ヤンデレ彼女を曇らせるために仲間を全員売ってTS悪堕ちしてみた 作:なほやん
「ハイレム団——いや、ハーレム団だったか。お前たちは昨夜どこにいた」
「何かあったのですか?」
「答える必要はない。どこにいたかだけを答えろ」
「全員、この宿に」
「証人は」
「宿の主人に聞いてくれ」
兵士が去った後、俺は五人の顔を見た。
なにが起きたかは噂でもう聞いていた。あの領主が死んだのだ。
エダは目を伏せていた。ミラは腕を組んで壁にもたれていた。フィーネが爪を見ている。ノエルは無表情だった。
リタだけが、俺と目を合わせた。
いつもの笑顔だった。
「大変だねえ。あのおっさん、殺されちゃったんだ」
「……ああ」
「因果応報ってやつかな。人を裸で踊らせるような奴、恨みの一つや二つ——」
「リタ」
「ん?」
「昨夜、お前どこにいた」
「宿だよ。ずっと部屋にいた」
「本当か」
「本当だよ」
嘘だった。
わかっていた。
昨夜、俺は眠れなくて廊下に出た。リタの部屋の前を通った時、中に気配がなかった。
帰ってきたのは、明け方だ。
廊下を歩く足音で目が覚めた。扉の隙間から覗いた。リタが自分の部屋に入っていく。
顔が白かった。返り血を拭った後の、不自然な白さ。すれ違った空気に、微かに鉄の臭いが混じっていた。
靴の裏に、土がついていた。宿の中だけなら、土はつかない。
「……リタ」
「なに?」
「もういい。何も聞かない」
リタが、ほんの一瞬だけ表情を変えた。
笑顔が消えて何かが浮かんで——すぐに笑顔が戻った。
笑顔は完璧だった。だがテーブルの下で、リタの手が震えていた。
人を殺した手が。俺のために殺した手が。
「うん。何もないよ」
誰も、何も言わなかった。
全員が知っていた。全員が黙っていた。
リタが俺のために手を汚した。その事実を知った瞬間、背筋に熱いものが走った。恐怖でも怒りでもない。名前のない熱だった。
俺たちはその日のうちに街を出た。
† † †
逃亡は、静かに始まった。
街道を北に向かった。次の街まで三日の道のりだ。
街の封鎖が本格化する前に距離を取る。容疑が固まる前に、別の領地に入る。
一日目は何事もなかった。
リタが先頭を歩き、ミラが殿を務め、いつも通りの行軍だった。
夕暮れに野営の準備をしている時、リタが俺の隣に腰を下ろした。
「ねえ団長。あたしがやったこと、怒ってる?」
薪を折る手を止めた。リタの横顔を見た。
焚き火の準備をしているはずなのに、手元を見ていない。爪の間に、まだ何か——黒いものがこびりついていた。
俺はリタの手を取った。
「汚れてるよ」
布で、一本ずつ、丁寧に拭った。
リタの指がびくりと跳ねた。振り払わなかった。ただ俺の手元を見ていた。殺人の痕を、愛おしいものでも扱うように拭い取る俺の指を。
黒い汚れが布に移っていく。それを見つめていたら、無意識に喉が鳴った。唾液が溢れていた。
——美味い。
唐突に、その言葉が浮かんだ。
何が美味いのかわからなかった。リタの指を拭っているだけだ。黒い汚れが布に移っていくだけだ。なのに胸の奥が温まっている。あの裸踊りの時と同じ場所が。
——何をしているんだ、俺は。
「……怒ってない」
「でも、聞かないって言ったでしょ。聞かないってことは——」
「聞く必要がないからだ」
リタの手が止まった。
「あたし、後悔してないよ」
声は明るかった。
だが手の中の薪が、ぱきり、と折れた。力の入れすぎだ。
「あのおっさんが団長にしたこと、許せなかっただけ。それだけ」
それだけ。
人を殺す理由にしては軽すぎる。だがリタにとっては——きっとそれで十分だったのだろう。
「……ばか」
「あたしのセリフ取らないでよ」
リタが笑った。いつもの笑顔だった。
だが目の下に隈ができていた。あの夜から、ちゃんと眠れていないのだろう。
俺は何も言わなかった。
リタの手を拭った時のあの温度を——言えるはずがなかった。
焚き火が爆ぜた。
リタが膝を抱えて、炎を見ていた。焦げ茶の髪が橙色に染まっている。
「ねえ団長。あたし、変わった?」
「……何が」
「わかんない。でも、なんか——手が、まだ重いの」
その瞬間、胸の奥が熱くなった。リタの手を拭った時と同じ温度だった。リタが壊れていく。俺のために壊れていく。その事実が——吐き気を催すほど鮮烈で、なのに体が拒絶しなかった。
リタが両手を開いた。火明かりに照らされた掌には何もない。爪の間の黒いものは、もう取れていた。
だがリタの指は、まだ何かを握っている形をしていた。
「……そのうち忘れる」
「忘れたくないかも」
笑った。だが声が裏返った。
「——嘘。忘れたい。でも忘れたら、あたしがやったことが嘘になるでしょ。団長のためにやったのに」
俺のために。
その言葉が、空洞の縁を撫でた。
「……ありがとう、リタ」
リタの体が震えた。
「やめてよ。お礼言われるようなことじゃないでしょ」
「でも、ありがとう」
二度言った。一度目は感謝だった。二度目は——違った。お前はもう、俺なしでは生きられない罪人になったんだな。そう確認するための、二度目だった。
リタが立ち上がった。砂を払って、笑顔を貼り付けた。
「団長がいれば——あたし、地獄でもいいよ」
笑っていた。冗談のように。
冗談じゃなかった。
「おやすみ、団長。明日もあたしが先頭歩くから」
背を向けかけて、振り返った。
「ねえ団長。あの旗、まだ持ってるの?」
「ああ」
「……捨てないんだ」
「これだけは捨てられない」
——これは、お前たちが俺に捧げてくれた痛みの記録だから。その言葉は、喉の奥で溶けて消えた。
リタが何か言いかけて、やめた。背を向けた。
いつもの背中だった。でも肩のラインが、ほんの少しだけ丸まっていた。
二日目の夜、焚き火を囲んで、フィーネが口を開いた。
「——言わないの? 誰も」
沈黙。
「あの領主、殺されたよね。あたしたちが街を出た直後に。すっごい偶然だよね」
「フィーネ」
エダが止めようとした。
「偶然でしょ。きっと他にも恨みを買ってたんだよ。ね、リタ? ——あのおじさんの死に顔、どんなだったんだろうね」
空気が凍った。
「……冗談だよ。そんな顔しないで」
フィーネが笑った。リタも笑った。目だけが、笑っていなかった。
「……安らかな顔ではなかったよ」
リタが小さく言った。フィーネの笑いが止まった。
——その表情を、俺も見たかったな。そう思った自分の口が、パンの味を思い出していた。
それで会話は終わった。
誰もあの夜のことを口にしなかった。
リタだけが手を汚した。だが俺たちは全員、その手を洗わせなかった。
共犯の沈黙だけが、俺たちを繋いでいた。