ヤンデレ彼女を曇らせるために仲間を全員売ってTS悪堕ちしてみた 作:なほやん
失態は、俺のせいだった。
辺境の街を治める領主ヴァルドーの依頼で、街の地下に巣くう大百足を駆除した。報酬は金貨五十枚。大型依頼だった。
だが、大百足を仕留める際に、地下水路の壁を崩してしまった。
街の水源が汚染された。
俺の指示だった。ミラが「構造が脆い」と忠告したのを、急いで押し切った。
ヴァルドーの館に呼び出された。
広間に入った瞬間、空気が違った。
領主の椅子に座った男は、五十がらみ。肥えた体に金の鎖を巻き、顔は笑っていた。だが目が笑っていない。獣を品定めする目だった。
その視線が、俺の後ろに並んだ五人の上を這った。一人ずつ。順番に。誰をどう使えば、この団長が一番壊れるか——そういう計算をしている目だった。
「水源の修繕費は金貨二百枚。お前たちの報酬を差し引いても、百五十枚の赤字だ」
「……弁済します。時間をいただければ——」
「時間?」
ヴァルドーが笑った。
「時間は金貨では買えんぞ、小僧。水が使えない間、街の民はどうする? 病人が出たらどうする? 死人が出たら?」
正論だった。反論できない。
「だが——まあ、弁済の方法はある」
ヴァルドーの目が、再び五人の上を舐めた。
「お前のところの女たち、なかなかの器量だ。一人——いや、二人ほど置いていけ。下働きとして、だ。水源が直るまでの間」
下働き。
嘘だ。この男の目は、下働きを求める目じゃない。
「——できません」
「できない?」
「仲間を差し出すことは、できません」
「ほう」
ヴァルドーが椅子から身を乗り出した。
「では、どうする? 金はない。時間もない。女も出さない。お前に何が差し出せる?」
沈黙。
リタが一歩前に出ようとした。
俺は手で制した。
「……俺を、使ってください」
「お前?」
「何でもします」
ヴァルドーが目を細めた。
品定めの視線が、今度は俺の体を上から下まで舐めた。
ヴァルドーが指を鳴らした。兵士たちが広間の扉を閉める。
「踊れ」
「……は?」
「踊れと言った。裸で」
広間が凍りついた。
「お前が女を差し出さないと言うなら、代わりにお前が余興を見せろ。この場で。裸で踊れ。それで金貨百五十枚、帳消しにしてやる」
「団長、ふざけんな! こんな——」
リタが叫んだ。剣に手をかけている。
「リタ。やめろ」
「やめない! こんな屈辱——」
「屈辱で済むなら安い」
俺は、自分の声が静かなのに驚いていた。
「お前たちを差し出すよりはずっと安い。黙っていてくれ」
五人が固まった。
リタの手が震えていた。エダが唇を噛んでいた。ミラが拳を握り締めていた。フィーネが目を伏せた。ノエルだけが——片腕で盾を構えようとしていた。
俺は鎧を外した。
一枚ずつ。
腕甲。胸甲。脛当て。肩当て。
金属が床に落ちるたびに、かちゃん、と冷たい音がした。
下衣を脱いだ。
肌着を脱いだ。
最後の一枚に手をかけた時、背後でリタの呼吸が止まるのが聞こえた。
脱いだ。
裸だった。
広間の冷たい空気が、全身の肌を撫でた。
——あの日、鏡の前で女装を解いた時。物足りないと感じた。
今は——どうだ。
ヴァルドーが手を叩いた。
楽士が慌てて笛を吹き始める。陽気な旋律。場違いに明るい。
「踊れ」
剣舞の型しか知らなかったから、それを裸でやった。
見えない剣を振り、見えない敵を斬る。
裸体が広間の灯りを受けて、白く浮かんでいた。
兵士たちが笑った。
ヴァルドーが杯を傾けながら、満足げに見ていた。
笑い声が広間に満ちていた。
嘲りの声。蔑みの視線。見世物にされた裸の男への、明確な侮辱。
——気持ちよかった。
最初は何が起きているのかわからなかった。
恥ずかしいはずだ。悔しいはずだ。仲間の前で裸で踊らされている。男として、これ以上の屈辱はない。
なのに。
笑われるたびに、体の奥で何かが温まっていた。
蔑まれるたびに、みぞおちに熱い液体が流れ込んでくる。
あの空虚。
宴で杯を飲んでも、仲間の温度でも満たされなかった胸の底。
それが——今、満ちていく。
嘲笑で。
侮辱で。
裸で踊る自分の惨めさで。
汗が飛んだ。
筋肉が動くたびに笑い声が上がる。戦いで刻んだ傷が、鍛えた腕が、男として積み上げてきた全部が、嘲笑に削られて消えていく。——それが、救いだった。
一瞬、リタの顔が視界を横切った。歪んでいた。怒りと、悔しさと、自分たちの無力さへの絶望が全部混ざって、瞳が濁っている。
その濁りを見た瞬間——生まれて初めて、俺の穴が満ちた。兵士の嘲笑とは比べものにならないほど、熱く。
肌が晒されて、冷たくて、惨めで、滑稽で。
膝が震えていた。笑いではない。歓びだ。全身の毛穴が開いて、冷たい空気が入り込んで、それすら快かった。臓器のひとつひとつが熱を持ち、嘲笑が骨の隙間まで染み込んでいく。
一曲が終わった。
俺は肩で息をしながら、広間の真ん中に立っていた。
汗が床に落ちる音が、しん、と静まった広間に響いた。
ヴァルドーが立ち上がった。
「よかろう。借りは帳消しだ」
兵士たちが服を投げてよこした。
服を拾う前に、荷物の中からハイレム団の旗を引き出していた。仲間の血が染みた布で、汗まみれの肌を拭った。ノエルの腕から流れた血の乾いた感触が、俺の汗と混ざり合って肌に張りつく。——たまらなく、愛おしかった。なぜそうしたのか、自分でもわからなかった。
俺は服を着ながら、仲間を見た。
五人全員が泣いていた。
リタが、声を殺して泣いていた。握り締めた拳から血が出ていた。
エダが両手で顔を覆っていた。指の隙間から涙が溢れている。
ミラが壁に額を押しつけていた。肩が震えていた。
フィーネが目を背けたまま、唇を噛み切っていた。
ノエルだけが俺を見ていた。片腕で。泣きながら、真っ直ぐ。
だがリタの涙だけが、胃の腑の底まで届いた。他の四人の涙は——素通りした。
——ああ。俺のために泣いてくれている。
嬉しかった。
泣いてくれることが。
違う。
嬉しかったのはそこじゃない。
胃の腑の底が、まだ温かい。
踊っている間に流れ込んできたものが、まだ重く沈んでいる。
これだ。
ずっと探していたのは——これだった。
「……行こう」
俺は笑って、五人に背を向けた。
広間を出る足取りは、軽かった。
後ろでリタの泣き声が聞こえた。
小さく、ひきつるような声で。
「——ごめん。ごめんね、団長。あたしたちのせいで」
違う。
お前たちのせいじゃない。
俺は今——生まれて初めて、満たされている。
それを誰にも言えないことだけが、唯一、胸に痛かった。
† † †
宿に戻った。
誰も口を利かなかった。
夕食の席に全員が揃ったが、匙が動かない。
俺だけが食べていた。パンを千切って口に入れると、驚くほど味がした。リタが泣き腫らした目で俺を見るたびに、パンの味が濃くなる。あんなことがあった後なのに——いや、あんなことがあった後だから、舌が生きているのだ。
リタの目がまだ赤い。
エダが俺の傷に触れようとして、手が震えていた。踊った時にできた足の裏の擦り傷。些細なものだ。
ミラが一度も顔を上げない。
フィーネが冗談の一つも言わない。
ノエルだけが片腕で普段通りに食べていた。だが、左手の匙が時々止まっている。
「——お前たち」
俺が口を開くと、五人が同時に顔を上げた。
「あんなもの、何でもない。俺は平気だ。だから、お前たちも——」
「平気なわけないでしょ!」
リタが立ち上がった。椅子が倒れた。
「裸で、みんなの前で、笑われて——団長がそんな目に遭ったのに、平気なわけ——」
「平気だ」
静かに言った。
嘘じゃなかった。
平気どころか——まだ、あの温度が残っている。
「……なんで。なんで団長は、そんなに強いの」
リタの目から涙が零れた。
「あたしが弱いから? あたしたちが足引っ張ってるから、団長がこんな——」
「違う」
「じゃあなんで平気なの! おかしいよ! 怒ってよ! 泣いてよ! あたしたちのために傷ついてよ!」
リタの声が裏返った。
——傷ついてよ。
その言葉が、胸に刺さった。
刺さったのに——臓器のひとつひとつが、熱を帯びた。
俺はリタの前に立って、頭を撫でた。
「ありがとう。泣いてくれて」
リタの体が震えた。
頭を撫でる手を振り払わずに、ただ震えていた。
「——二度と、こんなことさせない」
リタが、低い声で言った。
「絶対に。誰にも。団長をこんな目に遭わせた奴は——」
「リタ」
「——許さない」
その声は、もう泣いていなかった。
乾いていた。涙の湿り気を全部焼いた後の、炭のような響きだった。
あの「ばか」と同じ声だった。三つ目のばか。——だがもう、怒りでも照れでもなかった。リタの中で、何かが取り返しのつかない形に変わった音だった。
首筋の産毛が逆立った。リタの声が変わった瞬間、体の芯が冷えた。——なのに胃の腑が重く熱い。恐怖と充足が同じ場所で脈打っている。
——そうか、君をそこまで追い込めたのは、俺だけなんだな。
その思考を、善意だと思った。思おうとした。
リタが俺のために壊れていく。その音が、今日一番深く体に響いた。
宿の自室に戻り、一人になった。
寝台に座って、天井を見上げた。
手が震えていた。
裸踊りの記憶が蘇るたびに、体が熱くなる。
嘲笑の声。蔑みの視線。仲間の涙。リタの怒り。
全部が全部、体の奥を温めていた。
——もう一度。
そう思った自分に、背筋が凍った。
もう一度、リタのあの顔が見たい。
泣きながら、俺のために怒る、あの曇った顔を。
もう一度——あの胃の腑が満ちる感覚を。
手で顔を覆った。
何かがおかしい。
俺は、何かが決定的におかしい。
だが——おかしいと知っていても、あの温度を忘れることはできなかった。
手の中の杯はなかった。
今夜は、杯がなくても満ちていた。
それが一番、怖かった。