ヤンデレ彼女を曇らせるために仲間を全員売ってTS悪堕ちしてみた 作:なほやん
「女性以外、入城禁止……?」
街の門前に掲げられた布告書を見て、俺は二度読みした。
「エルフェンは女神アステルの聖地だよ」
フィーネが俺の横で腕を組んだ。物知りだった。
「百年前から続く掟。男が街に入ると、女神の怒りに触れるって言い伝えがあるの。実際に男が入ったら疫病が流行ったこともあったらしくて——今でも厳格に守られてる」
「じゃあ俺は外で待ってるしかないか」
「依頼主が指名してきたのは団長個人だよ。団長が入らなきゃ始まらない」
ミラが腕を組んで布告書を睨んでいた。
「方法は一つだな」
「……え」
「女装しろ」
ミラの声に温度はなかった。
「待ってくれ。俺にそんな——」
「はいはい、いいからこっち来て団長」
フィーネが俺の腕を掴んだ。リタが反対側の腕を取った。後ろからエダとノエルが押す。
「まず服ね。あたしのこれ、丈が合うと思う」
リタが自分の外套を広げた。
「待って、リタのじゃ肩幅がきつい。私の術式用のローブの方が——」
エダが鞄から白いローブを引っ張り出した。
「ローブなんてつまんない。せっかくだからちゃんと可愛くしなきゃ。あたしのこのワンピース——」
フィーネが紙袋の奥から薄緑のワンピースを取り出した。いつの間に持ってきたのか。
「私の予備の上衣がある。革だから体型が誤魔化しやすい」
ミラまで参戦してきた。
「……」
ノエルだけが黙って立っている。と思ったら、無言で自分のマントを差し出した。裏地に花の刺繍がある。
「ノエル、それ自分で縫ったの?」
フィーネが目を丸くした。
「……暇な時に」
ノエルにそんな趣味があるとは知らなかった。
「あたしの服着て!」
「私のローブの方が似合う!」
「いやいやこのワンピースが——」
三人が同時に俺に服を押しつけてきた。
「落ち着け! 一着ずつ——」
「じゃああたしが先ね」
リタが有無を言わさず俺のシャツのボタンに手をかけた。
「何してんだ!」
「脱がさないと着せられないでしょ」
「自分で脱ぐ!」
「風呂では全部見せたくせに」
「あれは事故だって言ってんだろ!」
フィーネがけらけら笑った。ミラが「うるさいぞ」と言いながら、俺の剣帯を外しにかかった。エダが後ろから測るように肩幅を手で当てている。
ノエルだけが扉の前に立ち、外から人が来ないよう見張っていた。
結局、フィーネのワンピースにエダのローブを羽織り、ミラの革帯で腰を絞め、ノエルのマントで肩を覆うことになった。リタの外套は却下された。
ワンピースの裾が太腿を撫でた。革鎧では感じない、布越しの空気の流れ。女ものの布が肌に触れるたび、男としての自分が一枚ずつ剥がされていく——恐ろしい、解放感。
腰を絞めた瞬間、自分の体の輪郭が変わった。別の体になったわけじゃない。だが腰から上と下が、知らない比率で繋がった。
肩にマントが落ちた時、ノエルの刺繍の裏地が首筋に触れて、肌が粟立った。——この刺繍が、ずっと肌に張りついていればいいのに。そう思って、ぞっとした。
「リタのは?」
「却下。リタは自分で着てなさい」
フィーネが舌を出した。リタが「なんであたしだけ——」と膨れた。
† † †
「目を閉じて」
エダが細い筆を持って俺の顔に近づいた。
冷たい指が瞼に触れる。いつもの治療の指とは違う、慎重な力加減。まな板の上に載せられた気分だった。
眉を整えられた。産毛を抜かれるたび、小さな痛みが走る。
頬に粉をはたかれた。柔らかい刷毛が、頬骨の形をなぞっていく。
唇に色を載せられた。エダの親指が下唇の輪郭をなぞり、紅を押し込む。冷たい指と紅の温度差で、自分の唇の形を初めて意識した。
その間、リタが俺の髪を梳いていた。
三年の付き合いで、リタに髪を触られるのは初めてだった。
「団長の髪、意外とさらさらだね」
「男の髪なんてそんなもんだろ」
「ううん。あたしよりいい髪してる。ムカつく」
梳きながら、リタの指が時々耳に触れた。くすぐったかった。
フィーネが横から覗き込んで、下睫毛に何かを塗りはじめた。近い。吐息が頬にかかる。
「じっとして。これ塗ると目が大きく見えるから」
「お前ら、楽しんでないか」
「楽しんでるよ?」
五人が声を揃えた。ノエルまで頷いた。
仕上げにミラが俺の頭にスカーフを巻いた。
「額を隠せ。骨格で男とバレる」
全員が一歩下がった。
俺を見た。
沈黙。
「…………」
「…………」
「…………」
五人が、黙った。
「何だよ。そんな変か」
「……ううん」
リタの声が掠れていた。
「変じゃない。全然変じゃない。むしろ——」
言葉が止まった。
フィーネが口に手を当てていた。笑っているのではない。驚いているのだ。
エダが筆を取り落とした。
ミラの目が、一瞬だけ大きく見開かれた。
ノエルの口元が——微動した。
「……似合ってる」
ミラが呟いた。
「団長。鏡、見てみて」
エダが壁の姿見を指した。
鏡の前に立った。
知らない女がいた。
——いや。
知っている顔だった。
知っている。この顔を、ずっと前から知っている。
眉が細くなり、目が大きく見え、唇に色が載って、髪が整えられただけで——俺の顔の奥にいた誰かが、表に出てきた。
中性的な、だが確かに美しい顔が、鏡の中から俺を見ていた。
奥歯がガチガチと鳴った。止められなかった。鏡の中の顔から目が離せない。——綺麗だ。そしてその直後に、もっと恐ろしい感覚が来た。
——こっちが、正しい。
風呂場でリタの裸を見た時にも、これに似た何かが胸を過ぎった。あれは欲ではなかった。もっと深い場所で——あの体になりたい、と思った。その衝動と同じ温度が、今、鏡の中にある。鏡の中のこちらが本物で、鏡のこちら側にいる俺の方が、偽物だ。
「——団長?」
リタの声で我に返った。
「何ぼーっとしてんの。早く行こう」
「……ああ」
鏡から目を離した。
五人がそれぞれの目で俺を見ていた。
フィーネが「これはまずいでしょ」と小声でエダに言った。
エダが無言で頷いた。
ミラが視線を逸らして髪を払った。耳が赤い。
リタだけが、何でもない顔で俺の腕を取った。
「あたしの方が可愛いけどね」
「……好きにしろ」
だが声が少し裏返った。
リタの指が、俺の腕を少しだけ強く掴んでいた。
† † †
エルフェンの街は、白い石壁に囲まれた美しい街だった。
女装は完璧だった。門番にも怪しまれず、依頼もつつがなく済んだ。
だが俺は、ずっと何かに集中できずにいた。
宿に戻って女装を解き、元の装備に戻った時——
檻に戻された、と思った。
革が肩を押さえる重み。腿に布が触れない乾いた空気。さっきまであった輪郭が消えている。
見慣れた男の体。見慣れていたはずの体が、ほんの半日で他人のものに見える。肩幅が広すぎる。手が大きすぎる。骨の一本一本が、間違った設計図で組まれている。自分の太い首筋に触れた。手の甲の毛羽立ちが目に入った。——吐き気がした。こんなもの、俺の体じゃない。
檻だと感じた自分に、背筋が冷えた。
帰り道、リタが隣を歩いていた。
「ねえ団長」
「ん」
「さっき鏡の前で固まってたでしょ」
「……気づいてたのか」
「三年もいれば、団長の呼吸が変わったくらいわかるよ」
リタの声は軽かった。
だがその指が、マントの裾を握り締めていた。
「何見てたの?」
「……自分の顔」
「ふうん」
リタが少しだけ歩調を緩めた。
「綺麗だったよ、団長」
「からかうなよ」
「からかってない」
声が、低かった。
「あたしが一番、びっくりした」
それきり黙った。
フィーネの驚きも、エダの赤面も、ミラの耳の赤さも——楽しかった。だがリタの声だけが低かった。リタだけが、楽しんでいなかった。
リタの目は、鏡の前で固まった俺を見ていなかった。俺の向こう側にいるエダたちを見ていた。——この先、あの子たちに何が起こるのかを、本能で嗅ぎ取っているような目だった。
その低い声が、みぞおちの奥に沈んで、消えなかった。