異世界帰りのTS転生ロリババア、ひ孫のヒロインになる 作:ひさなぽぴー
傘町競馬場での人間と馬の競争から、二日後の昼前。ようやく目を覚ました俺、セティーア・グレンセイはのっそりと布団から身体を起こした。
重いまぶたをなんとかこじ開けながら隣を向けば、そこには既にもぬけの殻の寝台が。どうやら優一は起床済みらしい。そういえば、ちょっと用事があるとか言っていたな。
俺はと言えば正直もう少し寝ていたいが、今日は午後から人と会う予定がある。だから薄手の掛布団をはねのけながら浴衣を整え、立ち上がった……のと同時に、大あくびが口を突いて出た。
「んーう……二日連続の深夜作業はやっぱり堪えるな……」
思わずそんなことをつぶやきながら、寝ぐせのついた頭をかく。
何がそうも堪えたのかといえば、あの馬……リア号がしでかした諸々の後始末だ。何せあの子、ただ脱走しただけにとどまらず、道路のあちこちで舗装やら防護柵やらを破壊していたからな。
あのままだと、復旧にどれくらい時間と金がかかるかわかったものじゃない。被害総額は恐らく、俺が日本に戻ってきてから一番だったことだろう。
しかしそれは、俺が悪魔や魔石を異世界から持ち込みさえしなければ、発生しなかったもの。だから魔石関係で引き起こされた被害は、できるだけ俺のほうで対応したいのだ。
おまけに現代の法律だと、あの状況で賠償を負うことになるのは優一の幼馴染である大輔君や、彼に近しい立場の調教師になる可能性が非常に高いとのこと。であれば、と俺も普段より張り切ったのだが……いかんせん本当に範囲が広すぎた。
それに、タイムという物理法則に正面から戦争を吹っかけるような魔法など、余人の前で使うわけにはいかない。結局、作業は人目のない夜間にしかできなかった。
おかげで二日に渡って深夜作業を強いられたというわけだ。魔力もめちゃくちゃ消費したし、夜とはいえ人目を気にしての作業はマジで疲れた。
パトカーだけはどこに運ばれたかわからなかったから、直せなかったが……他はすべて時間を戻して直したから、被害総額は自動車一台分くらいに落ち着いているだろう。
それにしても安くはないだろうが、当初に比べれば雲泥の差のはず。これで大輔君たちの負担が軽くなるといいのだが。
まあリア号の魔石摘出と、競馬場関係者への事情説明と後始末で事件後てんやわんやしなかったら、一日で済んだかもしれねぇんだが。こればっかりは仕方ないだろう。
何せ魔石を摘出したあとも、なおしゃべれるままだったリア号の扱いを巡って色々もめたからな……。
俺としても、もめるのはわかるんだぜ。いくらもう魔石の影響はなく、危険もないと口で言ったところで、こっちの世界じゃ前例のない話だ。たとえ一国の主が言ったとて、どれほどの説得力があることか。
ならばとリア号をタイムの魔法で元の馬に戻すことも考えたが、これはリア号が断固拒否した。再脱走どころか、殴り合いも辞さないという姿勢を見せられれば、内心どうあれ表面上は案を取り下げざるを得なかったのだ。
「ろくに言葉も交わせない畜生に戻れと!? 絶対嫌ですわ! そんなことするなら……みんなみんなこう! ですわよ!」
前脚を振り上げて地面を押し潰す仕草までしての、徹底抗戦の構えであった。ちなみに大輔君も反対だった。
リア号の言わんとすることはわかる。悪しきものによるとはいえ、一度手に入れたもの……それもそれ自体は悪いことでもないものを手放せと言われても、受け入れ難いのが人情というものだろう。
元々馬は賢い生き物だ。魔石によってそれが引き上げられ、さらには人間にも劣らぬ精神を得たともなればなおさらである。
だからというわけではないかもしれないが、最終的には大輔君が「もういっそのこと、みんなの記憶消せれんか?」などと人の心のない案をのたまい、大勢の相手に疲れていた優一が「間違いない、それで行こう」とこれに賛同。俺自身、それができる手段を持っていたこともあって、大輔君の案が実行されることになった。
「記憶まで消せるとか、マージでタイムの魔法が便利すぎるんだよなぁ」
関係者一同の時間を数時間戻す俺を遠巻きに眺めながら、優一はそんなことを言っていた。
「これがタイムの魔法で一番基本の効果なんだぞ。脳だって身体の一部なんだから」
「……言われてみればそうか。肉体の時間が戻るなら、記憶も含めて戻るのが当然なのか。じゃあ今まで使っていたタイムの魔法は……」
「記憶だけは戻らないように猛特訓したんだよ。何せ最初はこの使い方しかできなくて、クソ不便だった」
「人に歴史ありだなぁ……」
まあ、一番基本となる使い方だからこそ負担が軽く、消耗も少なくて済むという利点もあるにはあるんだが。こういうときくらいしか使いようがないから、俺の中での評価はさほど高くないのであった。
あとはリア号が、人前で堂々としゃべるというヘマをしなければいいのだが……あのじゃじゃ馬が、果たしてずっと大人しくしていられるかどうか。そう遠くない未来、ボロが出る──フンがどうこうという意味ではなく──んじゃねぇかなぁ。
そんなことを考えながら小用を足した俺は、居間へと向かった。ぼんやりと益体もないことを考えながらもよどみなく済ませられるようになった辺り、我ながら現代に順応したなぁなどと思いながら。
「ん……?」
居間の目の前まで来て、扉を開けようとしたところで動きをとめる。居間の中から、優一と誰かが会話している声が聞こえたのだ。
気配自体は優一一人分しか感じないし、相手の声があからさまに機械を通したものだから、電話か何かだろう。昨日あると言っていた用事だろうか。
だとすると、このまま中に入ると邪魔になっちまうかな。
そう思いつつも、優一がやけに親し気に会話している相手の声は、どう聞いても若い女のものだった。
あいつは独身だと聞いていたが、そういう付き合いのある女がいるのだろうか。だとしたら、よくもまあ俺に向かって好みど真ん中などと言えたものだが……どうなんだ、その辺りは。
俺は妙に気になってしまい、扉にべたりと耳を当てどんな会話がされているのか聞いてみることにした。
『あやっべ、もうこんな時間だ。ごめんけど、ウチそろそろ行かなきゃ!』
「いや、こっちこそ無理言って時間作ってもらって助かったよ。また今度教えてもらえるともっと助かる」
『もっちろん、どんとこいだよ! んじゃまたね! ウチの帰省する時期が決まったら連絡するから、そんときみんなでボイチャしようぜ!』
「うん、楽しみにしてるよ」
『ばいにー!』
が、きちんと聞こえたのはそれくらいだった。どうやら用件自体は既に終わっていたらしい。
それきり女の声は聞こえなくなり、絶妙に肩透かしを食らった気分だ。結局、詳しいことは何もわからなかったな。
まあしかし、このまま突っ立っているわけにもいかない。腹も減ったし、俺はさも今来ましたという顔で中に踏み込んだ。
「おはようさーん」
「やあおはよう。よく寝てたね」
そんな俺を出迎えた優一は、ダイニングテーブルに座っていた。彼の目の前の机上にはタブレット端末が置かれている。
あれを使って通話していたようだな。スマホの大型版みたいなものだから、そりゃできるだろうが……こういうところはまだちょっと慣れないかもしれない。頭ではわかっていても、あんな小さいの一つで? と思っちまう。
「身体が子供だから徹夜できないのは、マジで不便なんだよな……それよか、なんか賑やかだったな?」
「うん、遠方に住んでる幼馴染とちょっとね。多忙なやつだから、なかなか話す時間が取れないんだよ」
「へぇ、幼馴染。こないだの大輔君も幼馴染ってことだったが、女の幼馴染もいるんだな?」
タブレット端末を挟んで優一の向かいに座りながら、思い切って聞いてみる。
つい身を乗り出す形になったが、そういう話かもしれないと思えばこれくらいはやむなしだろう。
「ははは、何か勘違いされてるみたいだけど、ミュウとは何もないよ。そもそもあいつ、もうパートナーいるしね」
優一は本当になんということもなさそうに、笑ってそう言った。次いで台所のほうに向かいながら、遠距離恋愛中らしいよ、なんて付け加える。
「なんだ、てっきりいい仲なのかと思ったんだが」
からかうようにそう言いつつも、なぜか残念という気持ちは一切湧かなかった。
はぁー、と深く息をつきながら、椅子の背もたれに身体を預ける。
「しっかし、ミュウってのは聞き馴染みのない名前だな。外人か?」
「いや、純日本人だよ。観夢って書いてみゆって読む名前なんだけど、ちょっと言いづらいだろ? だからみんな、自然とミュウって呼んでるわけさ」
「みゆ……みゅ、みゅう……なるほど? ……お、ありがとさん」
そこに、よく冷えた麦茶が差し出された。ありがたく受け取り、早速半分ほどを飲み干す。
うん、うまい! 空調が利いているとはいえ、それでも夏という実感はしっかりある。寝起きの渇きと相まって、冷たいのど越しが最高だ。
「ちなみになんでミュウと話していたかって言うと、構えとか動きとかを見てもらうためさ。彼女は僕の格闘の師匠でもあるんだけど、魔導士と戦うようになって、一度その辺り見直したいと思ってたんだ」
「……お前のそういう真面目なところ、嫌いじゃないぜ」
現時点でも、優一は十分戦えている。それは長年悪魔と戦ってきた俺が断言する。
それでも現状に満足せず、努力を続けられるとは……向上心がすごい。あるいは、一芸で身を立てている人間というのは、おおむねそういう傾向にあるのかもしれないが。
しかしその努力の理由の何割かに、俺があるというのは少々こそばゆい。俺は自分の失敗を、自分で片付けようとしているだけなのにな。
ただ、それ以上に嬉しいとも思う。一人ではないのだという安心感を、俺は結局あの世界ではほとんど得ることができなかったから。
だからあの日、一種に戦うと言ってくれた優一の姿は、顔は、今でもはっきり思い出せるのだ……。
「それで、朝食はどうする? と言っても、もう昼なんだけどね」
おっと。そうだな、今は飯のほうが大事だな。俺はダイニングテーブルに両手を突いて身体を持ち上げ、台所のほうをのぞき込む。
「もちろん食べるぜ! なんかついでに泳ぐらしいし、しっかりたくさん食べさせてくれ!」
「……大丈夫かい? こっち戻ってきて最初の朝食でお米出したら、重くて食べ切れなかったじゃないか」
「ぐ、ぐぬぅ」
優一の指摘に、俺はうなる。
そうなのだ。異世界は腹いっぱい飯が食えるような、平和かつ恵まれた環境などほとんどなかったから気づかなかったのだが、この身体はどうやら胃腸が弱いらしいのだ。
ただでさえ子供の身体で胃が小さいのに、まるで追い打ちだ。おかげで好物の米をたくさん食べられなくて、俺は大層しょぼくれたものである。
特に朝の胃腸はとんでもなく寝坊助であり、茶碗一杯の米を食べるのに三十分以上かかった。あのときは本気で泣きそうになった。
ずっと食べたくて食べられなかった好物を約八十年ぶりに食べられる機会が巡って来たのに、半ばえずきながら食べることになった俺の心境を、誰かわかってくれるだろうか。昼や夜なら一食きちんと食べられるんだが……。
おかげで以降は、朝食はほぼパンである。それも小ぶりの菓子パンと、せいぜいヨーグルト一つずつくらいで十分という始末。
異世界でパン食には慣れたし、現代の菓子パンはどれもこれも美味いものばかりだが、それはそれ。
俺は、俺は米を毎回食べたいのに……。光太郎だった頃は、朝から茶碗二杯の米だって食えた──まあ戦争が始まってからは、そんなことは滅多にできなかったが──というのに……。
「い、いやでも、今日は行けるはずだ……! 時間で言えば十六時間近く何も食べていないんだから、絶対行ける……はず!」
「本当かなぁ。まあそう言うなら出すけど、無理しないようにね。もし本当にプールで泳ぐのなら、お腹下すなんて絶対NGだろ」
「わ、わかってるよ……もったいないけど、ダメそうならちゃんと諦める」
本気で心配している態度を崩さないままの優一に、俺は縮むようにして椅子に座りなおす。からかわれるなら反発の一つや二つするが、こうも案じてくれるとそんなことできるはずがない。
それに優一が言うことは正論だ。なぜなら、今日は人と会う約束もしているのだから。
「今日は大事な打ち合わせがあるし、テイルとシオンも遊ぼうと誘ってくれてるんだ。土壇場で欠席なんてして不義理はできないし、二人をがっかりさせたくもないからな」
俺は満面の笑みを浮かべて跳ねる姉と、興味なさそうにしつつも隠せていない妹の二人を思い浮かべながら、麦茶に口をつけたのだった。
お待たせいたしました。
本日より、第七話を投稿してまいります。今回も全4回です。
セティの口からプールへの言及がありますが、ぶっちゃけ水着回ではないです。申し訳ない。
でも次の第八話は水着回の予定だから・・・! もうちょっとだけ待っていただければ・・・!