「……団長って、たまにずるいこと言うよね」

 

 声が少し鼻にかかっていた。泣いていたのだろう。暗闇だから、見えなかった。

 ——目が合わない暗闇の中で、フィーネがどれだけ醜く顔を歪めて泣いているか、見てみたいと思った。心配だから。そう思ったはずだった。

 

 扉の外で、足音がした。

 エダの足音ではない。もっと軽い。

 

 リタだった。この廊下に部屋はないのに。

 

 声は聞こえなかった。だが扉の隙間から、月明かりに照らされた影が一瞬だけ見えた。立ち止まって、また歩き出す影。

 

 二日目の夜もフィーネの部屋にいた。エダが俺の包帯を替えに来て、ついでにフィーネの目も診た。冷たい指が二人の間を行き来する。

 フィーネは暗闇の中で俺の手を離さなかった。眠りかけては目を覚まし、俺がまだいることを確認して、また目を閉じた。

 

「ねえ団長」

「ん」

「あたしが弓引けなくなったら、何してればいいの」

「考えなくていい」

「考えちゃうんだもん。真っ暗だと」

 

 長い沈黙があった。

 

「……あたしね。射撃大会で優勝した日、父さんが初めて褒めてくれたの。それまで一度も。弓を引けなくなったら——あたし、父さんにもういらない子になる」

 

 声が消えかけた。暗闇の中で唇が震える音だけが聞こえた。

 

「だから弓だけは——弓だけは」

 

 俺はフィーネの頭に手を置いた。

 何も言えなかった。

 

 三日目の朝。フィーネの目が治った。

 最初に見たのは、俺の寝顔だったらしい。

 

「最悪の目覚めだった。——でも、最高だった」

 

 小悪魔が戻ってきた。だが俺の手を離すのに少しだけ時間がかかった。

 

 †  †  †

 

 リタの「ばか」には三種類あった。

 

 怒りのばか。照れのばか。そして——名前のない、三つ目のばか。

 

 怒りのばかは声が高い。照れのばかは声が小さい。三つ目のばかだけが、どの音程にも属さなかった。呼吸と言葉の境目のような、ほとんど消える寸前の音。

 

 リタだけが、俺の目が遠くなっていることに気づいていた。

 

 フィーネの目が治った夜。バルコニーで、リタと二人になった。月明かりが片方の頬だけを照らしている。

 

 リタはしばらく黙っていた。

 やがて、低い声で言った。

 

「エダにもフィーネにも、ああやって優しくするよね。団長は」

 

 笑っていなかった。月明かりの下で、リタの目がぎらりと光った。

 見たことのない顔だった。怒りでも悲しみでもない。もっと剥き出しの、名前のつかない感情が、片頬の影の中で歪んでいた。

 

「ねえ団長。あたしたち、このままずっとこうしてられると思う?」

 

 答えられなかった。

 こうしてられる、と言えばよかった。言えなかった。

 

 リタは待たなかった。笑おうとして、やめて、背を向けた。

 

「……ばか」

 

 三つ目のばかだった。

 

 部屋に戻って、寝台に座った。

 

 エダの冷たい指。フィーネの震える手。

 温かい光景だったはずだ。これを守ることが俺のすべてだと、心から信じている。

 なのに、目を閉じるとその温もりは砂のように指の間から零れ落ち、俺の肌には硝子のような冷たさだけが残る。

 

 リタのあの顔だけが、脳裏を離れなかった。

 月明かりの中で歪んだ、あの剥き出しの目。消えかけの「ばか」という声。

 喉の奥をかすかに引っ掻いて、いつまでも残っている。

 

 窓の外で、星が瞬いていた。

 それを綺麗だと思っている自分と、それがどうでもいいと思っている自分が、同じ暗闇のなかに立っていた。

 

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