異世界帰りのTS転生ロリババア、ひ孫のヒロインになる 作:ひさなぽぴー
ここまでに至る経緯を思い返しながら、傾きつつある太陽に照らされたゲートに僕は入っていく。
……へえ、ゲートの中ってこうなっているのか。馬が入ると結構ギリギリで、これはゲートを嫌がる馬がそこそこいるのも納得の狭さだ。
人間向けのものじゃないから、一人で入ってもそこまでの圧迫感はない。それでも、閉所恐怖症の人には少ししんどいかもしれないね。
しかし今はスケッチブックが手元にないし、スマホも走るのに邪魔だからとセティに預けてしまっているから、記録ができない。ここはなんとかして目に焼きつけておかなければ!
「ふふん、落ち着きがありませんわね。ゲートに不慣れなのはわかりますけれど、そんなことであたくしに勝てるのかしら?」
そんな僕の様子を、隣レーンのリア号は勝ち誇った顔で見降ろしてきた。まるで庶民をバカにする悪役令嬢みたいな態度だけれど、残念ながら僕の落ち着きのなさは、彼女が考えているのとはタイプが違うんだよなぁ。
とはいえ、それを言ったところでどうにもならないから、下手に弁明はせずに「お気遣いどうもありがとう」とだけ返しておく。
そうしたら、「あら、余計なお世話でしたわね」とくすりと微笑まれた。直前までの暴れ馬っぷりが嘘みたいだ。ここだけ切る取ると、ちゃんと深窓の令嬢って感じなんだよな。
けれどそれに対して、ゲートについている係員さんは怯えている。
でもこれは仕方がない。何せこんなことでわざわざレースコースを使わせてもらえているのは、リア号が競馬場の係員一同を脅して回っていたから。暴れ馬、ってのは比喩でもなんでもないんだよ。
……リア号、そして大輔が所属している傘町競馬場は、レース場のすぐ隣に厩舎があるタイプの地方競馬場だ。昔は一部が離れたところにあったけれど、最近そうなった。
だから僕との競争のためレース場に向かったリア号は、世間的には自主的に戻ったことになっている。
けれど実態は違う。僕からの挑戦状を嬉々として受け取ったリア号の内心は、ただ走りたい一色。そして彼女はあろうことか、自身が気持ちよくレースをするために、本番と同じ環境をわざわざ用意させたのである。
「あたくしは彼とここで走るのです! さっさと準備なさい! できない? やかましいですわ! あたくしがやりたいと言ったらやるのです! 言うことを聞かないと……こうですわよ!!」
そんなことをのたまいながらリアリング──後ろ脚だけで立ち上がり、前脚を地面に叩きつける仕草のこと──を至近距離で繰り出されるのは、恐怖しかない。
いや、マジですごかったよ、魔力を帯びた状態でのリアリング。思いっきり地面陥没させてたからさ。
なんならちょっと地面揺れた気もしたし、そりゃあ乗用車程度は簡単に破壊できるだろう。
一漫画家としては、これの直撃を喰らったらどうなるのかがとても気になるけれど、さすがにこれと殴り合いしなくてよくなってラッキー、と思う僕もいた。創作の中の漫画家みたいには、なかなかいかないものだね。
なおリア号がそうするたびに、帯同していた大輔が何度も何度も頭を下げて回っていたのは、さすがに不憫に思ったけれど。同時に、傲岸不遜な悪役令嬢に振り回される平民の従卒みたいだな……と思ったことは、内緒である。
「二人ともゲートインしたなー? 準備はいいかー?」
「もちろん! あたくしはいつだって万全ですからね!」
その大輔が、ゲートの外側に立って声を上げる。ゲートから垣間見える彼の顔は疲れが露わになっているものの、どこか楽しそうに輝いていた。
わくわくした様子を隠していない、と言ってもいい。リア号は今のところ、これまで戦ってきた魔導士より理性的で話もそこそこできるから、競争するところを眺めるだけならただ楽しいだけだろうからね。気持ちはわかる。
まあ、子供の頃から僕が色々と巻き込んできた一人だからね。開き直って状況を楽しむ癖がついている、というのもあると思う。
ちなみに、セティは観客席にいる。ちらりとそちらに目を向けてみれば、座席には座らず最前線で前のめりになりつつも、真剣な顔でこちらを見ている彼女が遠目に見えた。
彼女にはついさっき、任せろと大見得を切ってきたところだ。何より、好きな女の子の前でカッコ悪いところは見せられない。
僕は改めて気合を入れると、大輔に頷いた。
「僕も大丈夫だよ。始めてくれて構わないぜ」
「そりゃ何より。んじゃ二人とも……千八百メートル一本勝負、健闘を祈る!」
彼はそれだけ言うと、サムズアップを向けてコースから離れていく。
直前、僕のほうに視線を向けてきたのは、頼んだとか任せたとか、そんな感じのことを言いたかったんだろう。
リア号との距離感からして、僕に肩入れするようなことは言えないんだろうなぁ。レース前、会場の準備中に僕がどうしてもと頼んで
なんてことを考えながら、僕はクラウチングスタートの姿勢を取った。
そのまま数秒、間が空く。誰もが無言で、動くこともないその時間は、痛いほどの静寂で場内が満たされていた。夏の暑さと相まって、息苦しさを感じる。
けれどその静寂は、すぐに破られる。ガシャンという特徴的な音と共にゲートが開き、僕もリア号も揃ってゲートから飛び出した。
同時に、ドッ、という鈍いけれど腹の底から響くような音が僕とリア号、双方の足元で大きく鳴った。
魔力で強化された脚力で、地面を思いっきり蹴り抜いた音だ。この音と共に、僕たちは通常の人間もしくは馬よりも、何倍ものパワーで加速し始める。
しかし最初に先頭に立ったのは……競馬用語で言うところのハナを取ったのは、馬のリア号ではなく人間の僕だった。
そう、僕は競馬で言うところの、逃げを作戦として採用したのである。大輔いわく逃げ大好きで、それ以外の作戦を断固拒否するこだわり屋さんなリア号相手に、あえて。
しかもそれを成功させたとなれば、リア号が驚愕の声を上げるのもやむなし。
「なッ!? そんなバカな、あり得ませんわ! 人間がこんな速さで走れるわけが!!」
マジで本気で驚いたようでかなりの大声だったし、動揺しているのは明らか。出鼻をくじかれたこともあってか、彼女の走りはごく短時間とはいえ乱れていた。
よし、まずは目論見通りってところかな。
とはいえ、彼女の言うことは正しい。たとえ強化されていても、リア号も同じ条件なのだから、人間の僕が彼女を差し置いてハナを取るなんて普通はあり得ない。
けれど僕は、あいにくと普通ではないんだなぁこれが。なぜなら僕には魔法が、触れたものの要素を選んで対象に付与する魔法、「コピー&ペースト」があるのだから。
「ハッハーこれが馬の速さの世界かぁ! 素晴らしいッ! 今ならいい絵が描けそうだぜー!!」
そう、勘のいい方ならもうお分かりだろう。僕がレース前、わざわざ頼み込んで他の馬に触らせてもらったのは、競走馬の走力をコピーするためだったってことにね。
おまけに僕がコピーしたのは、競走馬としてデビューして一年半ほど経った馬。つまり現役としてもっとも充実した時期の馬であり、さらに言えば現在の傘町競馬場でもそれなりに勝利を重ねたトップ層の馬だ。その能力は新馬かつ牝馬、しかも小柄であるリア号よりも高いというわけさ。
この走力に魔力による身体強化が組み合わされば、リア号に勝つことは難しくない。逃げを打ったのは前述の通り意表をついて出鼻をくじくことと、あとはシンプルに進路をふさぐためである。
リア号は逃げが大好きとのことだから、先頭を取れず進路をふさがれているというのはイライラするだろう。それで少しでもミスってくれれば御の字だ。
まあ馬の走る速度に慣れる時間はほとんど取れなかったから、そこは不安要素だったけど……走力というかなり概念的なものをコピーしているからか、ダート上でも問題なく走れるようで何より。これは傘町競馬場で走る馬は、基本ダートしか走らないからだろうな。
それがどういう理屈でそうなっているかは定かではないし、今それを調べる暇なんてない。だからあとは僕がヘマをしない、もしくは魔力を最後までもたせられればいいだけだ。
生身ではそうそう経験できない勢いの向かい風を感じながら、僕は笑みを浮かべる。このレース、勝ったなガハハ!
──そう思った直後のことだった。やはりフラグというものはあるのだろう。リア号の、楽しそうな笑い声が後ろから聞こえてきた。
「……っ、ふふ、ふふふふふ! なるほどなるほど……そういうことですのね!? このレース、なんでもありと! そういうことですのね!?」
「えっ、いや違っ、そういうつもりはなかったよ!? 本当なんだ! 信じてくれ!」
待って。いや本当に、マジで待って。そういう解釈はマジで困る。
僕は本当に、魔法以外はきちんと競馬のルールにのっとってやるつもりでいたんだ。だってバーリトゥードでやりはじめたら、結局不利なのは人間のほうだもの!
「ここ最近はあたくし、なんでもありでいいではありませんかと思っていたのです! 嬉しいですわ、まさか人間のアナタから誘っていただけるなんて!」
アッー、話を聞いてくれない! 以前戦った二人より随分話が通じると思っていたけれど、やっぱりこの子もきっちり思考を乗っ取られかけた魔導士だ!
いや今回の件は、きちんと条件を詰めていなかった僕もかなり悪いけれど!
クッ、どうする? 走力をブーストする以外は何もするつもりがなかったから逃げを打ったのに、この状況だと背後のリア号が魔法を使っても何がどうなるのか見えない!
見えないだけなら最悪なんとかなるけれど、射出するタイプの攻撃魔法だった場合は回避できないぞ。マジでどうしようか?
「けれどあたくし、だからといって容赦は致しませんことよ! ハイヨォー!!」
焦る僕をよそに、後ろからリア号の声が聞こえてくる。何かが爆発したような、とんでもない音と一緒にだ。
ただ僕が驚いたのは、爆音じゃない。最初真後ろから聞こえたリア号の声が、途中で空へと昇って行ったことにこそ何より驚いた。
まさかと思って少し上に目を向ければ、そこにはまるで重力など知らんと言わんばかりに空を舞うリア号の姿が!
「な……と、跳んだぁ!?」
それを言ったのは、僕だけじゃない。風に乗って、セティや大輔も同じことを言っているのが聞こえてきた。
というか、このレースを見ているすべての人が口にしたことだろう。それくらい、目の前の光景はあり得ないものだった。
だって小柄とはいえ、馬って結構大型の動物だぞ。それがああも身軽に大ジャンプするなんて、恐るべし魔力……!
……いや違う、そうじゃない。こんな大口開けて驚いている場合じゃない。
重力に逆らって空に舞い上がった存在は、最終的に重力に引っ張られて地面に戻って来る。
何が? 馬が。
大輔いわく、四百キロくらいはあるという馬が! 降ってくるんだよ!
「うおおぉぉここの正しい選択肢は前ーーッ!!」
僕はせっかく理想的な位置取りで入ったコーナー内で、速度を落とすどころかさらに上げて、大回りになりながらかろうじて曲がっていく。
体力も走行距離もロスだし、強引にスピードを上げたせいで身体が一時的に左右にブレたけれど、これはもうしょうがない。
だって、すぐ後ろにリア号が着地……いやこれはもう、着弾だ。砲弾か何かが着弾したみたいな感じで、降って来たのだから!
位置エネルギーと魔力がかみ合った結果、特撮の爆発も顔負けな大音量と衝撃が発生。さらには、巻き上げられた大量の砂が火山灰みたく、結構な広範囲に降り注いできた。
それに煽られた僕は当然のようにバランスをさらに崩したし、もうもうと舞う砂で目や口がやられそうになったけれど、だいぶマシ。
普通に何事もなかったかのように走り出したリア号に並ばれたけど、これでもマジでめっちゃマシ。降って来たリア号に踏みつぶされるよりは、何百倍もマシッ!
「ねぇアナタ! お名前はなんと仰いますのっ!?」
そうして並んだリア号が、流し目をくれるような仕草で横目に視線を向けてきた。これまで大輔以外には一貫して人間と言っていた彼女が、僕という個人を認識して記憶しようとしてくれているのは嬉しいけれど、僕はそれどころじゃない。
「優一だよ! 脇田優一! そんなことよりごめん、マジでごめん! 走り出す前にきちんとルールと明確化しなかった僕が悪かった!」
「優一さん! 覚えましたわ! このあたくしが、人間の名前を覚えるなんて名誉なことですわよ!?」
「あああありがとうッ!」
リア号は僕の言うことを聞いてくれない。自分が聞いたことへの返事は聞いているのに、なんて都合のいい耳をしているんだ……!
これだから魔導士ってやつは! ヤケクソでお礼を言うしかできないじゃないかこんなの!
……なんで僕がこんなに焦っているのかといえば、前提として僕はこのレースにおいて、今自分にかけている魔法を解くことができないからだ。それをしたら、レースを成立させている走力が失われてしまうから。
何せ僕の魔法「コピー&ペースト」で一度に付与できるものは一つが限界であり、新たに何かするためには今得ている走力を手放す必要がある。将来的には複数の要素を扱えるようになりたいと思っているけれど、少なくとも今はできない。
おまけに一度解いたもの効果を再度付与するためには、対象にもう一度触れないといけなくてね。つまり効果の併用と保存ができない、という明確な弱点を僕は抱えているわけさ。
ここが少年漫画の世界なら、このレースのさなかに成長してより使いこなせるようになるんだろうけれど……残念ながらここは現実。そういう奇跡は滅多に起きるものじゃない。
できる限りがんばるけれど、できなかったときのことは考えなければいけない。
一方、リア号はまだ自身の魔法を見せていない。魔力を扱えている以上、何かしら魔法を使えるはずだけれど、それを見せていない。
いや、あの大ジャンプに何か魔法が関わっているのはまず間違いないけれど、だとしても使う瞬間を見ていないからどうなのかはわからない。僕のように、色んな結果を出せるタイプの魔法という可能性もあるから、結局現時点では何もわかっていないも同然。
要するに彼女は、まだ手札を残していると言っても過言ではないわけで……この時点でもう、僕はめちゃくちゃ不利である。
正体不明の魔法ほど恐ろしいものはない。魔石とのかかわりはまだ短い僕だけれど、それはもう理解しているのだ。
だからこそ、なんとかして競馬にのっとって走ろうと声を上げたわけだけれど……結果はご覧の通り、惨敗だ。そもそも聞いてくれないんだから、当たり前と言えば当たり前。
「一緒に楽しいレースにしましょうね、優一さん! それではあたくし、先に参りますわ!」
そうしてリア号は、スポーツ女子さながらに爽やかな笑顔をバシッと向けると、パワーとマジカル双方をみなぎらせてぐんぐんスピードを上げていく。
既にホームストレッチ……つまり直線に入っているのだ。今こそチャンスと言わんばかりにリア号は僕を完全に追い抜き、先頭に立った。
そのまま後続をふさぐ位置につく。瞬間、それまで感じていた風が弱まった。
へえ、これがスリップストリームというやつか……と思ったのもつかの間、眼前でリア号の尻尾が閃いた。艶のいい銀色の葦毛が勢いよく振られ、僕の顔を襲ってきたのである。さながらそれは、鞭のようであった。
「あっぶな!?」
慌てて顔を背けて回避したけれど、おかげで僕は少し体勢を崩し、速度を落としてしまった。転ばなかっただけ運が良かったと思うしかないな、これは。
前方から飛んでくる「おーっほっほっほ! ご無礼致しましたわ!」という高笑いと共に、じりじりと遠ざかっていくその背中を眺めながら僕は苦笑する。
なるほど、マジでなんでもありというわけだ。やってくれるじゃないか……!
痒い所に手が届く魔法、コピー&ペーストです。
書く側としても、色んな戦い方を演出できるので書いてて楽しい能力ですね。