ヤンデレ彼女を曇らせるために仲間を全員売ってTS悪堕ちしてみた   作:なほやん

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第6話 『腕がなくても、団長の前には立てます』

 依頼は、山岳地帯の竜退治だった。

 

 竜といっても、古代竜のような伝説の存在じゃない。翼長は馬二頭分ほどの若い飛竜で、麓の村の家畜を喰い荒らしているという。ハイレム団の実力なら、危険の少ない依頼だ。

 

 ——そのはずだった。

 

「巣が二つあるぞ!」

 

 ミラの叫びが岩壁に反響した。

 

 一頭じゃなかった。

 番いだった。しかも巣に卵がある。子を守る飛竜は、通常の三倍は凶暴になる。

 

 依頼書には一頭としか書いてなかった。村人が二頭目を見落としたのか、あるいは知っていて黙っていたのか。どちらでも同じだ。もう遅い。

 

 雄が先に来た。

 岩陰から飛び出した巨体が、風を裂いて急降下してくる。

 

「散開!」

 

 俺が叫ぶより先に、五人は動いていた。

 リタが前に出て剣を構え、ミラが右に回り込む。エダが後方から援護の術式を詠唱し、ノエルが盾を掲げて俺の前に立った。

 フィーネは高台に駆け上がり、弓を引き絞っている。

 

 何十回と繰り返してきた、息の合った布陣だった。

 

 雄の飛竜を仕留めるまでに、半刻もかからなかった。

 リタの剣が喉笛を裂き、ミラが翼の付け根を断ち、フィーネの矢が片目を貫いた。

 血飛沫が岩肌を濡らし、断末魔が谷間に響き渡った。

 

「二頭目、来る」

 

 ノエルの声は静かだった。

 雄の死骸の向こうから、もう一つの影が這い出てくる。

 

 雌だった。

 雄より一回り小さい。だが、目が違った。

 卵を守る母の目だ。狂気に近い殺意が、瞳の奥で燃えている。

 

「さっきと同じ布陣で——」

 

 言い終わる前に、雌が吐いた。

 

 炎じゃなかった。

 酸だ。

 黄緑色の飛沫が扇状に広がり、岩を溶かし、地面を抉った。

 

「避け——」

 

 エダが突き飛ばされた。

 ノエルが盾で庇ったのだ。だが酸は盾の縁を越えて、ノエルの右腕に降りかかった。

 

 じゅう、と音がした。

 金属が泡立ち、鎧の隙間から黄色い蒸気が立ち昇る。その下で——ノエルの白い肌が黒く泡立っていた。

 

「ノエル!」

 

 ノエルは声を上げなかった。

 右腕の鎧が半分溶け落ちて、剥き出しになった肉が脂を弾いている。焦げた蛋白質の嫌な臭いが鼻の奥に張りつき、息を止めても消えなかった。

 だがノエルは盾を左手に持ち替え、まだ立っていた。

 

「団長。指示を」

 

 震えていなかった。声も、体も。

 右腕がぶら下がったまま、こちらを真っ直ぐ見ている。

 

 俺は指示を出した。

 リタとミラで左右から挟み、フィーネが目を狙い、エダが足止めの術式を張る。

 ノエルには下がれと言った。

 

「嫌です」

 

 初めて命令を断られた。

 

 ノエルは盾を構えたまま、俺の前から動かなかった。

 左腕一本で盾を支え、溶けた右腕を垂らしたまま。

 

 雌の飛竜が二度目の酸を吐いた時、フィーネの矢がその口腔を貫いた。

 酸が逆流し、飛竜自身の喉を焼いた。悲鳴とも咆哮ともつかない声を上げて、崩れ落ちた。

 

 終わった。

 全員が膝をついた。

 

 エダが真っ先にノエルに駆け寄った。治癒の術式が青白く光る。

 だが、光がノエルの右腕に触れた瞬間、エダの顔が凍りついた。

 

「だめ。骨まで溶けてる」

 

 沈黙が降りた。

 

「腕、落とさないと。毒が回ったら——」

「やれ」

 

 ノエルが言った。

 エダを見て、頷いて、それだけ言った。

 

 ミラが剣を抜いた。

 リタが目を逸らした。フィーネが唇を噛んだ。

 

 俺は、ノエルの左手を握った。

 

「——」

 

 ノエルは何も言わなかった。

 ただ俺の手を握り返した。強く。

 

 ミラの剣が振り下ろされた。

 飛び散った鮮血が、ハイレム団の旗の白い紋章を汚していく。——まばたきもせずに見ていた。血の色が布に染み込んでいく速度まで、目が追っていた。

 旗で断端をきつく縛った。白地に、赤が広がった。

 

  †  †  †

 

 村に戻ったのは、日が暮れてからだった。

 

 ノエルは意識がなかった。エダの治癒術で出血は止まったが、顔に色がない。

 

 村長が出迎えた。飛竜二頭の討伐を聞いて、顔を輝かせた。

 

「おお! さすがはハーレム団!」

 

 誰も訂正しなかった。

 

 宿の一室で、五人が集まった。

 

 寝台の上で、ノエルが薄く目を開けた。

 右側に——もう何もない空間に、一瞬だけ視線をやった。

 それから俺を見て、かすかに笑った。

 

「……団長。すみません。盾、左では上手く使えないかも」

「馬鹿言うな」

「でも、団長の前には立てます。腕がなくても、立てます」

 

 俺は笑えなかった。

 

 リタが壁に拳を叩きつけた。

 

「依頼書に一頭って書いてあったじゃん。ふざけんなよ」

「リタのせいじゃない」

 

 エダが静かに言った。

 

「全員の判断ミスだ。巣の確認を怠った」

 

 ミラが吐き捨てた。

 

 フィーネが黙ってノエルの額の汗を拭いていた。

 

 俺は何も言えなかった。

 

 団長は俺だ。

 全部、俺の責任だ。

 

  †  †  †

 

 その夜、俺は宿の外に出て一人で月を見ていた。

 

 中庭の井戸端に座って、手の中の杯を回す。酒は入っていない。空の杯。

 

 足音がした。軽い。

 

「団長」

 

 ノエルだった。

 

「寝てろ。腕を——」

「片腕でも歩けます」

 

 ノエルが俺の隣に座った。左腕だけで、器用に。

 月明かりが短く刈り込んだ銀青の髪を照らしている。小柄だが、肩のラインは鎧を着慣れた者の形をしていた。

 

 しばらく黙っていた。

 

「団長」

「ん」

「星が綺麗です」

 

 見上げた。

 確かに、満天の星だった。

 

「……ノエル。お前、星が好きなのか」

「はい」

「初めて聞いた」

「聞かれなかったので」

 

 沈黙。

 ノエルが自分から話題を出すのは初めてだった。

 

「団長」

「ん」

「私のこと、怖いですか」

「は?」

「入団の時。村で三十人相手にしてた時。団長、私を見て一瞬、引きました」

 

「……覚えてるのか」

「覚えてます」

「——怖かったよ。正直に言えば」

「そうですか」

「でも、すごいとも思った」

「……そうですか」

 

 声の温度が、ほんの少しだけ変わった。

 

「私は、強いだけです。それしかない。剣は使えない。弓も引けない。術式も唱えられない。盾の前に立って、殴られるだけ」

「それが一番大事だ」

「そうでしょうか」

「お前がいなかったら、俺たちは何度死んでたかわからない」

 

 ノエルが黙った。

 長い沈黙の後、小さく言った。

 

「……団長の前に立つのが、私の全部です」

「ノエル——」

「他の人の前には立てません。団長だから。団長の前だから」

 

 星明かりがノエルの横顔を照らしていた。

 無表情のまま。だが、目の縁に水分が光っていた。

 腕を失った痛みなのか、別の何かなのか——聞けなかった。

 

 ノエルが残った左手で、ポケットから何かを取り出した。

 小さな布の切れ端だった。花の刺繍がしてある。あのマントの裏地と同じ柄。

 

「私、こういうの作るの好きなんです。盾しか取り柄がないって言いましたけど——嘘でした」

「知ってる。ノエルのマントの刺繍、綺麗だった」

 

 ノエルの唇の端が、ほんの数ミリ上がった。

 笑ったのを見たのは、入団以来——二度目だった。

 

「——団長に、あげます。これ」

 

 刺繍の布を差し出された。

 小さな星の柄だった。青い糸で、丁寧に縫われている。

 

「お守り、みたいなものです。片腕になっても——団長の前に立てるように」

 

 受け取った。掌に収まる大きさだった。

 一針一針が正確に揃っている。指先でなぞると——もう二度と、この正確さでは縫えないのだ、と気づいた。片腕では布をピンと張れない。右手の針を受け止める左手の指先も、もう必要ない。この世界から、ノエルの「技術」という美しさが永遠に失われた。——その事実に、俺の指先がかすかに震えた。惜しいのか、それとも。

 この刺繍は、ノエルの最後の一枚だ。

 

「ありがとう」

「……はい」

 

 ノエルの目が閉じかけた。薬の眠気が来たのだろう。

 

 俺はノエルを支えて、部屋に戻した。

 寝台に横たえると、すぐに寝息が聞こえた。

 

 廊下に出ると、リタが壁にもたれて座り込んでいた。膝を抱えている。

 

 いつもの笑顔すら、浮かべていなかった。

 ただ座っていた。手には何もなかった。ノエルのように刺繍も、エダのように薬も。ただ膝を抱えて、俺の部屋の前で——待っていた。

 

 その目が——暗かった。

 瞳の中に、炎も星明かりも映っていなかった。

 光を全部飲み込んで、何も返さない。井戸の底を覗き込んだ時のような、果てのない闇。

 

「……リタ?」

 

 声をかけると、一瞬で表情が戻った。

 

「ん? なに、団長」

「いや——何でもない」

「なにそれ。変なの」

 

 笑って、立ち上がって、背中を向けた。

 

「——おやすみ」

 

 声だけが、笑っていなかった。

 喉の奥で押し殺した何かが、一音だけ震えて、消えた。

 

 リタが通り過ぎた後の空気に、鉄の匂いが残っていた。掌を見た。爪の跡が、赤黒く食い込んでいた。——拳を血が出るまで握り締めていたのだ。あの膝を抱えていた手で。

 

 夜風が廊下を吹き抜けた。

 

 ノエルの刺繍の温度が、まだ掌にある。心地よくて、でも足りない。

 

 そしてリタの、あの目。

 あの目を見た時——目が離せなかった。

 理由はわからなかった。ノエルの刺繍を握った手は温かかったのに、リタの暗い目を見た瞬間の方が、ずっと鮮明に残っている。

 

 掌が汗ばんでいた。

 何かがおかしいのだとは思った。仲間が傷ついた夜に、リタの絶望した目のことばかり考えている自分が。

 

 だがそれが何なのか——名前をつけられないまま、夜風が廊下を素通りしていった。

 

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