異世界帰りのTS転生ロリババア、ひ孫のヒロインになる 作:ひさなぽぴー
日が暮れかけた夕方。僕、脇田優一は広い砂の地面を、腿を上げ上げゆっくりと歩いていた。
ストレッチがてらなわけだけど、感触としては砂浜を歩いているときに近いかな。
日本競馬におけるダートコースは、他の国と違って砂が主体とは聞いていたけれど……なるほどって感じだ。ざりざりとした感触が、靴の裏から伝わってくるのが妙に小気味いい。
そう、僕は今競馬場にいる。
しかも観客席ではなくて、レースコースの中だ。特別に設置されたゲートに向かいながら、ストレッチをしているのだ。
ただ、今は別にそういうイベントのさなかというわけではないし、僕自身競馬関係者というわけでもない。
じゃあなぜそんな僕が、レースコースの中でストレッチをしているのかと言えば──
「ちょっと人間! 何をしていますの! いい加減位置につきなさい! いつまであたくしを待たせるおつもり!?」
──あちらで僕をにらんでカッカしている、葦毛の牝馬と競争するからです。
焦らされるのがよっぽど癪なのか、前脚で地面を何度も踏みつけている。それはまるで叩いているかのよう。青い魔力を帯びた前脚の威力は明らかに尋常ではなく、地面は既に結構えぐれている。
……と描写してみたけれど、一番おかしいのは日本語をしゃべってることで間違いないだろう。
そう、今しがた聞こえた声は聞き間違いなんかじゃない。もちろん幻聴でもない。
正真正銘、馬がしゃべっているのだ。それもめちゃくちゃ流暢で、なぜかお嬢様言葉である。
僕はこれから、そんなしゃべる馬とレースをするのだ。人間一人、馬一頭というとんでもない頭立てのレースである。
ただ、馬に騎手はいない。正真正銘の異種各特技、種族を超えた真正面からのガチンコレースだ。
何を言っているのかわからない、って? まあうん、気持ちはわかるよ。僕だって、半ば成り行きでここにいるようなものだしね。
ただそうだとしても、僕は自ら望んでここにいる。最初はそうじゃなかったとしても、最終的には自分の意思でこの馬と走ると決めたからこそ、今まさに彼女の隣に並ぼうとしているのだ。
どうしてそんなことになっているかと言えば、やはりというべきかもちろんというべきか。魔石が関わっている。これもまた、魔石との生存競争の一環ってわけさ……。
***
事の始まりは今日の昼のこと。ラーメン屋での食事を終え、初ラーメンに感動しきりのセティと楽しく談笑しているときのことだった。店内に置かれているテレビが映していたニュース番組が、こんな報道を始めたのである。
『ここで速報が入ってきました。午前中に傘町競馬場から脱走した馬の続報です。馬は橋を渡り、先ほど真宮市に入りました。現在は堤防沿いを南に逃走中とのことで、近隣住人の方に注意喚起を……』
昼のニュースを告げていたアナウンサーが、横から差し出された紙を読み上げる。地元も地元なその内容に、僕たちは同時に画面に顔を向けた。僕たち以外にも、店内にいた客の何人かがテレビに注目している。
画面の中ではアナウンサーの横に、真宮市の地図も映されていた。そこには、脱走した馬の経路と思われるルートが赤い線で描かれているようだ。
「……現代でも馬の脱走ってあるんだなぁ」
画面を眺めながら、セティはしみじみとこぼした。そう言いつつもどこか楽し気な表情をしている辺り、当時から色々あって、けれどそういうトラブルも楽しんでいたのかな。
「おう、うちの馬も脱走したことがあってよ。普段は厳格でしかつめらしい顔の親父がぜーぜー言いながら必死で馬追いかけてる姿は、申し訳ないけどすげぇ面白くってさぁ」
そう思って尋ねてみれば、案の定。からからと笑いながら、戦前のエピソードをさらっと披露してくれた。
脇田家がかつては馬主として、競馬に出走する側だったことは周知の事実だけど……当事者からその頃の話を実際に聞けてちょっと感動だ。やっぱり当事者じゃないとわからない感情とか、語れない空気感ってあるよね。
予期せぬ形とはいえ、せっかく戦前の生き証人がこうして身近にいるわけだから、競馬に限らず色んなエピソードを聞かせてもらいたいところだ。
あの時代を舞台にした作品を考えるのもありだよなぁ。歴史ものは描いたことがないし、挑戦してみたい気持ちもある。
なんてことを考えていたらテレビはもう見ることはなく、主に馬に関する話を続けていたのだけれど、そこでテレビの画面が切り替わった。
『脱走馬は現在、木曽川堤防の道路をある程度南下したところで河川敷に降りています。それで、えー……ご覧の通り、木曽川の中に入ってリラックスした模様です……』
今日は他に大きなニュースがないからか、現場にキャスターを派遣しての実況報道が始まったらしい。これには一度テレビから興味をなくしていた俺たちも他の客も、思わずと言った様子でテレビに目を向けた。
なんなら、カウンターの向こうでチャーハンを作っている店主までそうしていたから、店内にいるほぼ全員が注目したと言っていいと思う。
そこに映っていたのは、キャスターが言った通りの光景。一頭の小柄な馬が、木曽川のせせらぎの中に身体を下ろしてくつろいでいる様子だった。うーん、これは水風呂だろうなぁ。
今日も今日とて、愛知県は快晴。直前のニュースでも、昼十二時の時点で気温は三十七度と言っていた。となれば、馬だってああやって水につかって涼みたいってことなんだろう。
同じ感想を抱いた人がいたようで、店内からいくつかクスクスと小さな笑い声が聞こえてきた。
ただその様子に反して、問題の馬はめちゃくちゃキレイな子だった。毛色が白みがかった灰色だから、葦毛なんだろう。
水に浸かっているからか、その水滴の反射も相まって銀色に見える。僕に馬の美醜はわからないけれど、少なくとも僕の視点ではめちゃくちゃ美しいたたずまいだ。
「めっちゃ美人だなあの馬……」
どうやらセティも同感らしい。馬を飼っていた時代の脇田家で生まれ育った前世を持つ彼女がそう言うなら、僕の感想はある程度普遍的なものなんだろう。
しかしその美しさに反して、問題の馬は随分と太々しい。脱走した馬とは思えない、堂々たる振る舞いで川の中くつろいでいる。
なんだろうな、馬体が小ささからして恐らく新馬だろうに、やたらと貫禄がある。これは案外、将来有望かもしれない。
『傘町競馬場の職員が、ニンジンを片手に必死に馬を呼び戻そうとしています……あっ、あの馬、笑っています! 今鼻で笑いましたよ!』
そう思って画面を見ていたら、遠巻きに映し出された職員とやらがとてもとても見覚えのあるやつで、僕まで思わず笑ってしまった。必死の説得が見向きもされず、明らかに小バカにされている様子なのも相まって、余計にだ。
うっかり声を上げて笑ってしまったせいで、セティはおろか周りの客からも怪訝な目を頂戴する羽目になった。
「いやごめん、本当にごめん……。ただ、今あそこに映ってるの、僕の幼馴染でさ……ふふ……っ、大輔のやつ、思いっきり遊ばれてるよ……」
がんばって笑いをこらえながらの返事に、セティはへぇとどこか感心したような顔をした。
同時に周りの視線も和らいだ。納得した雰囲気を店内のあちこちから感じる。
「幼馴染が競馬場に務めてるのか?」
「厩務員なんだよね。少し前に新しく入って来た馬の担当になったって言ってたから、あの馬がそうなんじゃないかな。担当してすぐにこれとか、すげぇかわいそうで笑う」
いやあ、馬は賢い動物だとは聞いていたし知ってもいるけれど、その賢さをこうやって発揮されると、やっぱりどうしても笑ってしまうよね。
あ、でも勘違いしないでほしい。僕が大輔を笑っているのは別に嫌いだとかそういう話じゃなく、ただ二十年近い付き合いがあるからこその遠慮ないやり取りってやつだから。
今は僕が離れたところでこうして笑っているけれど、大輔だって他の幼馴染だって、僕がネット上で読者に煽られてプロレスしてることに対して盛大に笑ってくれるからね。お互い様ってやつさ。
「仲がよさそうで何よりだよ」
そんなことを伝えれば、セティは仕方なさそうに笑って頷いた。やんちゃしている男子を見る顔だった。
しかしそうやって笑っていられたのは、この辺りまでだった。画面の向こうで馬が立ち上がり、移動を始めたからだ。
……いや、それ自体は別に大したことじゃない。走って馬に追いすがる大輔の背中とか、交通規制をしているであろう警察の人たちとかも見えるけれど、問題はそこじゃない。
『!? うわーっ、暴れ馬! 暴れ馬です! 行く手を阻んだ警察の車両が、押しつぶされてしまいました!』
金属がひしゃげる音を響かせながら、パトカーのボンネットが踏み潰されたのだ。前脚を高らかに持ち上げ、勢いよく体重を乗せて踏み潰すという、明白に害意のあるやり方だった。
これには周り──テレビの向こう側、こちら側両方──から悲鳴が上がり、交通規制に当たっていた警察官たちがじりじりと後退していく。その外側にいたらしい野次馬に至っては、蜘蛛の子を散らすようにして逃げている。
彼らを尻目に、馬が鼻で笑ったように見えた。非常に人間臭い仕草だ。
さらに馬は、自身が潰したパトカーを蹴り飛ばすと、悠々とその場を後にしていく。
まるで映画か何かみたいな光景だ。それもパニックものの。これにはラーメン屋の店内も、お通夜さながらの静けさが満ちる。
「優一、行くぞ」
「了解。あれは僕たち案件だね」
しかし僕たちは、混乱することなく動き出した。食券制ゆえに会計済みの僕たちは、そのまま一直線に店を出て車に乗り込んだ。
「魔力ってカメラに映るんだな……僕に魔石制御装置埋めたときの手術映像じゃ、映ってなかったのに」
「あのときは外に魔力を出してなかったからな。まあ安心しろよ、俺もさっき初めて知った」
ニュースで映っていた地域周辺にハンドルを向けた僕は、運転席で声を上げる。
けれど返って来た言葉に、少し驚いた。運転中だから顔ごとは無理だったけれど、それでも視線は助手席のセティに向けてしまうくらいには。
「あっちの世界に、録画できるカメラなんて便利なモンはなかった。いわんや、撮った映像を即座に放送するなんて……っつー話だよ」
「あー、そりゃそうか」
存在しないもので検証なんて、できるはずないもんな。納得。
……したところで、信号が赤になったからブレーキを踏む。キュッとタイヤが鳴いた。
うーん。早く現場に駆け付けたいところだけれど、こればかりは仕方ない。こちとら緊急車両じゃないから、ここで突っ込むと大変なことになる。
でもちょうどいいや。信号待ちの間に、車内ディスプレイをテレビに切り替えよう。
ついててよかった受信機能。普段はナビにしてるし、運転しながらテレビをつけるなんて今までほとんどしたこともないけれど、何が役に立つかわからないもんだね。
「……自動車の中でテレビが見られるのか……。まだまだ驚くことだらけだな現代……」
なんてことをつぶやきながら、もはや恒例という感じで軽くおののくセティをよそに、モニターには先ほどラーメン屋で見ていた番組が、引き続き現場の実況を続けていた。
先ほどまで見ていたテレビと違って画面サイズが小さいから、被写体はわかりづらい。しかしそんな小さい画面であっても、馬の身体を覆う鮮やかな青い魔力は実によく見えた。
……そう、馬の身体は魔力で覆われているのだ。馬としては小柄なあの馬が、自動車としては決して小型とは言えないパトカーを踏み潰すほどのパワーを出せたのは、これが理由とみて間違いない。
つまりあの馬は、悪魔になりつつある魔導士。僕やこれまで戦ってきた人たちと同じく、魔法に目覚め意思を乗っ取られつつある存在ということになる。
「……馬でも。というか人間以外でも、魔石は繁殖するのか……しかも適合まで……」
「おいおい、俺がいつ人間だけを侵すって言った?」
「いやだって、最初に……、……そういえば言われて、ないかもしれない……」
「魔石は寄生生物とは言ったが、人間に寄生する、みたいに指定した言い方はしていないはずだぜ」
「……つまり何かい? 魔石は動物……いや、もしかして植物を含んだ生物……言ってみれば有機物なら何にでも寄生する?」
「正解正解、大正解、だ。……どうだ、悪魔の石だろう?」
「最悪の代物ってことを改めて理解したよ!」
セティがああも嫌悪するのも当然だよ!
これはマジでヤバい。人間という生き物は持久力に優れてはいるものの、決して強靭な生き物ではないのだ。
にもかかわらず、魔石に適合して魔力をまとえば、とんでもないパワーを発揮できるようになる。
じゃあ、元から強靭な生物が魔石に適合してしまったらどうなる?
その答えは、先ほどテレビで披露された。馬力という言葉の元にもなり、かつては最強の兵科だった騎兵の根幹とも言える生物が魔力をまとったら、金属の塊である車ですらあっさりを破壊できるようになるわけだ。
馬でこれなら、象とかクジラとかが魔石に適合してしまったら、一体どうなってしまうのやら。
陸の最強生物と言われることもあるカバとか、海のギャングなんて言われるシャチあたりが適合しようものなら、きっと地獄絵図になるぞ。
しかもそこに、魔法まで加わるわけだろう? 恐ろしすぎる。
「おまけにな」
「まだあるの……聞きたくないけど、聞きましょう」
「魔石に適合した生物……特に動物はな。高度な思考能力と言語能力も獲得しがちだ。それこそ、人間並みになることも珍しくない」
「最悪だ!!」
悲報。僕氏、人間並みの思考能力を獲得した暴れ馬とこれから戦わないといけないかもしれない。
お待たせいたしました。
本日より、第六話を投稿してまいります。サブタイにある通り、4回に分けてですね。
今回の敵は馬です。
ちょっと変化球の異能力バトルになります。
お楽しみいただければ幸い・・・!