異世界帰りのTS転生ロリババア、ひ孫のヒロインになる 作:ひさなぽぴー
問題の馬のいる場所に到着したのは、三時くらいだった。道中少し寄り道したことと、馬が気性難の暴れ馬であることが発覚して交通規制が強化された影響かそこそこ混んでいて、スピードを出せなかったのが原因だ。
あとは単純に馬が移動し続けていて、位置がちょくちょく変わっていたこともあるか。まあ蹄鉄の形に陥没した道路とか、壊されたガードレールとかがちょこちょこあったおかげで、移動経路を見失うこと自体はなかったのだけれど。
ともあれそうやって現場に到着した僕たちはそこで、川の中で涼む馬を遠目に眺めながら休憩している大輔たちを見つけた。全員が疲れた顔をしている辺り、振り回されてるんだって容易に想像がつくなぁ……。
「やあ大輔、真夏の真昼間に災難だね。ほらこれ、差し入れ。みなさんで飲んでくれよな」
「優一!? なんでここに……いやサンキューな、マジで助かる」
そんな中大輔に近づいて、道中で買ってきた大量のスポーツドリンクをまず差し入れる。
何せ馬は、堤防沿いを中心に動いていた。川辺には日光を遮るものがほとんどなく、大輔たちはずっと炎天下の中で馬の相手をしていたわけで……馬を何とかする前に、彼らがダウンしてしまいかねない。
今も水と塩飴で補給をしていたみたいで、けれど足りていなかったんだろう。大輔は素直に受け取ったし、彼から配られた同僚の人たちも歓声を上げていた。
何人か顔見知りの人もいたので、軽く言葉を交わしつつ。一通り挨拶も済んだところで、大輔が戻って来た。
「で、なんでわざわざここまで来たんよ?
そのセリフを受けて、セティは呆れを含んだ視線を僕に向けてきた。チベットスナギツネみたいなその顔に、僕は苦笑しながら肩をすくめる。
大輔とはもう二十年来の付き合いだからね。僕が漫画のネタになりそうなもののためなら、
そこにすぐ気づいたからこそ、セティが僕をそうやって見てくるのも当然と言えるだろう。そうとも、僕は昔からそういうやつさ!
「いや、今回は別件。そういう気持ちがないと言ったら、まあ、嘘になるけど……」
「ネタ集めに命を懸けてるお前が、ネタ集め以外の目的で……? もしかして、今から槍でも降んのか? 夕立レベルの降り方は困るんですがねぇ!」
「ひどい言い草だ! まあ前科があるから仕方ないけど」
「修学旅行のとき、スキーで転倒して雪玉になったやつはどう感じるのか知りたいってんで、一人滑ることなく転がって雪玉になろうとしてたのはオレ忘れてねーかんな? コース外に転がっていきそうになりやがってよぉ!」
「その節は本当にお世話になったよね」
「物理的に壁になって助けたのに、ゲロぶっかけられたオレたちにはもっと感謝するべきなんだよなぁお前はさぁ!」
「もちろん今でも感謝してるよ。あれがなかったら、たぶん僕は行方不明になってただろうし。大丈夫、もう二度とやらないから」
「当たり前だバーッカ!」
そう言いながらも、大輔ははっはっはと笑っている。僕もだ。もう十年以上前のことだから、今となっては笑い話なんだよね。
まああれは溺れてみたときに迫るレベルで死ぬかと思ったから、僕個人としてもわりと本気で反省している案件ではあるんだけれど。
「薄々気づいてはいたけど、お前やっぱバカだろ……」
なおセティには盛大に呆れられた模様。
いや、あの頃は僕も若かったんだよ……中学生男子なんてそんなものっていうか……。
まあそう言ったところでバカがバカをした事実は変わらないから、言い訳はしないでおこう。
ただし、このやり取りを見た大輔から「お前……遂に幼女を……」という目で見られたのには、さすがに違うと言わせてもらいたい。
「言わんとしていることはわかるけど、違うそうじゃない。でもって今はそれどころじゃないから、いつかちゃんと説明するよ」
「……わーった、今は何も言わないでおいてやんよ。……で? 実際のところ、何しに来たんよ? マジで単に差し入れか?」
真剣な顔で言ったからだろう。大輔は何かしら事情があると察して、呑み込んでくれた。この辺りはいい意味で、幼馴染だからこその信頼だろう。
まあ説明したところで、信じてもらえるかどうかはまた別問題なんだけれど……それについては置いておこう。今は馬が優先だ。
「これは詳細を省くが、結論だけ言うとお前は死ぬ」
「ネットミームで言われても、ガチなのかネタなのかわかんねーからやめれや……」
「ごめんて。ただ、わりと冗談じゃないんだよ」
「はぁ~~?」
いかにも胡散臭い詐欺師か何かを目にしたかのようなリアクションだけど、大輔の気持ちもわからなくはない。実際に悪魔とか魔法とかを見ないと、現実とは思えないよな。
ということで、魔石を励起。少し魔力をまとうと、取り出した百円玉を人差し指と親指だけで半分にへし折って見せた。
音はほぼなかった。金属製であるはずの硬貨が、簡単にぐにゃりと曲がったからね。秒で。
その瞬間を目の当たりにした大輔は、目の色を変えて僕を凝視してきた。
「!? ゆ、優一お前、一体……!?」
「とまあそういうわけで、不肖脇田優一、遂にファンタジーデビューをしたわけさ。けどこれと同じことが、あの馬に起きていてね。ニュースで見てたよ。あの馬、パトカーを踏み潰しただろ? それと原理は同じさ」
僕の簡潔な説明に、大輔は目を大きく見開いてくる。そのまま数秒、考えをまとめていたのか固まっていたけれど……ほどなくして表情を緩やかに引き締めた。
「……リアがしゃべるようになったのも、その力の影響ってことか?」
そしてそこから放たれた言葉に、僕は一瞬息を吞んだ。
リア、というのはあの馬の名前だろう。マジでしゃべれるようになっているのか。どうやら道中セティが教えてくれた通り、魔石の侵食をしっかり受けているみたいだ。
ということは、ここにいる人には大体バレてそうだな。うーん、あと始末が大変そう……いや、それは今は考えないでおくとして。
「そういうことだね。知能含めた身体能力が向上した馬が相手だ、接する機会が多い大輔は現状、一番危険な立場ってわけさ」
「把握。そりゃ確かに死ぬわ。言っちゃなんだがあいつ、文字通りのじゃじゃ馬だかんな……」
と、ここで大輔、半笑いでリア号のほうに顔を向けた。でしょうね、って感じだ。
ただ……僕もそれに思わずつられる形で川辺に顔を向けたんだけれど、せせらぎの中に身を浸して涼んでいるリア号がこちらを凝視していたので、思わずぎょっとした。
凝視しているだけじゃない。かすかにだけれど、葦毛の馬体から魔力が漏れている。戦闘態勢ではないけれど、いつでも魔力を放出して戦えるような態勢ではある。
だからだろうか。なんだか緊張の糸が物理的に、ピンと空中に張られている様が見えた気がした。
「今しがた優一が魔石を励起したことに気づいたんだな。いい勘してやがる」
その様子を見やって、セティが言う。
なるほど。僕が初めて戦ったときも、セティは他人の魔力の気配を感じてすぐに警戒していた。あのときの彼女と同じく、僕が魔力をまとったのを感じ取ったってことか。
……僕はいまだにそういう感覚がわからないんだけれど、まあ、馬って色々と敏感な生き物って聞くし、多少はね?
「……んで? 危険なのはわかったが、そんなリア相手に、ファンタジーに選ばれてしまった優一君はどうするつもりだよ?」
「あの子の体内に元凶になったものがあるはずだから、それを取り除く必要があるんだけど……はい、ここであの馬の担当厩務員である大輔くんに質問です。あの子、大人しく取り除かせてもらえると思う?」
「百パー無理」
うーん、即答かぁ! こりゃあまいったね、どうも。
なんとかなりませんか? の気持ちを込めて大輔を見つめてみるけれど、あっさりと首を横に振られた。けんもほろろに、とはこのことか。
「リアは……こう、こだわりが強いタイプってのかね。走るときもそれに沿って勝ちたがる子なんよな。それ以外のことはやりたがらねーのよ。だから調教もなかなか進まなくてなー……。
走る以外でも、自分がこれって決めたやつ以外は全部ダメってなもんでさ。聞こえてるはずなのにさも聞こえてませんって顔すんだわ。飯もさ、気に入ってくれるのを用意できるようになるまで丸一週間かかったんだぜ……」
「……いい風に言ってるけど、それって要するにわがままってことなんじゃ……」
「そうでもあるが、競争自体は好きだし負けた相手に当たり散らしたりとかはしない、いい子なんだぞ。……まあ、やりたくねーってなったら超反抗的なのは、否定しねーけど……」
「……誇張はないんだろうなぁ……」
今日ニュースで見てきたリア号の様子や、ここまでの道中にあった諸々の破壊痕を思い返せば、でしょうねって感想しか出てこない。
まあ、魔石の除去のためには切開手術が必要になるわけで……そんなの、別にわがままな性格とか関係なく、嫌だって人は多い気もする。
理性がきちんと働いているときなら、ちゃんと説明されれば受け入れる人は一定以上いるだろうけれど……いかんせん、魔石はその辺りの判断力を奪うからなぁ。
「しっかし、だとすると最終手段……力づくということになるんだけれどね?」
「お前、厩務員のオレ相手によくンなことが言えたなー?」
「でも他に方法がないなら仕方ないぜ? 人的被害が出てからじゃ遅いでしょ」
「それなんよな……マージでその通りなんよ……」
僕の言葉に、大輔は同意しつつも渋い顔をした。たぶんだけど、最悪の想定を思い浮かべたんだろう。
最悪……要するに、殺処分だ。人間に危害を加えた野生動物が、そういう結末を迎えることは決して珍しくないからね。
クマとかと違って、経済動物である馬の場合はすぐにその判断はされないだろうけれど……悪魔になってしまったとなると、かなり被害を出すだろう。そうなってくると、自衛隊が出てきてもおかしくはない。
果たして現代人が持ち歩ける武器で、悪魔に対処できるか? という問題はあるにせよ。そこまで行ってしまったら、結局リア号は殺されてしまうかもしれないわけで……。
とはいえそれがわかっていたとしても、力づくで強引に押さえつけられる様も見たくはない、というのが大輔の想いだろう。彼は子供の頃から馬が好きで、それが高じて今の職に就いているタイプの人間だからね。
リア号との付き合いは長くないだろうけれど、そこは関係ないってことだろう。僕だって、仮に好きな画家の絵に悪魔が宿って暴れ出したら、力で取り押さえようとは思えないだろうしね。
僕にしてみれば、今ここでリア号と戦い始めること自体は、やぶさかじゃないんだけれどなぁ。ここまでの道中で、その覚悟は決めてきたから。
けれど問答無用でそれをやると、この幼馴染が曇るだろう。それは本意じゃないんだ。できることなら、大輔の希望には沿ってやりたい。
ただ、大輔もバカじゃない。周りに出るかもしれない被害のことを考えれば、最終的には協力してくれるはずだ。それまで少し、時間はかかるだろうけれど。
だからこそ、僕たちは少しの間黙り込むことになった。大輔は大輔なりに、覚悟を決めるために。僕は彼が決心するのを待つために。
夏の終わりが少しずつ近づいていることを告げるかのように、ツクツクボウシが鳴いている。アブラゼミの鳴き声と混ざって聞こえるせいで、あまり耳障りはよろしくないけれど。
「……待てよ?」
と、ここで大輔は何かを思いついたらしい。パッと顔を上げると、そのままリア号のほうに目を向ける。さらに顎に指を当てて、数秒何かを考え込む。
さて、どんなアイディアが出てくるのやら……と思いながら内心身構えた僕に対して、大輔がぶつけてきた提案がこれである。
「優一! お前リアとレースしてみねーか!?」
「……なにて?」
思わず素っ頓狂な声で聞き返した僕は、悪くないと思うんだ。
「いやさ、なんだかんだリアも競走馬なわけよ。だからなのかあいつ、『おっそいアナタがた人間の言うことを、どうしてあたくしが聞かなければなりませんの?』なんて言うんだぜ。喋れるようになって、最初に言うことがそれだぜ? 逆に言えば、自分より速く走れる相手なら言うことを聞くと思うんよな!」
とはいえ、すっ飛ばされた説明をきちんとされれば、なるほどと思えた。なんでお嬢様みたいな言葉遣いなのかはわからないけれど、理屈はわかった。
わかったけれど、その提案を素直に受け入れられるかっていうと、それはまた別の話だと思う。
常識的に考えてくれよ。人間が馬に、走る速さで勝てるわけないじゃないか!
いや、確かに僕には魔力というファンタジーパワーがついているけれど、それはリア号だって同じ。条件が同じなんだから、種族差を覆すのはまず不可能ってものだろう?
「……アリかもしれねぇな……」
「セティ!?」
ところが、セティはそうは思わなかったらしい。神妙な顔に、「その発想はなかった」と言いたげな色を浮かべてうんうん頷いている。
なぜ……とは思うし、びっくりしたから思わず大きめの声が出たけれど、そもそもセティは異世界で、長年魔石と関わって来たいわばプロ。その彼女が言うなら、選択肢として本当にアリなのかもしれない。
「常識や考え方の癖は、侵食されても基本変わらねぇんだよ。つまり勝ち負けに対する考え方も、基本的には変わらねぇはずなんだ」
そう思って根拠を問いただしたところ、返事はこう。
「だから大輔君の考察通りになる可能性は高いと思われる。負けた相手に当たり散らしたりとかはしないんだろ? 何より、魔力を操る暴れ馬と正面切って殴り合わなくて済むなら、それに越したことはないと思わねぇか?」
「くっ、一部の隙もない正論……!」
納得するしかなかったよね。
いやまあ、何事にも例外はあるだろうけれど。そこは考え始めるとキリがないから……。
「……まあ、逆に考えればだ。馬とレースするって、めちゃくちゃ貴重な経験ではあるか」
「おっ、調子出てきた。それでこそ優一じゃんね」
大輔が笑いながら肩を組んでくるけれど、がんばって切り替えてるんだよこちとら。
種族差をひっくり返す当てがなかったら、もっと悩んでいただろうね。「次の作品は競馬テーマで頼むわ」じゃないんだよ。連載会議通るならぜひやりたいね。
だからというわけでもないけれど、僕は肩を組んだままの大輔に笑顔で言い返す。
「どうせやるなら、実際の競馬場で走ってみたいところだよね。ゲートインとかしてみたいから、用意してくれない?」
「使わせてやりてーとこだけど、白黒つける前にリアをレース場まで誘導できるかね?」
「そこは担当厩務員として、きちんと交渉をだね」
「無茶言うなぁ! やってみるけど期待すんなよな!?」
そして大輔はリア号に近づくために身体の向きを変えた……ところで、当のリア号が川から上がってこちらに向かってきていた。思わず三人揃って身構える。
「話は聞かせていただきましたわ!」
どことなく楽しそうな顔で、声を弾ませる葦毛。しゃべるようになったとわかってはいても、実際に馬がしゃべるところを目の当たりにすると、本当にびっくりする。
ちなみにその声は、競走馬として成功できなくても声優で食っていけそうな、美しいソプラノボイスであった。
しかもマジでお嬢様口調である。どないやねん。
「アナタ、人間の分際であたくし相手に走りで勝とうなんて、本気で仰っておりまして? 果たして勝負になるのかしら!」
そのリア号は、僕の目の前までやってくると、値踏みするように僕の姿をいろんな角度から見やった。
次いで、鼻で笑われた。そこそこ近い距離だったせいもあって、その鼻息が顔にかかる。人間とは異なる、獣らしい匂いがした。
「走りに勝つことで君を従えられるなら、全力でやってみせるさ」
「フフン、大きく出ましたわね人間。いいでしょう。このリア、逃げも隠れもいたしませんわ! 尋常に勝負と参りましょう! 大輔、レース場に行きますわよ! エスコートなさい!」
「おう!? わ、わーった、わーったから引っ張んな!」
こうして僕は、魔導士である馬のリア号と、競馬場でレースをすることになったのである。
……それにしても。
「……同じ魔導士のはずなのに、人間より馬のほうが話が通じるって、なんだかなぁ」
「人間の魔導士だって、あれくらい話通じるやつはいるから……。嘘じゃないんだ、マジで……。個体差ってもんがあってだな……」
競馬場へ向かう道中、遠い目でそんなことを話す僕たちだった。
セティじゃないんですけど、一応話が通じる人間の魔導士だっている設定ではあるんですよ。今後そういうやつが出てくる予定だってあるんです。
ただ話を通じる魔導士として、動物を先に出すことになるとは思っていなかったというか・・・。