ヤンデレ彼女を曇らせるために仲間を全員売ってTS悪堕ちしてみた   作:なほやん

5 / 14
第5話 『脱がさないと着せられないでしょ』

「女性以外、入城禁止……?」

 

 街の門前に掲げられた布告書を見て、俺は二度読みした。

 

「エルフェンは女神アステルの聖地だよ」

 

 フィーネが俺の横で腕を組んだ。物知りだった。

 

「百年前から続く掟。男が街に入ると、女神の怒りに触れるって言い伝えがあるの。実際に男が入ったら疫病が流行ったこともあったらしくて——今でも厳格に守られてる」

「じゃあ俺は外で待ってるしかないか」

「依頼主が指名してきたのは団長個人だよ。団長が入らなきゃ始まらない」

 

 ミラが腕を組んで布告書を睨んでいた。

 

「方法は一つだな」

「……え」

「女装しろ」

 

 ミラの声に温度はなかった。

 

「待ってくれ。俺にそんな——」

「はいはい、いいからこっち来て団長」

 

 フィーネが俺の腕を掴んだ。リタが反対側の腕を取った。後ろからエダとノエルが押す。

 

「まず服ね。あたしのこれ、丈が合うと思う」

 

 リタが自分の外套を広げた。

 

「待って、リタのじゃ肩幅がきつい。私の術式用のローブの方が——」

 

 エダが鞄から白いローブを引っ張り出した。

 

「ローブなんてつまんない。せっかくだからちゃんと可愛くしなきゃ。あたしのこのワンピース——」

 

 フィーネが紙袋の奥から薄緑のワンピースを取り出した。いつの間に持ってきたのか。

 

「私の予備の上衣がある。革だから体型が誤魔化しやすい」

 

 ミラまで参戦してきた。

 

「……」

 

 ノエルだけが黙って立っている。と思ったら、無言で自分のマントを差し出した。裏地に花の刺繍がある。

 

「ノエル、それ自分で縫ったの?」

 

 フィーネが目を丸くした。

 

「……暇な時に」

 

 ノエルにそんな趣味があるとは知らなかった。

 

「あたしの服着て!」

「私のローブの方が似合う!」

「いやいやこのワンピースが——」

 

 三人が同時に俺に服を押しつけてきた。

 

「落ち着け! 一着ずつ——」

「じゃああたしが先ね」

 

 リタが有無を言わさず俺のシャツのボタンに手をかけた。

 

「何してんだ!」

「脱がさないと着せられないでしょ」

「自分で脱ぐ!」

「風呂では全部見せたくせに」

「あれは事故だって言ってんだろ!」

 

 フィーネがけらけら笑った。ミラが「うるさいぞ」と言いながら、俺の剣帯を外しにかかった。エダが後ろから測るように肩幅を手で当てている。

 

 ノエルだけが扉の前に立ち、外から人が来ないよう見張っていた。

 

 結局、フィーネのワンピースにエダのローブを羽織り、ミラの革帯で腰を絞め、ノエルのマントで肩を覆うことになった。リタの外套は却下された。

 

 ワンピースの裾が太腿を撫でた。革鎧では感じない、布越しの空気の流れ。女ものの布が肌に触れるたび、男としての自分が一枚ずつ剥がされていく——恐ろしい、解放感。

 腰を絞めた瞬間、自分の体の輪郭が変わった。別の体になったわけじゃない。だが腰から上と下が、知らない比率で繋がった。

 肩にマントが落ちた時、ノエルの刺繍の裏地が首筋に触れて、肌が粟立った。——この刺繍が、ずっと肌に張りついていればいいのに。そう思って、ぞっとした。

 

「リタのは?」

「却下。リタは自分で着てなさい」

 

 フィーネが舌を出した。リタが「なんであたしだけ——」と膨れた。

 

  †  †  †

 

「目を閉じて」

 

 エダが細い筆を持って俺の顔に近づいた。

 冷たい指が瞼に触れる。いつもの治療の指とは違う、慎重な力加減。まな板の上に載せられた気分だった。

 

 眉を整えられた。産毛を抜かれるたび、小さな痛みが走る。

 頬に粉をはたかれた。柔らかい刷毛が、頬骨の形をなぞっていく。

 唇に色を載せられた。エダの親指が下唇の輪郭をなぞり、紅を押し込む。冷たい指と紅の温度差で、自分の唇の形を初めて意識した。

 

 その間、リタが俺の髪を梳いていた。

 三年の付き合いで、リタに髪を触られるのは初めてだった。

 

「団長の髪、意外とさらさらだね」

「男の髪なんてそんなもんだろ」

「ううん。あたしよりいい髪してる。ムカつく」

 

 梳きながら、リタの指が時々耳に触れた。くすぐったかった。

 

 フィーネが横から覗き込んで、下睫毛に何かを塗りはじめた。近い。吐息が頬にかかる。

 

「じっとして。これ塗ると目が大きく見えるから」

「お前ら、楽しんでないか」

「楽しんでるよ?」

 

 五人が声を揃えた。ノエルまで頷いた。

 

 仕上げにミラが俺の頭にスカーフを巻いた。

 

「額を隠せ。骨格で男とバレる」

 

 全員が一歩下がった。

 

 俺を見た。

 

 沈黙。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 五人が、黙った。

 

「何だよ。そんな変か」

「……ううん」

 

 リタの声が掠れていた。

 

「変じゃない。全然変じゃない。むしろ——」

 

 言葉が止まった。

 

 フィーネが口に手を当てていた。笑っているのではない。驚いているのだ。

 エダが筆を取り落とした。

 ミラの目が、一瞬だけ大きく見開かれた。

 ノエルの口元が——微動した。

 

「……似合ってる」

 

 ミラが呟いた。

 

「団長。鏡、見てみて」

 

 エダが壁の姿見を指した。

 

 鏡の前に立った。

 

 知らない女がいた。

 

 ——いや。

 

 知っている顔だった。

 知っている。この顔を、ずっと前から知っている。

 眉が細くなり、目が大きく見え、唇に色が載って、髪が整えられただけで——俺の顔の奥にいた誰かが、表に出てきた。

 

 中性的な、だが確かに美しい顔が、鏡の中から俺を見ていた。

 

 奥歯がガチガチと鳴った。止められなかった。鏡の中の顔から目が離せない。——綺麗だ。そしてその直後に、もっと恐ろしい感覚が来た。

 ——こっちが、正しい。

 風呂場でリタの裸を見た時にも、これに似た何かが胸を過ぎった。あれは欲ではなかった。もっと深い場所で——あの体になりたい、と思った。その衝動と同じ温度が、今、鏡の中にある。鏡の中のこちらが本物で、鏡のこちら側にいる俺の方が、偽物だ。

 

「——団長?」

 

 リタの声で我に返った。

 

「何ぼーっとしてんの。早く行こう」

 

「……ああ」

 

 鏡から目を離した。

 

 五人がそれぞれの目で俺を見ていた。

 フィーネが「これはまずいでしょ」と小声でエダに言った。

 エダが無言で頷いた。

 ミラが視線を逸らして髪を払った。耳が赤い。

 

 リタだけが、何でもない顔で俺の腕を取った。

 

「あたしの方が可愛いけどね」

「……好きにしろ」

 

 だが声が少し裏返った。

 リタの指が、俺の腕を少しだけ強く掴んでいた。

 

  †  †  †

 

 エルフェンの街は、白い石壁に囲まれた美しい街だった。

 

 女装は完璧だった。門番にも怪しまれず、依頼もつつがなく済んだ。

 

 だが俺は、ずっと何かに集中できずにいた。

 

 宿に戻って女装を解き、元の装備に戻った時——

 

 檻に戻された、と思った。

 

 革が肩を押さえる重み。腿に布が触れない乾いた空気。さっきまであった輪郭が消えている。

 見慣れた男の体。見慣れていたはずの体が、ほんの半日で他人のものに見える。肩幅が広すぎる。手が大きすぎる。骨の一本一本が、間違った設計図で組まれている。自分の太い首筋に触れた。手の甲の毛羽立ちが目に入った。——吐き気がした。こんなもの、俺の体じゃない。

 

 檻だと感じた自分に、背筋が冷えた。

 

 帰り道、リタが隣を歩いていた。

 

「ねえ団長」

「ん」

「さっき鏡の前で固まってたでしょ」

 

「……気づいてたのか」

「三年もいれば、団長の呼吸が変わったくらいわかるよ」

 

 リタの声は軽かった。

 だがその指が、マントの裾を握り締めていた。

 

「何見てたの?」

「……自分の顔」

「ふうん」

 

 リタが少しだけ歩調を緩めた。

 

「綺麗だったよ、団長」

「からかうなよ」

「からかってない」

 

 声が、低かった。

 

「あたしが一番、びっくりした」

 

 それきり黙った。

 フィーネの驚きも、エダの赤面も、ミラの耳の赤さも——楽しかった。だがリタの声だけが低かった。リタだけが、楽しんでいなかった。

 リタの目は、鏡の前で固まった俺を見ていなかった。俺の向こう側にいるエダたちを見ていた。——この先、あの子たちに何が起こるのかを、本能で嗅ぎ取っているような目だった。

 

 その低い声が、みぞおちの奥に沈んで、消えなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。